ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。
07 Apr 2025
トランプ米大統領の60か国・地域への相互関税発表(9日発動)以来、課せられた国々の反発、株式市場の暴落、インフレ・景気後退懸念など、予想を超える激震が続いている。しかしこれはまだ序の口である。もしかするとトランプ氏は、世界を未踏の領域へと道連れにしつつあるのかもしれない。それにしても中国(34%)にはもう少し高くても良かったのにと思う。先行の追加関税を加えた54%は各国の中では確かに高い。しかし商務省によれば昨年の米国の貿易赤字額は中国が2,954億ドルと断トツのトップである。なのに赤字額で言えば微々たるカンボジアの49%を筆頭に、ラオス48%、ベトナムに46%、ミャンマー44%はヒドイ。これでは小国いじめだ。タイ36%、インドネシアと台湾32%などを併せ考えると、これは東・東南アジアへの狙い撃ちも同然で、対中政策の要・インド太平洋をどうしようというのかと勘繰りたくなる。もっと言わせて頂けば相互関税は中国だけに絞れば良かったのだ。その方が問題が分かり易い。「暴論」かもしれない。しかしトランプ関税自体が暴論なのだ。暴論には暴論を。というのもトランプ氏が第1期政権以来一貫して「最大の脅威は中国」と言い続けて来たにしては、言葉と行動が未だ合致していないこともある。例は相互関税だけに留まらない。トランプ氏がウクライナ停戦を急ぎ、ロシアのプーチン大統領にすり寄るのも、デンマーク自治領グリーンランドを召上げようというのも、さらにはパナマ運河の再支配を目論むのも、すべては真の敵・中国との戦いに持てるリソースのすべてをつぎ込み、集中するためと解説されてきた。果たして本当にそうだろうか。トランプ戦線は「標的」が増えるばかり。これでは一体何時になったら本命・中国に立ち向かうのか?たとえ本当でも時間切れにならないか?トランプさん、貴方はそもそも中国とどうしたいの?疑問が次々と湧く。24時間で終わらせてみせると一時豪語したウクライナ戦争は、停戦協議が未だ進行中だ。ロシアのプーチン大統領は手練手管でトランプ氏の気を引きつつ時間を稼ぎ、ウクライナは一寸の虫にも五分の魂で粘る。協議が長引けば対中戦は遅れる。加えて米中和解に中ソ対立を利用したニクソン元大統領の逆張りを行くロシアへの接近と中ロ離反策も、肝心の中国との紐帯は揺らぐ気配はまったくない。おまけにカナダやデンマーク、パナマ、NATO(北大西洋条約機構)など同盟国や友好国へのつれない態度に比して、ライバル中国には思いの外に大人の対応だ。アベコベではないだろうか。今年1月、インドネシアがASEAN(東南アジア諸国連合)加盟国では初めて中ロ主導のBRICS(新興5か国=ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)に加盟、内外に衝撃を与えた。一昨年、サウジアラビア、イラン、エジプトなど6か国もの加盟承認を発表した際に、インドネシアのジョコウィ大統領(当時)は欧米中心の先進国クラブと言われるOECD(経済協力開発機構)加盟優先を理由に、加盟の誘いを断った。プラボウォ大統領が僅か1年余りで豹変したのは、BRICSの勝利と言えなくもない。ASEANではタイ、マレーシアも加盟希望を表明済みだ。マレーシアのアンワル首相は「もう米国は怖くない。気にすることはない」と言ったとか。真偽のほどは不明だが、ASEAN諸国の空気を代弁しているように感じる。今回のASEAN6か国への高関税は、米国頼むに足りずどころか不信感を増し、こうした流れに拍車を掛け兼ねないと懸念する。離米・反米の流れが世界に広がる可能性だってある。喜ぶのは中ロだ。トランプ氏の疲れを知らぬ獅子奮迅ぶりは持ち時間が限られていることもあると言える。再選はなく(当人はウルトラCを望んでいるが)、来年はもう中間選挙である。中間選挙で与党苦戦の通例を覆せず共和党多数派議会が崩れると、大統領は急速にレイムダック化する。トランプ氏を見ながら思い浮かぶ諺は「急いては事を仕損じる」である。以上、トランプ氏の「中国は最大の脅威」論を巡る疑問を呈してきた。ひょっとしてトランプ氏は米ロ中3極による世界3分割支配を考えているのではないかというのが、疑問への私なりの答えである。あくまで仮説だが、そう考えた方が腑に落ちる。トランプ氏は米国の世界への責任や支配などに関心は薄く、とにかくアメリカ・ファーストである。同盟国カナダにかくも攻撃的なのも、吸収して南北アメリカを手中に収めたいのだ。その先のグリーンランドも買収すればさらに結構。小国パナマは言うに及ばず。欧州はロシアに、アジアは中国に、それが嫌なら自分たちで戦って彼らに勝て。春眠暁を覚えず、何やら悪い夢を見てしまったのだろうか。
