岡山大学「自然災害や事故に対応できる優れた判断力持つ人材を育成」

2015年12月17日

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~耐災安全・安心センター 麓敦子研究員に聞く~
<原子力や放射線の安全利用、安全管理などを総合的に学ぶ>

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麓敦子研究員

 岡山大学耐災安全・安心センターは、放射線や原子力施設の安全管理への正しい知識を身につけた技術者を育成することを目的として、2014年1月に発足した。岡山大学大学院の自然科学研究科、保健学研究科、環境生命科学研究科に所属する大学院生が、原子力や放射線の安全利用、原子力プラントなど大規模施設の安全管理、放射性廃棄物の問題を含む環境安全について学んでいる。このセンターが実施する人材育成特別プログラムは、各研究科の専門分野で基礎知識を持っている学生がさらにブラッシュアップするための学内横断的な教育プログラムとなっている。岡山大学では本センター設置前の2008年より文部科学省と低線量放射線環境安全・安心工学に関する教育プロジェクトを行っており、その内容をさらに広げて、自然災害や事故に対応できる優れた判断力を持つリーダーとなる人材の育成を目指している。岡山大学に原子力工学専攻はないが、それぞれの専攻を活かして更に何かやりたいという意欲ある生徒が集まっている。自身の専攻にプラスアルファで原子力や放射線の総合的な安全管理についても学んできたことを示す本コースの修了証は、就職する際にもアピールできると思う。
 また、全国7大学(東京工業大学、金沢大学、福井大学、茨城大学、大阪大学、名古屋大学、岡山大学)と日本原子力研究開発機構でネットワークを結び、全国の拠点を結んだ遠隔講義を行っているほか、プレゼンテーションやディベート、施設見学などを盛り込んだ集中講義なども実施しており、コースを履修する学生は他大学の学生と共に学びながらコミュニケーション力や問題解決能力を身につけることができる。さらに、岡山大学は、津山工業高等専門学校と日本原子力研究開発機構(JAEA)との三者でも連携協力しており、2015年11月に開催した環境・エネルギーシンポジウム「安全文化と安全教育~世界にはばたく安全技術者を岡山から~」も共催した。原子力発電所は岡山県内にないが、県北部にはJAEA人形峠環境技術センターがあり、岡山大学との共同研究なども行っている。
 岡山県では幸いにも東日本大震災の影響は少なかったと思う。岡山県は地震や災害に強いといわれているが、福島第一原子力発電所事故の前からリスク教育に取り組んでおり、日本の社会全体の心配や混乱を止められなかったという反省もある。本プログラムは特に福島第一原子力発電所事故を意識したカリキュラムではないが見直しを図り、今回のような事態の再発を防ぐために危機人間心理学や組織危機管理学などにより一層の力を入れている。

