原子力産業新聞

ニューヨーク州のK.ホークル知事は2025年6月23日、州営のニューヨーク電力公社(NYPA)に対し、同州北部への次世代原子力発電所建設の検討を開始するよう指示した。同州ルイストンにある水力発電所を訪問した際にホークル知事が発表したもので、実現すれば、ニューヨーク州で新たに原子力発電所が建設されるのは半世紀ぶり(同州で最後に建設されたナインマイルポイント2号機は1975年6月着工)となる。

同州に立地するインディアンポイント発電所(PWR×3基)については、前任のA.クオモ知事が早期閉鎖を要求し、3基すべてが2021年5月までに早期閉鎖されたことを思い返すと、同州の気候目標達成に向けた画期的な政策転換として注目されている。

なお今回、発表の場に選ばれたR.M.ナイアガラ発電所は、「ナイアガラ・パワー・プロジェクト」と呼ばれている。1961年に運転を開始した米国でも有数の大規模水力発電所で、電気出力は260万kW。ニューヨーク州の再生可能エネルギー供給の中核をなしており、クリーンエネルギーの象徴的存在となっている。ホークル知事は、水力と原子力というクリーンエネルギーの柱を並べてアピールすることで、同州の脱炭素戦略における原子力の役割を強調したようだ。

©︎Darren McGee/ Office of Governor Kathy Hochul

その背景と目的

この政策決定の背景には、同州の厳しい気候変動対策目標と、電力需給の構造変化がある。同州は2019年に「気候リーダーシップおよびコミュニティ保護法(CLCPA=Climate Leadership and Community Protection Act)」を成立させ、電力部門では2040年までの炭素排出ネットゼロを目標に掲げている。当然ながらこうした脱炭素目標を達成するには、再生可能エネルギーを最大限に活用するだけでなく、安定供給できるクリーン電源の確保が不可欠である。しかし近年、経済成長や電化(建物の電化や電気自動車の普及)そして都市圏に近接して立地されるデータセンター等の新インフラによって電力需要が増大する一方で、老朽化した火力発電プラントの閉鎖が相次ぐなど、新たなクリーン電源の確保が課題となっている。実際、ニューヨーク州では2021年にインディアンポイント原子力発電所が閉鎖されて以降、その代替分を火力発電でまかなっており、炭素排出量の増加と電力供給安定性への懸念が指摘されていた。同州の原子力への回帰は、このような「原子力閉鎖にともなう排出量増加」への反省も背景にある。

ホークル知事は23日の発表で、「ニューヨーク州が経済の電化を進め、老朽化した化石燃料発電所を段階的に閉鎖し、高レベルな雇用を生む大規模製造業を誘致していく中で、エネルギーの安定供給とともに、そのサプライチェーンも国内で確保・強化しなければ、エネルギーの将来を自ら制御することはできない」と述べ、州のエネルギー戦略転換の必要性を強調した。今回のNYPAへの原子力発電所建設指示は、この戦略転換の具体策として位置付けられている。ニューヨーク州公益事業委員会(NYPSC)のR.クリスチャン委員長も「温室効果ガス削減や電力の信頼性確保のため、原子力が他の革新的発電や蓄電技術とともに重要な役割を果たしうる」としており、無炭素経済への移行に原子力を組み込んでいく方針が鮮明となった。

また、ニューヨーク州は半導体やマイクロエレクトロニクス、AIをはじめとする世界的な最先端産業の拠点として台頭しつつあり、その成長を支えるためには、原子力が不可欠とされている。ニューヨーク州電力系統運用者(NYISO)の「2025 Power Trends Report」は、2035年までに州内で約250万kWの新規電源が必要としており、その4割以上は州中央部に位置する中部ニューヨークでの需要と見積もっている。これは近年、州北部・中部に誘致された半導体工場(マイクロン社の大規模投資計画など)やデータセンターといった電力大消費型産業の進出を見据えたものだ。大規模需要家からは安価で安定した電力供給への期待が高まっており、ニューヨーク州経済開発評議会のR.M.シルバ事務局長も「経済成長にとって信頼できるクリーン電力へのアクセスがカギ」と今回の新規原子力の建設決定を歓迎している。このように①経済成長・産業誘致、②電力安定供給、③気候目標達成──これら三つを両立させる解決策として、州政府は次世代炉の建設に踏み切ったのである。

