原子力産業新聞

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インタビュー

岡本 孝司 コウジ・オカモト 東京大学大学院教授

岡本 孝司オカモト・コウジ

東京大学大学院教授

1961年神奈川県生まれ。東京大学工学部原子力工学科、同大学院工学系研究科原子力工学専門課程修士課程修了後、三菱重工業、東京大学工学部助手、同大学院工学系研究科教授、等を経て、2011 年 4 月より同大学院工学系研究科原子力専攻教授。専門は、可視化情報学、原子力安全工学、原子炉熱流体工学など。
日本原子力研究開発機構/廃炉環境国際共同研究センターのセンター長も務める。

残りの人生を事故処理に捧げる

── 岡本先生の事故との関わりを教えてください。

岡本 私は当時東京大学の教授で、原子力安全委員会などの審議会で安全対策を検討していました。東日本大震災の起こった2011年3月11日には海外出張中で、英国で国際学術誌の編集委員会に出席していました。翌日にドイツへ移動したところ福島第一原子力発電所で水素爆発が発生した映像が流れ、急遽帰国しました。映像を見た時に大変な衝撃を受け、同時に「私の残りの人生は、この事故の処理に捧げよう」と決意しました。私の現在の仕事の6割は東大での原子力安全、新型炉の研究と教育、そして4割は日本原子力研究開発機構(JAEA)で福島の廃炉の技術研究をしています。福島原子力事故は私の人生に大きな影響を与え続けています。

── 津波に襲われた福島第一原子力発電所で、事故は防げたのでしょうか?

岡本 津波によって非常用ディーゼル発電機が壊れ、全電源を喪失した段階で、対応策が取れない状況になりました。全電源喪失の情報を聞いた時には、最終的に格納容器の破損まで事故が進みかねないと覚悟しましたし、実際にそうなりました。
また水素爆発による原子炉建屋の破壊も、あそこまで大規模な爆発があるとは、事前に想像もしませんでした。この爆発による原子炉への影響は軽微でしたが、映像の社会的インパクトは大きく、また現場周囲が破壊されたことで復旧作業を難しくしてしまいました。
さらに津波による被害の大きさも想定外でした。福島第一原子力発電所には、事故後何度となく訪問しましたが、そのたびに静かな美しい太平洋を眺め、悲しくなります。その海を見ると、あの巨大津波は想像できません。
一方で想像より被害が軽微だったこともありました。放射性物質の拡散に関してです。事故では計3基の原子炉が破損しましたが、格納容器の設計が堅牢であったことから、旧ソ連のチェルノブイリ事故ほど放射性物質が外部に漏れ出ていません。さらに事故当時には風が陸から海から吹いており、大半の物質が海に拡散して地上の汚染は限定的でした。事故で出た放射性物質によって作業員、住民の方の健康被害は起きていないと言われています。
こうしておけばよかったという「たられば」の話はたくさんありますが、嘆いても仕方がありません。事故の原因はかなり解明されたので、それを分析して今ある原子炉の安全性を向上させ、さらに安全な新型炉の開発につなげるべきでしょう。

── 対策が不備だったのは、事故は起こらないという「安全神話」が原子力関係者の間にあったためでしょうか?また事故後の混乱も大きかったですが、その原因は?

岡本 「安全神話」はあったのかもしれません。また安全対策で日本が遅れていたのは事実です。福島原子力事故では、事前の対策があちこち穴だらけでした。私にも想定外のことが数多く起こり、自分の至らなさを反省しています。
「原子力事故は起こるものであり、そのために安全対策の不断の努力をしなければいけない」というのが、世界の原子力関係者の共通の認識で、私は当時も今もそのように考えています。そこから踏み込んで、1979年のTMI(米スリー・マイル・アイランド原子力発電所)事故の教訓を取り入れ、全電源を喪失した過酷事故の想定、それぞれが影響しない独立した事故対策手段を作る「多重防護」の考えを、米国、欧州などでは原子力の安全対策に取り入れていました。
日本でも1992年に原子力安全委員会が過酷事故対策の指針を出しました。さらに過酷事故対策を規制に具体化させる議論を、事故の起こった2011年3月から始める予定だったのです。議論をしたら事故が避けられたかは分かりませんが、早く始められればよかったと悔やまれます。そして当時の安全対策の議論を振り返ると、私が海外事例を紹介して原子力規制の改善を主張すると「日本式の対策でうまく行っているのに、なんで変える必要があるのか」という態度の人もいました。総じて反応が消極的だったのです。
事故後の混乱はひどいことが多くありました。政府が情報を積極的に出しませんでした。原子力安全・保安院の会見で「炉心溶融が発生した」と事実を述べた広報官が急に職務を外されました。政府は事故直後の混乱があったとはいえ私たち専門家の知見を集約することもなかったですし、事故対策に関わる私の先輩の学者が官僚組織の中で孤立し責任を押し付けられました。そして政治家がいろいろと介入し、不用意な発言やパフォーマンスで社会が動揺しました。その混乱を当時の菅直人首相が自ら引き起こしたのは残念でした。当時の政権幹部たちが混乱を増やした面があると思います。現在の新型コロナウイルスの感染拡大でも、福島原子力事故ほどヒドくはないものの、専門家の活用不足や広報面での同様な混乱が散見され、残念に思います。

