「自分事」への免疫反応
19 Aug 2026
先日、浜通りについて学ぶ学生さんの研修会を見学させていただく機会がありました。そのグループワークの中で、ある学生さんがされた質問があります。
「『災害や廃炉を他人事にしてはいけない』というのは理解できるけれど、ではどういう考えを持てば『自分事』と言えるのでしょうか」
「自分事」という言葉
「自分事」というのは、他人事の対義語として生まれた比較的新しい言葉のようです。従来用いられてきた「我が事」「当事者意識」などの言葉と比べると、心理的共感や責任感に重きを置いた言葉、という印象があります。
たとえばこれから新しく浜通りに関わる若者の多くは、災害の経験がなく「当事者意識」を持ちえません。それでも浜通りを訪れ、当事者に共感したり真剣に悩んだりすることで「自分事」になり得るということです。
しかし、改めて考えてみると「自分のことのように考える」とはどういうことでしょうか。福島県内で震災を経験した「当事者」であっても、浜通りの出来事のすべてを「自分事」と感じるわけではありません。むしろ復興を他人事のように感じてしまう人もあります。また、「復興は自分たちの責任だけれども、廃炉は他人事」と境界線を引く方もいるでしょう。
震災後のさまざまな活動の中で、私たちは
「『自分事』として考えよう」
という言葉を幾度となく耳にし、口にしてきました。しかしその実、どういう状況を「自分事」と呼ぶのかについて、あまり真剣に考えてこなかったように思います。それは、皆が同じ経験を共有していた震災直後や復興期には、それでも何となく通じていたからだと思います。
しかし震災から15年以上が経ち、浜通りに長年関わり続けてきた人々の間でも、「自分事」と「他人事」の境界は一人ひとり全く異なるものとなりました。もちろんそれはごく自然な流れなのですが、初めて浜通りを学ぼうとする人々が、その多様性を見て
「一体何を理解すれば『自分事』になるのだろう」
と混乱してしまうのも当然かもしれません。
冒頭の学生さんの質問は、「非当事者感」を持つ人々への配慮をおろそかにしがちな私たちへの、重要な戒めであるように聞こえました。
免疫反応の起きる距離
では結局のところ、「自分事にする」とはどういうことなのでしょうか。私自身の感覚を(私にとって)身近な言葉で表現するならば、それは
「免疫反応が起こり得る関係にあること」
と言い換えられます。
免疫反応を一言で説明するならば、「ある抗原を認識し、それが自己であるか非自己であるかを判定し続ける、動的な生体反応」と言えるでしょう。免疫反応が起きるためには、少なくとも3つの条件が必要です。
① 免疫が反応する「抗原」が、自分と同じだけの複雑さを持つこと
② 抗原と、自身の受容体(レセプター)が反応すること
③ 自己・非自己を認識できること
これを「自分事」に置き換えれば、ある事象(抗原)が自分事になるためには、
① 自分の身の丈に合った人やテーマに出会う(える)こと
② 学びのアンテナが立っていること
③ 出会った人やテーマが自分とどれだけ同じで、どれだけ違うのかを比較し続けられること
という3つの条件がそろうことになります。
免疫反応の仕方にはさまざまな形があります。抗原を取りこみ、異物として排除する反応だけでなく、それを自己と認識して受け入れたり(免疫寛容)、反応が強すぎて「アレルギー」を起こしたりすることもあるでしょう。つまり、共感・共鳴することだけが「自分事」なのではなく、強い拒絶もまた「自分事」だからこそ起こる、というのが私の感覚です。
また、実は免疫反応というものは、常に同じものを「自己・非自己」と認識しているわけではありません。今日は自己と認識していたけれど、明日には異物に見えてくる。昨日までアレルギー気味だったものに、今日は寛容になれる。そんな変化が日々起きているのです。自分自身の成長と共に他者との共鳴具合が変化する――そんな「自己と非自己のすっきりしない境界線」を感じることができれば、それが「自分事」への第一歩なのだと思っています。
「自分事」が崩すよそ者の壁
「自分事」の良いところは、前述の通り、本当の「当事者」ではなくても「自分事」にできるという点です。たとえば大災害の後、現地に入って支援できるのは、資格や能力・人脈を持ったごく限られた人々です。このような「特権」を持たない私たちの多くは、ときに被災地に対して「何も関われない」という疎外感を覚えてしまうことも多々あります。一方で、被災地の人々も「外の人々に遠巻きに見られている」という疎外感を持つこともあるでしょう。
このような互いの疎外感の壁を少しでも崩す鍵となるのが、「そこにはいないけれど、他人事にしたくない」「自分事にしたいけれど、できない。」と葛藤する心なのではないでしょうか。
「自分事」とは何か。この学生さんの質問に、今の私が出せる答えはこのようなものになりました。来年、再来年にはまた違う答えになるかもしれません。そんな新しい免疫反応のきっかけを与えてくれた「抗原」との出会いに、改めて感謝しています。


