特別インタビュー 坂田東一 前ウクライナ特命全権大使に聞く 

2015年1月22日

 昨年10月までウクライナ特命全権大使をつとめた坂田東一氏(原産協会特任フェロー =写真)に、ウクライナ情勢の国際的な影響や、平和解決にむけた日本の役割などについて伺いました。身近に接してきたウクライナの困難な状況に対し「一刻も早く平和な日々を回復してほしい」と率直な思いを語っていただきました。貴重な経験を踏まえたお話ですので、インタビューの概要をご紹介します。
 なお、原産新聞紙面には、インタビュー記事として1月22日付け号に掲載しています。
 

ウクライナで何が起こっているのか
 2013年11月以降、EUとの連合協定に署名を求める政権への抗議運動に端を発し、翌14年2月には革命的な政権交代につながりました。市民たちが民主化の道へと踏み出したことは重要な意味があり、同5月には大統領選挙が実施され、EUとの統合を掲げたポロシェンコ大統領が選出されました。同10月に行われた議会選挙でも3分の2以上の議席を確保した政権与党が欧州に向き合おうとする勢力からなり、それは民意を受けた結果だったのです。ウクライナの8割以上の人たちは欧州に行こうと決断したといえるのではないかと思います。DSCF2208
 しかし、ロシアからすると安全保障が脅かされる状況となり、ウクライナとロシアの対立の構図に質的な変化が生じ、住民投票でクリミアがロシアに併合される事態になりました。むろん、ウクライナからみれば併合は認められず、一時的にロシアに占領されているという状態です。
 忘れてはいけないのは、基本的に避難する等の犠牲者がウクライナ人であるということです。同国に在住し、身近にウクライナの人々と接してきた者として、一刻も早く平和な日々を取り戻せるよう願っていますし、日本も責任ある役割を果たしていくことが大切です。

日本の姿勢と支援
 日本の姿勢は明確です。クリミアへの侵攻と併合という問題でも、国際法違反の問題があり、ウクライナの主権侵害でもあるため、ロシアの行為について容認できないという姿勢です。G7メンバーでもあり、欧米と歩調をあわせてウクライナを支援しています。
 欧米と協力して財政支援等を行っていますが、昨年3月に安倍首相の決断で1500億円規模の財政的な支援が決定され、すでに一部執行されています。経済状況の改善、民主主義の回復、国民の中での対話と統合の促進という3つの観点から支援を行っています。
 日本が立場を明確にし、政治的にサポートしているということが大事です。経済支援も非常に重要で、1500億円の支援の中には世銀と歩調を合わせ国の予算措置を支援する措置や、キエフ近郊の下水処理場の近代化を円借款で1100億円支援し工事を進めるなどの措置が含まれ、現在、具体的に進んでいます。国際赤十字やユネスコなどの国連機関を通じた避難民支援では避難先のシェルター建設や生活用品の確保、損壊したインフラの復旧では学校や病院などの改修支援を行っています。どれもウクライナで必要不可欠な支援ですので、今後も継続していく必要があります。
 なお先にお話しした通り、ウクライナ国内ではEUとの統合に向かうべきと考えている人々が大半ですが、親ロシアの人々もいるのは事実です。重要なのは対立をあおることなく対話を進め、国民が統合に向かうように支援していくことです。ロシア人の側もウクライナの国家が分裂して良いと考えている人はわずかだと思います。ウクライナ独立以来の歴史をみても、これまで民族の対立というのはありませんから、今回の対立は、どちらかといえば人為的に作られたものといえるでしょう。ロシアに併合されて当然と考える勢力が多数いるという理解があるとすればそれは誤解です。