閉鎖されたインディアンポイント原子力発電所

次世代炉とは

では、今回ニューヨーク州が建設を目指す「次世代原子炉」とはなんだろうか。これはいわゆる「先進炉」と呼ばれる新しいタイプの原子炉を指しているようだ。具体的には、小型モジュール炉(SMR)をはじめとする小型で安全性の高い原子炉や、高速炉・高温ガス炉などの革新炉が含まれる。従来の大型原子炉に比べ、これら次世代炉は設計段階から受動的安全システムを備えるなど安全性が強化されているのが特徴である。例えば米国では「もはや祖父母の時代の原子炉ではない」(ホークル知事)と言われるように、新設計の原子炉は自動安全機能や厳格な環境基準を満たす21世紀型のものとなっている。またSMRは出力が数万〜数10万kWの原子炉を工場生産し、モジュール単位で現地に設置できる。原子炉モジュールごとトレーラーで運搬することも可能だ。これにより工期短縮やコスト抑制が期待でき、需要に応じて柔軟にユニットを追加できる利点がある。

米国ではすでにSMR実用化へ向けた動きが進んでおり、NuScale社の出力5万kWe級「ニュースケール・パワー・モジュール(NPM)」は2023年1月、米原子力規制委員会(NRC)よりSMR初の設計認証(DC)を取得している。ニュースケール社のSMRは12基までのモジュールを組み合わせ1基あたりの出力が5万〜7.7万kWeの軽水炉である。このほか、米エネルギー省(DOE)の支援する先進的原子炉実証プログラム(ARDP)として、ワイオミング州ケンメラーで建設予定のテラパワー社「Natrium炉」(熔融塩ベースのエネルギー貯蔵システムを備えた、出力34.5万kWeのナトリウム冷却高速炉)や、テキサス州シードリフトで計画中のX-エナジー社「Xe-100」(出力8万kWeの高温ガス炉)などがある。ニューヨーク州が建設を目指す「ゼロエミッションの先進原子炉」(ホークル知事)も、こうした最新のコンセプトを活かしたものになると見られる。ホークル知事は安全面への懸念に配慮し、「新しい原子力プラントは安全性を最優先した21世紀型デザインになる」と強調しており、いささか複雑な思いがよぎる呼ばれ方ではあるが、旧世代の原子炉とは一線を画す次世代技術による計画である点を強調している。

NYPAの選択肢には、まだ具体的な炉型は挙げられていないものの、SMRを含む様々な炉型が射程に入っていると推測される。ニューヨーク州エネルギー研究開発局(NYSERDA)は今年1月、「先進原子炉導入へ向けた青写真(Blueprint)」を公表しており、その中で先進原子炉の特徴として「現行炉より改良された安全機能、モジュール工法、運用上の柔軟性」が挙げられている。出力規模についてホークル知事は「少なくとも合計100万kW以上」の電気出力を目標にするとしており、旧来の大型炉1基分に相当する電力を、複数のSMRモジュールなどでまかなう考えかもしれない。新規に合計100万kWeが導入されれば、現在州内で運転中の3原子力発電所(計4基、341.9万kWe、州内でシェア2割)に加え、原子力シェアを大きく引き上げることになる。ニューヨーク州にとって原子力発電所の新設自体が1970年代以来となるため、炉型選定から規制当局の許認可取得に至るまで前例の少ないプロセスとなるが、他州や連邦での先行事例が技術・規制両面で参照されるだろう。

再エネとの補完関係

ニューヨーク州は既に積極的な再生可能エネルギー導入を進めており、風力・太陽光による発電拡大が図られている。しかし言うまでもなく、風力や太陽光などの再生可能エネルギーは天候に左右されるため、出力が不安定という課題がある。州の気候法(CLCPA)は2030年までに州消費電力の70%を再生可能エネルギーでまかなう目標を掲げ、さらに2040年までに電力部門の実質ゼロエミッションを達成すると定めている。これを実現するには、再エネの大量導入と並行して、夜間や無風時にも安定供給できる無炭素電源を用意する必要がある。今回計画される先進原子炉はまさにその役割を担うもので、州政府は「進行中の再生可能エネルギー導入を補完し、ゼロエミッションのベースロード電源を追加することで、安定かつ手頃なクリーン電力を供給し、クリーンエネルギー経済の目標達成に貢献する」と説明している。原子力発電は発電時にCO2を排出しない上に年間を通じた稼働率も高く(米国での平均設備利用率は90%以上!)、大規模電源として「24時間365日稼働できる唯一のゼロエミッション電源」とも評される。こうした特性から、不安定な再エネを支える調整力として原子力への期待が高まっている。

