一時の政治や感情で「科学」を放棄してはいけない。吉本隆明氏に見る〝慧眼〟
二〇二六年五月十四日
ここ最近で一番驚いたのは、欧州連合(EU)発の「脱原発は誤りだった」というニュースだ。今後、原発はどうなるかが気になって、知の巨人と言われた思想家、吉本隆明氏の『「反原発」異論』を改めて読んでみた。すると「原発を放棄することは、科学技術の蓄積を放棄するのと同じだ」とする卓見を発見した。現実はそのとおりに動いているように思える。
「脱原発は戦略的誤り」
今年三月十日、欧州委員会(EC)のフォンデアライエン委員長は、パリで開かれた「原子力エネルギーサミット」で演説し、原発を縮小してきたこれまでの取り組みについて、「戦略的な誤りだった」と述べた。EUとして原発を推進していくという姿勢を示したのである。
この大転換を、朝日新聞は「『欧州の原発縮小、誤り』 次世代技術、投資促進へ 欧州委員長」との見出しで報じた。朝日と対極的な産経新聞も「脱原発は『戦略的に誤り』EU委員長、次世代炉推進を表明 中東情勢で脆弱性露呈」と報じた。どのメディアも驚きの目で報じたことが分かる。
吉本隆明氏のインタビュー
この動きを見ていて、戦後日本を代表する詩人、思想家として知られた吉本隆明氏(一九二四~二〇一二)を思い出した。吉本氏と言えば、一九六〇〜七〇年代に圧倒的な影響力を持ち、「戦後最大の思想家」とか「知の巨人」と評された人物だ。その吉本氏が原発の行く末をどう考えていたかを知るうえで貴重な本がある。
吉本氏は福島第一原発の事故のあと、各種メディアから「原発をどう考えるか」に関するインタビューを受けたが、そうした各種インタビュー記事を収録したのが『「反原発」異論』(論創社)という本だ。改めて読んでみた。
事故からまだ二か月余りしか経っていない二〇一一年五月二十七日、毎日新聞にインタビュー記事が掲載された。当時の世の中は反原発一色だった。インタビューを受けたとき、吉本氏は糖尿病や前立腺肥大、白内障、足腰の衰えで病に伏せていた。
記者が「福島の土地に放射性物質が降り注いでいる」と原発の惨状を述べると、吉本氏は次のように述べた。
「動物にない人間だけの特性は前へ前へと発達すること。技術や頭脳は高度になることはあっても、元に戻ったり、退歩することはあり得ない。原発をやめてしまえば、新たな核技術もその成果も何もなくなってしまう。いまのところ、事故を防ぐ技術を発達させるしかないと思います。(中略)人類の歴史上、人間が一つの誤りもなく、何かをしてきたことはない。人間がそんなに利口だと思っていないが、歴史を見る限り、愚かしさの限度を持ち、その限度を防止できる方法を編み出している。今回も同じだと思う」と述べた。
記者は帰り際、吉本氏を評して「全身思想家に思えた」と書いている。
科学技術の蓄積を
放棄してはいけない
事故があったからといって、原発をすぐに放棄してしまえば、それまでの技術の蓄積の成果がなくなってしまう。一度の事故だけで科学的な成果を放棄してはいけないと主張したのである。あの当時にこれだけのことを言い放つのは、相当の勇気がいったに違いない。
二〇一一年八月五日には日本経済新聞にもインタビュー記事が載った。ここでも吉本氏は「原発をやめる、という選択は考えられない。燃料としては桁違いにコストが安いが、そのかわり、使い方を間違えると大変な危険を伴う。しかし、発達してしまった科学を、後戻りさせるという選択はあり得ない」と述べた。
吉本氏は、翌年の二〇一二年三月に他界した。世界中に反原発の嵐が吹き荒れていたときに、営々と蓄積してきた科学の成果を手放してはいけないと言いきれた思想家は他にいないのではないか。
西欧の多くは脱原発を転換
思い出してほしい。ドイツのメルケル首相(当時)は福島第一原発事故からわずか約二か月後の二〇一一年五月三十日、二二年までに全原発(17基)を廃止すると発表した。吉本氏の言葉を借りれば、一度の事故で科学の成果を手放してしまったのである。しかし、最近になって、ドイツでも政権内部から原子力政策の見直しを求める声が出始めている(26年4月2日・原子力産業新聞)。
ドイツとは逆に、スウェーデンは長く脱原発政策を掲げてきたが、二五年五月に「脱原発」政策を正式に廃棄し、45年ぶりに新規原発建設に踏み切った。ベルギーも二二年、22年ぶりに脱原発政策を放棄した。英国でも大型原発の建設やSMR開発への投資を積極的に進める政策に歩み出した。これらの動きは、科学の成果を再び取り戻そうとするものだ。
ドイツでは
「帰還不能点」を通過
しかし、一度手放した技術を取り戻すのは容易ではない。ドイツではすでに原発は廃炉・解体のプロセスに入っていて、仮に再稼働を進めてようとしても、もはや元の姿へ戻れない帰還不能点を通り過ぎており、再稼働は容易ではない(26年4月23日プレジデントオンライン、土田陽介・三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部主任研究員の記事参照)。
なぜ、元へ戻れないかと言えば、原発を動かす技術とノウハウが失われてしまうからだ。その良い例がイタリアだ。一九八六年のチョルノービリ原発事故を受けて、一九八七年の国民投票で脱原発(原発関連法の廃止)を決定し、一九九〇年までに全原発が閉鎖された。土田氏によると、イタリアでも原発の再稼働を求める動きがあるようだが、それを許すだけの経済的・技術的な環境が整っているか言うと、現実は厳しいという。一度、原発を手放してしまうと、科学の成果が失われてしまうからだ。吉本氏が予言した通りの展開だ。
原産年次大会で
真剣な議論
幸い、日本は原発を放棄しなかった。とはいえ、日本も安泰ではない。日本には現在、33基の原発があるが、そのうちこれまでに15基が再稼働を果たしたものの、18基は眠ったままだ。再稼働が遅れるほど原発を動かす人材や技術、ノウハウが失われていく。そのことを考えると、日本も安穏としてはいられない。
今年四月に行われた日本原子力産業協会の第59回原産年次大会では、原子力⼈材の確保・育成が喫緊の課題であり、次世代を担う⼈材基盤の強化が不可⽋だという議論が真剣に行われた。こういう活発な議論を聞くと、日本にはまだまだ原発の技術やノウハウを次世代に残していこうとする精神が息づいていることを感じる。
一次的な政治や感情で最新の科学的成果を放棄してはいけない。これは石炭火力も同じだ。吉本氏の言葉を知り、改めて科学技術の蓄積の重要性を痛感する。