ハイブリッド戦争
 ウクライナで起こっている戦争は、①武力②貿易③エネルギー④情報の4つの側面がある、ハイブリッド戦争とも言われています。情報の面で言うとキエフの政権は過激なファシスト政権であるとか、ウクライナ東部、クリミアには一人のロシア兵もいないとか、今起こっているのは内戦であるというような一種のプロパガンダが行われています。
 エネルギーの側面からみると、天然ガス供給は昨年6月に支払い問題の決着がつかずにロシアは天然ガスのウクライナへの供給をストップしました。EUが介在し12月に供給は再開されましたが、今年3月までの暫定措置です。
 ロシアからの天然ガス供給は、現在欧州へ送られる分の50%程度がウクライナ経由となっています。今のウクライナ・ロシア間のガス供給問題を見て、また、欧州への供給が過去にストップした経験もあって、欧州各国はガス供給のロシア依存度を下げようとしています。ウクライナでは原子力を含めてロシア依存度を下げようとしています。

国際社会が連携し対応を
 クリミアの併合という一連のプロセスはウクライナの憲法に違反しているし、ロシアが併合するというのは国際法違反です。1994年にウクライナ、ロシア、米国、英国の結んだプタペスト覚書も一方的に反故にされ、国際核不拡散上の問題だけでなく、国際的な安全保障の秩序を乱すものです。安倍首相も力による現状変更は容認できないとしており、ウクライナ問題は国際社会全体の問題と認識されています。自分の問題に引き直して、ウクライナ危機をとらえ、同じような問題が起こらないようにしなければならないと思います。
 解決にはまだ時間がかかると思いますが、大事なのは話し合いを続けていくこと。難しいことですが、国際社会が取り組むべき問題です。日本はそのなかで責任あるプレーヤーです。
 ウクライナは日本に対し非常に好意をもっている国で、第二次大戦で敗戦した国でありながら奇跡的な経済復興を果たしたことに敬意を払っています。ウクライナ危機が始まって以降、日本がウクライナをしっかり支援しているため、日本に対する信頼度が一段向上したように思います。

良好な両国の信頼関係
 3年半前の福島第一の事故の後、日本側が事故対策をどうするか、ウクライナのチェルノブイリ事故の経験を学ぶという時にウクライナ側はとても誠意をもって対応してくれました。私が着任し半年ほどたってから、事故後の対処をどうするか協力のための政府間協定を結び、その時期に前後して日本からたくさんの調査団が派遣されました。赴任中だけで50以上もの調査団が来ましたが、チェルノブイリ発電所を視察し政府機関や専門家、被災者と意見交換するなど、どんな場合でもウクライナ側はすべての日本の調査団に誠意をもって対応してくれました。とても感謝しています。
 その背景にあるのはやはり、日本がチェルノブイリ事故の後に様々な支援の手を差し伸べたということがあります。原子力の専門家や医師を派遣し、石棺を作るときに一定の財政支援もしています。何かあったときに誠意をもち対応することが、良好な関係の礎になるのでしょう。
 
重要な時期に赴任
 赴任直後から原発事故後の対応をめぐる両国の協力はとても重要と認識していました。自分の経験が生かせればいいとも思っていました。日本からの調査団のサポートを通じ、人の交流が広がり、経験と知識の交流も広がったことが良かったと思います。チェルノブイリの事故後対策の成功も失敗も含めて、福島第一の事故後対策に多くのことがいかされたと思っています。
 昨年6月と11月には、日本の大学等で開発した地球観測用の超小型衛星6機がウクライナのロケットで無事に打ち上げられました。福島第一やチェルノブイリ発電所の周辺の環境の変化をデータ観測する体制ができ、今後のデータ比較によって事故対策にいかされることを期待しています。
 はからずもこうした時期に赴任し、国際的な安全保障の問題に直面し、平和と安定の大切さを身にしみて感じました。目の前で起こった事態の成り行きは、不幸なことに多くの犠牲者を出し現在も避難民が国の内外に100万人規模となっています。同国に住み、ウクライナの人々と親しく接していた立場で、大変心が痛みます。平和な暮らしを取り戻すことを心から願っています。(了)