州の産業界や専門家も、再エネと原子力の組み合わせが不可欠との認識を示している。例えばニューヨーク州農業局のD.フィッシャー局長は「風力や太陽光だけでは増大する需要を満たせない。原子力は用地面積も小さく、長期的な解決策となり得る」と指摘する。全米最大の労働組合連盟である AFL‑CIO のニューヨーク州支部からも「原子力を復活・拡大しなければ炭素排出量は増加し、供給信頼性も危うくなる」(M.シレント支部長)として今回の決定を支持する声が上がっている。また気候政策の専門家であるコーネル大学のL.アンダーソン教授は、「野心的な脱炭素目標を達成するには再エネ最大化だけでなくクリーンで即応可能な電源の安定供給が不可欠」であり、「特にデータセンターやハイテク製造業の急増で電力需要が急伸する中、100万kW規模の先進炉は戦略的投資となる」と評価している。州政府が原子力を再評価し始めた背景には、こうした再エネと相補的な無炭素電源としての原子力の価値が再認識されたことがある。

ニューヨーク州は近年、大規模な洋上風力プロジェクトや蓄電池の導入にも力を入れているが、送電網全体の安定度(周波数・電圧維持や需給バランス調整)には依然として課題が残る。とりわけ冬季の寒波や夏季の熱波など過酷な気候時には電力需要が急増し、太陽光発電の出力低下や風況不良が重なることで、電力供給が逼迫する恐れがある。原子力を含むあらゆるクリーン電源の活用は必須であり、今回の新規原子力建設計画は、再エネ重視路線に原子力を組み入れることでゼロエミッションと電力安定供給の両立を図る試みと言える。

ニューヨーク州北部に立地するロバート・E・ギネイ原子力発電所

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NYPAの役割

NYPAの役割

NYPAは州が所有する公営電力会社で、主に水力発電所や送電網を運営している。ホークル知事は「自らの政権でNYPAに重要エネルギー案件を託すのは今回が2度目」と語り、「再生可能エネルギーと送電網の整備でNYPAが成果を出しているのと同様、安全かつ迅速にクリーンで信頼できる原子力を展開する」よう指示したと述べている。NYPAは全米有数の水力発電所(前述)を有し、また過去にはインディアンポイント3号機やJ.A.フィッツパトリック原子力発電所を所有/運転していた実績を持つ(いずれも2000年前後に民間へ売却)。今回のホークル知事からの指示によりNYPAは早急に炉型や事業モデル、建設候補サイトの評価に着手し、プロジェクト実現に必要なパートナーシップを構築していくとしている。サイト適性(安全性や地域からの支持、既存インフラとの適合性、労働力や用地の確保など)や資金調達も検討され、NYSERDAやニューヨーク州公益事業省(DPS)などが策定中の「先進原子炉導入マスタープラン」の知見も活用するという。

具体的な建設候補地は未定だが、有力候補の一つとしてナインマイルポイント原子力発電所サイトが挙げられている。ナインマイルポイントでは現在2基のBWR(それぞれ64.2万kWe、132万kWe)が運転中で、サイト内あるいは隣接地に、増設できる可能性がある。小型炉であればなおさら容易であろう。州政府は既に同発電所を所有/運転するコンステレーション社に対し、新規建設プロジェクトのための事前サイト許可(ESP)取得プロセスを支援する資金援助を行っており、今回のNYPAによる建設計画とも連動する可能性が極めて高い。ホークル知事はコンステレーション社による当該サイトでの増設計画を支持してきた経緯もあることから、今後NYPAが民間事業者と協力して進める場合においても、既存サイトへの増設が有力視されている。

