原子力産業新聞

メディアへの直言

東京都の太陽光パネルの設置義務 いつもは威勢のいい新聞が おとなしい羊に!

二〇二二年十二月二十三日 

 新築住宅に太陽光パネルの設置を義務付ける東京都の「環境確保条例」改正案が十五日、東京都議会本会議で賛成多数で可決された。これにより、今後、東京都民以外にも重い負担がのしかかるのは必至にもかかわらず、大半の新聞は肝心なことを報道しなかった。「新聞の役割は権力の監視だ」と豪語している新聞がまるでおとなしい羊に化けていた。

四人の専門家が三つの問題点を指摘

 東京都議会が騒がしくなったのは、太陽光パネルの設置義務化に反対する専門家四人と上田令子・東京都議が都庁で十二月六日に記者会見を行ったあとだ。この日の会見にはTBSをはじめカメラ三台が入ったほか、約二十人の記者が出席した。記者会見でこれだけの記者が集まれば、会見としては大成功の部類だ。私は記者席にいた。

 会見に臨んだ四人は、有馬純さん(東京大学公共政策大学院教授・経産省時代に地球温暖化交渉に何度も参加)▽山本隆三さん(常葉大学名誉教授・国際環境経済研究所所長)▽山口雅之さん(元大阪府警警視・全国再エネ問題連絡会共同代表)▽杉山大志さん(キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)。

 四人の専門家はそれぞれ意見を述べたが、骨子は主に以下の三つだった。

①太陽光パネルの約八割は中国製であり、その多くは強制労働や人権侵害が問題視されている新疆ウイグル自治区で生産されている。設置義務化は中国の人権侵害に加担し、中国を利するだけだ。

②太陽光パネルを設置した人は、使わなかった電気を固定価格(FIT制度)で買い取ってもらえるため、利益を得るが、その利益分を負担するのは、他の東京都民や他の県民である。義務化は太陽光パネルを設置した富裕層を利するだけで、逆に庶民層の負担を増やし、格差や不公平感を拡大させる。

③大規模な水害でパネルが水没したときには、感電事故が起きる危険性がある。

同じ日に推進派が記者会見で対抗

 四人の話は説得力に富んでいた。会見終了後にほぼ全員の記者たちが会見席に駆け寄り、名刺を交換した光景を見て、手応えはあったと思った。

 ところが、翌日の新聞でこれらの問題点を取り上げて記事にしたのは産経新聞と夕刊フジだけだった。しかもその記事には賛成反対の両論併記の形で小池知事の応援団側のコメントが載っていた。

 実は、同じ十二月六日午後、四人の専門家に対抗する形で推進派の会見があった。同じ日の午前に反対派、午後に推進派の会見があったことになる。これは、間違いなく小池知事が仕掛けた巧妙な広報戦略だと推察する。全く同様の広報戦略を築地市場の豊洲移転でも経験したからだ。私はこの推進派の会見にも出た。

 前真之・東京大学准教授(建築学)を筆頭に、市民団体の代表と大学生、そして太陽光発電事業者二人の計五人が臨んだ。記者は十一人でカメラはなかった。午前に比べると関心は低いように思えた。途中で記者二人が抜けたからだ。

 翌日の産経新聞を見ると、推進派の「高騰が続く電気代の都民負担を軽減する有効な手段」とのコメントが載っていた。小池知事の広報戦略は功を奏したといえる。さすが歴戦のつわもの(強者)である。

世界ウイグル会議も会見

 こうした報道の中で私が憂慮するのは、四人の会見の動きが他の新聞では全く分からないことだ。実は、十二月五日には亡命ウイグル人による民族団体「世界ウイグル会議」のドルクン・エイサ総裁が都内で会見し「設置義務化は中国のジェノサイド(民族大量虐殺)に加担する」と訴えていた。このことを私は夕刊フジの記事(十二月七日)を読んで初めて知った。

 主要な新聞が大事な事実をしっかりと伝えていないことがよく分かる。

TBSは問題点を報じたが、コメントが最悪!

 結局、改正案は十五日の本会議で自民党が反対に回ったものの、賛成多数で可決された。このまま太陽光設置義務の問題点が知られることなく終わるかと思っていたところ、十五日夕方、TBSの「Nスタ」で大きく取り上げられた。「パネルの多くは中国製。設置が義務化されても、CO2を減らす効果はほぼゼロ。富裕層を利するだけで、他の国民に負担をつけ回す」など、四人の専門家が指摘した問題点を的確に報じた。フリップボードの解説も分かりやすかった(写真参照)。

 

 ところが、コメンテーターとして出演していた森永卓郎氏がこの番組を台無しにしてしまった。「この人たちは原発支持派です。4キロワットのパネルを屋根につければ、電気はほぼ自給自足できる。日本全体で九割の屋根があいているので、そこへ設置すれば、原発はほぼいらなくなる。富裕層を利するのは確かだが…」。番組の内容を汚す的外れのコメントだった。

 経済学を専門とする森永氏がエネルギー問題に詳しいとは思えないが、それでも一応は大学の教授である。「あの人たちは原発派だから」というレッテルを張って批判するのは思考停止の表れである。四人の中には元大阪府警警視の山口さんのように市民運動の代表者もいる。本来なら、訂正が必要なコメントだろう。

 それでも、森永氏のコメントを除けば、会見に来たTBSの報道陣が問題点を指摘した意義は大きい。やはり記者会見の効果はあったと言えるだろう。

朝日新聞はまるでおとなしい羊!

