福島第一原子力発電所事故後の安全性向上への取り組みの動向(海外編)

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 2011年3月に発生した福島第一原子力発電所事故は、これまで原子力発電を安全に行ってきたと高く評価されていた日本で起きたこともあり、原子力発電国を始めとする全世界に大きな衝撃を与えることとなった。結果として、原子炉の安全確保がそれまで以上に厳しく要求されることとなり、各国のエネルギー事情、環境、経済等の多様な状況を踏まえつつも、原子力安全性向上を巡る動きは大きく展開することとなった。
 国際原子力機関(IAEA)は2015年8月31日、福島事故に関する総括的な報告書を公表した。一方、国内では8月に運転を再開した九州電力川内原子力発電所1号機を契機に、安全が確認された原子力発電所は順次再稼働していくことが期待されている。
 この機会にこれまでの福島第一原子力発電所事故後の安全性向上に関する取り組みの動向について、国内はもとより、海外含め振り返ってみたい。
<年表>福島第一原子力発電所事故後の安全性向上の動向

国際機関の動向(IAEA)
 IAEAは福島第一原子力発電所事故後の2011年3月15日、福島第一原子力発電所事故調整チーム(FACT)を設置し、その下部チームとして福島原子力安全チーム(FNST)も設け、対応にあたった。
天野事務局長は3月17日から19日にかけて来日し、日本への全面支援を提言。一方で、日本からの情報提供についての苦言も呈した。さらに5月には、福島第一原子力発電所事故調査団が来日し、事故調査から得られた提言を含む概要報告を日本政府に提出した。
 6月には、福島第一原子力発電所事故後初の原子力安全に関する閣僚会議を開催した。加盟151か国から約900人が参加し、安全に関する関心の高さを示した。また、天野事務局長は声明の中で、「原子力事故には国境はなく、国際的な取り組みが重要であり、IAEAは国際機関として、加盟各国と国際的な原子力安全の強固なフレームワークづくりと安全に対する主導とたゆまぬ向上に努める」と述べた。
 同年9月に開かれたIAEAの年次総会では、原子力安全性向上のための「行動計画」が正式に承認された。
 2012年11月には、天野事務局長が国連総会で、原子力発電の安全性は福島第一原子力発電所事故以前より高まったとの年次報告を行った。
 2015年2月には、IAEAは福島第一原子力発電所事故に関する中長期ロードマップに関する国際ピアレビュー調査団を派遣するなど、最終報告へ向けての活動を継続した。6月の理事会での意見を踏まえて8月31日、9月14日の年次総会で発表する最終報告書を詳細な技術報告書と合わせて天野事務局長名で公表した。この中の巻頭言で、「事故以降、日本は従来以上に国際基準に合致すべく規制制度を改革した」としており、福島第一原子力発電所事故を受けて世界各地で原子力安全により強い関心が集まると確信していると明言。これまでに訪れた全ての原子力発電所で安全措置・手順が改善されていたことについて触れた上で、「このような事故が二度と起きないようにするために、人知の限りを尽くさなくてはならないという認識が広がっている」と述べ、今後数十年にわたり原子力発電の利用が世界的に拡大し続けると見込まれる中で、こうした認識が重要であると強調している。

欧州の動向
 欧州連合(EU)はいち早く福島第一原子力発電所事故を重く受け止め、2011年3月15日には、エッティンガー委員(エネルギー担当)が欧州共同体(EC)緊急会議を開催し、EU域内の全原子力発電所の安全性検査(ストレステスト)を年内に実施するとの声明を発表。11月24日にストレステストの中間報告を発表し、EU共通の安全基準の必要性などを提案した。
 また翌2012年10月4日に、145基に対するストレステストの結果を発表し、ほぼ全ての原子力発電所で安全性改善が必要であり、数年間で100億から250億ユーロの安全性投資が必要と報告した。
 さらに2013年6月、ECで域内原子力発電所の安全基準の改定案を決定した。各国専門家チームによるストレステストの6年ごとの実施、各国の規制当局の独立性強化、各原子力発電所の緊急対応センターの設置などを示した。
 また、ECでは、2009年に制定されていたEC原子力安全指令を2014年7月に改正。EU全体のハイレベルの原子力安全目標導入、規制機関の独立性の強化、個別評価とピアレビューの導入、3年以内に各国の国内法として法制化が義務づけられ、3年後の2017年7月までに実施報告書をECに提出することが決められた。同指令では、施設のモニタリングと経験の共有強化を謳っており、加盟各国は特定の合意項目に関するピアレビューについては2017年にスタートした後には、少なくとも6年ごとに継続実施することも求められている。
 これらEUレベルでの安全性向上への取り組みに関連して、欧州の規制当局で構成される欧州原子力規制者協会(WENRA)が2014年10月には福島第一原子力発電所事故を踏まえた最新の原子力安全基準レベルを発表している。
 また、2007年に創設された欧州原子力安全規制者グループ(ENSREG)も原子力の安全性確保とその規則の改善を継続的に維持し、追求することを目的の一つとしている。ENSREGは、福島第一原子力発電所事故に焦点をあてた会合の第1回を2011年に、2013年に第2回目の会合を開催してきた。2014年6月29日~30日にブリュッセルで第3回会合を開き、これまでの経験、知見からさらに継続的に原子力安全を高めることを求める会合を開催し、継続的に欧州内の既存の原子力発電所の安全性向上に向けた取り組みを行っている。
欧州域内での例:フランス原子力事故即応チームFARN

