2025年6月10日、小型モジュール炉(SMR)の導入を目指す英政府は、ロールス・ロイスSMR社を優先権者に選定し、同社製SMRを採用する方針を発表した。政府機関であるGreat British Energy – Nuclear(GBE-N 旧称Great British Nuclear)が2023年7月から約2年間にわたり、採用するSMRを選定する国際コンペを実施しており、当初候補の6提案のうち、米GE日立・ニュクリアエナジー・インターナショナル社、米ホルテック・インターナショナル社英法人、英ロールス・ロイスSMR社、米ウェスチングハウス社(WE)英法人の4社が、最終選考に残っていた。今年4月には最終入札提案が提出され(WEは途中撤退)、最終的に今回ロールス・ロイスSMR社が、英国初のSMRプロジェクトの事業者に選ばれた。
英政府は同プロジェクトに対し、2030年までに総額25億ポンド超の予算措置を講じており、建設ピーク時には約3,000人の新規雇用が創出され、稼働すれば約300万世帯分の電力を供給できると試算している。英エネルギー安全保障・ネットゼロ省(DESNZ)のE. ミリバンド大臣は10日、「『原子力停滞の現状』に終止符を打ち、今世代で最大規模となる原子力発電所の建設プロジェクトを通じて、『原子力の黄金時代』に入る」と述べ、ロールス・ロイスSMRが地域経済を活性化し、エネルギー安全保障を強化すると強調した。R.リーヴス財務大臣も同日、「英国は再び本来あるべき場所である『未来のテクノロジーを主導する立場』に戻った。その旅路を共にするパートナーとして選ばれたのが、ロールス・ロイスSMR社である」と手放しの賛辞を送り、新型炉への投資と国内サプライチェーン育成(目標国産調達率=70%)による雇用創出の効果に言及した。
今回の選定を受けて同社とGBE-Nは、年内にも契約を締結。共同で開発会社を設立し、サイト選定を経て、2030年代半ばには送電を開始させたい考えだ。英国でおよそ30年ぶりとなる大規模な原子力新設の動きのひとつにSMR導入が組み込まれ、「クリーンエネルギー超大国」を標榜する同国の戦略において、画期的な転換点となった。
ロールス・ロイスSMRとは
「ロールス・ロイスSMR」はPWRベースの小型炉で、運転期間は60年を想定。電気出力は47万kWと、一般的なSMR(電気出力が30万kW未満)に比べるとやや大型であるが、原子炉モジュールは直径4m×高さ16mと、陸上輸送も容易なサイズとなっている。また設備・部材の90%以上は工場で製作され、サイトではモジュールを組み立てる。このモジュール工法により、大幅な工期短縮とプロジェクトリスクの低減が可能とされており、従来型の大型炉建設プロジェクトに比べ、コスト競争力の向上が期待されている。
最新の試算では「ロールス・ロイスSMR」1基(47万kW)の建設費は、約18億ポンド(※シリーズ建設による量産効果が働いた場合)と見積もられている。単純計算でGW(100万kW)あたり約33億ポンドであり、同時期の大型プロジェクトであるサイズウェルC(合計電気出力320万kW、総工費350億ポンド、GWあたり約103億ポンド)と比べ、大幅に低コストとなる。ただしSMRのコスト優位性は、多数の同一設計を量産・標準化することで初めて実現できる、という点には注意が必要だ。そのため同社は、世界市場で2050年までに、数百基規模のSMR受注獲得という壮大な目標を掲げている。
サプライ面では主要コンポーネントを供給する工場を英国内に3か所新設し、大量生産体制を整える計画も発表されている。また「ロールス・ロイスSMR」は、英規制当局による包括的設計審査(GDA)の最終段階に進んでおり、2026年8月までの審査完了を目指している。
プロジェクトは現在、2030年代前半の初号機稼働に向け、2029年までに最終投資判断(FID)を下すスケジュール感で進められており、GBE-Nが主体となって2025年中に建設候補サイトの選定と開発許可の手続きに着手する予定だ。将来的には複数基のSMRを全国に配備し、現在進行中の大型炉建設プロジェクト(HPCおよびSZC)と合わせ、2030年代には英国最大規模の原子力発電設備容量を達成する構想である。
ロールス・ロイス社は、英国海軍の原子力潜水艦向けの原子炉および推進システムを、1950年代後半から一貫して供給しており、長年にわたって、潜水艦搭載用の小型PWRを開発、製造、保守してきた実績がある。今回のSMRプロジェクトは同社にとって、民間の商用原子力発電分野という新しい領域であり、潜水艦とは異なる規模・用途・規制環境に取り組んだ初のケースである。
英政府の支援と規制プロセス
