特集「終わりのない原子力の安全性向上に向けて」 東京大学大学院工学系研究科原子力専攻教授・山口彰氏

2017年3月28日

自律的システムの構築、制度化のため、産業界の主体的取組みに国の適切な支援を
 安全研究や人材育成など人的・知的基盤形成にリーダーシップ発揮の仕組みが必要

 本特集の最後に、総合資源エネルギー調査会原子力小委員会の自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループの座長として、継続的な原子力の安全性向上に向けた政策的議論を主導されている東京大学大学院工学系研究科原子力専攻の山口彰教授に、官民の役割分担を始め、幅広い観点で今後取り組むべき課題を聞いた。
 山口教授は、継続的な安全性向上にむけて自律的なシステムを制度化し運用するため、産業界の主体的な取組みを適切に国が支援するべきとし、高い目的を共有して効率的に人材・知識基盤を形成するため、すべての関係者がそれぞれのリーダーシップを発揮する仕組みが必要と指摘する。

- 継続的な原子力の安全性向上の自律的なシステムの構築に向けて、官民の役割をどのようにお考えか。

 継続的な原子力の安全性向上の自律的なシステム(自律的システム)は、産業界側が主体的に取り組むには当然、資金も、人も、様々な情報も必要だ。自律的システムを継続的に動かしていくには、事業の予見性が必要だ。そして、その予見性と合わせて事業リスクの管理も必要となる。
 予見性があるというのは、方針が度々変わらないことを前提として、安心して設定したゴールを目指すことができるということだ。また、安全性向上を進める途上に何らかの問題が生じ事業がそのまま立ち行かなくなる事態に至らないように、事業リスクの管理を行うことが必要である。
 つまり、制度を動かしていくときの深層防護的な考え方、失敗の防止と失敗への対処が重要である。予見性がきちんとあれば、当初のねらいの方向に進めていくことができるし、様々な外的要因などの影響を受け環境の変化が生じた際に、リスク管理がきちんとなされ、影響を緩和して引き続きゴールを目指して進んでいくことができる。また、重要なことは、関係者が自律的システムの姿を共有している、というだけでなく、制度化、ルール化されている必要があるということだ。
 そこで官民の役割についてだが、産業界の主体的な取組みを支えるような環境条件として、先ほどの予見性やリスク管理に関する制度化を国が工夫するべきであると考える。国と産業界が、目指すゴールは決して無関係ではない。自主的安全性向上が目指すゴールを共有して、適切な制度設計をそれぞれが行うことが重要となる。それが自律的システムの構築に当たっての官民の役割分担に必要な考え方だと思う。

- 事業の予見性の意味するところについて、補足的にうかがいたい。

 米国の原子力規制委員会(NRC)は規制に当たり重視すべき5項目の“良い規制の原則”を定めている。その中に“Reliability”という項目がある。一般的な訳では“信頼性”を意味するが、NRCの原則を読んでみると、その意味するところが少し違うように思う。すなわち、規制者は明確な理由なしに過去の判断をくつがえし、変えてはならない。もし判断を変える場合には文書できちんと説明をしなければならないという内容になっている。私はこの“Reliability”を、“首尾一貫性”と訳しているが、規制の判断が“Reliableである”(信頼できる)のは、“首尾一貫性が保たれているからである”と理解する。
 より厳しい規制基準とすれば、より信頼される規制が実現されると考えるのは正しくない。最前の知見によらない、また、一貫性のない規制は、信頼を失うであろう。NRCがこの原則のなかに“Reliability”という項目を入れた意味は、規制当局が自らの判断について首尾一貫性をもたせることで国民、事業者から見て信頼でき、結果として予見性を与えるということを示したものではないかと思う。規制判断の首尾一貫性は、信頼と予見性を与える上で重要だと考える。

