欧州委員会によるネットゼロ産業法案の発表

2023年6月1日

概要

2023年3月16日、欧州委員会(EC)は、グリーン・ディール産業計画の一環として、温室効果ガス排出ネットゼロ実現に貢献する技術(ネットゼロ技術)のEU域内での生産能力拡大を支援する「ネットゼロ産業法(Net-Zero Industry Act:NZIA)」案を発表しました。

本法案は、ネットゼロ技術の生産拠点に関する規制枠組みを簡略化し、投資環境を改善することで、「戦略的ネットゼロ技術」について、2030年までにEU域内需要の40%を同域内で生産することをベンチマーク(努力目標)とするものです。

産業界は、小型モジュール炉(Small Modular Reactor:SMR)や先進原子炉が「ネットゼロ技術」として規則案に含まれたことを歓迎する一方、既存炉を含めた原子力部門全体を包括すべきとの声も上がっています。

背景

ECが2019年12月に提示した欧州グリーン・ディールによって、2050年までのEUの気候中立が目標に設定されました。気候中立に対するEUのコミットメントと、2030年までに温室効果ガスの純排出量を1990年比で少なくとも55%削減するという中間目標は、欧州気候法によって法的拘束力を持つことになっています。

その野心的な目標達成に向けて、「Fit for 55」政策パッケージ(2021 年 7 月、12 月)では具体的な法整備を提案し、さらに REPowerEU 計画(2022 年 5 月)ではロシアによるウクライナ侵攻後のエネルギー危機に対応してロシア依存・化石燃料からの脱却を掲げました。2023年2月1日、ネットゼロ産業を促進し、欧州グリーン・ディールの目的が確実に期限通りに達成されるようにするため、新たな包括的政策構想として「グリーン・ディール産業計画」が提示されました。この計画は、EUがクリーンテクノロジー投資を通じて国際的競争力を強化し、気候中立への取り組みを先導することで、ネットゼロ産業のための予測可能で簡素化された規制環境を作ることを目指しています。

この計画の一環として、2023年3月16日、「ネットゼロ産業法」案、「重要原材料法(Critical Raw Materials Act)」案が発表されました。

ネットゼロ技術及び戦略的ネットゼロ技術

ネットゼロ産業法案にて「ネットゼロ技術」及び、「戦略的ネットゼロ技術」として指定を受ける技術は以下の通りです。

ネットゼロ技術に該当するプロジェクトに対し、加盟国は、ワンストップショップ(行政・許認可プロセスの唯一の窓口となる国家主管庁)を指定し、許認可プロセスが12か月(年間製造能力1GW未満のプロジェクト建設)~18か月(1GW以上)を超えないなど、行政・許認可プロセスの合理化がなされます。

戦略的ネットゼロ技術に該当し、EU域内に立地する場合に加盟国が認定する「ネットゼロ戦略プロジェクト(Net-zero strategic projects)」についてはさらに優先されるものであり、国レベルで「優先的地位」を与えられ、最も迅速な許認可プロセスの恩恵を受けます(9か月~12か月)。また、優先的な公共の利益とみなされることもあります。

原子力発電については、戦略的ネットゼロ技術の指定には含まれず、「ネットゼロ技術」に先進原子炉やSMR及び、関連の燃料技術が指定されるにとどまりました。

現在提案されている法案は、今後、欧州議会と欧州連合理事会によっての議論・合意を経て採択され、発効することとなります。

ネットゼロ産業法案に対する産業界の反応

欧州の産業界は、一部の原子力発電技術が本法案中のネットゼロ技術に含まれることを評価する一方、対象となる技術が先進原子炉やSMRに限定されることなく、既存炉を含めた原子力技術を包括的に含むべきとの声が上がっています。

欧州の企業・団体による公開書簡(2023年3月13日)

Open letter calling for the inclusion of nuclear as a strategic technology under the Net-ZeroIndustry Act

  • 原子力は24時間、365日利用可能な低炭素エネルギー源であり、ヨーロッパの低炭素電力の約50%を提供している。
  • 将来的には、原子力によって大量の熱、蒸気、水素も供給される可能性があり、これらによって脱炭素化の目標を達成すると同時に、エネルギー供給の安全性を確保し、競争力のある産業基盤を維持することができる。
  • 原子力産業は多くのEU加盟国において十分に確立されており、約1,000億ユーロとされる年間売上高は、EU全体のGDP(約5,000億ユーロ)に大きな影響を与えている。
  • クリーンな原子力技術はEUタクソノミーに含まれており、NZIAから除外すべき正当な理由は見当たらない。よってNZIAにおいて戦略的ネットゼロ技術に含まれるべきである。
欧州原子力産業協会(nucleareurope)(2023年3月16日)

Nuclear partially recognised under Net Zero Industry Act

  • NZIAの中に少なくとも原子力技術への言及がなされたことは前向きに評価するが、これでは十分でない。
  • 米国では、インフレ削減法の下に原子力セクターを含めることで、原子力セクター全体を支援している。
  • NZIAによってヨーロッパの原子力部門が支援されることで、EUは他の地域と対等な立場に立つ機会を得て、クリーン技術をめぐる世界的な競争を先導することが可能となる。

【参考】

お問い合わせ先:企画部 TEL:03-6256-9316(直通)