原子力に責任ある対応を

── このまま原子力が使えないとどうなるでしょうか?

岡本 エネルギーが将来、自由に使えなくなる可能性があります。それは未来の産業と雇用に悪影響を与えるでしょう。目に見えないところで危機は静かに進行しています。今は電力が供給されていますが、原子力発電を使えないために余分なコストがかかっています。長期化すれば電力会社は原子力発電をやめ、産業界のエネルギーへの負担は大きくなり、経済の衰退につながりかねません。原子力発電をやめられるとは思えませんので、将来の日本は外国製の新技術による原子炉を買わざるを得なくなるでしょう。
また世界は、気候変動問題に直面しています。菅義偉首相は、今年(2020年)10月の施政方針演説で「2050年までに温室効果ガスの排出を実質ゼロにする」という目標を掲げました。実現するには二酸化炭素を排出しない原子力の活用を考えなければなりませんが、未だ政府はその積極的な活用策を打ち出していません。
どのような工学上の問題でも、いや社会や日常生活での問題でも、解決するためには、ある行動をしたことで予想できるベネフィットとリスクを見極め、得られるベネフィットを最大にする一方で、リスクを減らす行動が合理的です。原子力発電は事故の可能性がある一方で、その活用により電力を安く大量に作れるベネフィットがあります。それらを比較考量してベネフィットを享受すべきなのに、「リスクゼロ」を求めて原子力発電の稼働を停止するおかしなことを今の日本は行なっているのです。
原子力をめぐって政府は、これまで新増設の決断やそのための制度づくりを先送りにしてきたように思えます。反原子力は世論のウケがいいので、それを騒ぎ立てる政治活動家もいます。一部のメディアは反原子力の世論に迎合し、おかしな情報を流しています。自分がやっている行動の悪影響を誰も考えていないようです。
どの国も、社会問題がおかしな状況に転がることがありますし、原子力はそうしたことに巻き込まれやすい対象です。ですが各国の研究者と話すと、日本は特にひどい状況にあるようです。これを変えなければなりません。

── どのように変えればいいでしょうか。

岡本 「原子力が役に立つ」ということを社会に示すことでしょう。そして福島原子力事故が不信を広げたきっかけですから、人々の不安を取り除くように福島第一原子力発電所の事故処理を進めることです。それはそれぞれの立場で原子力関係者が取り組まなければなりません。けれども、おかしな連鎖を断ち切れるのは、政治であると考えます。
私は野田佳彦元首相の原子力をめぐる態度を評価しています。野田政権は関西電力大飯原子力発電所3、4号機の再稼働を2012年6月に正式に決定し、翌月から再稼働させました。その際に野田首相は記者会見をし、原子力発電所を動かすリスクと、原子力発電所を動かさずに電力不足で夏場に停電するリスクを比較考量して、停電のリスクを避けるために再稼働を決断したと、述べました。その決断に多くの人が納得し、反対意見は限定的でした。リスクを示し、決断のプロセスを明らかにしたことが、納得を得た理由でしょう。
もちろん政治が原子力の全ての問題を解決できるとは思いませんが、前向きの影響を与えることはできるでしょう。今の自民党政権は原子力をめぐる諸問題で、判断の先送りが目立ちますが、野田元首相のように活用に向けた決断をしてほしいです。

「原子力ボイラー」「新型炉」で海外展開を

── 原子力は、社会にベネフィットを提供できるのでしょうか?