英国がSMR導入に踏み切れた背景には、政府の積極的な支援策と先行的な規制面での整備がある。ロールス・ロイスを中心に、複数企業からなるコンソーシアムとして発足した「ロールス・ロイスSMR社」は、2015年頃から概念設計を開始し、開発初期には民間主導で資金調達を進めていた。しかし大型炉に比べ規模が小さいSMRは、初号機(FOAK First-of-a-Kind)特有の固定費負担が重く、商業採算性の課題が指摘されたため、英政府は産業戦略の一環として政策支援の対象に位置付けた。そして2017年に5,600万ポンドのR&D助成金を拠出し、2019年にも1,800万ポンドを追加投入。さらに2021年11月には、産業戦略チャレンジ基金から2億1,000万ポンドの開発資金提供を決定した。もちろんロールス・ロイス側も受け身なだけでなく、カタール投資庁系列のBNFリソース社や米エクセロン社などから1億9,500万ポンドを調達している。
こうした政府主導の資金支援により、ロールス・ロイスSMR社が手掛けるSMRは、設計開発と安全解析が加速し、2022年4月には英原子力規制庁(ONR)など規制当局によるGDAが正式にスタート。審査が予定通り進めば、2026年には英国で初の設計認可済のSMRとなる見込みだ。
なお政府は今年2月、原子炉の立地許可手続緩和を含む制度改革にも乗り出し、SMRなど新設プロジェクトの実現リスク低減を図っている。今回の優先権者選定もその一環であり、「政府が先頭に立ってFOAKのコスト低減と民間資金呼び込みへの道筋を付ける第一歩」(DESNZプレスリリース)と位置付けられている。
さらに政府はGBE-Nを100%出資の公的企業として運営し、ロールス・ロイスSMR社とのパートナーシップにより、国家的プロジェクトとして推進する枠組みを構築した。リスクと利益を官民でシェアするビジネスモデルで、SMRの初期導入を成功させ、将来的には民間主導でのSMR展開を企図している。当初は2〜3炉型を選定する計画だったSMRコンペを、1炉型に絞った背景には、財政的な制約下でまず「一番手」に集中的に投資し、早期実現を優先する戦略があったと指摘されている。政府支援の下で実証されたSMRプラットフォームが確立すれば、後続の民間プロジェクトや他社SMRの市場参入も促進される可能性がある。英原子力産業協会(NIA)のT.グレートレックスCEOも「今回の決定は英国の原子力プログラムにとって非常に重要な節目であり、SMRは大型炉とともに、エネルギー安全保障とクリーン電力の推進に不可欠な役割を果たす。新たな産業として全国規模で質の高い雇用を創出し、将来的に一大輸出産業となるポテンシャルを秘めている」と歓迎している。英政府の積極的関与により、欧米諸国の中でも先陣を切ってSMR商用化へのハードルを下げた点は、特筆すべきだろう。
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SMRを「ゲームチェンジャー」に
エネルギー分野のコンサルティング事務所アーサー・D・リトル(ADL)は、SMR台頭の背景には、脱炭素化を目指したエネルギー転換のニーズと、原子力分野における技術革新への期待があると分析している。現在、世界では30か国以上がSMRの開発・導入に関心を寄せており 、ロールス・ロイスSMRのように政府支援を受けたプロジェクトが各国で進み始めている。その一方で、ADLのレポートによると、SMRを経済的に成立させるには資本費・運転費の抜本的な低減が不可欠であり、FOAKのコスト高を克服して十分に低い電力コスト(LCOE: Levelized Cost of Electricity)を実現するためには、「技術革新と量産効果によるコスト曲線の大幅な下降が必要」と指摘されている。
言い換えれば、国家の支援策や規制改革によって初期市場を創出し、製造・サプライチェーンを整備して「作れば作るほど安くなる」産業構造を育てられるかどうか、がカギとなるわけだ。ADLは「今こそSMRを机上の構想から現実のプロジェクトに移すためのエコシステム構築に取り組む好機」であると述べており 、英国が今回示したような政府主導の包括戦略は、まさにそのモデルケースと言える。
巨額の初期投資や投資コストの回収が長期にわたることなど、原子力特有のハードルを乗り越えるには、公的支援や国民的合意形成を含む事業環境の整備が不可欠だ。つまり、英国が先んじて商用SMRの実績を作ることは、自国のみならず各国の追随を促し「ゲームチェンジャー」としてSMRをエネルギー移行パズルの最後のピースに押し上げる可能性を秘めている。ADLもまた「SMRはエネルギー移行のミッシングピースたり得るが、実現には現実的な取り組みが必要」と強調しており、その意味で英国の一手は戦略的・経済的に大きな意味を持つと評価できるだろう。
また英政府が最終的に、純英国企業であるロールス・ロイス社を選定したことについて、ADLマネージング・パートナーのM.クルーゼ氏は原子力産業新聞の質問に答え、「英政府が国内企業であるロールス・ロイス社を選定したのは政治的にも戦略的にも妥当な判断であるが、この決定だけをもって技術面での優位性や商業的成功が完全に保証されたわけではない」と指摘した。クルーゼ氏は「潜水艦向けの小型炉と、今回のような商用のSMRとは用途や規模、求められる安全性などが異なるため、実際に建設・運用を行う段階では、同社にとって未経験の課題が数多く残されている」としながらも、「もしロールス・ロイスが初のSMRプロジェクトを成功させれば、英国国内だけでなく海外の市場においても有利な立場になり、今後各国で行われるSMRの炉型選定競争において、大きな恩恵を受ける可能性がある」と強調した。

