ASEAN原子力導入 実装段階の課題浮き彫り
26 Jun 2026
日本エネルギー経済研究所(IEEJ)と東アジア・ASEAN経済研究センター(ERIA)は6月23日、都内で「ASEAN原子力市場のポテンシャルと日本の貢献可能性」と題するセミナーを開催した。脱炭素化、エネルギー安全保障、電力需要の増大を背景に、ASEAN諸国では原子力発電への関心が高まっている。今回の議論で浮かび上がったのは、その関心が単なる将来構想にとどまらず、制度整備、人材育成、立地、資金調達、現地産業の参画といった実装段階の課題へ移りつつあることだ。日本側からは、SMRに加え、人材育成、規制・安全文化の共有など伴走型支援の可能性が示された。
セッション1では、世界原子力協会(WNA)と米原子力エネルギー協会(NEI)が、世界および米国における原子力利用の動向を紹介した。WNAのサマ・ビルバオ・イ・レオン事務局長は、エネルギー安全保障と気候変動対策を背景に、原子力の役割が世界的に再評価されていると説明。アジア地域では経済成長と産業化に伴い電力需要が増加しており、化石燃料依存の低減や安定電源確保の観点から、原子力の重要性が増しているとした。
一方、NEIのマーカス・ニコル副理事長は、米国で既設炉の長期運転、出力向上、停止炉の再稼働、新型炉・SMR開発が同時に進んでいる状況を紹介した。特に、米国ではデータセンターやAI関連企業が原子力発電の大口需要家、いわゆるアンカーカスタマーとなる動きが出ていると説明した。
これを受け本紙は、ASEANでもデータセンター需要が伸びるなか、こうした大口需要家が原子力新規導入国における初期プロジェクトの事業リスク低減に寄与し得るかを質問。ニコル氏は「Yes」と明確に答え、米国ではデータセンターがアンカーカスタマーとなる動きが進んでいるとした上で、製造業なども同様の役割を果たし得ると指摘。その理由として、製造業では、信頼性の高い、手頃なクリーン電源を強く必要としていることを挙げた。原子力はそのニーズに応える有力な選択肢であり、同様の動きは他国でも起こり得るとの見方を示した。
セッション2では、IEEJの遠藤聖也主任研究員が、ASEAN地域の電力需要見通しを報告した。遠藤氏は、ASEANでは産業化や所得向上に伴う電力需要の増大に加え、国によってはデータセンター需要も新たな押し上げ要因となると説明。一方、太陽光や風力などの変動性再生可能エネルギーは有望であるものの、日内・季節変動への対応が課題となるため、原子力や火力、水力なども含めた電源の組み合わせが必要になると指摘した。
続いて、インドネシア、マレーシア、フィリピン、ベトナムの代表が、それぞれの原子力導入に向けた取り組みを紹介した。インドネシアは、2032年に初の原子力発電所を運転開始し、2060年までに原子力を段階的に拡大する計画を示した。一方で、島嶼国としての送電網整備、地震・津波などの自然災害リスク、規制・法制度、国民理解、資金調達を課題に挙げた。
マレーシアは、過去に原子力発電導入を検討したものの一度計画を停止し、現在は再び選択肢として慎重に検討している状況を説明した。同国ではMyPOWERが原子力発電導入に関する調整機関として位置付けられており、政策・法規制、技術評価、ステークホルダー対応、人材育成などの基盤整備を進めている。ただし、現時点では原子力発電導入に関する最終的な政府決定には至っていない。
フィリピンは、エネルギー計画に原子力を組み込み、2032年に120万kWe、2035年に240万kWe、2050年に480万kWeの導入目標を掲げている。バターン原子力発電所の再活用、新規サイトでの大型炉建設、新規サイトでのSMR導入の3つの選択肢を検討しており、米国、韓国、フランス、日本などとの協力も進めている。フィリピン・マニラ電力傘下MGen社のフェリノ・ベルナルドCEO は、政府目標は「非常に野心的」としつつも、民間企業として制度整備や技術評価、人材育成を進めていると説明した。
ベトナムは、凍結したニントゥアン原子力発電所計画を再開する方針へ転換した。発表では、急速な経済成長に伴い電力需要が年率約10%で伸びていること、2050年カーボンニュートラル目標の達成、石炭依存の低減、安定的なベースロード電源の確保が原子力再開の背景として示された。2027~2035年に初号機の建設・運転開始を目指し、合計設備容量は400万kWe~640万kWeを想定。2050年には原子力シェアを少なくとも8%とする構想を掲げた。
各国の進捗には差があるものの、共通していたのは、原子力を「いつかの選択肢」としてではなく、電力需要増と脱炭素を同時に満たすための現実的な政策課題として捉え始めている点だ。
