原子力産業新聞

福島考

放射線の恐怖を煽り、遺伝子組み換え食品の恐怖を煽り、メディアはどこへいくのか?
単に市民の声、懸念を伝えるのではなく、科学的事実を読み込み、そうした懸念に応える建設的な提案も含めた情報、メッセージを発信すべきではないか?
報道の現場を知り尽くした筆者が、強く訴える。

危うい「市民ジャーナリズム」 ─ 根拠なき情報に対抗する第三の「プロフェショナル・ジャーナリズム」が必要

26 Dec 2019

ネットの発達で市民が自由にいろいろな意見やニュースを発信する「市民ジャーナリズム」が活発になってきた。しかし、そこには第三者の査読や校閲の機能はほとんど見られない。そういう危うい市民ジャーナリズムに対抗する第三の「プロフェショナル・ジャーナリズム」が必要なときに来ているのではないだろうか。

2019年8月、山田正彦・元農水大臣や国会議員の福島瑞穂さんらが集まって、衆議院会館で記者会見が行われた。国会議員を含む29人のうち19人の髪の毛から除草剤のグリホサート(もしくはその代謝物)が検出されたという内容だった。

検出された量は0.1 ppm(ppmは100万分の1の単位なので、1グラムの中に1000万分の1グラムの割合)前後の微量だが、議員らは「(水俣病の)メチル水銀と同じように人体に蓄積していく可能性があり、後遺症や障害を起こすという証拠が出ている。禁止すべきだ」と声高に訴えた。

検出量は安全な量の1000分の1

確かにグリホサートはパンなど一部の食品から検出されるが、これまでの国の調査データ(厚生労働省)によると、日本人が平均的に摂取しているグリホサートの量は、生涯にわたって毎日食べ続けても安全といえる1日許容摂取量(ADI)の1000分の1程度である。

安全な量の1000分の1だから、なんら健康上の問題はないと考えられる。しかし、市民団体が標的とする農薬や食品添加物などが、たとえごく微量でも、単に検出されたという事実だけで「危ない」「禁止すべきだ」だと糾弾するのが、こういう「市民ジャーナリズム」の特徴である。

こうしたむき出しの情報が、ネット上のブログやヤフーニュースなどで、だれの査読やチェックもなしに拡散しているのがいまのネット時代だ。

市民が思うがまま(好き勝手に)に自分のニュースを発信できるのは、ときの権力の横暴を抑える武器となり、自由な言論の象徴とも言える。その意味ではよい面ももっているが、こと科学や医学ににかかわるニュースとなると、おかしな情報を信じた人たちに無益な行動に走らせることにもつながっていく。

たとえば、上記の例なら、グリホサートの使用を怖がって、やめてしまう行動がそのひとつである。内閣府食品安全委員会のリスク評価を見てもわかるように、毒性学的に見て、グリホサートほど安全な除草剤(いうまでもなく使用基準を守って使うことが前提)は他にないと思うが、それに怖さを感じた人は、より危ない別の農薬を使うことにもなりかねない。いや現実にそういうことが起きつつある。

市民ジャーナリズムは責任なし

市民ジャーナリズムは悪く言えば、素人ジャーナリズムだ。間違った情報でだれかに被害を与えても、市民ジャーナリズムは責任をとることはない。そもそも市民は素人なので、科学的に根拠のないことを言っても、その言動によって、責任をとらされることもない。これは考えてみれば不思議な現象だが、いまの市民社会では市民が主人公であり、市民には発言をする権利があり、知る権利があり、自由にものを言う権利がある。それでいて、間違った場合でも、許されるのが市民である。

要するに、市民は神様なのである。

ある市民(女性)が「長生きしたければ、肉を食べるな」という内容の本を書いてベストセラーになったことがある。食品添加物や白い砂糖などを避ければ、がんを克服できるといった本を書いてベストセラーになった例もある。どちらも根拠なき一個人の主張、体験に過ぎないが、そんなおかしなことをいいふらしても、責任をとらされることは全くない。この本の内容を信じて、まねして、早く死んでも責められることはない。

市民ジャーナリズムは無敵なのである。間違っても、非難されないという特権をもっている。その一方、おかしなことを言えば、すぐに世間から悪のレッテルをはられて追放されるのが専門家である。市民は素人ゆえの恐るべきパワーをもっているのだ。

原子爆弾はゲノム編集と同じなのか?

元農水大臣の山田氏(弁護士)も、一市民であり、科学者ではない。一市民なので自由になんでも言える。山田氏のブログ(9月21日)を見ていたら、インタビューしたカリフォルニア大学のイグナシオ・チャペラ教授の話として、山田氏は最近、注目されているゲノム編集について「100%副作用が出るし、原子爆弾とゲノム編集は全く同じ物です」と書いている。

どうみても言論が軽すぎる。人権に配慮するはずの元大臣の発言とは思えない物言いである。自分に都合のよい専門家の話を引用して、ゲノム編集の危険性を広めたい気持ちは分からないでもないが、どうみても原子爆弾を例に挙げるのは原子爆弾の被爆者の心、尊厳を傷つけるものだ。一度に数十万人の生命を奪う原子爆弾と、単なる品種改良のひとつに過ぎないゲノム編集技術を同列に扱うとは、被爆者の生命(いのち)をあまりにも軽く見過ぎる発言にしかみえない。

狙った遺伝子を思うように書き換えるゲノム編集技術が、仮に原子爆弾と同じような危険性をかかえているとすれば、医療分野でゲノム編集による治療に取り組んでいる医師や学者は、危険性に全く気付いていない大愚者なのだろうか。ノーベル賞の候補ともいわれるゲノム編集技術で動植物の品種改良に挑んでいる研究者は無学の徒とでもいうのだろうか。

このように何を言っても許されるのが市民の強みである。それが市民ジャーナリズムの武器でもある。

第三の「専門家ジャーナリズム」が必要

これに対し、科学者はそうはいかない。根拠なき言論で市民を惑わせ、市民の気持ちを逆なでしようものなら、「御用学者」「インチキ学者」とレッテルをはられ、世間から追い出される。

科学者の世界では査読やピアレビューがあり、おかしな説や根拠なき理論は淘汰されるというメカニズムが働く。だからか、科学者の物言いは慎重になる。「絶対に危ない」とか「100%安全です」とか断定調の言葉を発信することに慎重になるのだ。

その結果、なんでも自由にものを言う市民(素人)のパワーに負けてしまう。そして、市民社会では素人が勝ち、専門家が負ける。

ゲノム編集や遺伝子組み換え作物、農薬のグリホサート、食品添加物、福島のトリチウム水などに関するネット情報界隈の生態を見ていると、そういう危ういけれど、強い影響力をもつ市民ジャーナリズムの姿がしばしば見える。

そうはいっても、市民ジャーナリズムが科学的にどこまで的確なことを言っているかをちゃんと知りたい市民も多いことだろう。しかし、いまのところ、市民ジャーナリズムの言論を厳しくチェックする専門家の集団はほとんど存在しない。専門家による第三のジャーナリズムの出現を期待したい。

小島正美Masami Kojima

Profile
食生活ジャーナリストの会 代表 元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、現在は「食生活ジャーナリストの会」代表を務める。2019年1月末、最新の著書「メディア・バイアスの正体を明かす」(エネルギーフォーラム)を上梓した。

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