原子力産業新聞

メディアへの直言

政治家の『失言』から備蓄米、処理水、原子力を考える

二〇二五年六月六日

 政治家の愚かな失言で政治の大転換が起こり、ガラッと政治の世界が好転する瞬間がある。今回の備蓄米失言騒動のようなケースを見ると、政治家の失言は、結果的に見れば、必ずしも悪いわけではない。大事なことは、その失言を好転させる機会を逃さないことだ。今夏、国民民主党から出馬する総合格闘家の須藤元気氏の例もそれにあたる。どういうことか解説しよう。

大臣の失言が
二千円の備蓄米を生んだ

 まずは、みなさんもご存じのように、現在、進行中の備蓄米の例が分かりやすい。江藤拓農林水産大臣(当時)は五月十八日に佐賀市で行われた講演で「私はコメを買ったことはありません。支援者の方々がたくさんコメをくださる。売るほどあります、私の家の食品庫には」などと述べた。

 この失言が、高騰するコメの確保に苦しむ国民の感情を逆撫でし、顰蹙を買ったのはご存じのとおりだ。次いで登場した小泉進次郎農水大臣は随意契約を武器に五キロ二千円近くで備蓄米を売り出し、国民の多くから圧倒的な支持を得た。スピード感あふれる対応に胸がすかっとした人も多いだろう。

 この大いなる転機を見ると、江藤氏の失言は本人にとっては不運な出来事だったのだろうが、結果的には国民にとっては幸運な失言だったといえる。小泉氏への交替が約二千円の備蓄米を生み出したからだ。

 だから、私は政治家の失言や愚かな発言を必ずしも非難する気にはなれない。本音で言ったことが政治を好転させる機会にしばしばなりうるからだ。

 今回は、新たに小泉氏を大臣に指名したことがヒットにつながった。後任の大臣が江藤氏と同じ農林族議員であったならば、JA全農グループの壁を破れず、約二千円の備蓄米は実現しなかったかもしれない。そういう意味では、今回は失言という不運を好機にした舞台劇の好例である。

農林水産大臣の
「汚染水」発言

 失言が好機につながった例は、福島第一原子力発電所の処理水の海洋放出でも見られた。奇しくも、このときの失言の当事者も農林水産大臣だった。

 野村哲郎農林水産大臣(当時)は二〇二三年八月三十一日、関係閣僚会議に出席した後、処理水を「汚染水」と呼んで記者に説明した。この「汚染水」は当時、中国が使っていた言葉である。すぐさま岸田文雄首相は発言の撤回を指示し、野村氏は「福島県のみなさんに不快な思いをさせ申し訳ない」と陳謝した。

 ここで興味深かったのは、野党の立憲民主党(一部議員は汚染水と呼んでいた)が大臣のクビを取りにいく狙いもあったのか、「汚染水と呼んだのは問題だ。正しくは処理水だ!」と大臣の責任を追及したことだ。つまり、野党までが「処理水と呼ぶべきだ」と主張したことで、リベラル系メディアも「汚染水」と呼ぶことをためらうようになった。

 当時は、処理水を汚染水と呼ぶ限り、国民の不安は払しょくされず、福島の農林水産物に風評被害が起きかねない状況だった。このことを考えると、結果的には、野村農林水産大臣の失言はホームラン級の「失言」だったといえる。この失言以降、処理水に対する世の中の空気がガラッと変わった。当時、私は野村大臣に感謝したいくらいの気持ちを抱いたことを覚えている。

野村大臣の再度の支援

 その失言から二年。おもしろいことに、その野村氏がまたも失言(本音か!)で小泉進次郎氏を援護する役回りを果たしたことだ。

 野村氏は五月三十一日、鹿児島県鹿屋市で開かれた国政報告会で小泉進次郎氏のやり方を批判し、農林族の森山裕幹事長がいる前で「森山先生から『ちくり』とやっていただかないと今後が心配だ。われわれが言っても聞かない」と不満をぶちまけた。

 この期に及んで農林族を擁護し、党内の手続きにこだわる旧態依然ぶりに「これぞ老害!」と怒りやあきれるコメントであふれたのはいうまでもない(「中日スポーツ」五月三十一日配信記事参照)。

