「真実を明かすアトム:加速器ベースの分析技術が 美術品の贋作を見抜く」(仮訳)ーIAEAブレティンVol.63-2(2022年5月)「特集:加速器の利用と他の電離放射線源」からー

2022年9月20日

現在、ウクライナのザポリージャ原子力発電所における原子力安全とセキュリティ確保に向けた支援活動に注目が集まるIAEA(国際原子力機関)ですが、IAEAの活動は発電分野に限ったことではありません。いや、むしろ、開発途上国を含む世界の多くの国々にとって、生活水準や医療水準の向上のための放射線利用の方がメジャーかもしれません。

IAEAは2022年5月、IAEAブレティン(季報63ー2号)「加速器および電離放射線の利用」に関する特集号を刊行しました。そこでこのなかから、「真実を明かすアトム:加速器ベースの分析技術が美術品の贋作を見抜く」(仮訳)をご紹介します。


「真実を明かすアトム:加速器ベースの分析技術が美術品の贋作を見抜く」

絵画にまつわるストーリーは通常、作者と制作年代を特定することから始まります。そして実のところ、犯罪的な欺瞞を物語る貴重な絵画とされるものもあるのです。美術品の贋作は儲かり、見抜かれないこともありますが、加速器質量分析装置(AMS)による放射性炭素年代測定などの分析技術により、偽物を明らかにすることができます。

「核分析技術は、サンプルや物体の組成や起源、信ぴょう性、年代を特定するうえで極めて強力であり、それゆえ法科学と直接的な関連性を持っている」とIAEAの核物理学者のA. サイモン氏は言います。そのうえで同氏は、「美術品の贋作の調査や不正取引の検知、偽造食品や規格外医薬品の識別、犯罪現場のガラス片などの痕跡証拠分析など、核技術はさまざまな目的で有効なツールとなり得る」と述べています。

法科学とは、犯罪捜査に役立つ証拠を調べるために、科学的手法や専門知識を応用することです。DNAや指紋の分析から組成やガラスの分析まで、さまざまな分野で構成されています。法科学の分野では、加速器は物質の組成や構造、年代などを分析するために使用されます。サイモン氏は、X線や中性子、イオンは、従来の手法よりも優れており、「何百万のなかから1つの粒子を分析し、証拠を無傷のまま、極めて正確に起源を特定することが可能」と言います。

放射性炭素年代測定

絵画のキャンパス(天然繊維製)やフレーム(木製)を含む、あらゆる生き物は、大気中から炭素14を含む炭素を吸収します。炭素14は不安定同位体(放射性同位体ともいう。原子核が不安定で,放射線を出して時間の経過とともに別の原子核に変化する。炭素14の場合、窒素14に変化。炭素のほとんどを占める炭素12は安定同位体である)であり、一定の割合で減衰します。植物や動物が死ぬと、炭素の吸収はストップし、既に蓄積された放射性炭素が減衰します。物質の年代は、炭素同位体比を測定するAMSを用いて、炭素14の量によって特定できます。この技術は放射性炭素年代測定法として知られ、化石の年代測定に広く用いられていますが、最近では美術品の贋作と疑われる作品の年代測定に応用されています。フランスのパリ・サクレー大学の炭素14測定研究所のマネージャーであるL.ベック氏は、「キャンバスの放射性炭素年代測定は、キャンバス用のリネンを収穫してから実際に作品を描くまでの時間を測定するため、作品が制作された可能性のある最も古い年代を知ることができる」と述べています。

大気中の炭素14の量は最近変動しており、特に1940年代半ばから1950年代にかけて、核実験の影響により変動しています。大気中の炭素14の濃度は1964年頃にピークを迎え、その後減少しています。「現代の兵器由来の放射性炭素を含む物質は、炭素14の濃度レベルが1950年代以前のレベルよりも高いので容易に特定できる」とベック氏は言います。

文化財の不法取引を取り締まるフランス当局が2019年に実施した贋作の可能性に関する調査で、ベック氏は19世紀後半から20世紀初頭にかけて制作されたと考えられるコレクションの絵画2点を検査しました。研究者はキャンバスから繊維のサンプルを採取、それを約1ミリグラムの炭素に還元し、AMSで測定しました。


