2026年2月に開催された原子力人材育成ネットワークのシンポジウム。冒頭、開会挨拶に立った同ネットワークの運営委員長を務める日本原子力産業協会(JAIF)の増井秀企理事長は、原子力分野の最大の課題を「人材そのもの」ではなく、「社会からの信頼」に置いた。情報提供や説明を尽くしても、それだけでは十分ではない。社会と「一緒に問いを立て、共に考える姿勢」が不可欠だという認識である。さらに増井理事長は、中高生を「教える対象」としてではなく、「共に考える存在」と位置づけた。この一言は、単なる教育論を超え、原子力と社会の関係性そのものをどう再構築するかという問いを内包している。
本シンポジウムで紹介された取り組みは、多様だった。最先端分野への探究参加を解放する加速キッチン、国際的な基準で実力を試す国際原子力科学オリンピック(INSO)、社会との対話を軸に据えたNプロジェクト。これらは一見すると性格も対象も異なり、個別に評価されがちである。
しかし、議論を通して浮かび上がってきたのは、原子力人材育成がもはや一つの直線的なキャリアモデルでは捉えきれなくなっているという現実だった。探究への参加、国際的な検証、そして社会との対話──科学との関わり方の違いとして、異なる役割を持つ「層」が並び立ち始めている。
今回のFOCUSでは、このシンポジウムを単なるイベント報告としてではなく、人材育成が層構造として再設計されつつある兆しを読み解くものとして紹介する。
素粒子を「本の世界」から解放する
加速キッチンの発表を行ったのは、代表を務める早稲田大学理工学術院総合研究所 研究院准教授の田中香津生先生である。さらに、実際に活動に参加している学生として、東京理科大学 工学部 工業化学科2年の久保田佳歩さんが登壇した。研究者と学生の双方から語られたことで、この取り組みが単なる教育プログラムではなく、世代を横断した探究コミュニティであることが浮き彫りになった。
加速キッチンが目指しているのは、人材を手っ取り早く専門家へと導くことではない。目標は「これまで本の世界だった素粒子を、中高生でも探究できる世界にすること」である。素粒子や宇宙は、最先端でありながら、学校教育の中ではほとんど触れられない分野だ。中高生が探究活動に取り組む機会は広がっているが、素粒子・宇宙分野は依然として“遠い世界”のままに置かれてきた。
加速キッチンは、この空白を埋める。安価で扱いやすい素粒子検出器を配布し、中高生が実際に測定を行い、機器を改造し、データを解析し、研究者や市民科学プロジェクトと接続する仕組みを構築してきた。久保田さんは実際に、こうした活動を通じて、自らが研究の世界に参加する実感を得た経験を語った。ここでは生徒は「教わる存在」ではなく、「探究に参加する主体」なのだ。
そしてこの活動は、理工系を中心とした大学生・大学院生によって支えられ、現在では世界最大規模の素粒子探究ネットワークへと広がっている。加速キッチンは、これまで書物の中に閉じ込められてきた素粒子の世界を、手を動かし、測定し、世界と共有できる現実の探究へと引き戻すだけでなく、「最先端科学への参加」を中高生に解放する役割を担っている。
シンポジウム会場から投げかけられた問いは示唆的だった。「加速キッチンがなかったら、どのような層が取りこぼされていたのか?」。
田中先生が示したのは、能力や意欲の不足とは無関係に、進路の選択肢が見えていなかった層の存在だ。地方には、本来であればものづくりや技術開発の魅力に目覚めた可能性のある優秀な層が、確実に存在する。しかし、進路選択の段階で十分な情報や選択肢に触れられないまま、親や周囲の期待に応える形で、安易に医学部を目指してしまうケースが少なくないという。もちろん医学部を目指すことが悪いというわけではないが、加速キッチンは、そうした層に対し、「研究」や「ものづくり」という別の選択肢を可視化する役割を担っている。
