vol06.多面的に評価する必要がある”理想像”ドイツの現実

脱原子力 ドイツの実像

課題2.再生可能エネルギーによる“産業育成効果” の幻想

 図7は太陽光設備の各国・地域シェアを示したものであるが日本やEU がシェアの世界1、2位を争っていた時期もあったが、既に中国、台湾が圧倒的なシェアを占めている。
 実はドイツのQ Cellsという太陽電池メーカーは、一時期世界第1位の生産量を誇ったものの、2012年4月には倒産して韓国企業に買収された。最盛期には2200人以上の雇用があったとされるが、現在ドイツ国内の従業員数は十分の一程度まで縮小したと言われており、FITによって再生可能エネルギー導入量は急増したものの、国内産業の育成への貢献は設置工事に関わる人件費等かなり限定的であったとされる。また、FITによる賦課金の負担により他の産業から失われる雇用を勘案すれば、その雇用創出効果は大きくないとも指摘される。
 特に太陽光設備はメンテナンスフリーがそのメリットとされており、筆者の自宅に設置した太陽光設備も、導入から5 年が経つがメーカーの訪問などは一度もない。
 我が国でも再生可能エネルギーは国内産業の育成も効果の一つとして期待されたが、先に紹介した野村浩二氏の資料によれば、FIT導入後、太陽光発電システムの輸入比率は急上昇し、現在でもおおむね70-80%は輸入されていると指摘されている。

 
 

課題3.電力自由化との齟齬(安定供給懸念)

 再生可能エネルギーはコストの面で優遇されているのみならず、「稼ぐ機会」についても最優先される。再生可能エネルギー優先給電ルールによって、太陽光や風力が発電しているときには既存電源は発電することはできず、それらが発電しないタイミングでのみ発電することを許される。既存の電源は再生可能エネルギーの「調整役」となることから、稼ぐチャンスを失い、稼働率が低下してしまう。自由化された市場において、稼働率の低下した設備を維持するモチベーションを事業者が持つことはない。こうして、火力発電への投資インセンティブは低下し、国として適正な発電容量を維持することが難しくなるのである。自由化された市場においては、稼ぐチャンスを失った設備は淘汰されざるを得ない。例えば、現在の日本の石炭火力の稼働時間は年間平均7500時間程度である。しかしドイツにおいては3000~4000時間程度となっており、起動停止回数の増加で設備トラブルも増加している。
 電力は貯蔵できないため「同時同量」が基本で、必要とされる量を必要とされるタイミングで発電しなければならない。不足の場合はもちろん、発電量が多すぎる場合も系統運用が不安定になり最悪の場合には停電を引き起こす。太陽光・風力が好調に稼働する一方で、需要が大きくない場合には、実は電力がマイナスの価格(ネガティブプライス)で取引される事態も生じている。(図8)
 火力発電は稼働と稼働停止には多くの手順を踏む必要がありコストもかかり、機器に負担もかかる。したがって、マイナス価格であっても止める・点けるためのコストよりも安ければ発電してしまったほうがまだいいというような状態も発生するのである。このような無茶な環境に置かれた場合、安定供給に欠かすことのできない火力発電の設備容量がまず不足することとなる。
 ドイツで最新鋭のイルシング天然ガス火力4,5号(高効率コンバインドサイクルガスタービン)については、事業者(E.ON)が廃止を申し出たものの、いざというときのためにこの電源を維持しておく必要があるとして、ドイツ政府はこの5 号機を維持する対価として事業者(E.ON)に年間1 億ユーロ支払ったと報道されている。
 こうした事態を解決するためには「容量市場」といって、発電電力量(kWh)を取引する市場だけでなく、電力設備(kW)を維持することに対しても対価が支払われる仕組みの検討が必要になる。しかしそれでは電力料金の値上がりに通じるため、ドイツではそれを避け、「容量リザーブ(戦略的予備力)」と呼ばれる制度の導入を2015年に決定した。イルシング発電所の事例のように、国の安定供給上必要となる発電所について、系統運用事業者が資金を供給してそれを維持するという制度だ。維持のためのコストは直接的な電気料金ではないとしても、国民の負担によって賄われる。再生可能エネルギーが大量導入されれば、いざというときのための設備の維持に必要なコスト回収の手段について検討されなければならない。

 
 

課題4.一国再エネ主義の限界  送電線整備の遅れ

 ドイツでは北部北海沿岸を中心に風力が、南部に太陽光発電が導入されている。北部には大きな需要地は無いので、南北の送電線を整備して北部の風力発電の電気を南部需要地に送電する必要があるが、送電線整備の進捗率はほぼ2 割にとどまっている。
 バイエルン州は2本高圧送電線が通る計画になっているが、2本も通るのはバイエルン州だけであるとして、送電線のルートを変えるよう主張している。ドイツ人は景観を非常に気にするため、送電線が通る地域では地価の下落が懸念される。また、電磁波の健康影響についても神経質であると言われる。そのためほぼすべての送電線建設計画に反対運動が起きており、コスト倍増を覚悟で地中化するという議論が進んでいる。しかし、バイエルン州を通過する予定の南北の超高圧送電線を地中化するのに、追加で必要となるコストが110億ユーロ、約1兆4800億円とも試算されている。再生可能エネルギーの導入に関わる直接的なコストに加えて、送電網整備のためのコストも当初の見込みを大きく上回らざるを得ない。
 国民の反対運動を打開するためにドイツ政府は、送電線の整備に必要な投資総額の最大15%について住民からの出資を可能にするスキームを策定した。それによって住民理解が進みやすくすることを期待したものであるが、この利用はほとんど進んでいないと報道されている。
 そのため2015年2月にはノルウェーとの間に、海底直流送電線を建設する計画を発表した。このことにより、風況が良く風力発電が過剰になった時にはノルウェーに送電して、同国の揚水発電に蓄えておき、必要な時に送電してもらうという計画だという。
 これまで、自国の送電網が整備されていないために、送電線が連系した東欧諸国に計画外に再生可能エネルギーの電気が送電され、ポーランドやチェコなど4か国の送電事業者から対策を求められる事態になっていた。一国再エネ主義は従前から無理ではあったが、いよいよ国際連系線の整備に乗り出したのである。

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