NYPAによる建設計画とはいえ、実際の事業スキームは官民連携で実施されることが想定される。知事の発表では「NYPAが単独もしくは民間企業との協働で少なくとも1地点で、合計出力100万kW以上の新規原子力発電所を建設する」とされており、今後NYPAはパートナーとなる民間の原子力発電事業者や原子力ベンダーを募りながら計画を進める見通しだ。ニューヨーク州独立系発電事業者協会(IPPNY)も「競争的な入札プロセスによって透明性とイノベーションが確保され、信頼性が高く手頃な電力がニューヨーカーにもたらされる」(G.ドナヒューCEO)と歓迎の意を示している。

州政府としては、NYPAを開発主体とすることで、州政府の強力なコミットメントの下、規制面・資金面での支援を行いつつプロジェクトを加速させたい考えがある。実際、米国最大の公営電力会社であるテネシー峡谷開発公社(TVA)は先月、クリンチリバーサイト(テネシー州)での次世代炉建設計画についてNRCに建設許可(CPA)を申請したばかりであり、NYPAもそれに続く公的主体として積極的に動く構えだ。なおNYPAは近年、州議会によって州内再生可能エネルギー発電プラントを直接開発・所有できる権限を付与された。これは「Build Public Renewables Act(公共再エネ建設法)」と呼ばれる2023年の法改正によるもので、市場任せでは達成が難しいプロジェクトを、公社が主導・推進する役割を担うようになっている。今回の原子力発電所建設計画も同様の枠組みで、公的セクターの関与により迅速な意思決定と長期的視点の投資を可能にするねらいがあるとみられる。

今後のステップとしては、まず2026年末までに策定予定の「先進原子炉導入マスタープラン」の中で政策的・経済的な位置づけを明確にしつつ、炉型やサイトが選定される見込みである。その後、具体的なプロジェクト設計の決定、連邦規制委への建設・運転一括許可(COL)申請、資金調達(州債発行や連邦支援の活用など)、着工というプロセスが続く。ホークル知事は「ニューヨーク州北部のコミュニティは、建設時には1,600人の雇用と運転開始後には1,200人の高レベルな終身雇用が創出されることから、この計画に前向きだ」と述べており、地域経済への波及効果も踏まえて地元の支持を取り付けながらプロジェクトを進める姿勢だ。

州北部の商工会議所からは、「私たちが最先端の製造業を誘致し成長させようとする中で、電力の供給能力は今や最重要課題であり、絶対条件である。AIにより急増する電力需要から、新たな工業プロセスまで、目の前に広がる経済的チャンスを活かすためには、電力供給量と送電能力の両面での大規模な拡張が求められている。欧州各国が行っているように、最先端の原子炉を網羅する多様なエネルギー戦略なくしては、ニューヨーク州は将来的な電力需要を満たすことはできない。そして、その実現には官民連携が不可欠である」(G.ダグラスCEO)と指摘。州中部の商工会議所からは、「ホークル知事は、急増するエネルギー需要を満たしつつ、気候目標を達成するために、ニューヨーク州が全米をリードするための重要な一歩を踏み出した。ニューヨーク州が半導体やマイクロエレクトロニクス、AIをはじめとする世界的な重要産業の拠点として台頭する中で、その成長を支えるにはクリーンで信頼できる原子力エネルギーが中心的な役割を果たす。緊急性を認識し、ニューヨーク州のエネルギーの未来を確保するために大胆な行動を取ったホークル知事を高く評価する」(R.シンプソンCEO)と歓迎の声が上がっている。NYPAはこうした産業界やコミュニティからの幅広い支持を追い風に、必要な許認可取得と事業推進にあたることになる。

ナインマイルポイント原子力発電所。北部の原子力発電所は、オンタリオ湖に面している。

米国における原子力再評価

ニューヨーク州の今回の決定は、米国全体で進みつつある「原子力ルネサンス」の新たな潮流の一端と言える。米国では長らく原子力発電所の新設が停滞していたが、近年の気候変動対策やエネルギー安全保障の観点から原子力への再評価が進み、先進炉の開発競争が活発化している。連邦政府も原子力をクリーンエネルギー戦略の重要な柱に位置づけており、2021年の超党派インフラ投資法(IIJA)では先進的原子炉実証プログラム(ARDP)に対し25億ドルもの予算を投入するなど、次世代原子炉の早期実用化に向けた資金支援を行っている。また2022年成立のインフレ抑制法(IRA)では無炭素発電への包括的税制優遇が創設され、既存原子力発電所の維持を支える発電税額控除(45U)、新規の先進炉への発電税額控除(45J)、クリーンエネルギー設備への投資税額控除(48E)等が盛り込まれた。さらに2024年6月には上院で88対2という圧倒的多数で原子力規制改革法(ADVANCE Act)が可決され、同7月に成立した。ここでは先進炉の許認可手続きの簡素化や規制委員会の効率向上、設計認証制度や許認可プロセスの国際標準化・相互承認の推進が図られている。これら一連の政策は超党派の支持を得ており、米国では気候対策と産業競争力強化の両面で原子力を活用する、との国家戦略が共有されつつある。

