【50】我が国の原子力損害賠償制度の課題(1)原賠制度が果たした役割と原子力損害賠償の実際

 2011年3月11日の東日本大震災に伴って発生した福島原発事故においては、未だ十数万人もの住民が避難を余儀なくされている状況下で、この未曾有の原子力事故に関わる膨大かつ多様な損害賠償問題が提起され、これらの問題に適切に対処すべく賠償処理が進められています。
 そこで今回から複数回に分けて、今回の原発事故で顕在化した制度上の問題や、我が国が原子力損害賠償に関する国際的な枠組みに参画する際の留意事項の観点から、我が国の原子力損害賠償制度の課題についてQ&A方式でお話します。

 今月はまず、原賠制度が果たした役割と原子力損害賠償の実際についてお話します。

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(原賠制度が果たした役割)
福島原発事故の損害賠償において、原子力損害賠償制度はどのような役割を果たしましたか?
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福島原発事故に際して、原賠制度は以下のような役割を果たしています。

  • 原子力事業者の賠償責任:事業者が責任集中により、且つ無過失責任を負うことにより、被害者は原子力損害による賠償の請求先を容易に認識できました。
  • 損害賠償措置:損害賠償措置により、事業者は国との補償契約により支払われる1事業所あたり最大1200億円の補償金を被害者に対する賠償のために利用することができました。
  • 国の措置:損害賠償措置を超える賠償額が生じた場合、国からの援助による経営の安定が見込まれたため、事故後に生じた必要な事業資金については金融機関からの融資を受けることが出来ました。
  • 原子力損害賠償紛争審査会の活動:紛争審査会の設置および指針の策定や紛争解決センターによる和解の仲介により、膨大な数の被害者および多様な賠償形態に対する迅速・公平な賠償対応の仕組みが実践されています。

【A1.の解説】

○原賠制度の仕組み

 我が国において原子力発電を始めるにあたり、1962年に導入された原賠制度では、原賠法および補償契約法の規定に基づき、原子力事業者のみが原子力損害に関わる賠償責任を負うこと(無過失責任及び責任の集中:原賠法3条)を明確にした上で一定程度の賠償資金を確保(損害賠償措置:6,7条)し、さらに国が事業者の賠償資力を援助すること(国の措置:16条)などの仕組みにより、被害者の保護を図るとともに原子力事業の健全な発達に資することとしています。また、損害賠償に関わる紛争に対処するため「原子力損害賠償紛争審査会」を設置し、賠償に係る指針の策定、和解の仲介(紛争審査会:18条)を行って、被害者への迅速・公平な賠償を実施するための仕組みも組み込まれています。

○制度の効果

 福島原発事故では、この原賠制度が一定程度の役割を果しているといえます。

  • 原子力事業者の賠償責任:事故発生から10日ほど後に、当時の官房長官の会見において、福島原発事故に係る賠償は一義的には東京電力が責任を持ち、それがもし十分に補償できない場合は、国においてしっかり対応する、とされました。これに基づき、以後は東京電力が賠償責任を負うという前提で、事故の賠償に関するすべての手続が進行してきました。
  • 損害賠償措置:東京電力は賠償のために1事業所あたり1200億円の損害賠償措置が義務付けられ、これは民間保険会社との保険契約および国との補償契約を行いますが、今回の原子力事故は地震および津波が原因だったので国との補償契約に基づいて、1事業所ごとに1200億円、つまり福島第一および第二に対してそれぞれ最大1200億円が国から東京電力に賠償資金として支払われます。
  • 国の措置:東京電力の賠償額が賠償措置額である1200億円を超える場合には、必要に応じて国が援助する旨が規定されており、これにより事故後の東京電力の経営の安定が見込まれたため、事故直後に東京電力は民間の金融機関から2兆円規模の緊急融資を受けることができました。
  • 原子力損害賠償紛争審査会の活動:、事故発生から1ヶ月後の4月11日には、原賠法に基づき、紛争審査会が設置され、その役割の1つである「原子力損害の範囲の判定の指針」の策定作業を開始、4月28日に策定・公表された第一次指針を始め8月5日に策定・公表された中間指針等の多数の指針が策定・公表され、これらの指針などを踏まえて、東京電力による賠償対応が行われています。また、もう一つの役割である「原子力損害賠償に関する紛争についての和解の仲介」(ADR方式による紛争解決)についても、原子力損害賠償紛争解決センターが設置されて、申立に基づき多数の紛争について和解の仲介が行われています。

 

 以上のように、我が国の原子力損害賠償制度は福島原発事故の賠償に対して一定の役割を果たしています。しかしながら以前には想定し得なかったような大規模な原子力災害に直面し、従来の原子力損害賠償制度では対処しきれない種々の課題も出現しており、それらに対処するための新たな法律が事故後に制定されましたが、依然として残されている課題もあります。

