矢野経済研究所 過去から学び未来へ繋ぐ知恵を引き出して課題の解決策を読み解く

2017年11月10日

特集のロゴ(仮) 矢野経済研究所では、長年の経験に基づく市場に即した調査分析を通じ、時代の変化を読み解きながら、顧客の戦略に活かせるよう提案を行っている。マーケティングのプロフェッショナルとして原子力産業界をどのように見つめているか、同社の水越孝代表取締役社長に話を伺った。

水越孝代表取締役社長

<専門リサーチャーによる分析で原子力技術を他分野へ活かす提案>
 矢野経済研究所は1958年に創業者矢野雅雄が、“調査能力をもって日本の産業に参画する”を理念として設立、以来一貫して市場調査事業に取り組んできた。官公庁との共同事業を含め年間500件を超えるリサーチプロジェクトやコンサルティングを手掛けるほか、年間250本ほどビジネスレポートを発刊している。
 マクロ経済や金融情勢などの分析を得意とする金融系シンクタンクとは異なり、弊社は「超微粒子溶射技術の応用先市場に関する市場調査」など、より具体的な技術や製品市場に絞り込んだマーケティングリサーチを得意としている。また、産業別にリサーチチームが編成されており、ライフサイエンス、インダストリアルテクノロジー、ICT、ファッションなど、それぞれの専門リサーチャーが市場の最新動向を追いかけている。さらに、顧客が保有する既存技術の応用領域の開拓、新規事業の立ち上げ、海外市場への進出支援など、具体的なビジネス・ソリューションの提供も行っている。

矢野経済研究所が発刊する『日本マーケットシェア事典』

 原産協会の会員に対しても、原子力発電所の中で使われている要素技術や部品および材料について、他の民生市場への適用可能性調査や新規用途開発などの提案をさせていただいた実績がある。高度な濾過技術や遠隔操作技術をはじめ個々の技術に注目すると原子力産業のポテンシャルは高い。以前、経済産業省の案件で地方企業の活性化を目的としたビジネスマッチング事業で原産協会会員企業の技術紹介に携わったことがある。その案件では、新規分野に参入する際には原子力発電所への納入実績が最大の品質保証となることを実感した。

<原子力では短期長期双方の視点から先手を打つ戦略が必要>
 福島の復興に貢献したいとの思いを持つ企業や産業人は多い。弊社もある地方企業の社長から「うちの技術を除染に活かして欲しい。材料は無償で提供したい」との提案を受けた。この案件は原産協会に仲介いただき、原産協会会員企業に案内させていただいた。その後、複数の企業・団体から「福島には我々にも責任があるからやってみたい」という声をいただき、無償で試験を行ってくれるなど協力してくれた。これは本当にありがたく、日本の産業界一人一人の良心やパワーを強く感じた。さらに同件では各社から多くの応用提案をいただき、また、様々な技術試験が行われた。残念ながら採用には至らなかったが、こうした検討結果や試験データが埋もれてしまうのは惜しい。将来のためにも国レベルで技術データベースを構築し、原子力関連の研究者や企業がアクセスできるようなオープンな研究環境を整備して欲しい。こうした小さな知見の積み上げが原子力産業の未来をきっと支えてくれるはずであり、大きな事故を引き起こしてしまった国としての責任だと考える。
 原子力発電は廃炉だけでも三世代近くかかる。高レベル放射性廃棄物の処分まで考えれば万年単位が費やされる。したがって、短期的な視点、中期的な視点、「超」長期的な視点が原子力を考える際には必要である。ネイティブ・アメリカンには「知識は過去から来るが、知恵は未来からやってくる」という言葉がある。また、「政治的な課題は7世代先を考えよ」との教えもある。自身の利害を思うとせいぜい孫の代くらいまでしか考えが及ばないが、7世代だともっと普遍的な話になってくる。環境でもエネルギーでも短期的な効率性やコストの問題だけでなく、常に長い視点でものごとを考えていく必要がある。とりわけ福島の復興は長いレンジで対処しなければならない。そう考えると長期的かつ継続的な運用と研究投資が必要とされる原子力発電を“四半期単位で利益が問われる上場企業”が担うというのは、やはりどこかに無理があったのではないか、と思わざるを得ない。
 そういう意味で国が原子力政策を明確にするのは重要なことだと思う。今年、イギリスとフランスが2040年にはガソリン車とディーゼル車の販売を止めると宣言した。中国もEV(電気自動車)への流れを加速する。自動車メーカーはもちろん、グーグル、アップルなどのIT企業、あるいは、ダイソンやヤマダ電機など家電業界もEV参入を表明した。確かにCO2を排出しないEVは環境にやさしい。しかし、当然ながらエネルギーは電気である。EVは単に自動車産業の構造転換の問題ではなく、まさにエネルギー問題そのものである。自動車産業に支えられてきた日本は、それゆえに次世代自動車と次世代エネルギー政策を一体的に戦略化すべきである。

<優秀な原子力人材の確保には魅力的な研究環境を整備すべき>
 発電以外の原子力利用にももっと注目すべきだ。医療や農業などはもちろん、構造物の非破壊検査など工業分野での放射線需要も大きい。これらは既に原子力産業の重要な構成要素となっているが、こうした仕事が社会にどう貢献しているのか、成長性はあるのか、その先にどのような可能性があり、それを活かすために今どうしたらいいのか、しっかりと提示していく必要がある。
 そのためにも技術の継承と新たな人材の育成は必須である。実力を持った若い技術者を海外から呼んでくることも必要であろう。その意味において日本で研究炉を持つ大学が京都大学と近畿大学だけという現状は非常に残念だ。世界中から優秀な研究者が集まってくる研究環境の整備と優秀な技術者たちが社会に貢献している姿を見せることが、若い人材を業界に魅きつけるための最良の手段である。世界最高レベルの研究者と技術者が日本に集まり、世界最高レベルの知見と経験を国際社会に発信してゆく。そうすることで原子力に対する一般の見方も変わってくるだろうし、また、そうすることが日本の責任でもある。