他州の動向を見ても、原子力への姿勢に変化が顕著だ。西部ワイオミング州は石炭火力からの転換策として前述のテラパワー社高速炉「Natrium」の誘致を決め、2030年の送電開始を目指して現在、非原子力部の建設工事を実施している。南部のジョージア州では、ウェスチングハウス社製AP1000を採用したA.W.ボーグル3-4号機(各125万kWe)が2023〜2024年に相次いで運転を開始した。もっとも、ボーグルの建設プロジェクトでは、従来型の大型原子炉(AP1000)を建設した結果、約350億ドルものコスト超過と7年以上のスケジュール遅延が発生した 。この事例により、従来型大型炉の建設リスクの大きさとその教訓が浮き彫りとなった 。

こうした中で、より小型で建設しやすいSMRや革新的な炉型への関心が高まり、テネシー州のTVAはGEベルノバ日立社製BWRX-300(30万kWe級)を念頭にクリンチリバーでの新設計画に動き出した。中西部インディアナ州やウェストバージニア州では、原子力発電所の建設を禁じていた州法を近年撤廃し、新たな原子炉導入の検討を開始している。またニューヨーク州が主導する形で2025年2月には10州連合の「先進原子炉ファーストムーバー・イニシアチブ(Advanced Nuclear First Mover Initiative)」が発足した。この協議体にはニューヨーク州のほか東西9州(インディアナ、ケンタッキー、テネシー、ワイオミング、メリーランド、ペンシルベニア、ユタ、バージニア、ウェストバージニア)が参加し、州間連携によるコスト低減策やリスク分担、規制手続の効率化、サプライチェーン整備、共同調達など、新たな原子力発電所の建設を加速するための方策が議論されている。ホークル知事自身、今年1月の施政方針演説で「コスト削減とリスク分散のための原子力エネルギー多州コンソーシアム」を主導すると宣言しており、今回のNYPAによる具体プロジェクト着手はその延長線上にある。

このように米国では、連邦・州レベル双方で、原子力への追い風が強まっている。背景には、再エネ偏重では電力網の安定維持や産業競争力の確保が難しいとの現実認識や、中国・ロシアが原子炉輸出などで先行する中で米国の原子力技術でのリーダーシップを取り戻す戦略もある。中国では現在3,500万kW超もの原子力発電所が建設中であるのに対し、米国はこれに大きく水をあけられており、巻き返しが急務とされる。一方で先進炉分野では、米国のスタートアップ企業が数多く参入し、連邦政府の研究所や大学も巻き込んだ技術開発競争が繰り広げられている。「最も信頼できるゼロエミッション電源で、米国が再び世界をリードする」という気概が政策面にも表れており、ニューヨーク州の動きもそうした全米的な潮流の一環と言えるだろう。

ニュースケール社の12基タイプ ©︎ NuScale Power, LLC.

電力は足りていない

米国、とりわけニューヨーク州の原子力に対する前向きな姿勢は、日本の現状と対照的である。日本では2011年の福島第一事故以降、原子力政策は停滞し、新増設は長らくタブー視されてきた。しかし近年になりエネルギー安全保障やカーボンニュートラル実現の観点から政策見直しが進み、2022年には岸田文雄首相(当時)が「次世代革新炉の開発・建設」に言及し始めた。2022年末には政府がGX(グリーントランスフォーメーション)基本方針として「既存炉の運転期間延長と、閉鎖炉のリプレースとしての新型炉建設」を正式決定し、既存炉の運転期間とされた60年を超えて運転可能とする法改正も行われた。また三菱重工が、北海道電力・関西電力・四国電力・九州電力の4社と共同で、120万kWe級の最新鋭PWR「SRZ-1200」を発表するなど、技術開発の動きも出始めた。ただし日本の場合、新増設はあくまで閉鎖炉のリプレースとして限定的に検討されており、実際の建設着手までには相当の歳月と地元合意形成を要すると見られる。また国民世論も依然慎重で、福島第一事故前に約30%あった総発電電力量に占める原子力シェアは直近では7%程度(2021年)に落ち込んだままだ。再稼働に漕ぎつけたのは運転可能な33基中14基に留まり、残りも審査や地元了解に長い時間がかかっている。要するに日本では原子力回帰の議論こそ始まったものの、実際の進展のスピードは欧米に比べて限定的と言える。