とにかく「原子力推し」な与党労働党
欧州における先行者利益
今回の英政府の決定は、欧州でSMRを国家プロジェクトとして本格採用した初のケースとなった。この動きは欧州全体の原子力戦略にも影響を及ぼすものと見られる。
事実、チェコ電力(ČEZ)は英国に先駆けて2024年9月、ロールス・ロイスSMRを将来のSMR導入候補として選定し、同国初のSMRを2030年代にテメリン・サイトで運転開始する計画を進めている。チェコ政府は「ロールス・ロイスSMRが現在サプライチェーンを構築中であり、チェコ企業がその立ち上げ期から最大限関与できる」との点に着目し、自国産業が英国SMRの開発・製造に深く関与することで、将来的な国外展開を含む利益を享受できる戦略的機会と捉えている。チェコのP.フィアラ首相は、「SMRは将来のエネルギー安全保障のカギとなるテクノロジーであり、チェコは単なる建設にとどまらず、その国際的な生産・開発に参画する」と述べていた。
スウェーデンにおいても、主要電力会社の将来計画でロールス・ロイスSMRが炉型選定の最終候補に残っており、ポーランドやルーマニア、オランダなど他の欧州諸国も各種SMRの誘致や検討を進めている。英国が自国産の技術をFOAKとして国内導入することは、欧州各国にとっても具体的な参照モデル、ひいては欧州におけるSMRデファクトスタンダードとなる可能性を示唆している。
この先行者利益の獲得は英国にとって大きな戦略的利点である。欧州各国が脱炭素とエネルギー安全保障の両面から原子力回帰の兆しを見せる中、いち早く商用SMRを展開できれば、その運用実績とコストデータを基に他国への売り込みが容易になる。英国の場合、国内導入で培った安全審査の知見や運転データを共有することで、欧州諸国の規制当局による認可プロセスの効率化にも寄与し得る。SMRのような新興テクノロジーではFOAKリスクが指摘される一方で、一番乗りでFOAKを稼働させた国はその経験をもとにコストダウン曲線を描き、後発国に技術供与や運用ノウハウを輸出できる。英国はまさにそのポジションを狙っているのだ。
さらに、エネルギー安全保障面でのリーダーシップも、英国にとって重要な意義を持つ。欧州はロシア・ウクライナ戦争以降、ガスの供給不安と電力価格高騰に直面し、安定した自給エネルギー源の確保が急務となった。SMRは出力規模こそ小さいものの設置柔軟性が高く、旧式石炭火力のリプレースや地域熱供給への転用など多用途で活用できるため、エネルギー源分散とレジリエンス向上に寄与する。英国が自国技術によるSMR展開に成功すれば、欧州全体のエネルギー供給多様化にも貢献しうる。特に英国はEU離脱後も欧州エネルギー市場の一角を占めており、独自の原子力インフラを整えることは、非常時の相互援助や電力融通の面でも影響力を高める。エネルギー安全保障のリーダーシップを発揮することで、英国は欧州内での政治・経済的な影響力を高め、自国のエネルギー自立性も強化することができる。「SMR先進国」としての英国のブランドは、将来的な燃料供給や廃炉ビジネスまで含めた原子力産業全体での主導権確保にもつながるだろう。
したたかな競争戦略
もっとも、国際競争は熾烈であり、英国の独走を許さない動きも各所で見られる。米国・日本連合によるGEベルノバ日立社製SMR「BWRX-300」はカナダやポーランドで建設計画が進行中であり、ポーランドでは既に2029年の初号機稼働を目指して準備が進められている。BWRX-300はスウェーデンでもロールス・ロイスSMRと競合しており、欧州市場は米・英のSMR技術が競り合う構図だ。さらに米国のNuScale SMRもルーマニアなどへの輸出を模索しており、韓国やカナダ、中国など各国が自国産SMRの売り込みに注力している。フランスのNuwardも欧州市場でシェア確保を目指しており、今後フランスが他国と組んで共同展開を図る可能性もある。
こうした中で英国が優位性を保つには、他国との協調戦略も欠かせない。サプライチェーンの相互補完や人材育成で協力し、国際的なSMR安全基準の策定で主導的役割を果たすことで、英国技術への信頼性をしたたかに高めることができる。実際、ロールス・ロイスSMRは独シーメンス・エナジー社との提携や、米エクセロン社(現Constellation Energy)との協力を取り付けるなど、各国での連携を進めている。
英国のこうした柔軟な国際協調は、自国技術の普及を促進しつつ他国の技術採用にも一定の理解を示すことで、「競争と協調のバランス」を取る戦略といえるだろう。最終的には、欧州・世界のSMR市場は複数の有力炉型が共存する可能性が高い。英国のロールス・ロイスSMRがその中でゲームチェンジャーとして主導権を握るためには、英国内での導入を着実に成功させることに加え、国際的な連携によって信頼と標準を築き上げていくことが不可欠である。英国の挑戦が実を結ぶかどうか、今後数年の動向に欧州のみならず世界中のエネルギー関係者が注目している。
(原子力産業新聞 編集長)