米国の動向
<米原子力規制委員会(NRC)>
 米国では、NRCが福島第一原子力発電所事故発生後まもなく、メリーランド州ロックビルにあるNRCの24時間管理センターで事故の監視システムを開始するなど福島第一原子力発電所事故への即応策がとられた。
 米国内の原子力発電所への対応としては、4月にNRCの上級スタッフによるタスクフォースを立ち上げ、米国内の原子力発電所の安全確保にとるべきNRC規制の見直しを開始。6月には現行の安全、緊急対応策で安全に運転が可能と報告した。同時に、タスクフォースは、委員会に対して、さらに12項目について勧告した。深層防護とリスク知見を両立させた規制枠組みの策定や、地震・洪水ハザードの再評価と更新、設計基準を超える外部事象による全交流電源喪失(SBO)の緩和能力の強化などが盛り込まれている。
 委員会はその勧告を優先事項として受け入れると共に、さらなる検討や優先度を確認するため(1)格納容器フィルタベント(2)地震監視計装(3)緊急時計画区域(EPZ)の広さの根拠(4)10マイルを越える地域でのヨウ素剤の準備(5)使用済み燃料のドライキャスク保管への移行(6)最終ヒートシンクの喪失――を追加項目とした。
 NRCは、日本教訓プロジェクト(JLD)を立ち上げ、タスクフォースの勧告運用を遂行した。
 2012年3月には、NRCは米国内の原子力発電所に対し、自然災害時にサイト支援のためのポンプおよび電源のような緊急時設備を追加して確保すること、各プラントの使用済み燃料プールの水位モニタリング機器をさらに設けること、(福島と同じ設計の原子炉のみ)シビアアクシデントの際に原子炉圧力を下げるための緊急ベントシステムを改善または設置すること――を求める3指令を発給した。
 多くの米国の原子炉は、サイト内に追加設備を設けることとなった。そこで原子力産業界としては、米国内2カ所にオフサイト対応センターを設立した。米国の原子炉は緊急時設備指令要求を満足させているかどうかの報告も行っている。
 NRCは2013年、ベントによって、圧力、温度、放射線レベルが損傷した原子炉で管理できるよう指令を強化。さらにこれらの条件下でスタッフによるベント実施が可能であることも要求されている。
 また、NRCは、全ての原子炉に洪水、地震対応の再確認を指示。2014年3月には、ロッキー山脈以東の全ての原子炉が地震再評価について報告。以西の原子炉は2015年3月までに提出。殆どの原子炉が2012年5月に設定されたNRCのスケジュールによって洪水に関する再評価を提出した。
<産業界-米原子力エネルギー協会(NEI)>
 元々、米国の原子力産業界は、1979年に発生したスリーマイル発電所事故後、カーター大統領の指示で事故検証を行ったケメニー委員会の勧告により、原子力発電運転協会(INPO)を設立し、原子力産業界として原子力発電所を安全に運転、信頼を確保することに努めている。
 米国ではNEIを中心として産業界がNRCの指令に対応するだけでなく、自主的に福島第一原子力発電所事故を教訓とした安全性強化の取り組み「FLEX」をスタートさせた。福島第一事故の教訓を踏まえ、設計基準を超える深刻な外部事象が発生した際に緩和策として機能する可搬式機器類の設置、炉心冷却、格納容器の健全性の確保、使用済み燃料プールの冷却機能の維持を目的としている。
 FLEXは、3段階で取り組まれ、(1)サイト内の設置されている設備を用いた対策(2)可搬式機器を用いた対策(3)オフサイトの可搬式機器を用いた対策――となっている。この中で(3)のオフサイトの対応センターを米国2カ所(メンフィスとフェニックス)に設置、米国内のどこの発電所にでも24時間以内に安全対策のための設備やリソースを届けることができるとしている。
 NEIは、この対応について動画を作成し、広く原子力発電所の安全対策がどのように行われているかについて説明している。
<動画>「原子力 クリーン・エア・エナジー」
 動画「原子力 クリーン・エア・エナジー」は、産業界がどのような事象に対してもプラントの安全を確保するために包括的かつオーダーメイドな戦略をとっているかについて周知に努めている。
 また、NEIとしては、福島第一原子力発電所事故後の4年間に米国の原子力産業界は原子力発電施設における堅牢かつ安全なシステムを拡充するための実質的な取り組みを行ってきた。2011年以来CNO(原子力担当重役)を中心に特別委員会を通じて米国の原子炉に適応すべき教訓についても精査してきた。主要な産業としての活動には追加バックアップ安全性施設の設置、事象に対して安全に対応する従業員の訓練実施も含まれる。こうした取り組みの一環として上記対応センターを2014年に設けた。