一方、米国では前述のとおり民主党・共和党の垣根を超えて原子力を推進する動きが広がりつつあり、世論面でも気候変動対策の必要性から支持が増えている。興味深いのは、ニューヨーク州のような環境志向の強い州でさえ労働組合や環境団体の一部から「原子力抜きでは脱炭素は困難」との声が上がり始めた点である。実際、州内の労働組合指導者たちはこぞってホークル知事の決断を歓迎し、「原子力拡大なくしてクリーンエネルギー目標は達成できない」「風力・太陽光だけではグリッド安定化は不十分」といった趣旨のコメントを発表している。原子力発電所の新設は地元に莫大な雇用と経済効果をもたらすため、従来は原子力に反対の立場をとりがちだった労組や商工団体も、積極的に支援に回っている。脱炭素を目指す米国の環境系シンクタンクである「Clean Air Task Force」も、前述の10州連合による「イニシアチブ」発足時には、「クリーンで信頼できる電力供給の実現には原子力が不可欠」との声明を発表し、強く支持している。こうした官民一体となった推進機運は、日本では未だ十分醸成されていない部分であり、米国との温度差が際立つ。

もう一点、米国の原子力政策は技術革新への期待感に満ちている。スタートアップ企業や大学・研究機関が競い合い、ビル・ゲイツ氏のような著名な実業家も先進炉開発に参入している状況は、日本の停滞感とは対照的だ。ニュースケール社のSMRが2023年1月にDCを取得した際、DOEのK.ハフ次官補(当時)は「SMRはもはや抽象的な概念ではなく、現実の配備段階に来ている」と述べるなど、原子力を未来志向の産業と捉えている。日本でもようやく官民連携での革新炉開発構想(高速炉、高温ガス炉、小型炉など)が動き始めたが、社会的な位置づけとして米国ほど「カーボンニュートラルの切り札」との認識が共有されているとは言い難い。

もっとも、日本においてもエネルギー安全保障や電力逼迫への危機感から、徐々に原子力再評価の機運は高まっている。米国との協力も模索されており、日米原子力協定の下で先進炉分野の情報交換・人材交流が進められている。しかしながら実際に国内で新型炉の建設がスタートするまでには、規制体系の整備、サプライチェーンの再構築、人材育成など課題が山積みだ。ニューヨーク州のケースは、脱炭素と電力安定供給を両立すべく原子力を大胆に活用しようとする先進例として、日本のエネルギー政策にも示唆を与えるだろう。

気候変動対策の緊急性が増す中、データセンターなどの電力多消費型デジタルインフラを抱えながら、「現実的で包括的なエネルギーミックス」を追求する米国の姿勢は、日本にとっても今後議論を深める上で一つの参考モデルとなる。そもそも私たち日本社会の電気は、足りていないのである。原子力産業新聞の特集「IT社会と原子力」でも繰り返し強調しているが、私たち一人ひとりが毎日使っているスマホが、実は巨大な電力消費を背景にしていることを認識しなければならない。

スマホからクラウドAIまで、私たちのデジタル生活は膨大な電力なくして成り立たず、その需要はAI時代の到来で加速度的に拡大している。ゆえに、昼夜を問わず安定供給できるベースロード電源の重要性が一段と高まっている。ニューヨーク州のホークル知事は「24時間信頼できる電気」の必要性を訴え、その供給には原子力がゼロエミッションの安定電源として最良の方法だと明言した。私たちが操るスマホの背後で、私たちの膨大なファイル、写真、動画を検索し整理し保管しているデジタルインフラが、電力を求めているのだ。

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