原子力産業新聞

福島考

放射線の恐怖を煽り、遺伝子組み換え食品の恐怖を煽り、メディアはどこへいくのか?
単に市民の声、懸念を伝えるのではなく、科学的事実を読み込み、そうした懸念に応える建設的な提案も含めた情報、メッセージを発信すべきではないか?
報道の現場を知り尽くした筆者が、強く訴える。

西欧のルールを後押しするメディアで 日本のエネルギー関連産業は壊滅か?

11 Nov 2021

みなさんにビッグな朗報をお伝えしよう。日本政府が11月2日、COP26で環境団体「気候行動ネットワーク」(CAN)から、名誉ある「化石賞」を受賞した。もちろん皮肉を込めて言っているのだが、この種の環境団体から称賛されたら、そのときこそ日本の産業が危機を迎えるときだ。それにしても日本の主要新聞はなぜ、こうも西欧を崇拝し、日本を貶める論調を好むのだろうか。

英国グラスゴーで開かれている「国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議」(COP261031日~1112日)で、岸田文雄首相はアジア全体の温室効果ガスの削減を掲げ、気候対策に最大100億ドル(11,000億円)の追加拠出を表明した。そして、パリ協定に基づく2050年実質ゼロを目指し、水素やアンモニア発電、CO2の貯蔵・回収技術の推進などを表明した。日本なりの貢献を示す至極まっとうな政策である。

これに対し、環境団体「気候行動ネットワーク」は待ってましたとばかり、日本に「化石賞」を授与した。理由は「石炭火力の段階的廃止がCOP26の優先課題なのに、日本は未知の技術に頼って、2030年以降も石炭火力を使い続けようとしている」(114日付毎日新聞1面)ことらしい。このこと自体は想定内で、環境団体がどんなアクションを起こそうと自由である。

日本の主要新聞は環境団体や西欧に迎合!

問題なのは、こういう動きに対する日本の新聞の論調である。毎日新聞4日付)は1面トップの大見出しで「火力に固執日本逆風」と報じた。 サブ見出しは「脱炭素へ『新技術を積極活用』 NGO批判『化石賞』」だ。そして、7面(4日付)の解説記事を見ると、見出しは「『火力大国』日本に外圧 脱石炭合意 政策変更迫られる恐れ」と日本への批判一色である。

朝日新聞も負けていない。「首相演説に『化石賞』 COP26環境NGOから批判アジア支援に火力発電『アンモニアや水素妄信』との見出しで、環境団体の抗議風景を写真入りで報じた(114日付3面)。石炭融資に関する記事(115日付2面)でも「世界は脱石炭火力 廃止声明40カ国 日本賛同せず」の大見出しだ。

どちらの論調も、石炭火力を簡単に手放そうとしない日本を「世界の潮流とかけ離れた国」または「悪い国」と断じている。日本経済新聞ですら「日本はめまぐるしく動く脱炭素の議論で後手に回り、存在感が薄れている」(11月8日付)といった論調である。西欧目線で日本を批判するおなじみの「日本遅れてる論」である。

一方、読売新聞は「アジア脱炭素に1.1兆円 首相、追加支援を表明」と同じ1面トップ記事ながら、西欧目線の批判的な表現はない。産経新聞も「森林保護・メタン削減合意 温暖化対策へ交渉本格化」(1141面トップ)と日本の姿勢を貶めるような表現は見当たらない。

同じ新聞でもかなり異なることが分かる(写真参照)とはいえ、朝日や毎日新聞を読む限り、まるで西欧だけが正しいかのような錯覚を生む。

石炭の利用は国によってみな違う

どの新聞を読んでも、すっきりしないのは、日本のエネルギー事情の特殊性を詳しく報じていないからだろう。いうまでもなく、エネルギー事情はどの国もみな違う。電源構成に占める石炭火力の割合ひとつをとっても、日本が約30%なのに対し、英国は2%、フランスは1%、スウエーデンに至ってはゼロ%である。そして、中国とインドは約60%台と非常に高く、ドイツと米国では約2割とまだ高い。これだけ大きな差があれば、同じルールを一律に押し付けるほうが非合理なのは小学生でも分かるはずだ。

石炭火力が少ない英国(COP26の議長国)なら、石炭を全廃しても自国産業に大きな打撃はないだろう。しかし、日本は2030年にも約2割を石炭火力でまかなう計画である。中国やインドなどの新興国にとっては、しばらくは、石炭火力は安くて安定した電力源である。

