原子力産業新聞

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インタビュー

小野 明 オノ・アキラ 東京電力

小野 明オノ・アキラ

東京電力 福島第一廃炉推進カンパニー
プレジデント

1959年山梨県生まれ。東京大学工学部卒業。福島第二原子力発電所保修部原子炉グループマネージャー、福島第一原子力発電所第二運転管理部長、神奈川支店鶴見支社長、等を経て、2013年6月より福島第一原子力発電所長。原子力損害賠償・廃炉等支援機構執行役員を務めた後、2018年4月より現職。
30歳前後に、国際原子力機関(IAEA)へ派遣された経験も。

計画的で主体的な取り組みを進める段階に

福島第一原子力発電所の廃炉・汚染水対策の最高責任者(CDO)である小野明氏に、この10年の取り組みと現状、今後の進め方などを聞いた。小野CDOは、廃炉の現場を指揮する立場で最前線に立ってきた。同氏は「廃炉を事業という形で計画的に進めることのできる環境が整ってきた」とし、長期にわたる作業を安全かつ着実に進めるため、「我々も変わっていかなければならない」と先を見据える。そのための廃炉中長期実行プランの策定など、現場を預かる事業者として計画的かつ主体的な取り組みに今後、本腰を入れていく考えを強調した。

── まもなく事故後10年を迎えるにあたってのお気持ちを率直にお聞かせください。また、この10年間の廃炉作業はロードマップ通り進捗したとお考えでしょうか。現下の課題と今後の見通しについても教えてください。

小野 事故当時、私は神奈川県の鶴見支社に勤務しており、事故の直後は計画停電等の対応にあたっていました。事故から9ヶ月後、福島第一原子力発電所に戻り、2013年6月からは所長として現場で指揮をとることになりました。
私が所長をしていた3年間もそうでしたが、当時は毎日のように様々なトラブルが起こり、日々、早急に解決すべき項目が山積し、先のことを考える余裕もなく、とにかく体を動かして対応していたことを覚えています。
10年の年月が経って考えると、今は、先を見据え、腰を据えて、廃炉を事業という形で計画的に進めることのできる環境が整ってきたように思います。
その意味では、自分が所長であった頃から比べても、ステージが大分変わってきたと考えています。
様々な廃炉作業に取り組んできた間に、ロードマップは5回の改定を経ていますが、福島第一の廃炉作業それ自体は着実に進展しています。
特に汚染水対策では、当初は1日あたり500立方メートルくらい増えていたものが今は150立方メートル以下です。また原子炉建屋だけでなくタービン建屋にも水がたまっていた状態でしたが、今はタービン建屋内の水は完全に除去しました。
汚染水対策と燃料取り出し作業については、おおむね予定通りに進捗しています。
一方で、燃料デブリの取り出し作業は今後の主要な課題で、かなり腰を据えてやらなければいけないと思っています。ただ、これまでに現場の状況がかなりわかってきているので、ロードマップに沿ってしっかりと検討していきます。

── 2013年から2016年まで福島第一の所長として、また、2018年からは廃炉カンパニーCDOとして福島第一の廃炉作業をリードされてきました。個人的に、この間最もうれしかったことと最もつらかったことは何でしょうか?

