原子力産業新聞

福島考

震災以降、医師として福島県浜通り地方に関わり続ける筆者が、地元に密着した視点から記すコラム。

エネルギーの「安全」に関するパラダイム・シフトを

24 Aug 2015

原発再稼働による福島の不安
8月11日に川内原発が再稼働しました。当然のことながら、このニュースは福島では大きな不安を持って迎えられました。それ自体は意外に思われない方も多いと思います。しかし、住民の方の不安を増悪させた一因に、再稼働が震災の月命日である11日に行われたことは、あまり知られていないかもしれません。

被災地でない場所の人々にとって、「月命日くらい…」と思われるかもしれません。また、11日は原発が事故を起こした日ではないではないか、と思われる方もいるかもしれません。

しかし東日本大震災のTriple Disaster(地震・津波・原発事故)を経験した人々にとって、11日というのは忘れようにも忘れられない運命の日です。そのような日に行われた再稼働は、「再稼働と共に、福島を忘れてしまおうとしている」という象徴に見えたことは確かです。

原発の再稼働により、「再稼働をできたのだから、原発は安全である」という論理のすり替えがおきてしまうのではないか。それが福島の人々の最大の懸念です。

原発事故にみるパラダイム・シフトの機会
第一原発事故はまだまだ終わっていない。それは、帰還や避難という意味だけではありません。福島では今なお収束しない健康被害に苦しむ人々、増え続ける患者負担に喘ぐ地域の医療者が居ます。その評価が充分になされないまま福島が風化してしまうことだけはあってはならないと思います。

それは福島の住民のためだけに言うのではありません。今回の事故は、これまで「安全なエネルギー」を追求してきた方々へ、その安全に対するパラダイム・シフトの機会を与えていると思います。時代と共に、安全の定義は変わります。これまで追求してきた安全をより高い段階へ引き上げる為にも、世界に先駆けてこの意識改革の現場に対面した人々は、そこから得た知恵を世界中に発信する義務があると思います。
 
原発事故による健康被害とは?
これまでの原子力の安全とは、

(1)事故を起こさない事 
(2)事故が起こっても放射能を漏らさない事 
(3)放射能が漏れてもそれによる健康影響が起きない事
という、比較的「狭い」意味での安全を目的としていたと思います。そのような意味においては、福島では放射能による直接的な健康被害が少ない、という事実をもって安全が守られた、と考える方もいるのかもしれません。

しかし実際には、放射線量よりはるかに大きな健康被害および社会問題がここ、福島では起き、そして今でも続いています。その現状を鑑みれば、これからの「安全なエネルギー」とは、「長期的に社会の健康を保てること」という広義の意味にとらえられるべきなのではないでしょうか。前稿にも述べましたが、それこそがエネルギーに関係する方々の願いでもあるはずだからです。

(1)事故の急性期の適切な避難計画を立てる事
(2)避難計画には、いつ帰還するべきかの議論も盛り込む事
(3)避難・帰還を通じて住民の健康に対する把握を行う事                                                                                                                                                  それを他業種の人々と連携して行う事が必要とされています。

私がそのように考える理由は、福島で現実に起きた健康被害の多くは、きちんと認識され、有識者が知恵を振り絞ることにより、縮小され得る健康被害と考えるからです。

実際にどのような健康被害が起きたのか、次稿に述べたいと思います。 (続く)

越智小枝Sae Ochi

Profile
東京慈恵会医科大学臨床検査医学講座 主任教授
1974年生まれ。東京医科歯科大学卒。都立墨東病院医長などを経て、インペリアルカレッジ・ロンドンで公衆衛生を学び、東日本大震災を機に被災地の医療と公衆衛生問題に取り組んでいる。

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