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(原子力損害賠償の課題)
我が国には原子力損害賠償制度があったにも関わらず、福島原発事故の賠償に関して多くの議論があったのは何故ですか?
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今回の原発事故の損害賠償については、原賠制度の主要項目に関して以下のような意見や考え方などが示されています。

  • 原子力事業者の免責規定:原賠法上には一般条項として免責規定が設けられていましたが、地震による津波に起因する今回の原子力事故が果たして原賠法の免責規定に該当するのかどうか、免責の場合の国による被災者への救済はどのようなものか、など大きな議論を呼びました。
  • 損害賠償措置制度:1200億円の賠償措置は一定程度には機能しましたが、今回のような過酷事故による大規模な原子力災害にはとても有効とは言い難い結果となりました。これについては事故後に急遽制定された原子力損害賠償支援機構法により当面の原子力事業者に対する資金援助等の仕組みが構築されています。
  • 原子力事業者の責任限度:我が国では事業者の賠償責任は無限とされているため、賠償措置額をはるかに超えた賠償負担は事業者の資力を大きく超過することとなり、その対処方法に関する多様な意見が出されました。
  • 国の責任:原賠制度に基づき原子力事業者が一義的に責任を負うとする一方で、当初より国策として原子力発電を推進し、許認可に密接に関与してきた国家の責任についての考え方が議論されました。
  • 原子力損害に関わる賠償の困難性:制度に基づき設置された紛争審査会・紛争解決センターによる賠償指針・基準の策定や和解の仲介によって、被害者への迅速・公平な賠償が進んでいますが、事故により原子力損害特有の問題も顕在化しており、これらは原子力損害賠償を一層困難なものにしています。

【A2.の解説】

 今回の原発事故の損害賠償に関する主な論点は以下の通りです。

○原子力事業者の免責規定

  • 原賠法上、原子力事業者が原子力損害の賠償責任を免責されるのは「異常に巨大な天災地変」又は「社会的動乱」によって生じた事故の場合と規定されていますが、その具体的な判断基準は法令には規定されておらず、原賠法制定の際の国会審議においても、免責規定における異常に巨大な天災地変の大きさや、免責に該当した場合の国の被災者に対する措置の内容などについて議論がありました。
  • 福島原発事故は、地震のエネルギーが関東大震災(M7.9)の約40倍の規模であること、貞観大地震(869年に陸奥国東方沖で発生したとされる巨大地震)のM8.3~8.6よりも大きく1000年に一度の規模であること、津波の遡上高(陸へ上がった津波が到達した標高)は想定を大きく超える14~15mであり異常に巨大であること、通常の不可抗力を認定するための判断基準から見れば常識的には当然に免責にあたること、などから、「異常に巨大な天災地変」に相当するため免責に該当するという見解があります。
  • 一方では、地震の規模も津波の遡上高も全く予想できないようなものではないこと、原子力施設は科学技術の発展に応じた最新の知見による対応が必要であって免責事由も事故時において判断すべきであること、免責事由とされるにはそれが唯一の事故原因であって原子力事業者による人災の要素が含まれている場合には免責されるべきでないこと、などから、原子力事業者の免責事由に該当しないとする見解もあります。
  • これについて、政府においては「異常に巨大な天災地変」とは、まったく想像を絶するような事態に限られるものであるとし、「一義的責任は東京電力にある」という見解を出しており、また東京電力は支援機構法に基づく国の資金援助を申請することで、今回の原発事故が事業者の免責事由に該当しないということを前提に賠償措置が進められています。

○賠償措置制度

  • 我が国の損害賠償措置額1200億円は、世界でも米国(約1兆2200億円)とドイツ(約3200億円)に次いで世界で3番目に高額ですが、米国やドイツでは民間保険契約に巨額の原子力事業者の相互扶助を上乗せした制度であり、より高額な損害賠償措置制度を現在の保険市場に依存するには限界があります。
  • 事故後に制定された原子力損害賠償支援機構法では、米国やドイツの賠償措置制度のような原子力事業者による拠出方式とさらに国による資金調達の援助とを組み合わせて、賠償措置額を超えた賠償責任に対処する仕組みを構築しています。この仕組みは、賠償額が事業者の資力を超えた場合、その企業の株主や取引金融機関等のステークホルダーの責任をどのように処するかといった問題は残されたままですが、当面の賠償資力の確保に対しては有効に機能しています。
  • また、東京電力福島第一原子力発電所の原子力損害賠償責任保険の契約更改にあたり、事故の状態が未だ継続しており、かつ原子炉等の著しい破損状況や高放射線量の環境が事故以前の状態である平常時に比べて非常にリスクの高い状況にあることから、保険市場における受入れが困難となる中で契約更改に至らず、東京電力は供託により1200億円の賠償措置を履行しました。このことは過酷事故が発生したような場合の原子力施設に係る賠償措置のあり方について、さらなる検討を促す出来事であるといえましょう。

