原子力産業新聞

風の音を聴く

ウクライナ戦争と女性政治家の胆力

06 Jul 2022

前回に続いてまたウクライナですかと言われてしまいそうだが、戦争から垣間見えた女性政治家たちの覚悟と決断について取り上げたい。

6月末の北大西洋条約機構(NATO)首脳会議で、北欧スウェーデンとフィンランドがNATO加盟に道筋をつけた。ロシアのプーチン大統領の東方へのNATO拡大阻止という思惑とは裏腹に、ウクライナ侵攻はNATOの拡大強化に弾みをつけ、要衝バルト海はNATOによって包囲される形になる。

両国が加盟意思を表明したのは4月のこと。スウェーデンのアンデション、フィンランドのマリン両女性首相が水辺をバックに共同会見し、その爽やかで晴れやかなこと、思わず目を見張った。

自国が歴史的転換へ踏み出そうとしているのに、気負うことなく「欧州の安保環境はロシアのウクライナ侵攻で根本的に変わった」と語る姿はまったく自然で、女性の政界進出が進む欧州の中でも、北欧がとりわけ顕著なことを改めて実感した。

それにしても長年堅持し伝統となっていた中立主義を──もちろん今後様々な議論が予想されるにしても──こんなにもアッサリと放棄出来るのは、それだけロシアの脅威が高まったからだし、両女性指導者のリーダシップもあってのことだろう。

両国はウクライナへの軍事支援にも積極的で、大国でありながら、武器の出し惜しみをしたり、プーチン氏を慮ったり、何だかグズグズ優柔不断なショルツ独首相やマクロン仏大統領とは大違いだ。

その両首相以上に存在感を発揮しているのが欧州委員会のフォン・デア・ライエン委員長である。早くからウクライナ全面支援を打ち出し、欧州連合(EU)内の不協和音には「民主主義や法の支配、私たちの価値観のために戦っているウクライナを支援しないことはあり得ない」と喝破し、その後もぶれない。彼女も気負わず、エレガントでさえある。

前職の独国防相から欧州委員会初の女性委員長に僅差で承認された時、今日の活躍を予期した人はどれだけいるだろう。危機で怖気づく政治家もいれば、飛躍する政治家もいる。彼女は後者に違いない。

独の女性政治家と言えばこれまで1にも2にもメルケル前首相だったが、首相時代の対ロ融和姿勢が批判を浴びている同氏に代わってフォン・デア・ライエン氏が「顔」になる日が来ないとは言えない。

かつて女性の政界進出をめぐって、女性が首相や指導者になった方が戦争は起きないなどと言われたことがあった。ところがイスラエルのゴルダ・メイア首相(1973年当時)はアラブ諸国と、インドのインディラ・ガンディー首相(1971年当時)はパキスタンと、イギリスのサッチャー首相(1982年当時)はアルゼンチンと、名だたる女性宰相たちは皆、戦争したとあって、議論はあっさり否定され、女性政治家の方が好戦的との声さえ上がった。もっとも私には、この3人は大義や信念、祖国愛などを前にする時、政治家は男も女もないという見本のように思える。

アンデション、マリン、フォン・デア・ライエンの3人はいずれも先輩たちのような豪胆さやカリスマ性はない。しかし彼女たちに欠けがちだった普通人の感覚、身近さが持ち味かもしれない。それだけ女性政治家が特別ではなくなった証だろう。

プーチン氏が引き起こした軍事侵略に立ち向かう女性指導者はまだまだいる。EU首脳会議で加盟を申請し、加盟候補国に認められた旧ソ連構成国のモルドバは、サンドゥ大統領とガブリリツア首相が女性同士でタッグを組む。彼女たちに託された国家の命運は、ロシアの傀儡国家・沿ドニエストル共和国を内に抱え、侵攻の口実は如何様にもという不気味さを孕み、やわな精神ではとても務まりそうにないが、見たところはどこにでもいそうな普通の女性というのが逆にスゴイ。

またNATOの対ロ防衛の最前線バルト三国の1つ、エストニアも女性首相で、カッラス首相は「NATOの(現行)計画ではエストニアは地図から消えるだろう」とNATOの更なる防衛力増強を訴えている。

世界は「男は度胸」より「女は度胸」が腑に落ちる時代になってきた。プーチン氏へ。敵は多く、手強い。

千野境子Keiko Chino

Profile
産経新聞 客員論説委員
神奈川県横浜市出身。早稲田大学第一文学部卒業後、産経新聞社入社。マニラ特派員、ニューヨーク支局長、外信部長、シンガポール支局長、論説委員長などを歴任。最新刊は「江戸のジャーナリスト 葛飾北斎」。

cooperation