原子力産業新聞

「ロスダメ基金」に原子力

原子力の活用がカギ

「損失と損害基金」設立へ

COP27は、気候変動に対するケジメを明らかにする転機となった。2022年 11 月 20 日、COP27参加各国は「損失と損害(loss and damage)基金」の設立で合意。主要な炭素排出国である先進国が、気候変動で損害を被っている開発途上国に対し賠償することとなった。この画期的な損害賠償基金への合意は、途上国における気候変動緩和の緊急的な必要性を認め、炭素排出大国が途上国へ過去何十年にもわたる損害を償う機会を生み出したという点で、非常に大きな一歩である。

確かに現段階では、基金に関する重要なギモン、「補償はどのように実施されるのか?」「資金は途上国間でどのように分配されるのか?」「その費用はだれが負担するのか?」──等への答えはない。だが基金の詳細が議論されるにつれ、気候変動緩和のソリューションは、この「ロスダメ基金」に原子力を盛り込むことであると、明らかになってきた。むしろ原子力を活用しないかぎり、基金が気候変動の緩和に貢献することはきわめて難しいと言えよう。

COP27では、原子力がこれまでにない注目を集めた。 COP史上初めて、国際原子力機関(IAEA)および原子力関連団体が「#Atoms4Climate」と題したパビリオンを設立。世界中の原子力協会や原子力学会により立ち上げられ、私自身も参加している「Nuclear4Climate」イニシアティブではブースを立ち上げ、気候変動によって浮き彫りにされた幅広い課題に対する解決策として、カーボンフリー電源である原子力を再ブランディングするよう訴えた。気候変動対策に原子力を盛り込むことは、途上国の気候変動緩和に対処するためのゲームチェンジャーになりうる。原子力テクノロジーは単なるエネルギーであるだけでなく、環境フレンドリーな側面がある。海水淡水化、肥料用水素や医療用アイソトープの製造、放射線照射による作物収穫量の増大や衛生面の向上など、いずれも途上国にとってきわめて重要なものばかりだ。

こうした原子力を「ロスダメ基金」の中に組み込んでいくことで、発電、熱利用、輸送だけでなく、製造業/建設業、農業、水利用といった幅広い分野で低炭素化が達成され、気候変動緩和に大きく役立つと思うのだ。

原子力への偏見は払拭された?

多くの原子力支持者は、COP27の結論 がもっと原子力に前向きなものになると予想し、物足りなさを感じているかもしれない。だがCOP27の場で原子力が、カーボン・ニュートラル達成のツールとして大いに認識されたことを考慮すれば、大きな前進と捉えてもよいのではないだろうか。国際エネルギー機関(IEA)のファティ・ビロル事務局長は、「原子力は以前よりも強い追い風で復権しつつある」と述べている。

米国のジョン・ケリー気候問題担当大統領特使は、「米国は、気候変動防止ターゲットを前進させるために、原子力に大きな可能性があると考えている」とした上で、COP27 の場で、小型モジュール炉(SMR)にスポットを当てた 2 つのプロジェクト(ウクライナでのSMRを用いた水素製造実証プロジェクト、欧州の石炭火力をSMRでリプレースするプロジェクト)を発表した。米原子力エネルギー協会のマリア・コースニック理事長兼CEOは「数年前とは明らかに風向きが変わった」と指摘する。数年前までは連邦政府レベルどころか州政府レベルですら、SMRへの支援策が議論されただけで大騒ぎだったのだから。

こうした風向きの変化は、現在も進行中のロシアによるウクライナへの軍事侵攻に端を発している。エネルギーの供給安定性およびエネルギー・セキュリティの重要性が誰の目にも明らかになったからだ。米国ではすでに実施されているが、日本など多くの国々で、既存炉の運転期間延長が検討されている。ポーランド、日本、韓国、オランダなどの国々では新規原子力建設の必要性が議論されている。こうした原子力発電の維持/導入の動きは、クリーンなエネルギーやエネルギー・セキュリティを重視する姿勢の表れだ。ウクライナのヘルマン・ハルシュチェンコ・エネルギー大臣は、「エネルギー・セキュリティを確保できなければ、クリーンでリーズナブルなエネルギーへの移行、経済成長、宇宙開発、そのほか21 世紀の人類が掲げる目標はどれも達成不可能だ」と述べた。

またハルシュチェンコ大臣は、燃料交換なしでの長期間運転を可能にすることや、プラントの大部分を地下に建設するといった設計概念を組み込むことで、エネルギー・セキュリティ強化におけるSMRの意義が見出せると強調した。そして「ロシアのウクライナに対する戦争は、もはやウクライナの範疇を超え、世界規模に影響を及ぼしている」とし、SMRへの投資が世界規模のエネルギー・セキュリティに不可欠だと指摘した。

原子力で成功するには?

