原子力産業新聞
NECG Commentary
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自由化環境下の原子力に対する米国政府の役割は?

07 Jul 2015

米国の電気事業改革によって自由化環境下におかれた原子力発電所は電力市場で電力を販売することとなった。2013年初め、こうした自由化環境下におかれた2基の原子力発電所が財務上の損失により(恒久的に)早期閉鎖された。さらに他にも経済的損失のために早期廃止となる可能性がある発電所が複数ある。米国政府はこうした自由化環境下にある原子力発電所が早期に恒久廃止されることを防ぐための措置を講じるべきであろうか?

米国は、世界一多くの原子力発電所を保有している。原子力発電を行っている他の多くの国々とは異なり、米国では原子力発電所の大半は民営企業が所有している。また、その原子力発電所の大半は、規制下にある電力会社が建設したものである。米国の電力業界の構造改革の結果、規制下にある民営企業が所有していた原子力発電所は、自由化環境下の発電事業者として電力市場で売電することとなった。これら自由化環境下に置かれた発電事業者は、元々の電力会社所有者との間で期間を切って電力売買契約を締結しており、こうした契約によって両当事者は財政上の安定性を確保することができた。しかしこれらの電力売買契約は、卸売電力市場価格が非常に低い時点で満了することとなってしまった。このため電力売買契約は更新されないまま、自由化環境下に置かれた原子力発電事業者は電力市場で電力を販売せざるを得なくなった。

こうした電力業界改革は米国のエネルギー政策に基づくものだが、こうした政策をとることで、自由化環境下に置かれた原子力発電所が早期かつ恒久的に閉鎖されることになるとは予想されていなかった。電力市場での売電で損失を出したために2013年にはキウォーニ原子力発電所とバーモントヤンキー原子力発電所が早期(かつ恒久的)に廃止された。これらの自由化環境下の原子力発電所はよく保守管理され、良好な運転実績を残し(例えば設備利用率は90%以上)、NRCからは20年間の運転認可延長の承認を得ていた。しかしどちらの発電所も利益を上げながら運転継続する道を見出すことはできなかった。ニューヨーク州のギネイ発電所や、エクセロン社のイリノイ州内のいくつかの原子力発電所など、自由化環境下にあるその他の原子力発電所も同様に経済的危機に直面し、早期廃止されてしまう可能性がある。

英国でも自由化環境下に置かれた原子力発電所は同様の問題に直面した。政府所有の原子力発電会社であったブリティッシュ・エナジー社は1996年に民営化された。ブリティッシュ・エナジー社は、イングランドとウェールズの自由化電力市場で発電事業者として売電していたが、数年間にもわたり損失を出し続けた。このため2005年、英国政府は原子力発電を維持していくためにブリティッシュ・エナジー社を再び国有化した。私がかつてワールド・ニュークリア・ニュース(World Nuclear News:WNN)「原子力は自由化電力市場で成功できるか?」で解説したとおり、自由化市場の中で原子力発電事業者の経営は、うまく機能しないことがある。米国の自由化環境下の原子力発電所は、地域社会、州、そして国全体と当該地域の電力市場に大きな貢献をしているが、そのことに対しては報いられることなく、低迷し、しかも将来の見込みも不確実な電力市場の価格を甘受して生き続けなければならない状況に置かれている。

原子力発電の価値

自由化環境下の原子力発電所がもたらす価値は、下図に示すように3つの種類に分類して考えることができる。自由化環境下に置かれた原子力発電所の所有者は、第1番目の価値を享受するだけで生きながらえなければならない。そして第2番目、第3番目の価値については何の代償を受けることなく無償でそれを社会に提供している。

