原子力水素イニシアチブ(NHI)による報告書「カーボンフリーの原子力による水素製造」(2022年7月)について

2022年8月30日

世界の40以上の組織が連合体を立ち上げ

今、政府や民間企業のリーダーが、世界の脱炭素化に向けた解決策を検討する際、炭素排出量実質ゼロの有望な方法の一つとして、水素に注目している。こうしたなか、本年7月26日、「脱炭素の世界的なエネルギーシステムとビジョンにおける重要な気候ソリューション」である原子力発電による水素燃料の開発、促進を使命として、世界中の企業、各種団体、政府機関、電力会社など40以上の組織が、連合体として原子力水素イニシアチブ(Nuclear Hydrogen Inistive:略称NHI)を立ち上げた。NHIには国際原子力機関(IAEA)も参加している。NHIは、活動目標として、①ゼロカーボン市場で原子力技術が果たす役割の認識向上、②原子力水素製造を推進するための政策の形成、③技術・規制課題への対応、④商業パートナーシップの促進、⑤金融界との関係強化、を掲げている。

NHIが報告書、主要国では原子力水素プロジェクトが進行中

NHIは発足に合わせて、2022年7月、報告書「カーボンフリーの原子力による水素製造“Hydrogen Production from Carbon-Free Nuclear Energy“」(計43頁)を発表した。報告書では、原子力を利用してクリーンで高品質な水素燃料を大量かつ低コストで製造するというNHIのビジョンを示し、原子力が有するそのユニークな特性から、「原子力はクリーンな水素市場の触媒となることができる」と指摘している。

報告書によると、現在、世界26か国とEUが水素ロードマップや戦略を発表している。このうちの21か国では2020~21年に発表され、このことは脱炭素社会の実現に向けた水素への注目度の高さを示すものだ。その他、IEA(国際エネルギー機関)が主導する水素製造に関する技術協力プログラムなど、いくつかの国際・地域協力の取組が既に始まっている。原子力インフラが既に整っているカナダ、英国、米国などでは、国の水素ビジョンや計画、戦略に、原子力が水素製造にもたらす価値を認識し、大規模な原子力水素製造に向けた取組やパイロットプロジェクトが盛り込まれているケースもある。

クリーン水素需要の急増に原子力水素が貢献

報告書では、最も豊富な化学元素である水素は、”エネルギーを貯蔵するだけでなく、輸送、電力、産業、建物など、脱炭素化が困難なエネルギー部門にも利用できるエネルギーキャリアである “としている。今後、水素経済への移行に伴い 2050年までの水素需要の急増が予想されている。最も保守的な予測でも、クリーン水素の生産量は現在の生産能力の2.5倍から7倍に増加すると予想されており、クリーンな水素を製造するためのあらゆる方策を模索する必要性を指摘している。

そこで報告書は、現在主流の水素製造(メタンガスの水蒸気改質や石炭ガス化)および再生可能エネルギーによる水の電気分解による水素製造に加え、原子力も水素製造の有力な手段であると強調している。それによると、現在、世界の主流である軽水炉技術による原子力発電は、優れたパフォーマンスと信頼性を誇り、米国では近年90%を超える設備利用率で運転されている。これは、競争力のあるクリーンな水素製造を検討するうえで重要な要素であると指摘。

また原子力発電は電力だけでなく、熱も生産することができることから、より効率的な高温水蒸気電解槽(HTSE)とのコラボレーション、さらに現在世界で開発中の先進原子炉のなかには、電解槽(Electrolyzers)を使わずに、超高温で熱化学的に水素を製造することが可能としている。

政策勧告

こうしたことからNHIは、原子力による水素製造加速に向け、様々な戦略や政策、ロードマップを策定するうえで考慮すべき点を政策勧告として以下の通り整理した。

・水素計画の技術中立化
-水素計画や政策を策定する政府は、あらゆる低炭素の水素製造技術を計画に含める。

・水素政策や計画に原子力を盛り込むこと
-主要なゼロカーボン水素のパスウェイとして、原子力による水素製造を水素計画やロードマップに明示的に含める。
-原子力水素製造の明確な目標や指標(例:y年までにxの水素製造)を設定、政策や計画で説明。
-水素ハブには、原子力水素製造施設を含める。

・対象を絞った研究開発実証(RD&D)
-政府は、短・中・長期的な目標を持つ原子力研究開発実証に的を絞った資金を配分する必要がある。具体的には、以下の通り。

  1. 2022年から3年以内に、既存炉から大規模な商業用水素を製造するためのパスウェイを創出。
  2. 2028 年までに、先進原子炉からの高温水蒸気電解を用いた水素製造を実証。
  3. 今後5年以内に、熱化学水素のパイロット製造を実証。

・生産インセンティブの設定
-原子力ベースの水素製造者に税制上の優遇措置を与える。例として、投資税額控除、生産税額控除、その他の税の免除(例:炭素税、電力生産税、系統連系税(該当する場合))など。
-原子力水素製造者が、さまざまな財政的インセンティブを受ける資格があることを確保。

・エンドユーザーインセンティブの確立
-差額決済スキーム(例:化石燃料から製造された水素などの市場価格との差額を政府がユーザーに支払う)により、初期期間(例:5年間)、原子力水素の購入を補助。
-原子力で製造された水素の引き取りについて、水素ユーザーに税制上の優遇措置を講じる。
-産業界が低炭素水素を利用して脱炭素化するための融資、補助金、専用資金を提供し、特に原子力による水素を奨励の対象とする。

・政府調達の活用
-政府は、公共調達を通じて、原子力水素を含む低炭素水素を使用して製造された製品(鉄鋼など)を優先的に購入。

以上

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