特集「終わりのない原子力の安全性向上に向けて」 電気事業連合会原子力開発対策委員長・豊松秀己氏

2017年2月9日

「福島第一原子力発電所事故」を肝に命じ、たゆまぬ安全性向上を
 「システム全体を理解する」人材育成も

 「原子力の安全性向上に向けた取組みに終わりはない」という考えのもと、再稼働に必要となる新規制基準への適合にとどまらず、事業者らは、より高い水準の安全性確保、社会からの信頼回復を目指し、たゆまぬ努力を続けている。インタビューシリーズ第1回目は、こうした事業者の取組みについて、電気事業連合会原子力開発対策委員長(関西電力副社長)の豊松秀己氏に話を聞いた。

- 福島第一原子力発電所事故から間もなく6年が経過しようとしている。事業者はこれまで様々な原子力の安全対策を進めてきたが。

 事故が発生し、事業者は、津波によってすべての電源が失われた事態を深刻に受け止め、原子力発電所において、直ちに、津波の浸水対策、電源確保対策、水源確保対策などについて、自主的に取り組んだ。さらに、新規制基準の施行を受け、事故前には想定していなかった竜巻等の大規模な自然災害等も想定し、同様の事故を二度と起こさない取組み、そして万が一事故が発生した場合にも備え、ハード面、ソフト面の対策を徹底的に強化してきているため、基本的には炉心溶融は起こらないものと考えている。しかし、炉心溶融が起こることを前提とした対策もとっており、仮に炉心損傷が起こったとしても、格納容器はしっかり守られ、放射性物質の放出は極めて小さく抑えられるものにしている。実際、原子力規制委員会の新規制基準では、「セシウム137の放出量が100テラベクレルを下回っていることを確認する」と要求しているが、例えば、審査をクリアした関西電力の高浜3、4号機でみると、極めて厳しい事故シーケンスを想定しても放出量は約4.2テラベクレルと評価している。これは、福島第一原子力発電所事故による放出量のおよそ10,000分の1であり、環境への影響を小さく留めることができる。

- こうした取組みを振り返りつつ、現在、事業者では、規制の枠にとどまらず、さらなる自主的・継続的な安全性向上活動を推進しているが。

 新規制基準というのは、いわばクリアすべき「最低のレベル」であって、実際に再稼働を行う段階となると、地元の方々を始め、国民の皆様の理解を得るため、事業者が「不断に安全性向上に努めている」ということが必須である。その一環として、万が一、原子力災害が発生した際、事業者として迅速に多様かつ高度な支援を図る「美浜原子力緊急事態支援センター」(*)が2016年12月17日、福井県美浜町に本格運用開始したところ。加えて、事業者では、万一の際に住民の方々の避難が円滑になされるよう、バスや福祉車両などの輸送手段、サーベイメータなどの放射線防護資機材を提供するといった支援活動を行うこととしているが、これらは法的要請事項ではなく自主的な取組みの一環である。

 原子力の自主的・継続的な安全性向上に向けては、地域ごと、事業者ごとの様々な取組みが積み重ねられているのだが、全国で共通して取り組んでいるものとして、原子力安全推進協会(JANSI)や世界原子力発電事業者協会(WANO)との連携活動がある。JANSIとWANOとが相互に連携したピアレビューは、事業者が継続的に安全性向上に取り組む上で極めて重要である。合わせて、リスク情報の活用のための体制や手法を定着させていくことが重要であることから、米国原子力規制委員会の元委員で、確率論を活用したリスク評価手法(PRA)の分野の権威であるジョージ・アポストラキス氏を所長に迎え、電力中央研究所に新たに原子力リスク研究センター(NRRC)を設立し、事業者共通の課題解決を検討・推進し、事業者との連携を図っている。