 それにしても、ひどいのは十六日付けの主要新聞である。日頃、権力を監視することが新聞の使命だと豪語する朝日新聞は、小池知事という権力に目を光らせているかと思いきや、応援団に化けていた。

 朝日新聞はすでに六月十一日の社説で「都はお手本になる制度を」と小池知事にエールを送っていた。その中身を読むと「建物への設置は有望な打開策だ。設置には戸建てで百万円程度の費用がかかるが、都の試算では約十年で回収可能という。住民の理解を得ながら普及を促すためにも、利点や正確な情報を丁寧に説明していくことが必要だ」(一部要約)などと書き、まるで朝日らしからぬおとなしい羊のごとくである。威勢のよい批判は全く見当たらない。

 改正案が可決された翌十六日の社会面記事の見出しも「太陽光パネル 都が義務化、屋根活用 家庭のCO2排出減へ、 波及に期待 コスト減も追い風」と問題点を指摘する言葉はゼロだ。

 それどころか、中国の人権問題に関しては、本文の最後で「中国製のパネル製造現場での人権問題を懸念する声もあり、都は今月、業界団体と『人権尊重の配慮』などを定めた協定を結んだ」という文章を入れた。これはどう見ても「都と業界団体は協定を結んで懸念に応えようとしている。よくやっている」という応援メッセージである。

 いつもの朝日新聞なら、「東京都はウイグルまで行って、人権侵害があるかどうかをしっかりと確かめてくる必要がある」くらいのことは書くだろう。いったい小池知事と業界を全面的に信じている根拠はどこにあるのだろうかと不思議に思う。

 どうやら環境市民団体が支持する自然由来の太陽光発電のような問題となると、朝日新聞の切れ味は途端に鈍くなるようだ。

読売新聞もエール

 産経新聞は三つの問題点をしっかりと報じたが、読売新聞は一面と社会面で展開しながら、論調は朝日新聞とそっくりだった。記事の最後には東京大学の高村ゆかり教授(環境法)の談話が載っていた。「停電しても電気が使えたり、初期費用が売電収入で回収できたりとメリットは大きく、新制度は他の都市のモデルになるだろう」。小池知事が大喜びするコメントである。

 日頃、威勢のよい東京新聞も、こと太陽光問題となると、朝日新聞と同様におとなしい羊に変身するようだ。毎日新聞はベタ記事で事実をあっさりと報じただけに終わった。

太陽光で自給自足は無理

 こうしてみると、新聞の限界をつくづくと感じる。ほとんどの人は一紙しか読んでいないので、太陽光パネルの設置義務化にどんな問題が潜んでいるかを知らないままだろう。

 私が特に気になったのは、設置義務推進派が会見で配った説明文だ。「太陽光は電気代を間違いなく安くできる技術」と言いながら、その一方で「誘導策だけによる太陽光の普及は停滞が顕著、設置義務化は誰にももれなく恩恵を届ける仕組み作りに役立ちます」と訴える。  

 太陽光で電気代が間違いなく安くなるなら、放っておいても、太陽光パネルは普及するはずだ。行政が無理やりパネル設置を義務付けないと普及が進まないのは、それは太陽光に限界があるからだ。

 太陽光で本当に国民全員の電気代が安くなるなら、私だってすぐに設置するだろう。ただし、仮に私が設置しても、森永卓郎氏が言うような電気の自給自足は絶対に実現しない。夜や雨、曇りの日は補助電源として火力発電や原子力発電の助っ人を頼まねばならないからだ。そのコストは本人が払う。太陽光の平均利用率(稼働率)は二割程度しかない。これで電気の自給自足ができるわけがない。

今後、富裕層と庶民層の格差は拡大

 余った電気を他人が高値で買ってくれる制度があるうちは、確かに百万円を初期投資しても元は取れるかもしれないが、それは他人の財布を当てにしているからであり、国民全体から見れば、二重投資になり、電気代が安くなることはない。西欧では太陽光の普及率が高い国はどこも電気代は上がっている。太陽光があっても、補助電源となる火力発電の燃料(天然ガスなど)が高くなると途端に電気代が上がってしまうのは、ロシアのウクライナ侵攻後の西欧を見れば、歴然としている。太陽光は決して自立した電源ではない。

 毎日新聞は今年六月八日の社説で「パネル購入者に対して、負担軽減措置が必要だ」と説いた。その提言通り、東京都は負担軽減措置として、初期投資などに約三百億円の補助金を支給するという。いったい小池知事はどこまで税金を無駄に使えば気が済むのだろうか。設置義務化は国民全体の電気代を高くするだけでなく、富裕層と庶民層の格差を拡大させるだろう。

 振り返れば、旧民主党政権時に菅直人総理(当時)は自らの辞任と引き換えに、太陽光などの固定価格買取制度を実現させた。今度の設置義務化はそれに匹敵する負の遺産となるのは間違いない。

小島正美Masami Kojima
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「みんなで考えるトリチウム水問題~風評と誤解への解決策」(エネルギーフォーラム)。小島正美ブログ「FOOD NEWS ONLINE

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