原子力産業新聞

福島考

去り行く「よそ者」の意味

25 Mar 2026

2011年の原子力災害から15年が経ちました。相馬市に居住していた4年間も含めた10年以上もの間、私は「よそ者」として福島県相双地区と関わり続けています。

ここでいうよそ者というのは、コミュニティから疎外される者、というネガティブな意味ではありません。むしろあるコミュニティにコミットしながら良くも悪くも地域に染まらない・あるいは染まれない者という意味合いと考えていただければと思います。このようなよそ者はコミュニティとの距離感が日々変化し続ける存在とも言えます。そんな自由度を持った彼らは、コミュニティに何かをもたらすだけでなく、その地域から去ることにも大きな意味があるのではないか。この15年の経験を経て、そう感じています。

よそ者への期待と差別

災害後の被災地では、よそ者に寄せられる期待は平時以上に大きいように思います。先行きを見失った被災地では、現状を打破するための「何か」を強く待ちわびているからです。被災地を訪れる方々もまた、その期待に応えるべく、異文化や新しい視野をもたらそうと一生懸命努力される方が多いと思います。

しかしそれは一方で、コミュニティへの貢献度によって来訪者に優劣をつけるかのような風潮も生みえます。この10年あまりの間に、私と同じような多くのよそ者が福島を訪れ、そして去っていきました。その中には「自分は貢献できなかった」「感謝を得られなかった」「地域に染まれなかった」という後悔や失望を抱えながら被災地を去った方も少なくありません。ではその方々の来訪は、地域にとって意味がなかったのでしょうか。

私は、被災地への訪問者には必ずしも善意や志や技能が必要だと思いません。なぜなら災害後には、コミュニティにとっての「非自己」であるよそ者がいること自体に必要性があるからです。そしてその方々が「非自己」のまま立ち去ることもまた、復興のためには意味があるのだ、と思います。

災害時の心理と他者の存在

発災の衝撃が抜けた後、被災者の心理状態は以下のように移り変わるといわれています。

  1. 自己犠牲的に他者を助けようとする「英雄期・ヒロイック期」
  2. ボランティアや公的支援に感謝し、他者との連帯感が生まれる「ハネムーン期」
  3. 過労と復興の停滞、記憶の風化により社会の負の側面が顕在化する「幻滅期」
  4. 災害前には戻らないという事実を受容し、真の意味の復興が始まる「再建期」

特に福島県浜通りでは、地震・津波災害、原子力発電所事故、大量避難、風評被害など、それぞれの事象ごとにこの心理が循環したため、再建期に至るまでのフェーズに大きな格差が生じ、混沌とした状態でした。振り返ってみれば、この格差は主に、「身近にどれだけ他者がいたか」にかかっていたように思います。

というのも、再建期に至るまでの3つのフェーズにおいて、地域の人々の幸・不幸は多分に他者の存在に依存しているからです。たとえば英雄期の自己犠牲には救うべき他者だけでなく、その英雄的行為を観察してくれる明確な他者が必要です。「ハネムーン期」の幸福感もまた、自分(たち)が本来関わることのなかった他人に忘れられていない、支えられている、という点に満足感があります。そこで生じた過剰な期待と同調圧力が負の方向へ働けば、分断を生み、その後の他者への幻滅期へと移行するといえるでしょう。福島県において、よそ者と関わり続けてきた人や地域ほど復興が早かったのはこの為ではないかと思います。

よそ者がもたらす安定

そう考えれば、幻滅期に幻滅されることは、その対象となる人の責任ではなく、コミュニティが復興期に移るための自浄作用であると言えるのではないでしょうか。同じような自浄作用は、ハネムーン期がなくとも起きえます。人は災害時のモヤモヤ感やイライラ感を他者の中に押し込め、自己の日常を守ろうとするからです。

たとえば関東大震災後の異国人の排斥や原子力発電所事故後の「フクシマ」差別など、自分以外の人間に「諸悪の根源」のレッテルを貼り、強力に排斥しようとする心理は、上に示す「英雄期」「ハネムーン期」の裏返しといえるでしょう。いずれにおいても攻撃の対象となった方々に何か落ち度があったわけではないのです。

ではなぜそこによそ者が関わる必要があるのでしょうか。期待にしても、幻滅にしても、もしその対象がコミュニティの中の誰かであった場合、「幻滅期」「再建期」には村八分状態が生じる可能性があります。このためにいずれ排斥されうる英雄はコミュニティの外にあることが望ましい、という心理が、コミュニティの中で無意識に働いているのかもしれません。

つまり、いざというときに「形代(かたしろ)」として排除することが可能なよそ者は、外から刺激を与える者であると同時に被災地の心理的安定のバッファーとしても存在しうるのではないでしょうか。多くの人類学者が「まれびと論」「周辺論」などで述べていることですが、それは被災地のよそ者にも当てはまるのではないか──それが10年あまりの福島を見てきた私の感想です。

離れて行った方々へ

もちろん災害時に必ずよそ者が去らなければならないわけではありません。コミュニティに溶け込んだ方や、重要な職に就いた方々もたくさんいらっしゃいますし、私のように長々とよそ者を続けている人間もいるでしょう。

それでも、被災地に関わり、「何もできなかった」「最後に決裂してしまった」と去っていった方々もまた、被災地にとって必要だった──そのことを、これまでに被災地を去っていかれた方々、これから被災地に関わる方々に改めて知っていただきたいと切に願います。

越智小枝Sae Ochi

Profile
東京慈恵会医科大学 臨床検査医学講座 講座担当教授
附属病院中央検査部 部長
東京医科歯科大学卒。都立墨東病院医長などを経て、インペリアルカレッジ・ロンドンで公衆衛生を学び、東日本大震災を機に被災地の医療と公衆衛生問題に取り組んでいる。

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