岡本 私は、大きな可能性が原子力にあると考えています。原子力は大きなイノベーション(技術革新)なしでも、今までの技術の延長の上で、大きな変革が成し遂げられます。 例えば、「原子力ボイラー」というアイデアがあります。どの国でも、全エネルギー供給の3分の1を、工業用の熱と蒸気の発生のために使用しています。多くの場合、石炭などの化石燃料が用いられますが、大気汚染や地球温暖化のために石炭が使いづらくなっています。その熱を原子力で発生させようという考えです。10万kW級小型炉である高温ガス炉で熱を作り、それをコンビナートに供給する構想です。ポーランドが関心を示して、JAEA等が持つ日本の技術を導入する計画が進んでいて、東大も私も協力する予定です。 日本の持つユニークな技術である高速増殖炉は、原子力発電の燃料となるプルトニウムを作りながら発電するものです。「エネルギーの心配がなくなる」という40年前の建設当初の意義は今も変わりません。この分野の研究も、進むことを期待しています。

アメリカやカナダでは小型の新型炉であるSMRの開発を国策にしていますが、ここでも日本のメーカー、大学に技術があり、大きく貢献できるでしょう。 先進国では原子力発電所の建設が遅れていますが、途上国では数多くの建設計画が存在します。途上国の経済発展に伴う電力需要に対応するために、また二酸化炭素を排出しない発電方法であるために、原子力発電は今後も必要とされるでしょう。再生可能エネルギーだけでは、世界のエネルギー問題は解決しません。悲観する材料だけではないのです。

── 福島の廃炉について、現時点での状況を教えてください。

岡本 国が決めた「廃炉ロードマップ」があります。2021年末までの燃料デブリ(小さな破片)の取り出し開始という目標を掲げており、それに向けて着々と進んでいます。なるべく早くデブリを除去し、福島第一原子力発電所を安全にしたいと、努力を重ねているのです。
廃炉分野での現在の問題は、溶け落ちた燃料デブリがどのような形をしているかなど、細かな状況が不明なことです。放射線量が高いので人が近づけず、ロボットなどを使って探れるように研究を重ねています。
福島第一原子力発電所のような事故例は少ないため、世界の先端技術を集めた日本の廃炉研究は、各国の研究者の間でも注目されています。関係者も「福島を復興させる」と使命感を持って行なっていますし、学生・研究者の人気や関心も高いのです。
私は、原子力に関わる人間の責任として、福島第一原子力発電所を安全に廃炉させ、福島の復興を完成させたいと考えています。

── 日本の原子力産業は国内での新設が難しく、海外受注も思うようにいかず、かなり厳しい状況です。

岡本 苦境にあると思いますし、私も大学の前はメーカーの原子炉技術者として働いていましたので、なんとか現在の状況を共に抜け出したいと考えています。そうした困難な状況下でも、産業界には未来のための準備を重ねて欲しいと願っています。
米国ではTMI事故後に原子力産業が厳しい状況に追い込まれました。けれどもウェスチングハウス社はその厳しい状況の中、1980年代から「AP600」という安全で高性能の原子炉の開発を進め、今では改良型の「AP1000」が米国や中国で建設されています。苦境の中でイノベーション(技術革新)を起こした同社の先見性は素晴らしいと評価できます。
同じように日本の原子力産業の各社も新型炉、新技術に挑戦して欲しいです。原子力はいずれ日本でも必要とされるでしょうし、世界では原子力発電の需要があります。海外の原子炉建設でそうした技術が採用され、日本の原子力政策が正常化したら、逆輸入もできるでしょう。
例えば日立GEグループの研究する「ESBWR(高経済性単純化沸騰水型炉)」、東芝の持つ小型ナトリウム冷却高速炉「4S」、JAEAが研究を進める高温ガス炉、高速増殖炉は、世界で注目されている原子炉です。日本オリジナルの技術を世界に提供することに、日本の原子力産業の活路があると思いますし、きっと成し遂げると信じています。
原子力には、可能性があります。東大にも、JAEAにも、世界各国から福島の廃炉や新型炉の研究のために、多くの留学の問い合わせ、共同研究の申し入れが来ています。原子力の研究者には国際的なネットワークがありますが、世界の研究者は原子力の未来に希望を抱いて活動しています。
福島原子力事故から10年経過しましたが事故の反省をし、教訓を活かしながら、新しい原子力の発展と福島の復興を進めていきましょう。そして、その原子力の発展で日本のさまざまな組織、個人の持つ力が、大きく貢献できるのです。

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