vol03.「ちょこっと意見が増えたから」なんですよ

脱原子力 ドイツの実像

教会の意見は無視できないと

 キリスト教民主同盟ですので、教会の意見だけで動くわけではありませんが、教会の意見を無視していいものでもありません。さらに、教会が脱原子力を格調高く主張しますと、世論にも影響します。実際に福島で事故が起きたワケですから、ドイツ人としては先ほどもお話しした通り、「原子力をなくす方が理にかなっている」という意識に傾いてしまいます。
 世論が脱原子力に傾き、教会も脱原子力を説いている。そうなるとメルケルとしては、なんといっても落としどころを探るのが得意な人ですから、財界の言うことだけを聞いて原子力推進に拘泥するよりは、素直に脱原子力に転換した方が得だと判断するワケです。
 また、福島第一事故が起きた2011年は、4年の任期(2009年-2013年)の丁度折り返し地点でした。ドイツでは選挙綱領や首相候補の決定作業を選挙の1年くらい前から始めますので、彼女としてはここでコケたら再選が危うくなるというタイミングです。
 さらに言うと2009年に中道右派政権を誕生させてから、CDUとFDPとの間で減税の問題をめぐってだいぶゴタついたため、彼女のリーダーシップに疑問符が投げ掛けられてもいたんです。「決められない首相」というような批判が出ていた時期でした。その点も勘案する必要があると思います。メルケルとしては「決められる政治」というものを演出して再選への足固めをする必要がありました。
 彼女自身が置かれていた政治的なコンテクスト、彼女が元来持っていた「バランスをとる」という政治手法、ドイツ社会から出てきた脱原子力の流れ、これらをすべて足し合わせると、メルケルが脱原子力の方へガラリと転換したことは別段不思議ではないでしょう?まったくemotionalではありません。

今後もこの脱原子力路線が続くのでしょうか?

 原子力問題に関しては、そうなるでしょうね。大きく彼女のそろばんを動かすような状態は生まれていません。

 

難民の問題で揉めていますが、メルケルがコケて政治が変わるということはありうるでしょうか?

 十分ありうる話ですね。あ、これは「ドイツ話法」ではありません(笑) 次回の選挙は2017年なので、丁度中間点ですしね。
 メルケルが難民を受け入れると言ったのは、ギリシャをめぐるユーロ騒動の影響が間違いなくあったと思うんです。彼女はギリシャに対して非常にタフな対応を見せましたよね。そのためヨーロッパの周りの国々から「ドイツはヨーロッパの支配者気取りなのではないか」と非難の声が上がっていました。その批判をかわすためにも、彼女は難民をドイツが引き受けると言ったわけです。
 それに加えて、東西ドイツ統一25周年ということも影響していたと思います。統一直前の頃は東から列車に乗って逃げてくる人たちが大勢おりましたので。その回顧映像と重ね合わせると、シリアから人道的な問題で逃げてきた人たちに救済の手を差し伸べるべきだ、となるんです。

 

過去にナチが大勢のユダヤ難民を生みだした反省から現在、難民を受け入れているという見方もあるようですが

 根っこのところにそういうものがあるのは確かなのですが、それだけでは理由になりません。かつては、そうした反省をふまえて、政治的迫害を受けている人の庇護権というものが憲法で広範に認められていました。ですが、冷戦が終わった後、ユーゴスラビアをはじめ、各地で内戦や民族紛争が起きると、ドイツに難民が押し寄せたんです。ドイツはその時、難民に来られると社会不安が高まるし、お金もかかって大変なので、事実上認めないという形に憲法を改正しています。
 この1993年の憲法改正により、「いったん安全な国に辿り着いている人に関しては、そこで安全が確保されているのだから、ドイツは受け入れる義務を負わない」という姿勢が明確になりました。ですから、ナチの道義的反省というだけで、今回難民を受け入れたことを説明するのは、あまり綺麗な説明ではないと思います。
 というのは、今回はシリアからハンガリー等を通って来ている人たちなので、1993年改正以降の難民政策のフレームワークからしたら、受け入れる法的義務をドイツ政府は負っていないからです。そして、そうであるからこそ、受け入れるべきか否かで意見が分かれうるワケですよね。
 ドイツに受け入れる法的義務があるのであれば、それは守られるべきなので議論の余地はないのです。今回は「受け入れる法的義務はない」という状態であったにもかかわらず、メルケルはあえて受け入れる選択をしました。ですから議論になるわけです。保守派の政治家はもちろん反発します。

相当数の難民がドイツを目指しています。それでも持ちこたえられるほどドイツ経済は上向いているのでしょうか?

 経済が上向いているのは事実です。単年度の財政赤字も解消されており、財政的な余裕があります。メルケルの難民受け入れ表明は、一時的ではありますが六割~七割の世論に支持されました。
 「財政的な余裕があり、目の前に困っている人がいる。これを受け入れるということはドイツがヨーロッパに対して責任を果たすことでもある」という主張は、ドイツ人にとっては耳触りのいい、プライドをくすぐるものでもあったと思います。ですからメルケルの支持が一旦急激に伸びたんですよ。
 ミュンヘン在住の日本人ジャーナリスト・熊谷徹さんもメルケルの受け入れ宣言の直後に、どこかで記事に書いていらっしゃいましたが、それを読むと、熊谷さん自身も相当感動したみたいなんですよね。私はその気持ちも感動もよくわかったのですが、幸か不幸か自分はドイツではなく神戸におりますので、一歩引いた醒めたところもありました。あと数か月もして難民受け入れの負担が多くの人に実感されるようになったら、石を投げる連中も出てくるだろうし、火をつける連中も出てくるだろうなと思っておりました。案の定、事件や反発が増えていますが。

 

以前極右団体がトルコ系移民を襲いましたね

 はい。そうですが、ドイツでは極右というのは非常に弱いんです。「ドイツの極右」というと日本のメディアではものすごく注目を集めて報道されるニュースなのですが、他のヨーロッパの国々に比べると、ドイツでは極右の勢力が飛び抜けて少なかったんです。
 これはもう間違いなくナチの反省、というよりも恐怖だと思います。
 ナチが公称600万人という、とんでもない規模でユダヤ人を殺してしまったということは、ヨーロッパではもちろん常識なんです。ドイツ人は、何かあるとあの話を持ち出されて叩かれるということを十分にわかっています。ですので、ドイツ国内で極右が出てくるということは大変都合が悪い。出てきてしまったら、それをなにがなんでも抑えなければいけないということは、主要政党の間でも、主要メディアの間でも、共通了解になっています。
 ですから、極右的なものが出てくると、全員一致団結して潰しにかかります。外から見ていると、それこそ全体主義的な感じすらするような意気込みで潰すんですよ。さすがに法律を無視して牢屋に入れるということはしませんが、公安は厳しく監視しますし、伝家の宝刀としては違憲団体禁止命令があります。極右がデモをすると、それに数倍する規模の対抗デモが組織されることはよくありますし、場合によってはメルケルも野党のリーダーたちと腕を組んで反極右デモの先頭に立ったりするのです。
 周りの国にナチズムの過去を持ち出されて何か言われるということを、徹底的に気にしている人たちなんです。

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