ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。
16 Oct 2025
「独裁が近づいている」――こんな謎めいたセリフと共に1990年12月、ソ連外相を辞任し、国際政治の表舞台から消えたのは、銀髪と射るような眼差しがトレードマークの故シェワルナゼ氏だった。それから約35年。プーチン・ロシア大統領の独裁の見事な予言となっただけでなく、今や世界は「独裁の世紀」と呼びたいほど独裁・権威主義体制が跳梁跋扈している。最近のニュース映像が脳裏から離れない。中国・北京で9月3日に行われた「抗日戦争・反ファシズム戦争勝利80周年記念式典」の記念行事で、習近平・国家主席を真ん中に、向かって右に北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党総書記、左にプーチン大統領の独裁トリオが天安門へと行進する、あのシーンだ。国連制裁や国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出ているお尋ね者が、白昼堂々揃い踏みをするなんて、かつては考えられなかった。世界も見て見ぬふり。人々がいかに独裁慣れしてしまったかを物語っている。3人の後に続く独裁予備軍の多さにも驚く。スウェーデンの民主主義研究機関V-Demの「民主主義リポート2025」によれば、独裁体制の国・地域は一昨年の35から昨年は45に増えた。ゾロゾロと歩く面々の明日を思うと、何だか悪い夢を見ているような気分になる。小柄ながらサングラスと頭の黒いペチが存在感を放っていたインドネシアのプラボウォ大統領には、とりわけ懸念が増した。国内の治安事情を理由に「欠席」を表明していたのに、ドタキャンとは真逆で急遽、「抗日」式典に駆けつけたのだ。「中国側の必死の巻き返し。きっと首脳会談開催とか投資とかお土産を一杯約束したのでしょう」とは外交筋の解説である。真相は分からない。しかしインドのモディ首相は先立つ上海協力機構(SCO)首脳会議には出席したが、反日色の強い「抗日戦争勝利80周年」は欠席し、日中間を巧みに泳いだ。共にグローバルサウスのリーダーながら、外交手腕はモディ氏の方が何枚も上手だった。日本とインドネシアは2年前、「戦略的パートナーシップ」から「包括的・戦略的パートナーシップ」へ関係を格上げした。東南アジア随一の大国との関係は日本にとって一段と重要になりつつある。なのにこれでは、高関税などで対米関係に苦慮するインドネシアは、中ロの独裁・権威主義体制へますます吸引されて行くだろう。独裁・権威主義体制の広がりは、民主主義陣営のオウンゴールもある。戦後、民主主義を代表して来た米国のトランプ大統領は、第2期政権発足後は内外で民主的規範や価値観を壊して廻り、むしろ独裁・権威主義体制との親和性が滲み出る。先の「民主主義リポート2025」に興味深いデータがあった。誰もが最初から独裁者だったのではない。独裁者45人中27人は民主主義による統治からスタートしているという。キューバの故カストロ首相やフィリピンの故マルコス大統領など独裁者たちへの、我が取材経験を思い起こしても頷ける話だ。独裁者はしばしば有能な統治者として出現する。有能だからこそ独裁者になると言えなくもない。国民も喝采し、歓迎する。ところが彼らの多くは途中から、あるいは徐々に変節し、終には国家や国民に致命的損害を与え舞台を降りる(降ろされる)。なぜ独裁化するか。ことは複雑だ。民主主義があるからと言って安心出来ない。世紀の独裁者、ヒトラーは当時もっとも民主的と言われたワイマール憲法の下、選挙によって合法的に登場した。折しも今年のノーベル平和賞は反独裁を掲げる南米ベネズエラの野党指導者マチャド氏に決まった。平和賞委員会も「独裁の世紀」化を憂慮している証拠だろう。かつて有数の産油国で豊かだったベネズエラは、大衆の圧倒的人気を得た故チャベス大統領の反米・独裁的統治により民主主義は死に、今や破綻国家も同然だ。国外脱出者はこれまでに約800万人にも上る。独裁政治のツケがもたらした最悪の事例の1つと言える。マチャド氏の戦いの強力な支援者は、ノーベル平和賞が欲しくてたまらなかったトランプ氏である。これを機にトランプ氏も反独裁・民主主義擁護に転じてはどうか。評価は確実にアップする。変身トランプを見たい。