こうした現実を考えれば、いずれ世界的に石炭火力を縮小させていくことは必要だとしても、すべての国が西欧ルールに合わせることが不条理なのは明らかである。

中国や米国も脱石炭宣言に不参加

ここで大事なことは、主要新聞やテレビの論調だけが世論ではないことをしっかりと胸に刻むことである。別の言い方をすると、政府はメディアに振り回されることなく、しっかりと自国の利益を世界に向けて主張することである。

幸い、英国が提案した「化石燃料事業への公的融資を2022年末までに廃止」に日本は参加しなかった。これは称賛すべき決断だ。ところが、毎日新聞(115日付)は一面トップで「全化石燃料 公的融資停止へ 20カ国合意 日本不参加」と報じた。まるで合意した20カ国が正義で、不参加の日本は悪役みたいな扱いである。堂々と自国の利益を主張し、安易な妥協をしなかった日本を称賛する新聞がないのが悲しい。

この公的融資の廃止については、中国や韓国も不参加だ。脱石炭宣言に至っては、米国や中国も加わらなかった。当然である。これらの国は、自国の産業を犠牲にしてでも、西欧の一方的なルールについていくほど愚かではないことを教えてくれる。中国は言論の自由がない独裁国家ではあるが、欧米にひるむことなく、堂々と自分の意見を押し通す姿勢だけは見倣ってよいだろう。日本が、自由と民主主義を共通の価値とするEUや米国と足並みをそろえていくことは重要だが、だからといって、西欧主導のルールがどの国にとっても正しいわけではない。

今後、化石燃料の高騰が日本を襲う

化石燃料事業への公的融資の廃止の広がりは、決して他人事ではない。この化石燃料事業には石炭だけでなく、天然ガスも含まれる。化石燃料事業への融資が止まれば、今後、化石燃料を採掘することはますます難しくなる。そうなれば、今後、石炭やガス、石油などの化石燃料価格が高騰するのは必至である。すでに日本でガソリンなど化石燃料の価格が高騰しているのはその兆しである。

にもかかわらず、日本の新聞にはそういう危機感覚がまるでない。環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんの住むスウェーデンは、原子力と再生可能エネルギー(水力など)だけでほぼ100%の電力を賄っている。化石燃料事業がなくなっても、さして困らないだろう。そういう事情にもかかわらず、日本の新聞の多くはグレタさんの「化石燃料事業が環境を破壊し、人々の命を危機にさらしている」という現実無視のコメントをしょっちゅう載せている。

資源のない日本の特殊なエネルギー事情を西欧に紹介し、日本独自の戦略を西欧の人たちに理解してもらうのも、日本のメディアの役割だと思うが、そういう気概は全く感じられない。この点で興味を引いたのが毎日新聞4日付7面)の記事だ。「ルール作りに長じた欧州主導の脱化石燃料の動きが世界の主流になれば、『脱炭素火力』を目指す日本は国際的にさらに孤立する懸念もある」。

せっかく欧州主導のルールだと気づいたならば、そのルールがいかに他国の事情を無視した独善的ルールかを解説してくれればよいのに、「西欧主導のルールが主流になれば、日本は孤立する」と書いて終わりだ。西欧のルールに従えば、日本のエネルギー産業に幸せがやってくるとでも思っているのだろうか。

総じて日本の新聞やテレビは、国民の生活や命を支えている日本の自動車産業やエネルギー産業が危機的な状況になろうとしていることに冷淡である。環境団体が主張するようなことを真に受けて実践すると、とんでもないことになるのは、すでに旧民主党政権で体験済みである。

西欧が「世界のため、地球のため」と称しながら、実は西欧の利益のために動いていることをもっと知るべきだろう。いったい日本の新聞は、日本の何を守ろうとしているのだろうか。いま西欧の味方をしておけば、いずれ日本の産業がつぶれて困ったときに、西欧が助けてくれるのだろうか。そんな幻想を抱かせるようなメディア報道に振り回されてはいけないとつくづく感じる。

小島正美Masami Kojima

Profile
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「みんなで考えるトリチウム水問題~風評と誤解への解決策」(エネルギーフォーラム)。小島正美ブログ「FOODNEWS ONLINE

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