原子力産業新聞

メディアへの直言

「食料自給率アップ」は幻想 メディアは「エネルギー自給率」にもっと関心を!

二〇二五年十二月十七日

 いつも不思議に思っていることがある。食料自給率をめぐる議論だ。「日本の食料自給率(カロリーベース)は38%しかない。もっと引き上げて、国産で賄うべきだ」という主張は一見、まともに見えるが、実は全くの幻想である。それよりもエネルギーの自給率が低いことにもっと関心を払うことのほうが重要だ。

「国産で賄う」は茶番

 1112日(25年)の参議院予算委員会で質問に立った立憲民主党の田名部匡代議員は「日本の食料安全保障というのは、輸入を国産に置き換えることが基本だ。その基本を忘れないでほしい」と強く訴えた。これに対し、鈴木憲和農林水産大臣は「国産で賄えるものはしっかりと賄っていく。その方向でしっかりと頑張りたい」と答えた。

 こういうやりとりは過去に何度もあっただろうが、私に言わせると、このやりとりは国民に幻想を抱かせる茶番のような寸劇である。

 なぜ茶番なのか。結論を先に言うと、輸入の食料を国産に置き換えることは絶対に不可能だからだ。絶対に不可能なことをあたかも実現可能かのように語ることは、言葉は悪いが、ウソを言う(幻想をふりまく)のと同じだ。

カロリーベースの自給率は37〜39%を行き来

 食料自給率は、国内の食料消費を国内の生産でどれだけ賄えるかを示す指標である。この指標は主に二つある。一つはカロリー(供給熱量)に着目して計算したもの、もう一つは金額ベースで計算したものだ。新聞やテレビが常に「低い、低い」と報じるのは、カロリーベースで計算した自給率で、この数値はここ10年間ずっと3739%を行き来している。確かに低いが、これにはカラクリが潜む。

 なぜ、カロリーで計算すると数値が低くなるかと言えば、たとえば、日本では鶏卵(スーパーなどで販売されている生卵)の生産をほぼ国内の養鶏場で賄っているが、鶏の飼料(トウモロコシなど)の約9割を輸入に頼っているため、自給率は10%程度となってしまうのだ。小麦粉で作るパンも同じで、ほとんどのパンを国内で生産しているが、小麦粉を輸入に頼るため、パンの自給率は低くなる。

 つまり、日本のカロリーベースの食料自給率が低いのは、穀物の大半を輸入に頼っているからだ。農水省の「令和6年度 食料自給率について」によると、米国、カナダ、豪州、フランス、ドイツ、英国、イタリア、スイス、日本の9か国の自給率は図1の通りだが、カナダ、豪州、米国、フランスが100%を超えているのに対し、日本の自給率(38%)は一番低い。イタリア(自給率52%)とスイス(同46%)の自給率も低いが、日本よりは高い。

日本の生産金額の
食料自給率は意外に高い

 ところが、である。自給率のもう一つの指標である生産金額の自給率を見ると、日本は64%(24年度)と決して低くない。ドイツ(40%)、英国(60%)、スイス(52%)より高く、米国(69%)やフランス(72%)とも遜色ない。生産金額の自給率が高いということは、国内の消費量の7割近くを国内の生産で賄っているわけだ。これは日本の経済力(国内で生産する経済力)が強いことを意味する。

 私たちがメディアを通じて聞かされるのは、いつも低いほうの数値(カロリーベース)ばかりだが、生産金額の自給率こそが重要な指標なのだという認識をもつことが必要だ。その証拠に、海外のカロリーベースの食料自給率の数値は、それぞれの国(スイスを除く)が公式に発表したものではなく、農水省が他国に代わって計算して公表している数値だ。他国の政府にとっては、カロリーベースの自給率は国民に知らせて訴えるほど重要な指標ではないことが分かる。