小野 所長時代は、正直、つらいことのほうが多かったように思います。
一番つらかったことは人身災害で3名の方が亡くなられたことです。今であれば、そのような事故を起こさないような環境整備が出来上がっていますが、当時はまだ難しい状況のなかで一生懸命作業をしていただいた方々に犠牲を出してしまったことが、やはり一番つらいことです。
一方で、同じ所長時代にうれしかったことは、やはり現場の長として、作業の進捗を目の当たりにできたことです。
例えば、4号機の燃料取り出し作業は2014年中に終了しましたが、4号機の原子炉建屋オペレーションフロアの瓦礫(がれき)を撤去する作業の頃からずっと現場を見てきましたので、日々、現場が変わり、状況が良くなっていく。そして燃料取り出し作業へと移行し、わずか数年の間に1500体余りもの燃料を全て安全に取り出せたことは、目に見えて廃炉作業が進んでいるひとつの証拠であり、手ごたえを感じましたし、一番うれしい出来事でした。
また、CDOの立場で福島第一に戻って来てからでは、2020年、排気筒の解体作業が無事に終了したことがうれしかったですね。一方で、3号機の燃料取り出し作業は、開始当初はトラブル続きで、廃炉作業は相当に難しいと感じました。つらかった事のひとつでもありますが、同時に品質面で判明した課題にきちんと対応していく必要があると認識したことも事実で、今後の取り組みにしっかり生かしたいと考えています。
もうひとつ申し上げると、福島第一の所長を務めた後、1年9か月の間、原子力損害賠償・廃炉等支援機構(NDF)に赴任し、現場から少し離れて第三者的に見る機会を得たことは非常にありがたかったです。
福島第一の廃炉の今後の進め方をじっくり考える時間を持つことができ、社外の様々な人たちがどのように福島第一や東京電力を見ているかも学ばせてもらいました。
そうした貴重な経験を経て、CDOとして廃炉推進カンパニーに戻ってから、社員の皆さんに最初に申し上げたのは「計画的に進める」という事でした。廃炉作業のステージもずいぶん変ってきましたし、安全・着実を前提としながら、計画的に進める必要があると言いました。
それは、ある意味で“Change”の必要性を彼らに問いかけたものでした。中国に「窮すれば通ず」という言葉がありますが、もともとは「窮すれば変ず、変ずれば通ず」という言葉の間を抜いたものです。要はどこかで変わらなければいけないと思っていました。
これから30年という長期にわたって廃炉作業を続けていくためには、我々もどこで変わっていかなければならない、という趣旨の話は機会あるごとに社員にしていました。結果、それが形となって「廃炉中長期実行プラン2020」がとりまとめられ、昨年3月27日に公表の運びとなりました。
初め、社員の中からはロードマップとの違いについて戸惑う声も上がりましたが、ロードマップは工程のポイントを押さえた道しるべですので、そこに向かってどう歩むかを我々自身が考えるべきだと説明し、それを作ろうと号令をかけました。社員の皆さんが一生懸命になって考え、形になって出て来たというのが、非常にうれしく、また大きなことだったと考えています。

先を見据え、安全と品質を高めていく努力を継続

── 廃炉作業にともなう処理水の処分方法が国で検討されています。改めて、これまでの議論の受け止めをお聞かせください。また、環境への放出による生態系への影響や人々の健康への影響についてどうお考えか改めて伺います。処分方法の決定後、東電がどう取り組んでいくかについてもお聞かせください。

小野 様々な専門家や関係者の方々のご意見を踏まえながら、国が方針を決定されることになると思いますが、我々としてはその方針に基づいてしっかりと具体化していくことが大切だと考えています。その段階においても関係する方々に真摯に向き合い、ご意見を伺って参ります。
また風評被害など社会的な観点でご心配をされている方が多く、国の検討会での議論もそこが中心になってきていると承知しています。我々もその点をしっかりと踏まえて、誤解を与えないような情報を発信していく必要があります。
例えば、トリチウムがどんなものかを一般の方が、ただ聞いただけでは中々おわかりにならないという状況もあります。そうした基本的な情報を含めて、我々がきちんと情報を提供していくことが非常に大事だと考えています。
また風評被害については、必要な情報を提供することが風評を起こさないための非常に大きな予防策になると考えますので、まずは情報提供をしっかりと実施して参ります。それでも風評が起こった場合には、東京電力の責任をもってきちんと対応していくことが当然のことですので、国の方針が出て以降、我々が改めて取り組んでいく課題であると考えています。
処理水の処分方法はまだ決まっておりませんので、申し上げられることは限られますが、昨年まとめられた国の小委員会の報告の中で、候補として出されているのは、海洋放出ないしは気中で蒸発させるという2つの方法です。この2つとも、これまでに海外でも実績のある方法であり、技術的な観点で申し上げれば、十分に安全を確保できる方法だと認識しています。
 今後、国の方針を踏まえ、我々としては関係する方々としっかりと向き合って具体的なやり方を決めていくことになります。当然必要となる設備形成や、場合によっては風評対策、必要な情報の提供など、幅広い面での対応を進めて参ります。

── 事故の未解明事項も明らかになってきていますが、事故の教訓は、世界の原子力発電所の安全性向上に、どのように生かされているのでしょうか。同じ事故は繰り返さないと言えますか?

