テロ対策施設「5年ルール」の見直し 規制委の「独立性」の議論を!
二〇二六年三月十三日
原子力規制委員会が2月の定例会合で、原発の新規制基準で義務付けられたテロ対策施設「特定重大事故等対処施設」(特重施設)の設置期限を見直す方針を決めた。原発の再稼働にとっては妥当な見直しだと思うが、一部メディアからは早くも「安全軽視だ」といった記事が出ている。これを機に、米国の原子力規制委員会(NRC)と比較して、日本の原子力規制委員会(NRA)のあり方を考えてみるのもよいのではないだろうか。
5年ルールの起点を
営業運転の開始日へ
特重施設は、航空機などのテロ攻撃などがあっても、遠隔操作で原子炉を冷却できる制御室などの施設だ。その設置期限は、現行では原発本体の設計・工事計画の認可から5年以内(5年ルール)となっている。このルールだと建設業界の働き方改革による工事の長期化などで特重施設が建設できずに原発の運転が途中で止まってしまう恐れがある。このため、5年ルールの起点を工事計画の認可ではなく、新規制基準の審査合格後に営業運転を開始した日にするというのが今回の方針案だ。
政府が原発を最大限に活用するという方針に舵を切ったあとの時期だけに、原子力規制委員会の山中伸介委員長(原子力工学者)は2月18日の記者会見で「規制緩和だとは思っていない。継続的な改善の一環だ」と何度も強調した。
メディアからは
「規制緩和だ」の批判
納得できる改善措置だと思うが、メディアからは批判的な意見が目立つ。朝日新聞は社説(2月25日)で「安全文化の確立、独立した意思決定の理念を掲げた規制委は変質したのか。安全規制の信頼を損ねる事態だ。再び推進側にのみ込まれていないか。存在意義が問われる」と独立性の維持を強調した。
新潟日報も社説(2月28日)で「国民のためではなく、電力会社のための規制緩和ではないか。原発の安全を最優先とする姿勢が見えていない。1月に再稼働した東京電力柏崎刈羽原発6号機の場合、施設が未完成でも現行では29年9月まで運転できるが、新制度になれば、さらに1年半ほど長く運転できるようになる」と訴えた。
日本経済新聞も3月1日(オンライン)の記事で「福島第一原発事故を機に世界最高水準の安全規制を担ってきた原子力規制委員会がいま岐路に立つ」と報じた。
原子力規制委員会の
圧倒的な権限
こうした記事を読んで違和感を感じるのは、規制委の「独立性」に対する疑い無き肯定的スタンスだ。独立性の堅持は、よくよく考えてみると、他者が口を出せない独善性へとつながる危険性を常に秘めている。そういう深い思慮の跡が社説からは感じられない。
原子力規制委員会は、福島第一原子力発電所事故の反省から、従来の「推進」と「規制」が一体となっていた体制を見直し、原子力利用を推進する経済産業省などから独立する形で12年に生まれた。つまり、国家行政組織法第3条に基づいて設置された、中立性と独立性の高い行政機関だ。
このため、4人の委員で構成される規制委は「3条委員会」とも言われ、原子力の安全に関する規制(審査、検査、規制基準の策定)などに関して最終決定権限を持つ。
また、原子力規制庁との関係で言えば、規制委は環境省の外局とはいえ、実務を担う事務局(規制庁)に対して、指揮や命令をくだすことができる。言い換えると、規制委は内閣総理大臣の指揮監督を受けずに、専門的な判断を下すことができると言ってもよい。したがって「規制」という側面だけを見れば、原子力規制委員会は原子力規制庁や内閣府原子力委員会よりも圧倒的に強い権限を持っているのである。
一部委員の意見が
メディアを通じて増幅
その結果、何が起きるだろうか。あえて厳しい言葉を使えば、一部委員もしくは規制委の独走的な態度に振り回される事態が発生する恐れだ。
たとえば、2年前、日本原子力発電の敦賀原発(福井県)の審査で原子炉の直下に活断層があるかどうかの議論があった。一部委員が「活断層を否定することは困難だ」などと発言すると、その発言はメディアを通じて増幅され、大きなニュースとなって広がり、さも活断層が確定したかのような状況を生み出したことがあった。
規制委の中では、ある分野を専門とする委員が自らの意見を言うと、他の分野の専門家はそれとは異なる意見を述べるのが難しいという雰囲気があると聞いたことがある。本来なら、この種の議論は規制委以外の各種専門家も交えてオープンに議論すべきだが、そういう仕組みになっていない。
要するに、原子力規制委員会の決定に対して、外部から意見を述べる制度になっていないのだ。さらに言えば、国民の代表ともいえる国会(または国会議員)が規制委に対して、意見を言う機会があって当然のはずだが、そういう仕組みもない。
米国は会計検査院も関与
一方、米国の原子力規制委員会はどうだろうか。日本と同じく独立性を保った組織ではあるが、議会が公聴会の開催などを求めることができ、会計検査院が原発規制の効果的な運営などに関して意見を述べたり、また産業界が検査・監督・評価などをめぐり、規制委とのコミュニケーンの場を提供するなど、外部から意見を言う機会が存在する。単純化した言い方かもしれないが、米国の原子力規制委員会は日本の規制委に比べて、周りの関係者の意見を聞きながら、効率的な規制行政を行っているといえる。
さらに言えば、米国の制度は、原子力規制委員会の過度な独走に歯止めをかける仕組みがもうけられているのだ。
こういう話は、原子力規制行政に詳しい知り合いに聞いて初めて「ああ、そうか」と思った次第だが、そのあたりについてメディアはただ批判しているだけではなく、もっと制度の仕組みを深堀りして、原発のリスクとベネフィットをしっかりと報じてほしいものだ。
米国の稼働率は90%
米国の原子力発電所の設備利用率(稼働率ともいう)は00年以降、90%前後を維持している。その要因は規制の仕組みが、画一的な安全規制からリスク情報をもとに事業者の自主的な取り組みを重視するものになったからだ。一方、日本の原発全体の平均利用率は、停止している発電所があるため、約30%と低い。
2月下旬、アメリカとイスラエルがイランに戦争をしかけたことで、石油の約9割を中東に依存する日本の危うさが改めて身に染みて分かった。こういう危機的な事態を見れば分かる通り、安定した電源としての原発の必要性はより高まったはずだ。今回の日本の原子力規制委員会の5年ルール見直し案は歓迎できるとしても、今後のことを考えると、周りの関係者とのコミュニケーションができる「開かれた独立性」と、規制がリスクに見合ったもので、必要十分なものとなるよう「効率性」を重視した仕組みづくりについて、いまこそ議論を深める必要があるのではないだろうか。