輸入農産物を
国内で賄うのは不可能

 問題の核心は、ここからである。では、輸入農産物を国内で賄うことはどこまで可能なのだろうか。

 たとえば、日本は海外から小麦(自給率約15%)を約619万トン、大豆(同約6%)を約333トン、トウモロコシ(同1%未満)を約1500トン(それぞれ23年度)輸入している。それら三つの作物を日本国内の農地で栽培すれば自給可能になるが、それに必要な面積は約440ヘクタールにもなる。これは、現在の国内の農地面積の約442ヘクタール(うち水田は約241ヘクタール)に相当する。つまり、これら三つの穀物を国内で賄うだけでも、現在の農地に匹敵する農地が必要なのだ。もちろん、そんな農地はどこにもない。

 「遊休農地を活用すれば、自給率は上がるはずだ」という声が聞こえてきそうだが、農水省の調査によると、日本国内にある荒廃農地(24年3月末時点)は約26ヘクタール(そのうち再生可能な面積は約10ヘクタール)しかない。仮に荒廃農地をすべて耕作可能にしたとしても、小麦、大豆、トウモロコシの三つの作物の生産に必要な約440ヘクタールの農地の5%程度しか確保できないのだ。

 いうまでもなく、輸入農産物はこれら三つの作物だけではない。食用油の輸入原料や輸入畜産物なども国内で生産しようとすれば、さらにまた約500ヘクタールの農地が必要になる。

農水省は百も承知

 これらの数字はすべて農水省の食料需給に関するサイトに書かれている。輸入農産物を国内で賄うことが不可能なことは、農水省は百も承知なのである。たとえば、「輸入農産物も含め国内で消費される食料のすべてを国内で賄うためには現在の農地の約3倍の面積が必要だ」と書いている(令和5年度 食料・農業・農村白書)。つまり、森林を大規模に破壊しない限り、輸入農産物を国内で賄うことは絶対に不可能なのだ。

 ということは、冒頭の田名部匡代議員が「輸入を国産に置き換えることが基本だ。その基本を忘れないでほしい」と強く求めたことに対し、鈴木農水大臣はこう正直に答えるべきだった。

 「輸入農産物を国産で賄うことは絶対に不可能でございます。国内の荒廃農地すべてを活用しても、輸入小麦の1割程度しか賄えません。まして全輸入農産物を国内で賄うのは夢物語です」。

 農水省は食料自給率(カロリーベース)の目標を45%と掲げているが、達成は無理だろう。森林を大規模に破壊すれば農地は確保できるだろうが、すでに森林を破壊して太陽光パネルを普及させてきた愚策を国民が支持するはずはない。

 では、なぜ農水省は実現不可能な食料自給率(カロリーベース)が「低い、低い」と騒ぐのか。「自給率が低い、低い」とメディアが叫べば、「農水省頑張れ。もっと予算を獲得して、農家を支援すべきだ」という掛け声が起きるだろうから、農水省の権益確保になるというのが私の斜に構えた見立てだ。

エネルギーの自給率は
13

 翻って、日本のエネルギーの自給率はどうだろう。今月12日に資源エネルギー庁が発表した「エネルギー需給実績(速報値)」によると、準国産の原子力を含めても16%程度に過ぎない。これは石油・石炭・天然ガスなどの一次エネルギーの9割近くを海外からの輸入に頼っているからだ。これではロシアのウクライナ軍事侵攻など国際情勢の急変による価格高騰や供給不安のリスクに常に晒され続ける。

 エネルギーの供給が一時的にでも途絶えれば、農林漁業に必要な燃料や肥料、家畜の飼料などの価格が跳ね上がり、農機具の操作もできなくなり、作物の生産は困難を極める。国内の農工業生産が不安定になれば、金額ベースで見た日本の食料自給率でさえも低下するだろう。

 農水省はカロリーベースの食料自給率という巧みな指標を編み出し、メディアを通じて危機感を訴えることに成功した。経産省も、エネルギーをベースにした食料自給率の数値を、考えたらどうだろうか。

小島正美Masami Kojima
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「フェイクを見抜く」(ウェッジブックス)。小島正美ブログ「FOOD NEWS ONLINE

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