ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。
16 Oct 2020
11月3日の投票日まで、残り数週間を切ったアメリカ大統領選挙。実は同日、もう一つ大統領選挙がある。西太平洋ミクロネシアのパラオ共和国だ。アメリカの制度をそっくり取り入れたので、任期4年、3選禁止も同じで、9月22日に予備選を終え、本選を待つばかりとなっている。人口約1万8000人、面積も屋久島ほどのミニ島嶼国だが、進展する日米豪インドによる自由で開かれたインド太平洋構想、太平洋島嶼国を巡る中国・台湾の綱引き、さらには厳しさ増す米中対立など同国を取り巻く国際環境は大幅に変わった。こちらの大統領選も注目したいところだ。パラオと言えば、日本人にとっては2005年4月の天皇、皇后両陛下(当時)による太平洋戦争の激戦地ペリリュー島への慰霊のご訪問が印象深い。約1万2000人が犠牲となった。有数の親日国、戦前の日本統治の名残で多くの日本語が残る。ダイトウリョウもそうだ。しかし戦後とくに冷戦期後半、地域一帯は米ソ対立の角逐の場となった。1985年、ソ連はミクロネシアのキリバスと漁業協定を締結。漁業権により同国が巨額の金を手にしたのを見たメラネシアのバヌアツも翌年、ソ連と国交を樹立、ソ連は見返りに軍の補給基地や港湾を手にした。しかし89年に冷戦が終わり、91年にはソ連も消滅、ロシアが手を引くと米国もこの地域への関心を後退させていった。取って代わったのが中台だ。親中派の馬英九政権時代は一時休戦したものの、今も「一つの中国」承認を島嶼国に執拗に求める中国と台湾のせめぎ合いが続く。筆者がキリバスを訪れた2007年、かつてのソ連のレーダー基地は、台湾によって熱帯農業の畑に替わっていた。当時のトン大統領が中国との外交関係を止め、台湾に替えたからだ。熱帯農業は台湾の得意の分野のひとつ。指導員の前任地はアフリカのマラウイだった。マラウイはキリバスとは逆に、外交関係を台湾から中国に乗り替えたため、彼はマラウイにいられなくなり転勤してきたのだった。筆者とのインタビューで同大統領は「『一つの中国』はキリバスの政策ではない。どこの国とも友好関係を持ちたい」と語っていた。もっともな話である。太平洋島嶼国の大半の気持ちだと思う。昨年、キリバスはメラネシアのソロモン諸島とともに外交関係を再び中国に戻した。畑は今度、何に使われるのだろうか。太平洋島嶼国の残る台湾承認国はミクロネシアのナウルとマーシャル諸島、ポリネシアのツバル、それにパラオのみとなった。承認替えの決め手は経済援助や投資、つまりお金の力がやはり大きい。「島にとって中国は新しい財源が増えたという認識」(島嶼国ウォッチャー)なのだ。本音は中台の争いに巻き込まれたくなくても、国のサバイバルのため、中国から財源を引き出す国もある。そこでパラオ。現在のレゲンメサウ大統領は2期目、過去にも大統領を2期務めた大物で、これまでに非公式も含めると何十回と日本を訪れた親日派にして親台派のため、ポスト・レゲンメサウが一段と注目されるわけだ。決戦は3500票余りを獲得したウィップス(通名スランゲルJr.)元上院議員と、2000票に少し届かないオイロー副大統領の2人が戦う。ウィップス候補は母親がアメリカ人で、レ大統領支持者の3~5割や女性グループ票などを固め最有力、一方オイロー候補はレ大統領が後継に推したものの票差は大きく、勝利には予備選3位のトリビオン元大統領と4位のシード元上院議員合わせて2000票強の取り込みが不可欠だ。2人とも親中派のため、当選後は台湾から中国への鞍替えが噂されている。このほか、先日亡くなった日系のナカムラ元大統領の名前を冠したナカムラ利権と呼ばれる開発派の票や、親族内の票などもあり、支持層は必ずしも一枚岩とは言えないらしい。「ウィップス候補が地滑り的勝利(6000票以上)をする可能性があり、その場合の対中姿勢は是々非々、オイロー候補が僅差で勝利すると、ナカムラ利権派と親中派が政権中枢に入る可能性もある」とは現地の事情に詳しい島嶼国ウォッチャーの予測だ。選挙に先立ち8月末、エスパー米国防長官がパラオを訪れた。米高官の訪問は86年のシュルツ国務長官(当時)以来とあって、西太平洋におけるアメリカのプレゼンスの再確認とも、中国への牽制とも、さまざまな憶測を呼んだ。さらにレ大統領が港湾や基地、飛行場の建設などを要請し、対米関係の緊密化を改めて求めたことも、選挙後への備えではないかと観測された。片や自由で開かれたインド太平洋構想、片や一帯一路構想、米中の覇権競争に太平洋も波立ち始めたようだ。
