原子力産業新聞

福島考

震災以降、医師として福島県浜通り地方に関わり続ける筆者が、地元に密着した視点から記すコラム。

「検索」がゆがめる福島の姿:欠乏する情報のレシピ

10 Mar 2016

震災から5年がたった今、「ネット上の福島」と、「現実の福島」は益々かい離しています。
地元で生き生きと暮らす人々とお会いし、楽しい気分のままパソコンを開く。すると、インターネットの中に横たわる、暗く陰謀の渦巻くフクシマの姿に愕然とします。

検索された福島に、福島の現実はありません。それゆえに、インターネット上でパラダイム・シフトを起こすことはできません。すべての人々が検索エンジンに頼る今、情報が真実を伝えるための調理法を伝えていくことは、ますます重要となっていると感じます。

 
伝達力の低下する社会

「近代人の弱さというのは、新聞を読むね。新聞に出ていることで自分に関することはたいてい嘘が書いてある。それだのに、ひとの事が出ていると誰でもそれを信ずる。そういうところに近代人の欠陥がある」
これは戦時中の1941年に小林秀雄が対談の中で言ったことです。情報が新聞やラジオであった小林秀雄の時代にもまして、インターネットの発達した現在はこの傾向が悪化していると感じます。

情報化は辺境化
「これが福島、っていう全体像は、伝わらないんですよ。誰か1人が言ったことだけが『地元の声』といってクローズアップされちゃって賛成も反対も、よくわからない、っていうものも混じっている姿って、伝えようがないですよね」
南相馬市のあるNPOの代表がおっしゃったことです。

現代社会では、人々は何かを調べる時にはインターネットで「検索」をかけます。サーチエンジンの発達とともに、私たちは目的の情報、すなわち各論に向かって一直線に進むことができるようになりました。しかしその結果、教科書や講義のような総論的な知識を得る機会は減ったと思います。

総論なく手に入れた各論は、検索者の先入観をより反映した情報となります。それは、入手する情報の中から自分の意見と異なるものをどんどん排除してしまうためです。つまり、福島のことを知りたい人以外には福島の情報は伝わりませんし、フクシマに対する先入観のある方が検索でポジティブな福島に出会うことはまれでしょう。

情報のレシピ
一番の問題は、情報の解釈などのいわゆる「レシピ」は、現在の爆発的な情報量の増加分ほど発達していないということです。
「現在の甲状腺がんがスクリーニング効果だというのなら、、、、、、、、現在100名以上も子供の甲状腺がんが見つかっていることをどうやって説明するのだ」
甲状腺がんのお話をしたときによく聞かれる質問です。

私は最初、この質問の意味が理解できませんでした。100名以上の子供の甲状腺がんがすなわち、、、、、スクリーニング効果かもしれない、という話をしているのに、なぜそれを倒置するだけで意味が通らなくなるのだ、と思ったからです。

しかし色々お話を聞いてみると、このような方々は、「スクリーニング効果」という温度のない情報と、「100人もの子供」という衝撃的な情報は等価と考えるべきではない、と考えているのではないか、と思うようになりました。

確かに情報はイコール科学ではありません。得た情報をすべて科学的に、冷徹に解釈する義務はありません。しかし材料自体が科学である情報は、やはり最低限の科学的なレシピに基づいて調理しなければ、伝わるものも伝わらなくなってしまいます。
特に福島においては、科学の情報を倫理で調理したり、倫理の問題を科学的根拠で味付けしたり、という誤った情報のレシピが氾濫していると感じます。

これは、科学者も含め、多くの専門家が情報の伝達にばかり専心してレシピの伝達を怠った結果なのかもしれません。

正しさと賢さと
「放射能は正しく恐れるだけでなく、賢く避けなくてはいけない」
震災の後、相馬市長の立谷秀清氏が繰り返し言われていることです。

今社会で流れている情報の多くは、正しいこと、恐れることだけに専心し、「賢さ」や「方法」を伝える努力をしていないように感じます。正しい数値を伝えるだけでは真実を伝えていることにはならない、そのことを、私たちは真摯に反省するときにきているのではないでしょうか。

情報は数値ではないこと。災害から5年がたった今でも、情報は色と温度のある「生もの」であること。福島の外に暮らす方々にも理解いただければよいな、と思います。

越智小枝Sae Ochi

Profile
東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 准教授
1974年生まれ。東京医科歯科大学卒。都立墨東病院医長などを経て、インペリアルカレッジ・ロンドンで公衆衛生を学び、東日本大震災を機に被災地の医療と公衆衛生問題に取り組んでいる。

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