私の母国ジャマイカは、原子力発電導入を検討する途上国の 1 つだ。COP27開催の数日前、ジャマイカのダリル・バス科学・エネルギー・技術担当大臣は、原子力発電をエネルギー ミックスに含めることへの関心を表明した。これはカリブ海諸国のエネルギー・セキュリティ問題にとって、大きな解決策となる。私はジャマイカ出身の原子力エンジニアとして、原子力の導入は単なるエネルギー・セキュリティ以上のものをもたらすと考えている。

原子力は人々に、エネルギーへのアクセスを保障する。安定した供給も、リーズナブルな価格も保障する。現在カリブ海諸国はエネルギーの9割以上を輸入された化石燃料に依存しているが、ジャマイカが「ロスダメ基金」を元手に原子力の導入に着手した場合、ジャマイカは他の島嶼国にとっても先駆者となる。そもそもジャマイカは原子力についてズブのシロウトというわけではない。

ジャマイカは1980年代よりカリブ海唯一の研究炉「SLOWPOKE-2」を稼働させており、これまで得られた知見から、地域での原子力開発をリードする立場にある。より多くの途上国が原子力を導入するためには、イノベーションが必要で、それこそがSMRなのだ。SMRはグリッドの小さな地域のニーズに最適で、需要の増加に応じて段階的に規模を拡大することが可能なのだ。

(「ロスダメ基金」による)資金提供、ならびに先進国からの支援は、政府当局が原子力安全のために規制活動を行い、原子炉建設の加速に向けた許認可を実施するといった、原子力プログラムの導入を検討する途上国が必要とする規制インフラの構築にも役立つだろう。

こうした規制面での先進国からの支援には前例がある。ガーナは2008年に原子力導入を決定。2013年にはIAEA宛の書簡で、原子力発電を導入する意志を正式に表明した。IAEAのマイルストーンアプローチでは、原子炉の運転に先立つ3段階のマイルストーン(フェーズ1=原子力導入に向けた課題の整理 フェーズ2=入札に先立つインフラ整備 フェーズ3=入札/契約/建設)を提示しているが、ガーナは現在までにフェーズ1をクリア。フェーズ2以降へのステップアップを望んでいる。他の途上国が効率的にカーボン・ニュートラルを達成するためにも、ガーナのケースは非常に参考になるが、もっともっとスピードが必要であることは言うまでもない。

アラブ首長国連邦(UAE)のケースもある。首長国原子力公社(ENEC)のムハンマド・アル・ハマディCEOは、「稼働中の3基および建設中の1基で、UAEのクリーン電力の4分の1を供給する」と豪語する。UAEが成功裡に原子力導入を成し遂げたことは、導入を検討する国々に明確な道筋を示しているのだ。

原子力なしで「エネルギー移行」?

地球規模の気候変動緩和に原子力が多大に寄与することが明らかであるにもかかわらず、COP27におけるエネルギー関連の決議では、ハッキリと原子力に言及することはなかった。供給が保障された安定かつ強靭(レジリエント)なエネルギー・システムへ緊急に移行することの重要性に関し、各国のコンセンサスは取れたが、決議の中ではあいまいに「低炭素で再生可能なエネルギー」の拡大が重要とされただけだった。原子力は低炭素で、供給が保障され、安定性も高く、強靭である。原子力はすべての条件をクリアしているが、決議であいまいに登場する「低炭素で再生可能なエネルギー(low-emission and renewable energy)」という基準の下では、位置づけがあいまいなままなのだ。「低炭素かつ再生可能なエネルギー」なのか「低炭素エネルギーや再生可能エネルギー」なのか、解釈次第なのだから。

気候変動緩和のためのリソースとして原子力を明確に認めようとしないことは、いまそこにある気候危機に対する理解の欠如にほかならない。COP27のエネルギー関連決議は、再生可能エネルギーのみではなく原子力も含まれるように、「純粋に技術的な観点から低炭素なエネルギー(technology-neutral low-emission energy)」とするべきだったのだ。

原子力を抜きに大規模な気候変動の緩和を実現することは不可能に近い。「ロスダメ基金」の設立で合意したことは、途上国における気候変動緩和の緊急的な必要性を認めたという点で意義深いが、風力や太陽光などの再生可能エネルギーへの取り組みと併せ、原子力の導入に向けた国際間の連携が不可欠であることを、ここにあらためて強調する必要がある。原子力を活用しない「ロスダメ基金」は、まちがいなく失敗する。

訳:石井敬之

シャーリーン・スミス
Charlyne Smith

ジャマイカ出身。2012年に渡米し、米アイダホ国立研究所フェローを経て、米Breakthrough Institute 原子力部門シニア・アナリスト。2021年にフロリダ大学にて黒人女性初の原子力工学博士号を取得。2022年にはジャマイカ首相府より最優秀アカデミア賞を受賞。

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