質疑では、原子力発電分野が若手人材にとって魅力ある進路であるかも論点となった。ASEAN地域では核医学など放射線利用分野が学生に比較的身近である一方、発電分野の原子力が、エネルギー安全保障、脱炭素化、SMRなどを背景に学生や若手技術者を引きつけているのかが問われた。
マレーシアで原子力プロジェクトを担当するMyPower社CEOのアスディライム・ビン・アブドゥル・ラシブ氏は、学生の関心は政府が原子力を長期的な国家戦略として位置付けるかどうかに左右されると説明した。過去に政府が原子力導入を検討していた時期には、国内大学で原子力工学課程が設けられていたが、計画停止後には関連プログラムも縮小したという。一方、フェリノ・ベルナルド氏は、かつてのバターン原子力発電所建設当時、原子力発電所で働くことは優秀な学生が目指す進路だったと振り返った。その上で、現在についても「nuclear is becoming sexy」と表現。原子力が新技術やデータセンターと結びつくことで、若者の関心を集めつつあると述べた。
セッション3では、日本企業・機関が、SMRなど原子力輸出、人材育成・国際協力の取り組みを紹介した。
日立GEベルノバニュークリアエナジーの木藤和明氏は、GEベルノバ日立ニュークリアエナジーと共同開発するBWRX-300について説明した。同炉は300MWe級の小型軽水炉で、既存BWR技術をベースにシステムを簡素化し、受動安全性や建設期間短縮、コスト低減を目指す。カナダ・オンタリオ州のダーリントン新設サイトでは、BWRX-300初号機の建設が進んでおり、2030年の運転開始を予定している。木藤氏は、ASEANのような新規導入国では、系統規模、初期投資、ファイナンスの観点から、SMRには大型炉とは異なるメリットがあると説明した。
日揮グローバルの谷宜憲氏とIHIの鮎澤康正氏は、米NuScale Powerとの協力によるSMR事業を紹介した。NuScale SMRは1モジュールあたり7.7万kWeで、4基、6基、12基など需要に応じた構成が可能。原子炉圧力容器、蒸気発生器、格納容器を一体化したNuScale Power Module(NPM)を原子炉プール内に設置し、事故時には外部電源や運転員操作に依存せず冷却できることを特徴とする。JGCは、米国の支援を受けたインドネシアでのフィージビリティスタディに参画し、西カリマンタン州の候補地点を対象に、立地選定、プロジェクト計画、投資コスト、リスク分析などを担当した。
IHIは、NuScale SMR向けの大型機器製造技術や高耐震化に向けた取り組みを紹介した。特に、東南アジアでも地震リスクが課題となることを踏まえ、米国標準設計をベースに、東南アジアや日本での展開を見据えた高耐震コンセプトの検討を進めているという。
原子力国際協力センター(JICC)の原貴センター長は、日本が新規導入国・拡大国に対し、人材育成や基盤整備支援を行ってきた実績を説明した。JICCは経済産業省の支援のもと、日本原子力産業協会(JAIF)、日本電機工業会(JEMA)、電気事業連合会(FEPC)、日本原子力研究開発機構(JAEA)などの関係機関と連携し、原子力導入国のニーズに応じた研修やセミナーを実施している。国際原子力機関(IAEA)との協力による研修に加え、米国のFIRSTプログラムとも連携し、フィリピン、インドネシア、マレーシア、ベトナムなどを対象に、人材育成、規制、立地評価、ステークホルダー対応に関する協力を進めている。
セッション3の質疑で本紙は、ASEAN展開における現地企業の参画、いわゆるローカリゼーションの可能性について質問した。新規導入国側から現地化への期待が示される一方、原子力では品質保証や安全基準への適合が不可欠となる。これに対し、谷氏は、ローカリゼーションは段階的に進むものだと説明。高い品質保証が求められる範囲と、一般産業レベルで対応可能な範囲を分けることで、SMRでは比較的早い段階から一定の現地化が可能になるとの見方を示した。木藤氏は、メンテナンス分野では相当程度の現地化が進む可能性がある一方、中核部品の製造は国際的な市場からの調達になると指摘した。
セミナー全体を通じて浮かび上がったのは、ASEAN諸国の原子力導入検討が、もはや抽象的な関心段階にとどまらず、電力計画、制度整備、立地、人材育成、国際協力を含む具体的な準備段階に入りつつあるという点である。一方、日本側の貢献可能性も、炉型や機器供給に限られない。日本が蓄積してきた耐震対応、製造・施工技術、人材育成、規制・安全文化の共有を組み合わせ、各国の事情に応じた伴走型支援を提供できるかが問われている。