素粒子・宇宙分野を「憧れ」や「知識」ではなく、自ら測定し、解析し、世界と共有できる探究の対象として可視化する。安価で手軽に使える素粒子検出器の配布、研究者や市民科学プロジェクトとの接続、世界中の研究者や中高生との共同研究――これらはすべて、中高生を「学ぶ側」から「探究に参加する側」へと引き上げるための基盤である。単に理工系に誘導するのではなく、進路の地図そのものを広げる装置として機能している点に、この取り組みの本質があるだろう。選択肢が広がることは、人生を豊かにすることと同義なのだから。
世界基準で試される「検証・挑戦レイヤー」
人材育成の層構造を、さらに外側から照らし出したのが、東京大学環境安全本部教授の飯本武志先生が発表した国際原子力科学オリンピック(INSO)である。INSOは、単なる「国際大会」「競技」と思われるかもしれないが、本シンポジウムで示された姿は、それとはやや異なるものである。
INSOが測ろうとしているのは、知識量そのものではない。講演では、実験試験や理論試験の構成が紹介されたが、強調されたのは、公式をどれだけ暗記しているかではなく、その場で考え、試行錯誤し、与えられた条件の中で最適解を探る力である。これは、学校教育の延長線上にある評価とは性質を異にする。
前回大会の選手であった佐々木柚榎さん(UWC Adriatic 1 年、選手当時は大阪府立北野高等学校2年)の実体験は、その特徴を具体的に示していた。電子機器が一切使えない環境での長時間試験、英語のみでのコミュニケーション、文化や宗教の異なる参加者との共同生活。競技である以前に、自分の思考力や持続力そのものが試される場であったという。
会場からは、INSOの性格をより具体的に捉えるための問いも投げかけられた。
「INSOは、どのような資質を持つ人に開かれた舞台なのか」という問いである。
これに対し佐々木さんは、「自分で考えることが好きな人」「憶えるよりも、その場で考えるプロセスを楽しめる人」に向いていると語った。ここで明らかになったのは、INSOが“限られた人の場”であるということではなく、“特定の資質を強く引き出す場”であるという点である。
INSOは、人材育成の最終到達点ではない。また、すべての取り組みの延長線上に置かれるべき単一のゴールでもない。むしろ、人材育成が多様なかたちを取り始めている現在において、「思考を深めたい」「国際的な環境で自らを試したい」と願う層に対して、明確な挑戦の舞台を提示している。
入口として社会との対話を経験する場があり、探究として研究に参加する基盤があり、そして国際的に能力を試す舞台がある。INSOは、その一つとして位置づけられる。そこに上下関係はなく、異なる資質が異なる場で花開く構造が生まれつつある。
また、INSOで得られるものは結果だけではない。佐々木さんが語ったように、国境を越えた人間関係やネットワークが、その後も続いている点は象徴的だ。INSOは競争の場であると同時に、将来にわたって続く関係性を生むプラットフォームでもある。
本シンポジウムでINSOが示したのは、「国際大会を目指せ」というメッセージではない。人材育成の層構造の中に、世界基準で自分を試せる場が用意され始めているという事実である。入口、加速、国際検証――それぞれの段階に応じた舞台が分化し始めたことこそが、最大の変化と言えるだろう。
社会と対話する人を育てる
京都大学助教の中村秀仁先生が展開するNプロジェクトは、一般に想像されがちな「理系人材育成プログラム」とは根本的に異なる位置に立つ。その最大の特徴は、科学や原子力に関心の高い層を主対象としていない点にある。
中村氏が語った出発点は、自身の長年の活動に対する反省だった。科学に理解ある社会を実現するため、科学が苦手な人にも科学を好きになってもらおうと20年以上にわたり全国各地で科学教室を実施し、延べ1万3,000人以上の児童生徒と向き合ってきた。しかしコロナ禍を機に過去のアンケートを精査したところ、参加者の多くがもともと科学に関心を持つ層であったことに気づいたという。「科学を縁遠く感じている人に届けたい」という当初の目的が、全く果たされていなかったわけだ。
