原子力産業新聞

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ジャーナリストとして国際報道の最前線を、時に優しく、時に厳しく、歩み続ける筆者によるコラム。──凛と吹く風のように。

原子力の国際展開に自信示すロスアトム、日本との協力にも意欲

13 Nov 2018

今や世界の原子力発電事業のリーディング・カンパニーであるロシア国営原子力会社ロスアトムは今秋、日本事務所を開設、11月12日のお披露目ではキリル・コマロフ第一副総裁が日露協力は新しいステージに入ったとの意欲的な挨拶を行った。

筆者はこれに先立ちモスクワを訪れた際にコマロフ氏にインタビューする機会があった。同社の積極的な国際展開の最前線で指揮を執るのがコマロフ氏で、ロスアトムは日本との協力の可能性をどのように考えているのか、以下インタビューから紹介する。

折しもモスクワでは同社が主催する「エネルギー週間」中だった。プーチン大統領も出席し、同社と取引や原発事業に関心ある国内外の関係者で賑わっていた。コマロフ氏によれば「世界の国々からトップクラスの人々が来ている。実は日本にも呼びかけたが、残念ながら参加しなかった」と言う。

この一言に原発事業における日露協力の現状が象徴されているかもしれない。しかし今後には前向きで、コマロフ氏は4つの方向性を指摘した。

第1は稼働中の原発に対する協力。

「(フクシマの)事故の後、原発を全面的に止めて点検するというのは当然のことだ。日本の原発は基本的に順調に稼働出来ると考えている。それぞれの原発に固有の技術的課題はあるが、それに技術的にどのように対応して行くかということが大変重要なのだ」

第2に事故を巡る協力。

「実はロシアはこの分野に関して大変深い経験を持っている。チェルノブイリで問題を起こしたからだけでなく、事故が起きていない原発についても事故を起こさないようなノウハウを持っている。フクシマでは事故後すぐ技術者を送る提案をしたし、日本政府も企業もロシアへ来て、(原発の)運転状況をしっかり見ている。しかし結果として具体的なアクションに結びついていない。もっとアクティブな関係を作ることが必要だ」

第3は第三国における日露協力。

「ドイツは原発をやめると言っているが、世界は原子力利用のこれからに非常に注目している。ロシアは毎年「アトム・エクスポ」を開き、今年は700カ国以上のチームが来た。

それを考えると世界で原発に興味を持っている国は100以上になる。中国やインドなど大国ばかりでなく、また大国であっても原発のすべてを自分たちの力だけでやるのは無理だ。例えばバングラデシュのような国はどんなことがあっても協力が必要だ。だからロシアと日本が一緒になってこれから原発をやる国を支援して行くと言うことがあるのではないか。

このような発想はフランスやドイツ、アメリカとは既に開始している。当然のことだが、お客は一番良い物を欲しがる。だから一番良い原子炉を、タービンを…となるとこのような協力が必要になってくるのではないか。それを考えるとロスアトムは単にロシアの企業ではなく、世界でそれを考える企業になるということだ。世界の市場は広いが供給能力はそれほどない。幾つかの日本企業とは既に第三国でやりましょうという話をしている」

最後第4に技術の保持・開発の観点からの協力。

「とくに第四世代の原子炉の技術に関してはロシアも日本も技術者や研究者が沢山いる。そういう人たちの能力を保持する必要がある。以上4つの観点から日本と協力したいと考えているが、残念ながら今のところ前進していない」

キリル・コマロフ第一副総裁


インタビューで一度ならず聞かれたのが「残念ながら」と言う言葉だ。その因って来る背景として、コマロフ氏は日米の歴史的な関係や原子力分野でのフランスとの関係を挙げ、しかしウエスティングハウス(米)やアレバ(仏)など従来の原発企業のリーダーは苦境にあるとして、ロシアの優位性に自信を示した。なぜなら「その間にロシアの技術は格段に進歩した。この12年間に14基の原発を建設した。これは通常の能力からするとすごく多い。フランスもアメリカも中国に1基だけで、今、原発の圧倒的リーダーはロシアだ。原子力の分野は大変閉鎖的で旧知の友とやりたいというのが多いが、ロシアはそういう古い関係を打ち破りたいと考えている」と言う。

だが古い関係を打破するのはそう容易な話ではない。また日本との交渉の苦労として次のようなエピソードを披露した。

「日本で(企業に)提案すると、それは非常に面白い提案だが政府に言って下さいという。政府に言うと、それは面白いが個々の会社に言って下さいとなる。日本はどうも政府と企業の間に十分な連携がないように見える」

ま、これはコマロフ氏に限らず、外国ビジネスマンがしばしば味わうニッポン体験。私が「阿吽の呼吸」というのもありますと言うと「よく承知しています」と笑うと、こう続けた。

「その間にも時間はどんどん進んで行く。日本は今、原発は大変な状況にある。ほとんど動いていない。住民との関係も難しい。しかし日本が今持っている技術を失いたくないなら、今動かないと。国内で新しい原発を作らない。それもやむをえないということであれば、海外で建設する。ロシアはそれ(第三国での協力)を提案しているわけで、結論を出すのは日本だ」

コマロフ氏の一連の積極的発言の背景には、ロシアにおける世論の大勢が原発を支持しているという事情も大いにあるだろう。(ロシアでも)フクシマの後は原発の賛否が五分五分になったが、現在は75%が原発賛成、反対は25%という。

「やはり大事なことは原子力に携わる人間が秘密を持たずオープンにすること。原発はもうドアを閉ざしていない。オープンになればなるほど社会の了解を得やすくなり、それだけ原発の信頼性も高まることになる」

私はロシアの原発の状況がこの発言通りなのか十分に判断出来る材料を持ち合わせてはいない。しかしロスアトムの最高幹部の一人が何を置いてもこのように力説すること自体が新鮮に感じられた。

さて、日本はどう応えていくのだろうか。

千野境子Keiko Chino

Profile
産経新聞 客員論説委員
神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、産経新聞社入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長、外信部長、シンガポール支局長、論説委員長などを歴任。最新刊は「江戸のジャーナリスト 葛飾北斎」。

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