小野 事故が起きたことは非常に不幸なことでありますし、我々に責任があることだと考えています。事故発生後の詳細な進展メカニズム等については、まだわかっていないところがあり、現在もその全容解明に取り組んでいます。福島第一の現場には、10年を経た今も事故の原因等の検証に資する残留物があり、これらの保存にも取り組んでいます。原子力規制委員会(NRA)も事故の原因究明や進展解明につながる現場に着目し、一昨年から様々な調査を再開されており、我々もNRAの調査に協力しています。原子力の安全性向上にどう貢献していくかを考えながら、しっかりと調査・分析を進めていくことが我々の責務です。
また、そこから得られた知見を日本だけではなく、広く海外も含めた世界で共有し、原子力安全に生かしていくことが大切です。これまでに事故の教訓から学び、すでに内外の原子力発電所で様々な対策が取られていますので、福島第一で起こったような事故自体は、もう起こり得ないものと考えますが、それで良いのかと言えば決してそうではないでしょう。
我々は現場で「昨日よりも今日、今日よりも明日の安全」という言い方をよくしますが、一番大事なことはやはり安全に限界がないという認識を持ち、福島第一に限らず、より広く、学べる所から学び取り、原子力安全をさらに高めていく、その努力を継続していくことです。我々がそういう心構えを持って取り組んでいくことが、とても大切であると考えています。

信頼のカギは、トラブルを起こさないこと

── まだまだ続く廃炉作業ですが、廃炉をやり遂げるためには廃炉関連技術の進歩が必要です。廃炉に関する技術革新について、どうあるべきか、お考えをお聞かせください。

小野 福島第一の場合は遠隔操作技術やロボット技術が、技術革新を要する中心的な部分です。加えて、分析技術もこれから重要になります。おそらく福島第一の廃炉作業に今後必要となる技術のかなりの部分が、革新的な、新しい技術ではないかと思います。
ただ、全てにまったく新しい技術を必要とするわけではなく、例えば遠隔操作技術などは、海外で様々なものが開発されています。今ある技術の改良や足りていない技術の補完を進めていくことになりますが、既存の技術と新技術との組合せをしっかりと考えてやっていく必要があると考えています。

先ほど申し上げた廃炉中長期実行プランの大きな目的のひとつが、いつごろどのような技術が必要になるかを明確にすることでした。必要な技術開発をいつ頃からどう取り組むべきかが見えてくるという意味でも有用です。
これまでは、例えば燃料デブリの技術開発については国のプロジェクトとして取り組んでいただき、少し国に依存する状況がありましたが、これからは廃炉に責任を持つ事業者として、我々が主体性をもって技術開発についても積極的に取り組んでいきたいと考えています。今後、現場のニーズに合わせた技術開発に取り組んでいきます。
廃炉作業のステージが変わるとともに、廃炉中長期実行プランを作り、またそれに合わせた形でかなり大きな組織変更も行いました。
次は組織だけではなく仕組みもしっかり定着させて、有効なものにしていくことが重要だと考えています。
品質管理の面で補足的に申し上げると、福島第一の場合は、事故後に必要にせまられて急ごしらえで設備形成をしたところがあり、それらは30年先まで見越したものかと言えば、決してそうではありません。ですから今になってトラブルが起こったりします。どこかの段階で20年、30年使えるものにスイッチする必要があると考えており、今、そういう段階に来ているのだと思います。

── この先長く廃炉作業を続けていくためには、浜通りの方々をはじめ地元のご理解が不可欠です。帰還された方々はもちろん、いまだ避難を続けている方々に対しても、廃炉の実態をご理解いただき、安心していただくために、今後どのようなことに取り組んでいかれますか?

小野 信頼していただくために一番大事なのはトラブルを起こさないことです。ご心配をおかけしないような環境にしていくということが非常に大事なことです。
先ほどお話した品質を高める努力は継続すべき課題です。安全を高めると同時に、品質の向上に継続して取り組むことによってトラブルがどんどん減っていき、ご心配をいただくことも少なくなっていきます。そうした中で安全と安心の両面が改善されていけば、自然とご信頼をいただけるものと考えています。
その際に大事なのが情報の発信です。悪い事でも良いことでもオープンに出していくことが非常に大切だと思います。
昨年に実施した排気筒の解体作業は、地元企業にお願いしたのですが、そこで痛感したことですが、やはり地元の企業と手を携えて廃炉の作業を進めていくことが大切です。廃炉作業が終了した後も、様々な技術が地元の福島県浜通りに根付いていくことが大事ですので、福島第一の廃炉事業がそのような形で生かせればと思っています。
昨年、廃炉中長期実行プランの公表にあわせて「福島の皆さまへのお約束」を公表させていただきました。これもロードマップにある復興と廃炉の両立というスローガンを形にしたものですが、我々は福島の皆さんと一緒になって廃炉作業を進めていく環境を作ることが非常に重要であると考えており、今後もしっかりと取り組んで参る所存です。

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