そこで中村氏が着目したのが、いわゆる「文系層」だった。文系・理系という区分はしばしば固定的に語られるが、実際にはその多くが「算数や数学でつまずいた経験」に起因する自己認識に過ぎない。文系を選択した高校生たちが文系を選択した理由を掘り下げると、古典や文学に対する強い志向があるわけではなく、「理系は自分には無理だ」という早期の挫折体験が背景にあるケースが多いことが、対話を通じて明らかになった。
Nプロジェクトは、そうした層に対し、既存の教科体系から入らない。中村氏が選んだのは、処理水問題などの社会的にセンシティブな題材だった。理系・文系の区別なく、誰もが同じスタートラインに立てるテーマを用いることで、「分からないから入れない」という心理的障壁を取り払う狙いがあった。
だが、題材を工夫するだけでは一過性に終わる。そこでNプロが採ったのが、インプットとアウトプットを反復する学びの設計である。インプットでは、必ず手足を動かす。二者択一の問いを投げかけ、フリップで即時に回答させる。笑いや驚きを伴うやり取りを通じて、記憶に残る体験をつくる。講義を聞くだけの受動的な学習ではなく、「考えざるを得ない状況」を意図的につくり出す。
アウトプットでは、学んだ内容を手書きで可視化する。タブレットやスライドではなく、画用紙やスケッチブックを用いる点にこだわった。手書きには修正や切り貼りができない分、思考の痕跡や感情の揺らぎがそのまま残る。Nプロでは、このスケッチブックを持って生徒たちが駅前や地域に立ち、通行人に自らの言葉で語りかける。
この「社会に向けたアウトプット」が、Nプロの核心である。科学を学ぶことが自己完結せず、社会との関係の中で意味を持つという実感を、体験として得る仕組みだ。最初は声をかけることすらためらっていた生徒が、対話を重ねるうちに語り口を変え、自信を持ち始める。通行人からの「よく勉強しているね」「分かりやすい」という言葉が、自己肯定感を大きく押し上げていく。
大阪高校での実践では、その変化が数値としても現れた。科学を「伝えたい」と自ら手を挙げた生徒は、3年目には460人に達し、文系・理系の比率は7対3となった。これは日本社会の構成比とほぼ重なる。科学を語ろうとする意志の前では、文系・理系の区分は意味を失うことが、実践を通じて示された形だ。
Nプロの影響は、学校内にとどまらない。生徒が家庭で学びを語るようになり、親子の会話が増えたという報告もあった。さらに自治体や地域住民との対話が広がり、保護者自身が「これは自分たちのプロジェクトだ」と語るようになる。会場に展示された保護者の手描きの手紙は、その変化を示す確かな証左であり、多くの聴講者の心を動かしていた。Nプロは、学力指標だけでは測れない力を育てる試みであり、社会との関係性を再構築する教育プロセスでもある。
万博での実践や海外からの評価など、活動はさまざまな場へ広がりつつある。だが、それらは当初からの目標というよりも、対話の構造を積み重ねた結果として生じたものである。
本シンポジウム全体を通じて見えてきたのは、こうした多様な取り組みが併存していることの意義である。それぞれが異なる問いに向き合い、異なる方法で科学との関係を切り開いている。Nプロは、その中で「社会と対話する力」を可視化した存在である。加速キッチンが「研究への参加」を開き、INSOが「国際的な挑戦」を提示したのと同様に、Nプロは「社会と向き合う姿勢」を育む場として位置づけられる。
本シンポジウムが示したのは、どれか一つが中心となる構造ではない。科学との関わり方が複数の型として提示され、それぞれが独立しながらも緩やかに接続しているという、新しい人材育成の風景である。
受け止め、つなぐという役割
本シンポジウムで紹介された取り組みは、いずれも現場から立ち上がった実践である。では、それらを受け止め、次の段階へとつないでいく立場は、何を考えているのか。そうした問いに応えたのが、原子力人材育成ネットワークの運営委員である日本原子力研究開発機構(JAEA)の上田光幸理事である。