- 原子力規制委員会による審査も当初の見通しより大分時間を要しており、こうした事業者らによる努力にもかかわらず、なかなか再稼働が進まぬ状況だが。

 原子力規制委員会には、審査に精力的に取り組んでいただいているが、原子力発電所の再稼働が進まないことにより、原子力事業の予見性が低下していることから、人材面への影響が非常に深刻であり、加えて、原子力発電所を誘致していただいた立地地域についても、原子力に対する思いが段々と薄れていくのではないか、と危惧しているところ。そういう意味で何としても早急に再稼働する必要があると思う。
 2016年末時点で、再稼働に至ったプラントは5基(九州電力川内1、2号機、関西電力高浜3、4号機、四国電力伊方3号機)で、この他、5基(関西電力美浜3号機、高浜1、2号機、九州電力玄海3、4号機)が新規制基準をクリアしている。2017年、九州電力玄海3、4号機、関西電力大飯3、4号機が動き出せば、累計で9基のプラントが再稼働を達成したこととなるが、いずれもPWRで、今後は、BWRの審査も進展する必要がある。
 今後の審査の進展のためには、規制側とわれわれ事業者側とのコミュニケーションが重要だと思う。最近、自由民主党の原子力規制プロジェクトチームで、規制側、事業者側双方のマンパワー不足、特にBWRプラントの審査の遅延、バックフィット基準の明確化、40年運転制限制度の運用の仕方などについて意見を述べさせていただいた。これまでも、事業者のトップと原子力規制委員会は、審査とは別に、順次意見交換を行ってきたが、加えて電気事業連合会として、意見交換を打診し、原子力規制に関する主な議題として、40年超運転にかかる延長認可審査の考え方等について、意見交換をさせていただいた。今後もこのような機会を通じて、規制側と事業者のより実務的な面でのディスカッションを実施していきたい。

- 原子力規制委員会では、2017年度からの一部施行を見据え、検査制度見直しの議論が進められているが。

 原子力規制委員会においては、新しい検査制度として、米国にて実績のある原子炉監督プロセス(ROP)を雛形としたより効率的かつ効果的な検査を志向されている。ROP制度の導入により、安全重要度が高いと評価された事案について深堀りし、潜在的なリスクの軽重に着目した発電所の規制や運営を行うことにつながると考えている。これにより、原子炉施設の安全性を一層高められていくことを期待したい。また、こうした新制度の検討に当たっては、規制側と事業者の継続したコミュニケーションが大事だと思う。

- 2016年は、関西電力美浜3号機、高浜1、2号機の3基が、60年までの運転期間延長審査をクリアしたが、こうした高経年炉を再稼働する意義はどのようなものか。

 2015年に策定された「長期エネルギー需給見通し」で、2030年度の総発電電力量に占める原子力の比率が「20~22%」とされている。この基本的視点は、まず、エネルギーセキュリティであり、日本は石油ショックを経験しているが、今仮に、輸入される原油を積んだタンカーのほとんどが通過するホルムズ海峡が封鎖される事態となった場合、直ちにエネルギー供給に影響が及ぶという非常に大きな問題を抱えている。現時点で、これが顕在化していないために、国民の皆様にはよく理解されていないのが現状である。2つ目は、経済性であり、原子力発電所の再稼働が進まぬため、関西電力では2回の電気料金値上げにつながっている。そして、3つ目は、エネルギー起源のCO2排出量削減であり、気候変動対策の国際公約を果たすためにも重要である。単に「原子力発電所を動かした方がいいのか?」という議論となると、「動かさない方がよい」という意見も多いのだが、これら3つの視点を含め合わせた日本の将来も考えた議論をすれば、国民の皆様も理解していただけるものと思う。
 さて、この「20~22%」という数字を達成するには、まずは、原子力発電所の再稼働が不可欠であるが、一方で、廃炉になるプラントも出てくる。そうなると、40年運転の原則に縛られてはとても達成できない。したがって、2つ目に40年超運転を行うことが必須となる。そして3つ目にリプレイスがある。
 これまで、運転開始から40年を経過した出力の小さな初期のプラントは廃炉が決定されている。40年を経過したプラントの運転期間の延長をクリアしないと、エネルギーミックス全体のバランスが保たれない。そういう意味で、美浜3号機、高浜1、2号機の再稼働は必須だと考えている。これら3基は、これまで長期の運転を想定して日々の点検や約1年毎の定期検査などの保守管理活動を継続的に行ってきており、予防保全の観点から大型機器の取替えも計画的に行ってきた。その上で、運転期間の延長に際しては、安全上重要な設備に対して、劣化を想定した評価を行うとともに、取替え困難な機器等に対する詳細な特別点検を実施して、改めて60年の運転について安全性を十分に維持できることを確認しており、原子力規制委員会による厳しい審査もクリアしている。
 さらに、安全性について、最新のプラントと同一の設計基準に適合することを確認するとともに、最新の設備改造を実施し、安全性向上対策を実施していく。具体的には、高浜1、2号機では、原子炉格納容器上部に鉄筋コンクリート製のドーム状の遮へいを設置するほか、非難燃ケーブルに対する火災防護対策、美浜3号機では炉内構造物や使用済み燃料ピットラックの取替え、さらには最新の中央制御盤への取替えなどを行っていく。