20 Jul 2023
中東が大きく動いている。ウクライナだけでなく、こちらにも目を凝らしたい。折しも岸田文雄首相が7月16日から19日までペルシャ湾岸のサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタールの3か国を訪問したが、これはひとまず置いて、まずは中東の地殻変動から。今年3月、サウジとイランが中国の仲介で7年ぶりに外交関係の正常化に合意し、世界を驚かせた。アラブの大国とイスラム教シーア派の大国。地域覇権を競う両者は、2016年にサウジがシーア派指導者を含む47人をテロ関連で処刑したことからイランが激怒、断交していた。7月現在、両国の代理戦争といわれるイエメン内戦に終わりは見えないものの、大使館業務は再開され、影響の拡散はこれからだろう。5月には内乱のため資格停止中のシリアがアラブ連盟に復帰、国際的制裁の続くアサド大統領は12年ぶりに首脳会議に出席した。復権を助けたのは、かつて反アサド派に資金を提供するなどしてアサド政権打倒を目論んだサウジである。少し遡って2021年1月にはサウジ、UAE、バーレーン、エジプト4か国の対カタール断交が米国の仲介により5年で終わった。陸空封鎖を解かれたカタールは息を吹き返し、中東・アラブ初のサッカーW杯開催は昨年、大成功し、同国はトルコのエルドアン大統領とエジプトのシーシー大統領との関係改善にも一役買った。昨日の敵は今日の友、今日の友が明日の敵となるかどうかはともかく、動きは目まぐるしく風雲急を告げる感じ。今回の秩序再編には特徴が少なくとも3つある。第1は地域の新しいプレイヤーとしての中国の登場だ。サウジとイランの仲介だけでなく、中国・湾岸協力会議(GCC)首脳会議や中国・アラブ諸国首脳会議をサウジの首都リヤドで初めて開くなど布石を着々と打ち、「中東の警察官」米国に対抗しようとの野心が垣間見える。第2はこれとも関連して米国の影響力の低下だ。2003年に米軍主導で始めたイラク戦争から20年。内政安定には程遠いにも関わらず、米軍はアフガニスタンに続いてイラクからも一部を残し撤退した。6月初めにブリンケン国務長官が訪問先のサウジで「米国はこの地域に留まる」と述べたのは、裏返せば米国が引いて行くことに対する地域の懸念を認めたのに等しい。そして第3はイラクやリビア、エジプトなど「アラブの春」の政変から立ち直れないアラブ諸国に代って、サウジやUAE、カタールなど湾岸首長・王国のプレゼンスの向上だ。中東問題に素人の独断を許して頂けば、これが一番興味深い。同じ権威主義体制でありながら「アラブの春」を凌いだ首長・王国の強靭性。ウクライナ戦争によるエネルギー問題の深刻化を強みに転化する外交・発信力。米中対立の波及を懸念しつつも、「湾岸の湾岸による湾岸のための」地域益や国益を追及する自律的な第一歩かもしれないからである。ところで今年は第1次石油危機から50年でもある。スーパーの棚からトイレットペーパーが消えた、あの騒動はもう口の端にも上らない。50年は早や歴史であると同時に、石油は依然として基幹エネルギーだとしても、時代の潮流は産油国の湾岸諸国でさえ脱石油時代を見据えて原子力発電や太陽光など再生可能エネルギーの導入を図り、エネルギーの多角化に向かっている。中東のもう1つの、目が離せない動きだ。その意味で、岸田首相が脱炭素化やエネルギーの安定供給に焦点を当て、数十社の企業幹部を率いて歴訪したのは当然だし、理に適っている。サウジは石油依存経済からの脱却が最優先課題だし、UAEは11月の第28回国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP28)では議長国を務める。カタールも2030年までに総発電量に占める再生可能エネルギーの割合を20%にするのが目標だ。ただ首相訪問がこれだけでは従来通りの経済資源外交に終わる。首脳会談などの成果を踏まえ、米中や湾岸諸国の秩序再編の動きにも傍観者の立場を返上し、振り返った時に歴訪が日本の新たな中東外交への転換点だったとなることを期待したい。
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