- リスク情報活用の基盤形成を含めて、安全研究をどのように進めるかについて、お考えをうかがいたい。

 これまでの安全研究の一つの問題点は、全体のリーダーシップが希薄であったことだと思う。かつては原子力安全委員会が議論し年次計画を立てていたが、予算も含めてその計画を裏付けとした仕組みができていなかった。そのために各研究組織の安全研究は自主的に行う形に近くなり、予算的な制約もあって、弱体化の傾向となり、福島第一原子力発電所の事故の後もそれが解消されていない。
 安全研究の重要性は誰もが謳っている。それを着実に推進するには、誰のために、何のためにやるのかという高位の目的を共有することが重要だ。国際原子力機関(IAEA)の基本安全原則にも原子力規制委員会(NRA)のホームページ(組織理念)にも書かれているのは、“人の防護と環境の保全”であって、この高位の目的からすれば、バラバラ感をもってやるべきでなく、今後そこを変えていく必要があると考える。ただ、その下に落とし込んでいくと、利益相反の問題があり、これがリーダーシップを発揮する上での障害になっている。
 以前、原子力小委員会の自主的安全性向上・技術・人材ワーキンググループで事例紹介をしてもらったのだが、米仏では安全研究を規制機関と推進機関が共同で実施している。国民の利益に適うという共通の目的のもとに共同実施する意義を認め、その上で利益相反のないようにルール化している。データをとるのは一緒にやるが、その解釈や決定をする場面では全く独立で研究を行っている。
 対して、日本ではNRAもルールを作っているが、利益相反がなければ民間の研究機関と共同で実施できるということになっていて、利益相反を避けることを一義的な目的に置いている。やはり、安全研究は5年、10年と長期的に継続していく必要があるもので、相応の投資を継続していくことにもなるため、米仏のように国民の利益という高位の目的を共有してスタートすることが非常に重要だと考える。

- 最も高位のゴールとして安全目標がある。その策定は主として国の課題とも思われるが、どのようにお考えか。

 原子力安全委員会による安全目標の中間とりまとめ(2003年8月)によると、安全目標はリスク管理者の安全確保活動の深さと広さを定めるものだとされている。現状において、リスク管理者は誰かといえば電気事業者、またNRAである。NRAは国民に対するリスクを規制によって管理している。
 結論的にいうと、安全目標の策定は、安全の高位の目的を共有し、安全に関わる者が皆、安全目標を念頭に置きながら安全確保活動ができるという意味で、非常に大切である。至急に安全目標を定めて使っていくべきであるというのが私の認識である。
 原子力安全委員会の検討で中間とりまとめを行ったあと、現在まで安全目標の実用には至っていないが、当時は確率論が国民にきちんと理解され受容されないのではないか、等の意見があったと聞く。しかし、策定した安全目標がすぐに国民に受け入れられるというのは妄想で、そういうことではないだろうと思う。
 安全目標はいわば“生き物”で、時代によっても社会によっても変化する。だからこそ、原子力安全委員会の中間とりまとめの最後のところに、「安全目標の策定及び適用に至る各段階で、安全目標の目的や内容、適用法等について、広く社会と対話を続けていくことが肝要である」と書いてあるのだと思う。
 対話が必要なのは、安全目標を国民が理解し、受け入れてもらうためではなく、常に安全目標を念頭に置いて事業者の安全確保活動が機能していることを国民に知ってもらうためだと私は考える。事業者の自主的な安全性向上の枠組みがきちんと機能しガバナンスも効いていることが、実績とともに理解されていくことが重要で、現状で我々が策定できる安全目標を国民に投げかけ、PDCAを回しながら徐々にそれが進化していく、そのようなものではないかと思う。したがって、まず我々が安全目標を使っていく意志を示すことが重要だ。
 また、産業界が自身で安全目標を定めることは意義のあることだ。国との対話を通じて、両者が整合性のある目標をもつのは良いことだ。安全目標はその下に階層構造をもつというのが、IAEAの議論も含め世界的にもコンセンサスがとれていると思う。階層構造があるとすれば国が見る部分と事業者が見る部分があって、それは必ずしも一致する必要はない。ただ、双方が一つの階層構造の中でつながっている必要がある。その意味で、事業者が場合によっては最初のボールを投げるということは大切な取組みであり、それが今、原子力リスク研究センター(NRRC)のアポストラキス所長がなさろうとしていることだと思う。国はそのボールを少なくとも受け止める義務がある。事業者としっかり議論し、いずれかの段階で国民的議論にもっていくというのは、一つのアプローチであると考える。

- 安全分野を含めて、原子力分野の人材育成の問題が重要性を増しているが、どのようにお考えか。

山口氏が主査を務める文科省の原子力研究開発基盤作業部会の模様

 人材問題は安全分野に限らず、深刻な問題であるため、国も民間も取組み方を見直しつつ力を入れていく必要がある。一番の根本的な問題は、この人材問題の政策推進にあたって中核的なリーダーシップが存在しないということだ。
 人材問題については、文部科学省が中心になって力を入れてもらえないかと思っている。就職する学生にしてみれば、文科省や経済産業省、あるいはNRAなど、いろいろな人材関係のプログラムがあってもよくわからないのが実情で、それぞれの人材関係のプログラムの省庁間の連携が希薄である現状を変えねばならない。人材や研究基盤は科学技術や産業のインフラとして育てていくものであり、文科省が中心になって産業界、経産省も、また規制も含めて育成するプログラムをやってもらうことに期待したい。そのためにはマスタープランを作ることが大切で、状況をきちんと調査したうえでリーダーシップを発揮する仕組みを具体化していくことが重要である。