- 一方で、高経年炉の再稼働には、慎重な意見もあるようだが、立地地域とのリスクコミュニケーションについては、どのような取組みが行われているのか。

 40年を超えて原子力プラントを運転することは、日本でも初めてなので、立地地域の皆様には色々な不安・心配もあるかと思う。例えば、関西電力では、運転延長の認可後に、福井県北部「嶺北地域」にお住いの女性の皆さまを主な対象に、原子力発電所を見て頂くための公募型見学会を2016年末時点で8回実施した。「ものを見ていただいて、直接説明する」ことで、住民の方々の不安が少しでも解消できればと考えて実施したものであり、こうした「草の根活動」は極めて大事な取組みだと感じている。

- 関西電力では、2004年に発生した美浜3号機事故を原点として、社員の安全文化再構築への意識高揚などに取り組んでいるが。

 やはり、一番大事なのは、「事故を風化させない」ということ。そのためには安全文化を継続的に改善していくことが重要であり、評価の視点を設定するなど、評価枠組みを整備した上で、毎年度評価を実施し、さらに改善に努めるというPDCAをまわす活動を続けてきた。評価には、社員と協力会社にアンケートを実施した結果や対話活動の状況なども指標のひとつとして活用している。福島第一原子力発電所事故が発生したことで、美浜3号機事故を原点としながら、もう一度、原子力の発電の持つリスクを再認識し、安全性をたゆまずに向上させていくことを目的に、2014年8月に「原子力安全に係る理念」を明文化した社達を制定した。つまり、美浜3号機事故を原点とした安全文化醸成活動に、福島第一原子力発電所事故を踏まえた反省を足し合わせて、今一度、原子力発電の安全性向上への決意を明文化して、安全対策の充実に取り組んできている。

- 特に、「原子力システム全体を俯瞰する人材」を育成していく必要を、よく強調されているが。

 福島第一原子力発電所事故の教訓から、個々の技術を理解することも重要だが、「システム全体を把握し、その中で『何が起こっているか』がわかる人」が極めて重要だと思っている。当然のことながら、そういう人が指揮官になる、もしくは、上層部に進言できれば、事故発生時には事故の収束、平時における安全対策でも、全体を見ながら指揮が執れる。例えば、「運転」というのは、すべての設備に触れる必要があるため、「運転」に携わった経験のある人はシステム全体をかなり理解しているものと思う。関西電力では、適性のある人材を選び、まずは、人事ローテーションの中で、色々な経験を積ませ、専門性を深めながら、海外の方とのディスカッションも通じて視野を広げてもらうといった育成キャリアパスを継続的に進めているところである。