○原子力事業者の責任限度

  • 我が国では原子力事業を進めるうえで被害者保護の優先が不可避であることなどから、原賠制度導入時より原子力事業者の責任に限度を設けない無限責任制が採用されています。
  • 一方では、もともと国際的な原賠制度の基本的原則を踏まえて原子力事業者に無過失責任、責任集中を負わせているのであるから、事業者の責任限度についても殆どの国の原賠制度と同様に有限責任制にするのが適当であるとする意見もあります。
  • 実際、過酷事故に伴う大規模損害を生じた場合には、現実問題として民間企業である原子力事業者の賠償資力には限度があることや、また仮に原子力事業者が法的整理に至った場合、その後の被害者に対する賠償の実施をどのような方法で履行するのかといった大きな問題があります。

○国の責任

  • 原賠制度の責任集中という原則からすれば、全ての責任は原子力事業者に集中しており、仮に事業者以外の原子力関係者に起因して原子力損害が生じても当該関係者の賠償責任は問われないことになりますが、ここで国の責任についてはどうかということが俎上に上がりました。
  • これについては、原子力事業は各国とも自国のエネルギー政策と密接に関連しており、原子力施設の建設・運転は国が規制し許認可を与えていることから、仮に国の安全指針等の不具合や国の規制権限の不行使などといった事実が存在し、国家賠償法の適用要件に該当する場合、原賠法上における事業者への責任集中の原則があっても、原賠法の原子力事業への参入者に対する責任負担回避の原則や原賠法の法益を侵すものではないとの事由により、国家賠償責任が認められ得るとの見解があります。また、状況によっては、原子力事業者と国の共同不法行為責任ないし不法行為責任の競合という考え方が発生することになるとの見解もあります。
  • この他にも、例えば、損害賠償の責任集中や国家賠償責任の法解釈論とは全く別な経済学的な視点として、最安価損害回避者の理論 という見地から、最安価損害回避者は原子力事業者であり、国の監督や規制は最低限の安全性を確保するためのものであるから、事業者がこれらを遵守さえすれば後は国が責任を負うというものではないとする意見もあります。

○原子力損害に関わる賠償の困難性

  • 事故発生から1ヵ月後の2011年4月11日に原子力損害賠償紛争審査会が設置され、多数の被害者の生活状況等が損害の全容の確認を待つことができないほど切迫しているという事情に鑑みて、2011年4月28日の第一次指針、8月3日の中間指針など、原子力損害に該当する蓋然性の高いものから順次、原子力損害の範囲の判定の指針が提示されました。また、当事者同士の主張が食い違う場合は「原子力損害賠償紛争解決センター(紛争解決センター)」が和解の仲介を行っており、対処する要員の拡充、迅速な処理体制・方法の構築、賠償基準の策定など種々の対策を講じていますが、大量の申立てに対して迅速に解決できているとは言い難い状況が続いています。
  • 今回の原発事故の賠償においては、一般の不法行為責任における賠償とは異なる賠償項目・賠償対象者・賠償対象期間・賠償金額の算定方法など原子力損害に特有な賠償問題を含んでいます。これらの要素は、賠償の範囲の判定、指針・基準の策定、個別事案の処理等に多大な困難性をもたらしています。
  • このような例として、精神的損害の考え方、自主避難者の損害賠償及び避難区域周辺に居住する人の損害賠償、風評被害及び間接被害の範囲、避難区域内の財物損害の考え方、自治体の損害などが挙げられます。
  • これら指針や基準に対しては、実態に即していないという被害者からの批判がある一方で、これまでの学説や判例で定まっていない風評被害について因果関係を認めていることに疑義を示す意見もあります。

 以上に挙げた項目の他に、支援機構法における遡及適用、除染費用の取扱、賠償の枠組みでは解決できない問題などがありますが、これらについては次回以降に取上げてまいります。

○ 原産協会メールマガジン2009年3月号~2012年10月号に掲載されたQ&A方式による原子力損害賠償制度の解説、「シリーズ『あなたに知ってもらいたい原賠制度』」を冊子にまとめました。

最新版の冊子「あなたに知ってもらいたい原賠制度2012年版(A4版324頁、2012年12月発行)」をご希望の方は、有料[当協会会員1,000円、非会員2,000円(消費税・送料込み)]にて頒布しておりますので、(1)必要部数、(2)送付先、(3)請求書宛名、(4)ご連絡先をEメールでgenbai@jaif.or.jpへ、もしくはFAXで03-6812-7110へお送りください。

『あなたに知ってもらいたい原賠制度2013年度版』

 シリーズ「あなたに知ってもらいたい原賠制度」のコンテンツは、あなたの声を生かして作ってまいります。まずは、原子力損害の賠償についてあなたの疑問や関心をEメールで genbai@jaif.or.jp へお寄せ下さい。

お問い合わせ先:地域交流部 TEL:03-6256-9314(直通)