vol06.多面的に評価する必要がある”理想像”ドイツの現実

脱原子力 ドイツの実像
竹内純子Sumiko Takeuchi
国際環境経済研究所 理事・主席研究員
東京学芸大学附属高等学校卒
慶應義塾大学法学部卒

 

力システムは、複雑に絡み合う様々な要素を勘案して構築するものである。

 「あちらを立てればこちらが立たない」ことも多く、難解な連立方程式を解くことにも等しい。エネルギー政策の基本は「3E」、すなわち「Energy Security」( エネルギー安全保障・安定供給) と「Economy」( 経済性)、「Environment」( 環境性) という3つのEのバランスを取ることであると言われるが、この3 つのすべてを同時に追求することは難しい。
 例えば、化石燃料の中で最も安価な石炭は多くの温室効果ガスを排出してしまう。経済性を追求すれば環境性がおろそかになってしまう可能性がある。逆に環境のためにはエンヤコラ、と再生可能エネルギーばかりを導入すると、太陽光や風力などでは気象の変化に影響されるため安定供給に支障が出る可能性があるだけでなく、現状では相当の高コストとなる。
 バランスをとった議論をするためには、電気の物理的性質や多様な技術に対する基本的理解は当然のこととして、燃料調達に関しては地政学、温暖化政策に関しては環境経済学など、必要とされる視点は多岐にわたる。
 その上、時間軸が通常とは異なることも踏まえなければならない。
 しばしば「2030年には脱原発して、再エネ100%のエネルギー供給システムを」というようなコメントを聞く。一般的な感覚からすれば2030年は遠い将来だとしても、エネルギーインフラを構築するには、2030年は「明日」と言っても過言ではない。環境アセスメントなど様々な手続きや地元住民の合意形成などにかかる時間を考えれば、いますぐ計画に着手した発電所や送変電設備であっても、稼働開始が2030年になることはザラだ。それが世間の反対の強い原子力発電所であればなおさらで、福島第一原子力発電所事故以前でも、地元の誘致決議から30年、40年経っても原子力発電所の建設に着工できないということが常態化していたのである。現在原子力発電所の新設やリプレースについてはその可能性すら議論されていないが、30年後、40年後、私たちのエネルギーの一定割合を原子力に頼らざるを得ないとすれば、今から動き始めなければ間に合わないのである。
 ジレンマならぬトリレンマと言われる3Eのバランス、必要とされる幅広い視点、超長期の時間軸・・・。こうしたエネルギー問題の特殊性からくるわかりにくさの故であろうか、エネルギー政策の「理想像」という単一の正解が欲しくなり、それを欧米など他国に求める論者も多い。特にドイツは再生可能エネルギーの導入に先進的に取り組むと同時に、脱原子力を明確に打ち出したことなどから、“理想像” として紹介されることが多くある。しかしそれは「隣の芝生は青く見える」になっていないだろうか。
 国民性や社会の志向するあり方によっても政策の評価は変わるので、ドイツのエネルギー政策の評価はドイツ国民がすべきもの。本稿では、ドイツの政策評価をするというよりは、再生可能エネルギーの大量導入に成功したと言われるドイツが抱える「課題」に注目して、我が国への示唆を読み取ってみたい。

本とドイツ

 エネルギー政策の基本である3E(Energy Security, Economy, Environment)におけるバランスの取り方は、その国・地域の所与の条件、すなわち人口や産業構造、気候、地形、化石燃料の賦存量、自然エネルギーのポテンシャルに加えて、国民性、どのような社会を目指すかによって異なる。同じ国・地域であっても時代によって何が重要視されるかは異なるのであり、他国・他地域でのシステムをそのまま我が国において適用出来るわけではないことは踏まえておかねばならない。
 特に欧州は、電力・ガス供給網の連系接続が進んでおり、一か国を切り取って日本と比較してもその意義は薄い。各国の電源構成を比較すると、水力の多いオーストリア、スウェーデン、天然ガスの多い英国、イタリア、石炭の多いポーランド、チェコ、原子力の多いフランス、ベルギーなどのようにそれぞれ特色が見られるが、EU 全体で見れば、石炭、石油・天然ガス、原子力、再エネ・水力がほぼ四分の一ずつである。いずれか一つの電源が突出した存在になってはおらず、東日本大震災以前の日本の電源構成とも類似した構成となっている。
 ドイツのエネルギー政策について語る前に、一般的事情・条件について整理する。
 例えば我が国の地熱資源のポテンシャルは世界第3位と豊富であり、エネルギーのほとんどを地熱で賄うアイスランドを見習い、わが国も地熱の開発を推進すべきであるとの意見はよく聞かれる。しかしアイスランドの人口は、東京都新宿区と同程度(30 万人程度)しかなく、また、首都のレイキャビクにほとんどが集中している。コンパクトシティ化が自然にできていると言えよう。また、主要産業は観光業、漁業等である。わが国のように1 億2000 万を超える人口を擁し、地熱資源の存在するエリアと消費地域が遠く離れている国、製造業によって支えられる国とはそもそも比較が不可能なのだ。
 ドイツに話を戻そう。ドイツの人口は8200 万人で日本のおよそ3分の2程度、国土面積は35 万7000 平方キロで日本とほぼ同じである。そして、国内総生産(GDP)が日本の世界第3位の日本に次いでドイツは第4位、化学製品輸出額は世界第1位、工業製品輸出額は世界第2位と、日本と同様に「モノづくり」立国である。こうした点ではドイツと日本は類似点が多いと言える。
 しかし、日本とドイツで決定的に違うのは、第一に日本にはほとんど化石燃料資源がないのに対し、ドイツには褐炭という資源が豊富なことだ。その可採埋蔵量は世界第1位とされ、エネルギー自給率は40%近い。第二には、欧州の中心部分に位置し、電力は送電線で、天然ガスはパイプラインで、ヨーロッパ全体の供給網と連系されていることだ。化石燃料賦存量と他国との連系という2 つの点で、日本とドイツは決定的に異なり単純な比較や参照はできないことを前提として把握したうえで、今後を読み進めていただきたい。

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