もうひとつ先の私たちへ。-11「私たち自身が地元に価値を見出さないと」渡邉正純さん 一般財団法人楢葉町振興公社 事務局次長

「私たち自身が地元に価値を見出さないと」渡邉正純さん 一般財団法人楢葉町振興公社 事務局次長

楢葉町には、福島の美しい海を臨む公園「天神岬スポーツ公園」がある。キャンプ場や遊具を擁するスポーツ公園の広大な敷地には、宿泊施設やレストランが付属する「サイクリングターミナル」や、温泉施設「しおかぜ荘」が立ち並んでいる。楢葉町振興公社はこれら施設を一括した“指定管理者”として、楢葉町から指定を受け、運営している。震災前はそのほかに、国道6号線沿いの「道の駅ならは」(現在双葉警察が、双葉南部臨時庁舎として使用中)も運営していた。振興公社の事務局次長であり、楢葉町出身の渡邉正純さんに話を聞いた。

渡邉さん:
ココは施設全体の利用者数が年間で50万人くらいあり、楢葉町の観光拠点でした。特に3km南にあるJヴィレッジは、子供たちも利用できるサッカーのナショナル・トレーニング・センターでしたから、ココは宿泊施設として多くのお客様にご利用頂いていました。今では子どもたちも来なくなり、どちらかというと、復興作業に関わるビジネスの方が多くなっていますね。

もちろん住民の方にもお越し頂いてます。帰還していない方でも、法事等の機会にこちらへ来る必要がありますよね。そうした機会にここの施設で一泊してからお寺へ行くとか、同窓会会場としてこちらで宴会をやってそのまま宿泊するとか。自宅の片付けや解体に立ち会う方が、ここに一晩泊まって、というパターンが多いですね。

ただ震災前ですと、宿泊施設は年間1万6千人くらい利用して頂いてたんですが、今では年間8千人くらいと半減しています。

それと、うちは温泉が評判良かったんですよ。湯治も兼ねて年配の方がゆっくり泊まっていくといったケースも多かったです。ぬるっとした湯の質で、温度はぬるめなのですがあとからじわじわと温まって汗が止まらなくなる。1時間圏内からいらっしゃる方が多くて、お風呂で温まってから丁度良い按配で冷めて帰宅する流れで(笑) 温泉の方は年間15万人くらい利用して頂いておりましたが、今だと4万人くらいですね。

キャンプ場ですか? キャンプ場の利用はまだまだですね。これからだと思います。

施設の地震による被害はほとんどなかったそうだ。また敷地の海抜は40mくらいあり、津波の被害もなかったという。

渡邉さん:
ただ温泉の温度が若干、下がりました。26℃くらいだったのが23℃くらいに。調べてもらったところ、ここは800m地下から掘っているのですが、途中に亀裂が入ってそこから水が入っているんじゃないかと推測されています。現在別の場所に新たに掘って、そこからくみ上げる準備をしています。

最大の被害は「食材」です。

私ども震災の次の日に避難せざるをえなかったのですが、その翌日から小学生130名が合宿する予定が入っていたんです。その食材を一度に仕入れていたものですから、それが全部無駄になってしまいました。その年の7月くらいに一度施設に戻って掃除をしたのですが、すごい状況になっておりました。きちんと通電してあったのですが、冷凍庫や冷蔵庫を開けたらとんでもない異臭がしてね。

すでに機械はすべて新しいものに交換してありますのでご安心ください(笑)

楢葉町は2015年9月5日に避難解除され、施設は同19日に営業を再開した。一番苦労したのは従業員の確保だったそうだ。

渡邉さん:
もともとはここに70人くらいの従業員がいたんです。7割が地元の人間でしたが、震災でほとんどの従業員を解雇せざるをえませんでした。5年ぶりに営業を再開するということになった時に、以前の従業員に声を掛けたのですが、ほとんど戻って来てくれませんでしたね。仕方なく、地元から離れたいわき市とかから新たに雇い、通って来ていただいています。

ほかにも「楢葉の復興に少しでも関わりたい」と、遠方から応募してくださった方もあったのですが、泊まる場所が無いんですよ。宿泊場所というか下宿、アパートですね。当時はそうした環境が整っていなくって。

あとは人件費ですよね。アルバイト/パートの時給が、2倍近く跳ね上がってしまいました。そうすると単純計算して今までの半分しか雇えなくなります。ここは宿泊施設なんで24時間常駐しないといけませんので、私も含め社員が24時間常駐を実施した時期もありました。

今後の施設としての方向性を渡邉さんに伺ったところ、今こそ地元の良さを見直し、「公共の宿」としての原点に立ち返りたい、との言葉が返ってきた。

渡邉さん:
営業を再開してからというもの、どうしてもビジネスのお客様が多いため、私たち自身がそれに合わせたサービスに向いてしまっています。食事もなし、素泊まりで、フロントでの鍵の受け渡しだけ――という感じになってしまっています。私個人としてはビジネス化という効率追求、あまりお客様に手間暇かけずに回していく、というのはあまり好きではないです。

震災前は年配のお客様が多かったものですから、フロントでのお客様との会話を重視したり、いろいろな見どころの情報をお客様へ提供したりしていました。ビジネスのお客様相手ではそれがなくなってきています。これからもう一度、従業員の接客マナーをイチから見直して、再構築していきたいと思っています。

夕食はお刺身、しゃぶしゃぶ、焼き魚、天ぷら等々、美味三昧だ。

今ここで働いている従業員は震災後に入ってきました。私としてもあまり彼らの教育に力を入れてこなかった。もちろん電話の応対や鍵の受け渡しは問題なく出来ますが、一般のお客様とフランクな会話ができるかというと難しい。うちは「公共の宿」なものですから、お客様ともうちょっとこう親しいお話をして、もっともっとリピーターとして来ていただけるような雰囲気づくりをしていかなければなぁと思っています。

これからはスポーツ公園内にドッグランを新設する(※2017年4月にオープンした)など、新たな層のお客様を掘り起こそうとしています。これまでのキャンプ場、サイクリング、遊具に加えて、スポーツ公園全体をもっと盛り上げていこうと。やっぱり自分たちがこのスポーツ公園に価値を見出してそれをアピールしていく、という姿勢がないと付加価値って付かないと思うんですよね。「ロケーションが素晴らしい」「お風呂から見える景観が素敵」と言ってくれるお客様が多いんです。ところが中で働いている従業員は、その良さに気がつかないんです。ですからそれをもう1回見直そうというわけです。
食材に関しても同じです。やっと最近になって楢葉のコメを食べるようになりつつありますが、業者さんもなかなか地元の食材を使わないんです。もっともっと楢葉産をアピールしないといけないとは思っています。

「道の駅」には温泉と食堂と物産館があったのですが、どれだけの人が帰還して楢葉産の美味しい野菜を作ってくれるか、そして楢葉産の農産物を我々がどうやってアピールしていけるか、そこらへんがカギになるでしょうね。なにぶん早く手を打たないと。農業従事者も高齢化していますから。震災当時は50歳だった人も、そうこうしているうちに60歳、70歳になってしまいますよ(笑)

photo & text: 石井敬之