第1の価値-電力市場における純収益

第1の価値は、電力市場での売電から生じる利益(もしも利益が出ればであるが)である。原子力発電所の運転コストの大部分は固定費であるため、発電所の利益は電力市場価格に大きく依存する[1] … Continue reading。安価な天然ガス、再生可能エネルギー導入を奨励する政策措置、低い電力需要の伸び、さらには不適切な電力市場設計などが原因で、電力市場価格は低迷し、結果として自由化環境下の原子力発電所は損失を出してきている。既に廃止措置に入ることが決定されたキウォーニ原子力発電所とバーモントヤンキー原子力発電所は、電力市場での売電で損失を出したために閉鎖されたが、閉鎖の結果、社会は第2、第3の価値も失うこととなった。

第2の価値-代償を得ることが出来ない効果

第2の価値は、原子力発電の特性がそれを生んでいるにも拘わらず、それに対しての代償は得ることは出来ない効果である。原子力発電は、高信頼度で給電指令に応え、ゼロエミッションでベースロードを担い、長期的に燃料費も安定しており、電力系統信頼性維持にも貢献する、など電源として優れた特性を有している。こうした特性が生む効果は、自由化環境下に置かれた当該原子力発電所が位置する地域電力市場、さらには国全体に大きな利益をもたらしているが、発電所所有者はこうした効果に対する代償を得ることはできていない。伝統的な従来の電気事業の構造(すなわち自由化された電力市場は存在しない構造)では、公益事業の規制当局がこうした原子力発電の貢献を電源計画に反映させることが可能であり、実際に当局はそれを計画に反映させてきた。もし、自由化環境下に置かれた原子力発電所で、現在は無償で提供しているこうした原子力発電の優れた特性に対して何らかの代償を得ることができれば、それら発電所が経済的にも存続できる可能性は高まる。

第3の価値-プラスの経済効果

第3の価値は、プラスの経済効果である。自由化環境下の原子力発電所が生み出す経済効果がどの程度あるかを評価する一連の検討が米国原子力エネルギー協会がスポンサーとなって行われている。これらの検討のどれを見ても、原子力発電所は少なくとも数億ドル規模の直接的及び間接的経済効果を立地地域、州、及び国全体にもたらすことが示されている。これらのプラスの経済効果は、自由化環境下の原子力発電所に直接収入をもたらすものでは全くないが、こうした原子力発電所が早期廃止となれば、地域社会などが享受しているこうした効果は失われることとなる。伝統的な従来の電気事業の構造(すなわち自由化された電力市場は存在しない構造)では、公益事業の規制当局がこうした原子力発電の良好な経済影響の特性を電源計画に反映させることが可能であり、実際に当局はそれを計画に反映させてきた。こうしたプラスの経済効果を維持することができることを考えれば、自由化環境下の原子力発電所が早期廃止されることを防ぐための措置をとることは正当な判断であると言うことができよう。

なぜ政府の措置が必要か?

米国の州議会や州公益事業委員会の中には、自由化環境下にある原子力発電所が様々な効果を生んでいるにもかかわらず、電力市場からはその代償を得ていない、ということを認めたところもある。NECGコメンタリー第6回で論じたとおり、これらの州では自由化環境下の原子力発電所が早期廃止されることを防ぐための努力が払われている。そうした自由化環境下に置かれた原子力発電所を運転継続することで得られる利益は国全体が受けることができるが、そのために州がとる政策措置はその州の電力料金にしか適用することはできない。

これらの発電所が閉鎖されれば国全体の利益が失われるにもかかわらず、経済的理由から閉鎖の危機にさらされている自由化環境下の原子力発電所を支援するための米国連邦政府による政策措置はこれまで殆どとられてこなかった。米国政府は過去、数千億ドルもの国費を費やして経済的危機にさらされた自動車産業や金融機関を救済し、今も毎年数十億ドルを再生可能エネルギーへの補助金に振り向けている。大気汚染、温室効果ガス排出、燃料コスト上昇やその供給リスク等々、化石燃料利用によって生じる多くの社会的コストを市場価格に反映させることはできない。電力市場の失敗という事実のために、米国政府が再生可能エネルギーに対して支援をすることは正当であると考えられている。こうした市場の失敗があることを踏まえれば、原子力発電に対しても連邦レベルで支援を行うことは同様に正当であると考えられる。