閉会挨拶の中で上田理事は、加速キッチンやNプロジェクトの活動について、「若い世代が主体的に行動する姿が印象的だった」と振り返った。そして原子力や放射線というテーマを、抽象的な知識としてではなく、身近な問題として捉え直す工夫が随所に見られたことに触れ、若い世代の「将来の進路選択だけでなく、社会との関わり方そのものに影響を及ぼす」前向きな可能性があると述べた。その語り口は評価というよりも、率直な実感に近いものだった。
午後のセッションで示された人材動向のデータについても、上田理事は自身の経験と重ね合わせた。JAEAでは夏季休暇を利用した実習生の受け入れを行っているが、その人数はコロナ禍で100人台まで減少した後、近年は300人を超え、直近では360人に達しているという。参加者は原子力工学科に限らず、理工系の他分野や文系、事務系の学生も含まれている。原子力分野が、より広い層に開かれつつある兆しが、具体的な数字として紹介された。
シンポジウム終了後に、Nプロジェクト、加速キッチン、INSOという異なる取り組みの関係について上田理事に伺ったところ、それらを序列化することなく、「いずれも若い世代の主体性が見られる意義深い取り組み」と受け止めた上で、人材育成ネットワークとして「尊重し、後押ししていく」姿勢を示した。ここで注目すべきは、「主導する」「支援する」といった強い表現が用いられなかった点である。上田理事は、人材育成は産業界や教育現場だけでなく、研究機関を含めた多様な主体が共有する課題であるとし、それぞれの立場から関わっていく必要性を語った。教育現場の実践と研究の現場が接続することで、より豊かな学びの循環が生まれる可能性があるとの考えだ。
最後に、「人材育成で最も重要だと感じた点は何か」と尋ねたところ上田理事は、増井理事長の開会挨拶に触れつつ、「社会からの信頼を得ていくこと」の重要性を改めて強調した。主体的な学びが広がることは、将来の専門人材を増やすだけでなく、原子力分野への理解と信頼を積み重ねる営みでもあるのだ。
人材育成を単線で捉えないという視点は、現場の実践だけでなく、ネットワークを構成するさまざまな主体の間でも共有され始めている。入口、探究、挑戦という異なる型の取り組みを、対立させることなく受け止め、つなぐ役割が求められている。上田理事の語りは、その接続点に立とうとする姿勢を静かに示していた。
人材育成は「単線」ではなくなった
今回のシンポジウムを通じて浮かび上がったのは、原子力人材育成がもはや単線的なモデルでは捉えきれなくなっているという現実である。最先端分野への探究参加を解放する場があり、国際的な基準で実力を試す舞台があり、そして社会との対話を通じて主体性を育む入口がある。どれか一つが正解なのではなく、科学との関わり方が複数の型として併存し始めている。
重要なのは、「どこを目指すべきか」を一律に定めることではない。むしろ、「自分はいま、どのような関わり方に立っているのか」を自覚できる構造を用意することだろう。探究に参加する道があり、国際的に挑戦する道があり、社会と語り合う道がある。それぞれが独立しながらも、緩やかに接続している。
こうした変化は、現場の実践にとどまらない。人材育成ネットワークを構成する多様な主体の間でも、「社会からの信頼」を軸に据える視点が共有され始めている。若い世代の主体的な学びを受け止め、それぞれの場をつなぐ役割が、今後ますます重要になるだろう。
信頼は、教え込むことで生まれるものではない。共に考え、探究し、試されるプロセスの中で、少しずつ積み重なっていく。今回のシンポジウムが示したのは、そのプロセスが点ではなく、層として立ち上がり始めたという現実である。
原子力人材育成は、いま再設計の段階にある。その再設計は、現場から始まり、ネットワークを通じて広がりつつある。単線ではなくなったこの構造をどう育てていくのか──その問いが、次の段階へと静かに引き継がれている。










