原賠制度 産業界の視点から見た「リスク予見可能性」の重要性
05 Feb 2026
日本原子力産業協会の植竹明人常務理事はこのほど、文部科学省国際原子力人材育成事業の一環として、アジア7か国の中堅行政官を対象に、原子力損害賠償制度をテーマとする講義を行った。講義の焦点は、日本の制度を網羅的に解説することではなく、原子力事業に参画する産業界の立場から、事故時の責任の在り方が事業成立性にどのような影響を与えるかを明らかにする点に置かれていた。なお同講義は、福井県の大学生および大学院生にもオンライン公開された。
講義ではまず、原子力新規導入国が直面する課題として、技術や規制、人材育成と並び、法制度・制度インフラの整備が不可欠であることが示された。その中でも原子力損害賠償制度は、事業開始の前提条件となる重要な要素として位置づけられた。
特に講義で強調されたのは、不透明なリスクがファイナンスに与える影響だ。とりわけ原子力事業者の賠償責任限度額が不明確な場合(例えば日本の無過失無限責任原則など)、民間の金融機関は融資リスクを予見できず、原子力へのプロジェクト・ファイナンスは成立しない。
こうしたリスク予見可能性の問題は、金融機関に限らず、原子力事業に関与する民間企業全体の意思決定にも直結する。植竹常務は、ベンダーやサプライヤー、投資家、金融機関などの民間企業が原子力プロジェクトへの参画を判断する際には、「万一の事故時に、考慮すべきリスクは明確になっているか」が最重要ポイントとなると指摘した。もし、そうしたリスクの所在や範囲が不透明な場合、それは必ずコストの増大として顕在化してくる。例えば原子力事業者への責任集中が法的に担保されていないケースでは、責任が分散することで、ベンダーやサプライヤーはそれぞれが賠償リスクに備える必要が生じ、保険やリスク対応が重複し、高コスト構造となる。さらに、保険でまかなえないリスクまでコストとして織り込まれれば、原子力発電事業の競争力が失われ、結果として事業として成立しなくなってしまう。また、原子力損害賠償法以外の法律、例えば一般の不法行為法(一般の損害賠償を規定する法律)や製造物責任法などによって、ベンダーや投資家、親会社にまで賠償請求が及ぶ余地が残されている場合、形式上は責任集中を定めていても、その実効性は失われると指摘された。法制度に「抜け穴」があれば、それ自体が参入障壁となる。
こうした課題を踏まえ、植竹常務は原子力損害補完的補償条約(CSC)の意義にも触れた。CSCは、被害者、事業者、ベンダー、投資家といった多様なステークホルダーにとって、国境を越えて分かりやすい統一的な枠組みを提供し、リスクを可視化する上で重要な役割を果たすとされる。一方で、条約への加盟だけでは不十分であり、賠償限度額やそれを超えた場合の国の役割などを明確に定める国内法制度の整備が不可欠であることも示された。
植竹常務の講義は、日本の原子力損害賠償制度そのものを評価するものではない。しかし、事故時の責任の在り方やリスクの不透明さが、共同事業など民間の活力を活かした様々な創意工夫を制約しうることを、産業界の視点から浮き彫りにした内容となった。原子力の活用が国際的に再評価される中、制度が事業のリスク予見可能性をどこまで担保できているのかが、あらためて問われている。