自由化環境下の原子力発電所は様々な効果を生んでいるにもかかわらず、当該原子力発電所の運転継続を可能とするに足る代償を電力市場からは得ることはできないことが明らかとなっている。これもまた市場の失敗の一つであって、政府の政策措置は正当なものであると考えられる。自由化環境下にあり既に廃止された原子力発電所の代替として民間が新たに原子力発電所を建設できるよう奨励策をとることと比べれば、今、自由化環境下に置かれている既存原子力発電所の運転を継続させる方が容易であり、速く、またはるかに安価である。

政府が原子力発電所の所有者であり、またそれが生む利益の受益者でもある政府の経済政策の下にある中国のような国では、原子力発電が積極的に推進されている。それは原子力発電によってもたらされる価値があるからである。またこうした価値があるからこそ、米国でも電力規制州では州電力規制当局が新規並びに既設の原子力発電所に対する支援策を講じている。もしもさらに多数の自由化環境下にある原子力発電所が早期廃止に追い込まれれば、その際には当該地域のみならず国全体としても大きな利益が損なわれるのであるから、連邦政府がそうした事態を防ぐための政策措置を講じるのは適切なことである。

連邦政府は何ができるか?

その際、連邦政府はいくつかのアプローチを取ることができる。こうした連邦政府の政策措置は、自由化環境下に置かれた原子力発電事業者の早期廃止を防ぐ唯一の方法であるかもしれない。

電力市場の変革

電気事業改革と電力市場創造の意図せぬ結果として、こうした自由化環境下の原子力発電所の早期廃止が起きている。自由環境下の原子力発電所がもたらしている効果全体に代償を支払うことができるような方法で電力市場を改革することも可能かもしれない。電力市場では電力はどれも同じ一つの商品として取り扱うことになる。従って、商品としての価値とは別にその電力が合わせ持つ特性を価格に反映させることができるよう電力スポット市場の構造を変革することは不可能かもしれない。しかし、電力市場には副次的市場(例えば、小売り電力会社が、北米電力信頼度協議会の容量要件を充足させ、あるいは系統信頼度維持を図るために応札する容量市場の入札など)や、特定の発電事業者との副次的契約(例えば、供給信頼性維持のための発電所強制稼働(マストラン)協定)がある。こうした副次的市場や副次的契約を活用して、自由化環境下の原子力発電所を経済的に支援することは可能である。PJM容量メカニズムは副次的市場の一つの例であるが、PJM容量メカニズムの最近の改定では発電容量に対して付与される価値が見直され、自由化環境下の原子力発電事業者もそれによって幾分かの追加的収入を得ることができるようになった。電力市場運用者が(入札結果次第かもしれないが)原子力発電事業者の運転を維持継続するためにこうした副次的契約を締結するよう求めることは、より効果的なアプローチになり得る。

炭素税

連邦レベルで炭素税を課せば、すべての火力発電所の燃料費はその分引き上げられる。燃料費が増加すれば電力市場の入札価格も上昇し、その結果電力市場スポット価格も上昇する。炭素税が十分に大きければ、その結果、電力市場価格が上昇し、自由化環境下の原子力発電事業者も利益を出しながら運転継続することができる。

連邦レベルでの低炭素電源構成基準

これは、米国内の全電力小売事業者に対して、売買される電力に一定割合の低炭素またはゼロ炭素電源を組み込むことを要件化するもので、そうした電源には新設及び既存の原子力発電が含まれる。これはイリノイ州で提案されている低炭素電源構成基準を国全体に適用させるようなものである。再生可能エネルギー発電事業者が、州が課す再生可能エネルギー電源構成基準に基づいて再生可能エネルギー・クレジットを販売するのと同様、自由化環境下の原子力発電事業者は「原子力エネルギー・クレジット」または「無炭素電力・クレジット」を小売り電力会社に販売することで追加的な収入を得ることができることになる。