 この野村氏の再度の失言は、小泉氏が進める農政改革に追い風を送ることにつながることを考えると、自身の失言がまたも農政を前進させるという皮肉な結果を生み出したといえる。野村氏は二度にわたる大ヒットを放ったことになる。

小池知事の「排除します」は裏目

 ただし、本音を伴う失言が良い方向に動くとは限らない。

 もうかなり古い話になるが、現在の小池百合子東京都知事が衆議院議員選挙を前に結成した「希望の党」がさわやかにスタートした二〇一七月のことだ。小池氏はテレビ番組で民進党(当時)出身者を公認するにあたり、政策や理念が合わなければ「排除する」と言い切った。この「排除する」という言葉が強権的なイメージを与え、希望の党が失速する大きな要因になった。

 当時、「希望の党」は安倍晋三政権の存続を脅かすかもしれないと注目された党だった。しかし、「排除」という失言が党の勢いをみるみる削いでいった。いま思えば、キャッチフレーズが得意な小池知事ならば、たとえ失言したとしても、国民の心をつかむ巧みな釈明をしていれば、失言を好機にとらえることも可能だったのではないかと思うが、その好機を逃した。

須藤元気氏の転身

 随分と前置きが長くなってしまったが、総合格闘家で参議院議員を一期務めた須藤元気氏が、夏の参議院議員選挙で国民民主党から立候補することになった。この転身、変身はどう見たらよいだろうか。

 須藤氏は、二〇一九年の参議院選挙で立憲民主党から比例代表で初当選し、その後、反ワクチン、反農薬など過激な言動で知られた。その一方、ダンスパフォーマー、作家、書家などの顔ももつユニークな人物である。昨年月の衆院選(東京15区)では無所属で立候補したが落選した。

 その須藤氏が国民民主党から立候補すると知って、私はビックリ仰天した。どう見ても国民民主党の政策や主張と合わないと感じたからだ。予想通り、ネットでは須藤氏に対して「節操がない」「反ワクチン、反原発の人物をなぜ国民民主党へ」といった批判的な声が多い。

原発はエネルギーの安全保障で必要

 その須藤氏は国民民主党から立候補する理由について、Xへの投稿で以下のように述べている(五月十四日)

 「これまでの、私のワクチンや原子力発電をめぐる発信について『国民民主党の政策や意見と合致しないのではないか』という一部の方からお声をいただいてきました。今回、国民民主党の公認を受けて立候補するにあたり、自ら多くの声に耳を傾け、政策を見直し、再構築しました。原発について、かつては否定的な立場でしたが、現在はエネルギー安全保障と現実的対応の観点から『安全性を確保した上での活用』は必要と考えています」

 須藤氏は熟慮の末、エネルギーの安全保障と現実的な対応から原発は必要だと悟った、と言っているわけだ。あれだけ反ワクチン、反原発だと叫んでいた政治家が、じっくりと現実的に考えた結果、原発は必要だと思うに至った。すばらし転身ではないか。

 左派からは、時流にこびた変節とみなされるだろうが、じっくりと考えた末に、原発が必要だという国民民主党の方針に納得したのだから、これからは堂々と自分の主張を続けていけばよい。

 自身の考えを変えること自体は決して悪いことではない。私もかつては遺伝子組み換え作物に反対する記事を書いていたが、米国やスペインなどの生産現場を訪れ、科学的なデータを知ってから、遺伝子組み換え作物は必要だと悟り、転向した経験がある。

 玉木雄一郎代表は「国民民主党は、『対決より解決』の姿勢で、科学的根拠と事実に基づく政策を進めます。須藤さんには、手取りを増やす経済政策を進める力になってもらいたい」と期待を込めた(「日刊スポーツ」五月十五日付オンライン記事)という。

 須藤氏の変心は見ようによっては、原発の理解につながる要素をもっている。そのキャラクターを生かすも殺すも国民民主党の広報戦略次第だ。今後を注視したい。

小島正美Masami Kojima
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「フェイクを見抜く」(ウェッジブックス)。小島正美ブログ「FOOD NEWS ONLINE

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