- リスク情報の活用を進めるにあたり、NRAと産業界が歩調をあわせていく必要があると思うが、どのようにお考えか。

 現状、リスク評価の手法に未成熟なところがあるから、未成熟でなくなったら順次採用していこうというのがNRAの姿勢だと思う。規制に使うという正当性が示せれば使っていくということ自体はもっともだと思うが、一方で、成熟したものとして規制に使うために満たすべき要件を決めねばならない。NRAにはこの検討を進めてもらいたい。
 これまでに、様々なリスク評価手法の開発が進められてきているが、不確かさの問題があって規制に使うことに慎重な面があった。決定論的な手法でも不確かさは残るが、保守性を導入して深層防護を持ち込んだことによって、一定の不確かさを残す代わりに保守性があるのだから規制要件に適合しますよ、ということで納得してきた。しかし米国のスリーマイル島原子力発電所(TMI)事故や福島第一原子力発電所事故の発生により、人的因子や外的事象の発生頻度といった点で、それまでの規制要件では十分ではないことがわかったという教訓に学ぶ必要がある。
 既に米国ではTMI事故の後、決定論的手法では払拭できない、カバーできない不確かさの中に重要なシナリオが残っている、と考えることにより不確かさを量であらわすリスク評価を使ってきている。リスク評価手法をどういう条件なら使えるのかを検討し、実際に使いながら継続的な安全性の向上を図っているのである。
 日本でも今後、リスク評価手法を使う方向性にあることを評価する。産業界の取組みはもちろんだが、NRAにもリスク情報を規制に活用するうえで満たすべき要件の検討など、是非前に進めていただきたい。

- 安全性の向上に当たっては、地方自治体と良好な関係をつくっていくことが重要だが、どのようにお考えか。

 地方自治体との関係については、キーポイントはやはり防災の問題だろう。事業者はプラントの設計や事故時のシナリオなど発電所の事を一番よく知っており、規制者は事業者の活動をきちんとチェックし、新規制基準で定めた安全水準がどの程度かをきちんと把握している。地元の自治体は、地域に住民の状況をはじめ、道路や必要な物資がどこにあるか、病院や学校、あるいは避難所の場所など地元の情報を一番よく知っている。
 合理的な役に立つ防災、実効的な防災をどう確立するかが、今後の重要な課題だが、事業者、規制者、そして地元の自治体(役所)のいずれが欠けても良い防災はできない。現実に即して防災計画をたてるには3者の情報とノウハウが必要であり、よく連携する必要がある。事業者も規制当局もそれぞれの立場から、自治体との関係がこれまで円滑とはいえない面も見られるため、今後もう少しコミュニケーションをとっていくことが大切だと考える。

- 米国では、原子力発電運転協会(INPO)がリスク情報の活用により発電所の状態を評価する客観的な指標(PI:Performace Indicator)を導入し、地域とのコミュニケーションにも有効だと聞くが、日本での導入についてはどのようにお考えか。

 PIの導入は地域とのコミュニケーションの面で確かに有効だと思う。ただ、重要なのは、米国では透明性(Transparency)とトレーサビリティ(Traceability)があるということだ。透明性は、きちんとプロセスが見えているということで、それを実現するために情報が公開されている。トレーサビリティは、判断した結果がきちんと検証できる状況が保たれているということで、それが信頼につながる。日本では、リスク情報の活用を進めると同時に、この透明性とトレーサビリティの、本来の意味を踏まえたコミュニケーションのあり方を議論することが必要だろう。
 というのは、日本では多分、透明性という意識ではなくて、公開という意識で、データを出すよう求めることが目的になってしまっている。透明性をもつという本来のところからずれてしまっている。すべてを動画で公開すれば透明性が保たれているかというと、そうではない。それはただ映像を映しているだけのことだ。PIを導入するにしても、なんでもかんでもデータを公開するということではない。いかに透明性を地域の方々に示せるかということが重要になる。
 米国では、先に述べたNRCの原則のうち公開性(Openness)をみると、すべてのステークホルダー(利害関係者)とコミュニケーションできる環境を常に持っていることと定義されている。一方、日本では資料などを開示する意味になっている。PIの導入によって、事業者のリスク管理を根付かせ、社会から信頼していただくことにつながるよう、議論を深め成熟度を上げていくことが重要だと考える。