原子力産業新聞

福島考

放射線の恐怖を煽り、遺伝子組み換え食品の恐怖を煽り、メディアはどこへいくのか?
単に市民の声、懸念を伝えるのではなく、科学的事実を読み込み、そうした懸念に応える建設的な提案も含めた情報、メッセージを発信すべきではないか?
報道の現場を知り尽くした筆者が、強く訴える。

科学者は市民意識でアクションを

10 Oct 2018

なぜ、科学者は市民に負けるのか。これが前回コラムのテーマだった。今回は、では、どういう場合に科学者が市民に勝つ(科学者の意見が世間やメディアに伝わることを勝つと定義)のかを考えてみたい。

具体的な例を示すのが一番よいだろう。

東京の築地市場が豊洲に移転するかどうかをめぐって、当時の小池知事は「(豊洲に移転することは、科学的にみれば安全かもしれないが、安心が達成されていない」といったニュアンスの発言を繰り返していた。豊洲の地下水から発がん性物質のベンゼンが環境基準値を超えて検出されたため、新聞やテレビなどのメディアも、さも健康被害が生じるかのような論調を展開していた。

しかし、その地下水は飲み水ではない。あえて健康リスクを言うならば、地下水から揮発したごくごく微量のベンゼンを市場の人たちが吸うリスクだった。そんなリスクがほぼゼロに近いことは、ほとんどの科学者が知っていた。それでも、一部の新聞には「健康への影響は重大だ」というコメントを載せていた科学者が1人いた。

メディアはたいていの場合、政府に批判的な意見を述べる科学者を好む。社会に対して、なにか異議を唱えることが記者の使命だと根っから思い込んでいるからだ。それがメディアの習性である。

ところが、記者という人間は、世の中の動き、つまり「世論」に敏感な生き物でもある。市民や市民団体のアクションを見れば、たとえ市民団体の意見に賛同していなくても、一応は市民団体の話を聞き、記事にしたりする。ニュースになるからだ。これも記者の習性である。

科学者に必要なのは「市民意識」

ならば、科学者も市民や市民団体と同じような行動をとればよいということになる。

築地市場の移転が遅々として進まず、安心を軸に動いていた事態の推移を見かねた私の知人の科学者たちが「どこかに記者を集めて、説明したいが、どうすればよいか」と私に尋ねてきた。

私は「問題を担当している東京都庁の記者クラブで緊急記者会見を開く」ことを提案した。記者クラブなら、記者を集める必要はない。労力もかからない。記者たちがそこに常駐しているからだ。しかもテレビの記者もいる。幹事社に連絡して、了承を得れば、電話一本で会見は開ける。

その科学者たちは日本リスク研究学会に属する研究者たちだった。電話一本で約10日後に記者会見が実現した。2017年3月のことだ。私も会見に出席した。新聞、テレビの記者たちが10人以上来ていた。

3人の科学者たちが会見席にすわった。記者がひと目で理解できるようなフリップを用意していた。衛生管理面でどちらの市場がすぐれているかがパッと見ただけでわかるように「〇〇面では築地市場×、豊洲市場◎」といった工夫を凝らしていた。3人は堂々と自信たっぷりに「豊洲市場のほうが間違いなく安全である」と言い切った。

さらに続けた。「豊洲が安全だ」と言っているのは私たち3人だけではなく、他にも30人以上いると力説し、その署名簿まで手渡した。多数の同調者がいることを記者たちに示したのである。

記者たちにとって、こういう科学的な内容をしっかりと聞くのは珍しかったようで、効果はてきめんだった。会見が終わったあと、記者たちは次々にその科学者たちと名刺を交換した。

そして翌朝を迎えた。テレビを見たら、なんと民放の情報番組で3人がばっちりと写り、あのフリップをテレビ画面いっぱいに見せて、豊洲のほうが安全だと主張する多数の科学者たちが会見したという内容を流していた。私もテレビを見ていたが、豊洲のほうが安全であるというメッセージが確実に伝わる内容だった。

その後、その科学者たちはNHKも含め、他のテレビ局にも呼ばれ、自説を述べる機会に恵まれた。

個人的な感想ではあるが、その科学者たちの出現をきっかけに風向きが変わり、記者たちの批判的なトーンは穏やかになっていったように思う。

記者たちは世論に敏感だが、その世論の中には科学者も含まれる。複数の科学者たちが記者クラブに駆け付けて、悲壮感を露わにして何ごとかを訴えれば、そこそこの緊迫感、メッセージが伝わるのだ。

子宮頸がんワクチンの教訓

しかし、40年近く記者をやっていて、そういう科学者たちの果敢なアクションを見るのは、1年に1度か2度しかない。大事なのはアクションであり、リリースや声明の文字ではない。

子宮頸がんを予防するHPVワクチンの惨憺たる状況を見てほしい。2013年4月、国の定期接種が始まったが、ワクチンの副作用だと主張する被害者たちの訴えによって、わずか2カ月後に接種の勧奨が中止となった。以来、接種率はゼロに近い状態が続いている。このままだと先進国では日本だけが子宮頸がんの多発国になるだろう。

不思議なのは、産婦人科医師や感染症の研究者の9割以上はHPVワクチンの接種再開を支持していることだ(私の推定)。胸の内では「早く再開すべきだ」と思っているだろうが、それは思いのままでとどまっている。もちろん、学会のホームページには自分たちの意見や科学的事実をときどき載せているが、いつ載せたかも分からず、私でさえ1カ月たって初めて気づくことが多かった。

つまり、学会はリリース文を出したり、年に1度、シンポジウムを開いたりするが、記者への直接のアクションは起こしていない。もしリリースを出すなら、同時に厚生労働省の記者クラブへ出かけ、記者会見で発表すればよいのにと思うが、それもしない。

世界保健機関(WHO)も、ワクチン接種を禁止状態にしている日本を名指しで批判している。そういう状況の中でも、メディアは「早く接種再開を」とは絶対に書かない。市民団体からの抗議が怖いからだ。 政府が接種再開に動けば、メディアも追随するだろうが、自らは動こうとしない。下手に自ら動いて市民から批判を受ければ、得るものは何もないからだ。

学者や研究者が生きる科学の世界と、市民が決定権をもつ市民社会(俗世間)は、全く別の論理で動く別世界である。科学者が勝つには、俗世間につながる橋を渡って、市民意識をもつ必要がある。それには勇気と行動力がいる。築地市場の移転問題のように常に成功するとも限らないが、複数の有志が集まれば、決してやれないことはない。

どちらにせよ、世の中を動かすには具体的なアクションが絶対に欠かせない。次回は、メディアに対して、どうアクションの方法があるかを提案したい。

小島正美Masami Kojima

Profile
元毎日新聞社編集委員
1951年愛知県生まれ。愛知県立大学卒業後に毎日新聞社入社。松本支局などを経て、1986年から東京本社・生活報道部で食や健康問題に取り組む。2018年6月末で退社し、2021年3月まで「食生活ジャーナリストの会」代表を務めた。近著「みんなで考えるトリチウム水問題~風評と誤解への解決策」(エネルギーフォーラム)。小島正美ブログ「FOODNEWS ONLINE

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