印象派の絵画とされる作品の繊維をキャンバスから剥がし、
贋作かどうかを検証(写真:L.ベック/パリ・サクレー大学)

「AMSによる放射性炭素年代測定法で、印象派と点描画の2点が贋作であることを証明することができた」「繊維から検出された過剰な量の炭素14から、絵画は1940年代に亡くなった画家が、20世紀初頭に描いたものではないことが判明した。繊維に含まれている内容物から、キャンバスが1950年代半ば、あるいは2000年以降に製造されたものである可能性が高いと分かった」とベック氏。測定された炭素14のレベルは、1960年代にレベルがピークに達する前後のものと一致するものでした。

法科学のための核を加速へ

2017年、IAEAは法科学のニーズに応えるため、核分析技術を強化する4年間の協調研究プロジェクトに着手しました。このプロジェクトは、ガラス分析や食品認証、美術品贋作の調査を含む文化遺産の3つの主要分野に焦点を当てました。プロジェクトには、ブラジル、クロアチア、フィンランド、フランス、ハンガリー、インド、イスラエル、イタリア、ジャマイカ、ポルトガル、シンガポール、スロベニア、スイス、ベトナムが参加しました。コーヒーやウィンドシールドガラスのサンプル分析からフランスでの美術品贋作の調査まで、プロジェクトの成果の一部は、すでにForensic Science International誌の特集号で発表されています。

このプロジェクトの枠組の下、IAEAは2019年、イタリアのトリエステでアブダス・サラム国際理論物理学センターと共同でワークショップを主催しました。加速器ベースの技術が、犯罪捜査における標準的な鑑識方法をいかに補完できるかを強調しました。同時に、IAEAは法科学のための核分析技術に関するeラーニングコースを開始しました。

このプロジェクトの成功に基づいて、IAEAは2021年、国連地域間犯罪司法研究所(UNICRI)と、原子力科学技術を通じた犯罪行為の防止と対策における協力を強化するための覚書に調印しました。

次のステップとして、IAEAは、遺産の不正取引と貴金属の不正採掘の検知に焦点を当てたフォローアップ協調研究プロジェクトの立ち上げを計画しており、加盟国からの財政支援を求めています。


なお今回ご紹介した取り組みのほかに、IAEAブレティンVol.63-2(2022年5月)には、以下のようなIAEAの取り組みが紹介されています。ご参考下さい。
accelerators.pdf (iaea.org)

<目次>
持続可能な開発のための加速器と放射線技術 Rafael Mariano Grossi
粒子加速器とは何か? Sotirios Charisopoulos, Wolfgang Picot
加速器の利用による環境の理解と汚染への対処 Lenka Dojcanova
古代ローマ考古学が原子力科学で再浮上する Michael Madsen
プラスチック汚染:環境保護へ放射線でリサイクル Puja Daya
照射による食品の害虫駆除の円滑化 Joanne Liou
ニューロンのための中性子とRIのためのサイクロトロン Michael Madsen
真実を明かすアトム:加速器ベースの分析技術が美術品の贋作を見抜く Joanne Liou
量子修正:加速器を利用して単一原子を埋め込んでバイオセンシングに Joanne Liou
先端材料開発のための原子力技術 Anass Tarhi
フィリピン内外に電離放射線施設を設置 Puja Daya
放射線施設の安全・セキュア・平和利用を法律で実現 Anthony Wetherall, Chenchen Liang
イオンビームについて知っておくべきこと Puja Daya, Sotirios Charisopoulos
より良い世界のための産業放射線照射 Michael Madsen
MYRRHA:放射性廃棄物を管理する加速器駆動システム Michael Madsen
公正なエネルギー転換に向けて (IAEAニュースストーリー)
 原子力発電はクリーンエネルギー部門で最高の賃金の雇用を誇っている
チュニジアの口蹄疫の株はIAEAとFAOの支援を受けて記録的な速さで特定
 (IAEAニュースストーリー)
透視法を用いた医療処置における放射線防護の改善 (IAEAニュースストーリー)

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以上

※日本語仮訳はIAEAの許可を得て当協会が作成していますが、当該日本語訳はあくまでも便宜的なものとして利用し、適宜、英文の原文を参照していただくようお願いします。

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