19 Jan 2023
2024(令和6)年は1月の台湾総統選挙で幕を開ける。ちょっと、ちょっと、2023年が明けたばかりでしょ、と言われそうだ。でも、やっぱり2024年から説き起こしたい誘惑にかられる。台湾に続いて2月14日はインドネシア、翌3月はロシアとウクライナ、11月5日は米国。これほど大統領選挙が相次いで予定され、しかもホットスポットばかりというのも滅多にないことだ。かくて2023年の国際情勢は2024年の影響の下で動いて行くし、行かざるを得ないと思うのである。実際、どこも24年の選挙戦が事実上始まっている。皮切りとなる台湾は昨年11月の統一地方選で与党・民進党が大敗し、党主席を辞任した蔡英文総統に替わって後任となった頼清徳副総統が同党総統候補にもなる公算だ。2期目の蔡英文氏は退場する。地方選と総統選は争点が違うとはいえ、民進党は総統選楽勝のシナリオを狂わせた地方選のダメージを払拭し復活出来るか、正念場だ。一方の国民党も本来なら地方選を勝利させた朱立倫主席が候補になるのが筋だが、不人気ゆえに地方市長らの名が上がっており、勝利の方程式には遠い。さらに毎度のことながら中国の出方も帰趨を握る。過去、親中派総統誕生へと台湾海峡に軍艦を派遣し脅したり、香港の一国二制度を踏みにじったり、結果は「敵」に塩を送ってしまった。独裁体制を固め3期目に入った習近平政権はまたもや愚行を犯すのか、まずは3月5日から開催の全国人民代表大会(全人代)が注目される。ジョコ大統領の3選がないインドネシアでも、昨年8月にプラボウォ国防相が立候補一番乗り、3度目の挑戦だ。同国防相に、ガンジャル中部ジャワ州知事とアニス前ジャカルタ特別州知事を加えた3人が、目下各種世論調査で上位を争う。また大統領選のキーパーソンの1人、元大統領で闘争民主党党首のメガワティ氏が誰も推さないのは娘を立候補させたいからだとの憶測も流れるなど、同国は早くも「政治の季節」だ。インドネシアは今年が東南アジア諸国連合(ASEAN)の議長国でもある。昨年は20か国・地域首脳会議(G20サミット)議長を成功裏に終え、国際的評価が上昇中のジョコ氏としてはASEANの足枷であるミャンマー問題を打開し、大統領最後の1年はレガシー作りに励みたい。そのミャンマーは2月1日がクーデター2周年。軍事政権が約束した総選挙の実施期限は8月だが、実施にはASEAN内でも賛否が分かれる。ミャンマー軍政に理解を示すタイのプラユット軍事政権は自らも5月に総選挙を予定、対抗馬にはタクシン元首相の次女が名乗りを上げ、積年の軍 vs. タクシン対立が再燃しないとは言えない。ASEANの分裂回避に議長ジョコ氏の手腕が問われる。この他、日ASEAN友好協力50周年と日イ国交樹立65周年もあり、2023年は日本とASEAN関係にも目が離せない。以上にもまして風雲急を告げるのがロシアとウクライナである。ロシアが2020年に憲法を改正し、プーチン大統領の続投を可能にしたため、交戦中の仇敵が揃って大統領選に臨むことになった。しかしそもそも大統領選は本当に行われるのか、その場合候補はプーチン、ゼレンスキー両氏か、言い換えると両氏は2023年中も健在か。これらの問いに現時点で100%のイエスはなさそうに思う。だからこそ2023年の戦況がカギを握る。再選を勝ち取るには両氏とも戦場で勝たねばならない。それが無理なら、負けることだけは避けたい。戦争の出口はあるだろうか。ウクライナ戦争の長期化が懸念される所以である。そして11月5日の米大統領選こそ、自国はもとより台湾、ウクライナ、ロシア、中国など世界の命運を左右する。共和党はトランプ前大統領が既に立候補を表明したが、かつての勢いはなく、フロリダ州知事らが俎上に乗る。民主党はバイデン大統領の去就待ちだ。とは言えこの1年は次期大統領レースを背景に、議事堂乱入事件や保守強硬派の抵抗で15回の投票の末に下院議長がようやく決まった異常事態続きの議会が機能するのか、壊れかけたアメリカ民主主義の動向が焦点となりそうだ。こうして2023年は陰の主役に2024年を置いて始まった。
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