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「新聞は下から読め」と新聞界ではよく言われる。大きな見出しの記事には誰でも目が向くが、小さな記事に実は貴重な情報が潜んでいるとの戒めだ。だからベタ記事も心して書くようにとの含意もあるかもしれない。有能な諜報員は公開情報さえあれば十分と言うのも同じ類だろう。要は記事の大小より大事なのは読み方なのである。5月9日に行われたマレーシア総選挙も、同じ日の北朝鮮を巡るニュースと比べて扱いはグッと小さかったけれど、内外に与えるインパクトやその意味するところは相当に大きいはずだ。北朝鮮の非核化の進展が具体的にはまだ何もないのに対して、マレーシアの方は予想を覆し、1957年8月の独立以来初の政権交代を実現させ、新首相には92歳のマハティール・モハマド元首相が15年ぶりにカムバックした。まずは外へのインパクトから。東南アジア諸国はこのところ人権、民主主義など普遍的価値の観点から評判を落としていた。ミャンマーは少数民族ロヒンギャ弾圧でミソをつけ、フィリピンでは人権無視で強権政治のドテゥルテ大統領が圧倒的人気を博し、カンボジアのフン・セン首相は有力野党を解体するなど、独裁化やポピュリズムの台頭が懸念されていた。マレーシアも今回敗れたナジブ首相が政府系投資ファンドを巡る巨額資金流用疑惑、汚職体質、強権的政治運営などから国民の強い批判を浴びていた。対して同首相は汚職報道を封じ込める反フェイクニュース法や低所得者への現金給付などバラマキ、選挙の区割り変更など成り振りかまわぬ態勢で選挙に臨んだ。しかし有権者も負けてはいなかった。政権交代という民主主義の範を示し、東南アジアに広がる嫌な流れに歯止めをかけたのである。政敵を潰したフン・セン首相は7月の総選挙で政権を失うことはまずない。とは言え今回の審判は頂門の一針だろうし、国民は25年前の5月に国連の下で初めて行われた民主選挙を思い出したに違いない。また軍事政権のタイも民政移管の要が改めて浮上するのは必至だ。マレーシアの選択はじわじわと浸透していくのではないだろうか。内へのインパクトには未知数の部分も多い。国政運営の経験がない野党連合は4党が足並みを揃えられるか。結局、長年首相だったマハティール新首相の強権運営になりはしないか。また有権者が批判した与党の汚職体質ももとはと言えば同氏が蒔いた種だし、若きナジブを登用したのも同氏だ。「ナジブはひど過ぎたが、権力に就けばみな同じことをする」と達観するマレーシア人もいる。人々の寛容さを良いことに、東南アジアでは汚職の土壌が肥やされて来た。来年大統領選挙のインドネシアで選挙の争点は常にKKN(腐敗・癒着・縁故主義の頭文字)だった。32年の独裁を敷いたスハルト時代はそれがピークに達した観があった。野党連合の実質的なリーダーで、現在は獄中にあるアンワル・イブラヒム元副首相の処遇も不透明な要素だ。マハティール氏は彼を政権ナンバー2の後継にしながら、97年のアジア通貨危機への対応策で対立し解任、徹底的に追い落した。それが今回はナジブ打倒で手を結び、首相もバトンタッチするという。恩赦、釈放、補欠選挙のハードルがある上に、その政治的手腕には不安の声も聞かれる。もう一つの注目点は今後の対中政策だ。今回、有権者に政権交代を促したのは、汚職・強権政治とともに過ぎた中国依存への危機感と言われる。マハティール首相は「前政権が進めてきた全ての契約について検証する必要がある」と述べている(産経新聞5月11日付)。中国のアジア・アフリカ大陸を巻き込む巨大インフラ投資事業はマレーシアも無縁ではなく、その一つマレー半島横断鉄道計画は中国が受注、費用550億リンギット(約1兆5300億円)も中国からの借金だ。マレー半島は確かに横断がネック。しかし果たして見合うだけの需要があるか、壮大な無駄になりはしないかと昨年、私は鄙びた東海岸の町々を訪れて危惧した。国民は借金で国が中国に圧し潰されては大変だと不安だ。世界には借りまくって返済を怠る国も珍しくない中で健全な国民意識だと思うし、マレーシアがその段階まで発展してきた証でもあるだろう。日本との関連では、中国有利と見られて来た首都クアラルンプールとシンガポールを結ぶ高速鉄道計画の受注合戦で、日本の新幹線方式の見直される可能性が挙げられる。と言ってもルック・イースト政策の生みの親マハティール氏は日中に絶妙なバランス感覚を発揮する。ASEAN+3(日中韓)首脳会議も先に日本が提案したASEAN+1(日)首脳会議を同氏が発展的に構想したものだ。練達の政治家をも唸らせる外交力が日本にも求められる。最後に南シナ海の領有権問題で、ベトナムやフィリピンと比べて融和が目立った対中姿勢が軌道修正されるのか、これもまた大変に興味深い。
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