原子力産業新聞

福島考

放射線の恐怖を煽り、遺伝子組み換え食品の恐怖を煽り、メディアはどこへいくのか?
単に市民の声、懸念を伝えるのではなく、科学的事実を読み込み、そうした懸念に応える建設的な提案も含めた情報、メッセージを発信すべきではないか?
報道の現場を知り尽くした筆者が、強く訴える。

「脱石炭」は日本経済の破滅への入り口だ(下)

25 Sep 2020

「みんなちがってみんないい」

童謡詩人、金子みすゞ(1903-1930年)が作った「私と小鳥と鈴と」に出てくる有名な一節。いま脱石炭火力問題を考えるうえで大事なのは、この一節である。子育てや人材育成にかかわる人なら、だれしも「そうだ」「そうだ」とうなづくはずだ。国のエネルギー政策にも同じことが言えるはずだ。

それぞれの国がそれぞれの地政学的な特徴や条件に応じて、それぞれ自国の利益にかなうエネルギーの組み合わせ(ベストミックス)を選択すればよいという考えに対して、おそらく大半の人は同意するだろう。

フランス、ドイツ、英国、米国、中国、ロシアの6国のエネルギー政策を見みてみよう。どの国も自国の利益に従い、「みんなちがってみんないい」を実践している。世界で猛威を振るう新型コロナに置き換えてみれば、都市封鎖を行わず、経済を優先させたスウェーデンのような国があってもよい。同じようなことをエネルギー分野で日本が実行できないはずはない。

しかしながら、こと石炭の話になるとメディアや政治の世界はまるで一色の論調がはびこる。新聞やテレビを見る限り、その背景には「石炭火力をやめても、太陽光や風力など自然エネルギーでなんとか賄える」という再生可能エネルギーへの過度の期待、楽観視があるのではと思う。

自然エネルギーは「火力寄生」と呼びたい

政府の第5次エネルギー基本計画では再生可能エネルギーを主力電源にすることが明記されている。だが、そもそも太陽光や風力は天候次第で稼働したり、休んだりで自立したエネルギーとはとても言えない。石炭やガスなど火力発電をあてにした寄生的な電源だということだ。再生可能エネルギーという言葉ではその本質は伝わらず、「火力寄生エネルギー」と呼んだほうがより事実に近い。この寄生性が国民に正しく伝わっていないために、石炭火力を全廃しても大丈夫といったイメージが流布しているように思う。

また、太陽光や風力は需要に応じて出力を自在に制御できない欠点をもつ。このため、太陽光や風力が増えれば増えるほど、そのしわ寄せを食う火力発電は無理な調整運転を強いられる。そのことが火力発電所の経済性を悪化させ、火力発電所の寿命を短くするというような話は非常に重要なことではあるが、専門紙を除き、一般の報道ではほとんど報じられない。

世界を見渡せば、再生可能エネルギーが普及している国ほど電気料金は高い。一般家庭にとっては、電気料金が多少上がっても、節約でやりくりできるだろうが、電力をたくさん使う化学や鉄鋼産業にとっては、電気料金の高騰は国際競争力を維持するうえで致命的な弱みとなる。そういう大事な側面も一般の人には意外に知られていない。

世界が石炭火力から撤退するなら、むしろチャンスだ

さらに気になるのは、脱石炭火力に関する新聞やテレビの論調で、脱石炭を加速させる欧州に対して、日本は出遅れているという言い方が目立つことだ。新型コロナの死者数を見れば分かるように、欧州が常にお手本とは限らない。エネルギー問題で欧州路線が正しいという保証はどこにもない。

経産省の脱石炭方針の公表に対して、日経ビジネス(720日)は「『石炭火力休廃止』宣言の真意、エネルギー専門家の橘川氏が読む」と題したインタビュー記事で、橘川武郎氏の「高効率の石炭火力維持が本質ではないかとみています」との声を載せた。

どのみち、環境市民団体も専門家も「日本は石炭火力維持だ」とみているのだから、堂々と「日本は、長期的には脱炭素社会を目指していくが、しばらくは日本が世界に誇る高効率の石炭火力をこれからも維持していきます。それが日本の国民の命、経済を守るエネルギー政策だ」と宣言すればよいのに、なぜ、そうしないのか。

表向きは「脱石炭に向かっています」と言いながら、実は「高効率の石炭火力を維持する路線です」という言い方は、石炭火力の重要性を伝える点でリスクコミュニケーションの失敗である。石炭火力の重要性を強調する専門家は多くいるのだから、世間に媚を売る必要はなく、市民団体から批判されたら、逆に石炭火力の重要性を訴えるチャンスだと、なぜ思えないのだろうか。国やエネルギー産業界は論戦で勝つ自信がないのだろうか?と勘繰ってしまう。

暴論と言われそうだが、欧米が石炭火力から手を引くならば、それはむしろ日本にとっては、高性能の石炭火力を世界に広めるチャンスでもある。他国と同じことをやっていては、世界の競争には勝てない。「みんなちがってみんないい」路線は最新高性能の石炭火力で勝負するチャンスでもある。

中国が漁夫の利

このまま安易に欧州の流れに乗って石炭火力を全廃してしまえば、中国が漁夫の利を得るのは火を見るよりも明らかだ。高性能の石炭火力の輸出に対して「東南アジアでは日本が建設を協力する発電所の地元住民から、環境汚染への不安から反対運動をしている例もある。政府に求められているのは、完全な撤退である」(一部要約・朝日新聞・712日の社説)という他人事的な論調もあるが、それを言うなら、ぜひ中国政府にも強く言ってほしいものだ。

今後、原子力の十分な再稼働が見通せない中で何か危機的な状況が発生したときには石炭火力の出番(東日本大震災後に活躍したように)が十分に考えられる。にもかかわらず、日本の金融機関までが石炭火力への融資から手を引く動きを見ていると、いよいよ日本経済も破滅の入り口ではないかと素人ながら悲観的予感がよぎる。これが私の妄想でなければよいがと祈る。

「あのとき石炭火力を残せばよかった」で済むか

最後にもうひとつ、異論が出そうな見方かもしれないが、世の中は「人為的なCO2(二酸化炭素)の排出が地球温暖化の最大の原因だ」という大前提で石炭火力を廃止する方向で動いているが、もしCO2が温暖化の主因でなかったらとしたら、という別のシナリオも考えたうえで、石炭火力を残すかどうかも議論したほうがよいように思う。未来は常に不確定だからだ。

石炭は石油と異なり、複数の国から安定して確保でき、熱量あたりの輸入価格も化石燃料の中ではもっとも安い(資源エネルギー庁ウェブサイト)という事実をもっと国民に知らせることが必要だろう。私が言うよりも、エネルギー問題の基本的なことは資源エネルギー庁のウェブサイトに書かれている。食のリスクや健康の問題を科学的に知るうえで食品安全委員会や厚生労働省、農林水産省、国立医薬品食品衛生研究所など公的機関のウェブサイトが欠かせないように、資源エネルギー庁のウェブサイトをもっと国民に読んでもらうよう広報活動を強化することも必要だろう。

エネルギー問題の専門家でもない私があえて大仰な見出しで石炭火力問題に触れた訳は、石炭火力を全廃するかどうかが、日本の将来を左右する天下分け目の戦さだと直感したからだ。

小島正美Masami Kojima

Profile
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「みんなで考えるトリチウム水問題~風評と誤解への解決策」(エネルギーフォーラム)。小島正美ブログ「FOODNEWS ONLINE

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