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岡山大学創立50周年記念館での安全シンポジウム

<放射線の知識とコミュニケーション力を身に着け適切な判断できる人材を>
 リスクという言葉はよく使われるが、あまり正確に理解されていないのではないか。多くの日本人が考える「リスク」という言葉は「危険そのもの(ハザード)」を指して使っているように感じる。リスクの語源であるラテン語の「リスカーレ」は、何かをやらなければ何かを得ることもない、冒険しないと利益もないということを意味している。リスクは、ある行動によって損害を受ける可能性についての言葉で、現実には起こっていない不確実性を持つ概念であり、工学や経済学などの分野により定義が異なる。経済学ではリスクという言葉は損にも益にも使い、儲かることはアップサイドリスクとされている。工学分野で「リスク」という際には、発生確率と影響度で考え、損失を受けることをリスクとして扱う。
 安全担保のためにリスクをどれくらい下げたのか工学系の人は定量的にデータを示して説明するが、それだけでは上手く伝わらないことがある。福島第一原子力発電所事故のような事故を二度と起こさないため、原子力事業所で働く方々はいろいろな安全対策をしている。実際に効果的な措置がとられているが、一般の人にはこれだけリスクを低減したから安全だと数値を使って説明されてもわかりにくいと思う。それぞれの分野で安全対策に努めるのはもちろん重要だが、それを総合的に統括してうまく情報を伝えていかないと、社会全体では安全が実現したと感じられないのではないか。本プログラムで学んだことをそれぞれの立場で活かし、知識、技術をしっかりと必要な場所へ伝える橋渡し役ができる人材を育成していきたい。
 安全や安心については特に女性が活躍できる分野で、家族の健康を守ったり食を担ったりしてきた女性の視点や、優れたコミュニケーション能力などが活かせる。今の放射線量で外に出ても大丈夫なのか、これを食べても良いのか、このような疑問に対して、きちんと勉強した女性が応えていけば社会全体の放射線に対する不安は少なくなると思う。危険性や身体に影響のあることなどを説明するには、男性よりも女性のスピーカーのほうが受け入れられやすいともされており、米国等では戦略的に広報に女性を登用するケースも聞く。現在本センターの女性大学院生数は少ないが、大学も女性研究者に対するバックアップ体制を進めており、これからさらによくなっていくと思うので、もっと女性に学びに来てほしいと思う。
 個人的な思いとしては、人間は自分が幸せになりたいと思うものだが、自分だけでなく周りも幸せでないと本当の幸福は得られないと思う。そのためにも誰かを助けてあげられる人、誰かのために何かができる人に育ってほしいと願っている。新しい情報や知識を絶えずアップデートすることはもちろん重要だが、同時に人間にとって大切なこととは何かを考えていく本質的な力もつけてもらいたい。こうした人材育成を実現できるよう、みなさんの協力を得ながら一緒に考えていきたい。

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岡山大学

<安全について社会全体の理解を高める取り組みも継続>
 自身としては、どのように「安全」が実現されているのかということに対して、文系理系問わずそもそも社会全体に理解がないといけないと思っている。
 2015年3月には本センターで「放射線の健康影響を科学する」というテーマの公開講座を開催し、身近な生活環境の中にある放射線や健康への影響についてわかりやすく解説したほか、ラドン温泉の研究成果についても紹介した。少人数ではあるが岡山大学の近所の住民の方々にも来ていただき、「放射線のこと聞きたいけどどこに聞いたらいいのかわからない」、「娘が東京に住んでいて水などにすごく神経をとがらせているが実際のところどうなのですか」と心配する声を直接聞いた。離れた地域の人が福島第一原子力発電所事故や放射線影響について何も知らないでいいわけではなく自分たちの問題として考えることは大切だが、普通の人は機会がないと考えない。
 誰かの話を聞いて何となくそうだと思うことを信じるしかないという状況は良くないと思うが、危険かどうかは正しい知識を持たないと判断できない。普段の生活環境にも放射線は存在しているし飛行機に乗ることでも放射線を浴びることになることなどを勉強した上で、これくらいの線量だったら食べても大丈夫という判断ができれば、必要以上の心配はしなくなると思う。公開講座のためにポスターを貼ったりチラシを沢山配ったりしたので、岡山大学耐災安全・安心センターでこのような取り組みを行っていることが一部は伝わったと思う。少しずつであるがこのように一般の人たちに向けて放射線の影響について伝える活動も続けていきたい。
 危機が起こった時に適切に判断できる人材が様々な分野にいることは大切だ。例えば病院や研究機関などでも放射線マークのある部屋があるが、その立ち入り禁止の理由について知らない人も多い。万が一大きな事故があったら多大な影響を及ぼす原子力や化学物質などを扱う施設では、誰かがわかっていれば良いというのではなく、そこで働く全員が安全対策について知っておいたほうがいいと自身は考えている。原子力の現場で働く人を育てることはもちろん大事だが、社会全体が安全や安心に対する理解を共有し、総合的に機能してこそ原子力産業を発展できると思う。