原子力産業新聞

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ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。

「原子力の時代」とサルバドール・ダリ

14 Nov 2016

シュールレアリズム(超現実主義)の代表的美術家、サルバドール・ダリの展覧会が東京・六本木の国立新美術館で開催中だ(12月12日まで)。

日本では生誕100年の回顧展が開かれてから約10年ぶり。母国スペインだけでなく国内美術館の所蔵品も含めて、初期から晩年までの作品約130点がほぼ時系列で展示され、その内の一室に「原子力の時代」と銘打たれた1945年から1950年代の作品群があった。

ダリと言えば、誰もが垂れ下がった時計や空飛ぶ物体など文字通りシュールな絵を思い浮かべる。逆に言えばそこまでの人も少なくない。かく言う私も同様で、ダリと原子力の関係についてほとんど知らなかった。それだけになかなか興味深かったので、専門外も顧みず紹介させて頂く。

1904年5月、フランス国境に近いフィゲラスに生まれたダリ(1989年1月没)は、第2次世界大戦中は欧州の戦火を避けて米国に移住、そこで広島、長崎への原爆投下を知った。ダリ自身は「爆発が私に与えた大きな恐怖を表現した」と述べている。

部屋の最初の展示作品『ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌』(1945年)は、全体の8割以上を占める黒地を背景に、爆撃機や米国の象徴と思われる野球選手、真っ赤な閃光を放つ爆発の瞬間などがアトランダムに描かれている。お馴染みの歪んだ時計もある。また左下には怯えたような男の横顔、右上には黒色の合間から青空のようなブルーが広がり、ダリの好む浮遊する動物が描かれている。

サルバドール・ダリ 《ウラニウムと原子による憂鬱な牧歌》 1945年、66.5×86.5cm、カンヴァスに油彩、国立ソフィア王妃芸術センター蔵
Collection of the Museo Nacional Centro de Arte Reina Sofía, Madrid
© Salvador Dalí, Fundació Gala-Salvador Dalí, JASPAR, Japan, 2016.

この色のコントラストから、ダリは原子力の時代に「恐怖(黒)と希望(ブルー)」を見たと言えそうだが、同時に私が感じたのは、「ダリは何を描いてもダリ」ということだった。そんなこと当たり前じゃないかと笑われそうだが、言い換えると初めて原爆投下を題材にしてもダリはあくまでダリ、シュールレアリズムを貫いているということだ。

もっとも細部はリアリズムそのもので、怜悧かつ冷静な描写はダリの原子力へのアプローチの仕方を伺わせるようでもあり、科学の図版を見ているような気分にもなる。

展示室の解説によれば、ダリは1940年後半以降(つまり原爆投下後)、科学、とくに原子物理学に関心を深め、その理論を絵画に反映させ、さらにはそこから宗教と科学の融合へと向かった。

その代表的作品の一つが展示室の『ラファエロの聖母の最高速度』(1954年)という、いささか奇抜な題名の作品で、聖母像はまるで核分裂を起こしたように沢山の球体に別れ、空中に散らばっている。

ミケランジェロ、ダヴィンチと並ぶルネッサンス期の巨匠ラファエロは聖母の画家で有名だが、なぜラファエロを登場させ、神聖なる聖母をバラバラにしてしまったのか。私には理解を超えるのだが、展示は「ダリのラファエロへの敬愛と古典主義への回帰」とする。

またオンライン・ミュージアムMUSEYは《原子爆弾により科学の脅威に目覚めたダリは、同時にカトリックへの信仰を深めていた。…シュールレアリズムと決別し、現代物理学の原子体系と宗教的なモチーフが混在する神秘主義的な空間を描き、神や科学などの絶対的な力を自己の内面に感じることを目指した》と解説している。

実はこの時、私はゴヤ、ベラスケス、ムリリョなどと言った、言わば古典的な画家たちの絵に圧倒される思いでスペインの旅から帰国したばかりだった。

だからダリの古典主義への回帰という解説にも、ナットクというか共感を覚えた。神や科学という絶対的な力を自己の内面に感じることを目指したというダリにとって、「古典主義」に必ずしも限定せず古典が必要であったと思う。古典もまた絶対的な力を内包しているからである。

晩年の作品を集めた最後の部屋には、ラファエロとともにバロック美術の巨匠ベラスケスを登場させた作品もあった。『無題、エル・エスコリアル宮の中庭にいるベラスケスの《マルガリータ王女》』とこれまた長たらしいタイトルの絵がそれだ。ベラスケスは宮廷画家でもあり、エル・エスコリアル宮はスペイン黄金時代を築いたフェリペ2世が住んだことで知られる。

科学、古典、神…絶対的な力を総動員して原子力に向き合ったダリの姿勢は、21世紀の「原子力の時代」を考える際にも示唆的であるように感じる。

千野境子Keiko Chino

Profile
産経新聞 客員論説委員
神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、産経新聞社入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長、外信部長、シンガポール支局長、論説委員長などを歴任。最新刊は「戦後国際秩序の終わりー世界の中の日本」。

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