既存原子力発電所の発電量に応じた税控除 

米国はすでに再生可能エネルギーに連邦所得税控除を適用しており、「2005年エネルギー政策法」の要件を満たす新規原子力発電所にもこれらの税控除を適用することを約束している。自由化環境下にある既存原子力発電所に対しても新たな連邦生産税控除を実施することは可能なはずである。これらの税控除による増収が、閉鎖の脅威にさらされた自由化環境下の原子力発電所の運転を維持する上で役立つだろう。

自由化環境下の原子力発電所への投資

米国政府は、閉鎖の脅威にさらされた自由化環境下にある原子力発電所に投資し、あるいはそれ自体を購入することもできる。これは財政的危機に陥った自動車メーカーや金融機関を連邦政府が救済した際に使用した手法とほぼ同じである。こうした政府による投資では、所有権の移転や原子力事業者の変更の必要性を最小限に抑えながら措置をとることができる。これは英国政府が2005年に行ったブリティッシュ・エナジー社の再国有化に類似している。電力市場価格が持続可能な水準まで回復すれば、連邦政府が自動車メーカーや金融機関への投資で利益を上げたのと同様に、自由化環境下の原子力発電所へ連邦政府が行った投資を売却し利益を生むことができる。

連邦政府による電力売買契約

エレクトリシティ・ジャーナル(Electricity Journal)誌の2014年の記事「米国の自由化環境下の原子力発電を救済する」では、自由化環境下の原子力発電所の運転を維持するために電力売買契約を活用することについて概説している。こうした電力売買契約は、オハイオ州でファーストエナジー社がデービスベッセ原子力発電所に関して提案した契約と類似のものである[2]オハイオ州公益事業委員会、事案No. 14-1297-EL-SSO。。こうした差金決済取引(CfD)契約では、自由化環境下の原子力発電所が一方の契約当事者となり、いずれかの連邦機関(例えば米国エネルギー省)が他方の当事者となる。

CfDは、金融的手法としてよく知られ多方面で活用されているもので、電力市場のスポット価格とは無関係に、自由化環境下の原子力発電所も一定かつ充分なレベルの収益を確保することができる。CfDの内容は、自由化環境下の原子力発電所も確実に運転を継続できるように、しかし電力市場価格が継続運転可能な水準まで戻した時に発電所所有者に対して棚ぼた的利益を与えることがないように調整することが可能となる。連邦政府の投資アプローチと同様、これらの電力売買契約は電力市場価格が運転継続可能な水準まで戻せば、利益を生むことになる。

まとめ

米国の電力市場は、自由化環境下の原子力発電所が運転継続するに十分な代償を提供していない。これらの原子力発電所が早期廃止されれば、国全体が大きな損失を被る。米国政府は、自由化環境下の原子力発電所が早期かつ恒久的に閉鎖されることを防止するための政策措置を講じるべきである。また、その政策措置は、民間投資家が確信をもって新規原子力発電所建設に乗り出すに必要となる措置よりも安価である。連邦レベルでの政策措置を実現させるのはいつも困難で時間を要するものであるから、我々は今直ちにこうした措置実現に向けて動き始めなければならない。さもなくば、さらに多数の自由化環境下の原子力発電所を失うことになるだろう。

 [ロバート・ブライス、エドワード・デービス、マーガッレット・ハーディング、ポール・マーフィ、リチャード・マイヤーズ、及びエリゼ・ゾリをはじめ、何人かの専門家からこの解説記事の草稿を高く評価する意見をいただいた。もしも内容に誤りがあったとしてもそれは私一人の責任である。]

 

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脚注

脚注
1 これは、全発電原価のかなりの部分を燃料費が占める火力発電と異なる。火力燃料費は、発電量を減らせば減らすことができるが、原子力発電所ではそれはできない。
2 オハイオ州公益事業委員会、事案No. 14-1297-EL-SSO。

お問い合わせ先
Edward Kee +1 202 370 7713
edk@nuclear-economics.com

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