大阪大学での研修2日目は、放射性同位元素(RI)を「扱う」ための放射化学に焦点が当てられた。放射線管理の基本から、無担体条件下での分離の難しさ、担体の役割、溶媒抽出によるストロンチウムとイットリウムの分離までを実践的に学ぶ。見えないほど微量な物質を扱う中で、操作や判断のわずかな違いが結果に影響する現場のリアルが示された。
2日目の研修は、放射線管理に関する施設講習から始まった。
講師を務めたのは、大阪大学ラジオアイソトープ総合センター(RIセンター)管理室長の白﨑謙次先生。放射性物質を扱う施設では、実験に先立ち、こうした講習の受講が義務付けられている。
第1日目に体験したのが、加速器によって放射性同位元素(RI)を「生み出す」工程だとすれば、この日のテーマは、それをいかに「扱うか」である。
見えないものを扱うための前提
講義ではまず、放射線の基本的な性質が説明された。アルファ線、ベータ線、ガンマ線――それぞれ透過力や物質との相互作用が異なり、人体への影響の仕方も異なる。特に、放射線が物質に与えるエネルギーの密度を示す「線エネルギー付与(LET)」は、生体影響を考えるうえで重要な概念である。低LETの放射線は間接的に細胞へ影響を与えるのに対し、高LETの放射線はDNAを直接損傷する。こうした違いが、放射線防護の基本的な考え方を形作っている。
また被ばく影響には、被ばく直後に現れる「早期影響」と、長期間を経て現れる「晩発影響」があり、発がんなどのリスクは「晩発影響」のうちの確率的影響として評価される。内部被ばくと外部被ばくの違いにも触れられ、線量としての影響は同様である一方、内部被ばくは体内に長く留まる可能性があるため、管理上の注意が必要となる。
こうした放射線の特性を踏まえ、実験は厳格な管理のもとで行われる。管理区域では、
- 飲食や喫煙の禁止
- 防護衣や手袋の着用
- 個人線量計の携行
- 汚染の確認
といった基本的なルールが徹底される。特に重要なのは、作業中もサーベイメーターを用いて汚染の有無を確認しながら進める点である。放射性物質は目に見えないため、測定によって状態を把握し続ける必要がある。
講義では、事故時の対応についても言及された。放射性物質を扱う現場では、汚染やこぼれといったトラブルが起こりうることを前提とし、その拡大を防ぐための手順があらかじめ定められている。汚染が発生した場合には、速やかに測定と除染を行い、二次汚染を防ぐ。さらに、その経緯を記録として残すことも求められる。
加速器によって生成されたRIは、そのままでは利用できない。取り出し、精製し、利用可能な形にするためには、こうした管理と手順のもとで作業を行う必要がある。放射化学とは、単なる分離技術ではない。安全と規律を前提としてのみ成立する技術なのである。
通常の化学は通用しない
続いて行われたのは、金沢大学名誉教授・横山明彦先生による放射化学分離の講義である。横山先生は、RI製造における化学操作の位置づけを整理するところから講義を始めた。
ターゲットの作製、照射後の分解、そして目的核種の分離。RIの製造は、核反応だけで完結するものではなく、その前後に行われる化学操作と密接に結びついている。
放射化学の最大の特徴は、扱う物質量の少なさにある。放射能としては検出可能であっても、物質量としては極めて微量であり、「トレーサーレベル」と呼ばれる領域にある。場合によっては、通常の化学分析で扱う量と比べて桁違いに少ない。
横山先生は、「このような濃度では、通常の沈殿や抽出といった化学操作がそのまま適用できるとは限らない」と指摘する。実験室で当たり前に成立する化学反応が成立しない――ここに、放射化学特有の難しさがある。
放射化学では「無担体(キャリアフリー)」という状態がしばしば扱われる。これは、目的とする放射性同位体が担体(安定同位体)を伴わない純粋な状態で存在することを意味する。このような場合、実験室で扱う放射能に対応する物質量は必然的に極めて微量となる。そのため、沈殿や抽出といった通常の化学操作が進行しにくく、分離操作が難しくなることがある。
こうした問題を補うために用いられるのが「担体(キャリア)」である。担体とは、目的核種と同じあるいは類似した化学的性質を持つ物質のことで、これを加えることによって分離などの化学反応を容易にすることができる。例えば、放射性セシウム137を扱う場合には安定同位体のセシウム133を加えることで、化学挙動を“通常の濃度”に引き上げることができる。ただし担体の添加は放射能の希釈を伴うため、目的に応じて使用の可否を判断する必要がある。
放射化学では、もう一つ重要な制約がある。「半減期」である。
分離手法の使い分け
講義では、代表的な分離手法として
- 沈殿法
- イオン交換法
- 溶媒抽出法
が紹介された。
沈殿法では担体を用いて分離を成立させ、イオン交換法では電荷やイオンサイズの違いを利用する。さらに溶媒抽出では、水相と有機相への分配の違いを利用して核種を分離する。これらはすべて、元素のわずかな化学的性質の差を利用する“選択的操作”である。
今回の実習では、ストロンチウムを含む試料からイットリウムを分離する操作が行われる。ストロンチウムとイットリウムは、同じ系の中で生成・存在するため、その分離には化学的性質の差を精密に利用する必要がある。講義の中で示された理論は、この後の実習において実際の操作として体験されることになる。
こうした講義を踏まえ、参加者は放射化学分離の実習に臨んだ。今回の課題は、ストロンチウムを含む試料からイットリウムを分離する操作である。生成されたRIは、単独で存在しているわけではない。元の元素や副生成物と混在しており、その中から目的核種のみを取り出すことが、放射化学のメイン作業となる。
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「結果は数値として現れる」
分離は段階的に進む
実習では、あらかじめ設計された分離スキームに従って操作が進められた。今回は溶媒抽出法を経験する。
まず試料を塩酸で溶解し、溶液条件を整える。続いて蒸発操作によって酸濃度を調整し、抽出に適した状態へと移行させる。そのうえで、有機溶媒を用いた抽出操作が行われる。抽出剤にはリン酸系化合物(HDEHP)が用いられ、イットリウムが選択的に有機相へ移行する性質を利用して分離が進められる。最終的には逆抽出によって水相へ戻し、目的核種を回収する。この一連の操作は、核種ごとの化学的性質のわずかな違いを利用して、段階的に分離を進めるものである。
実習は6つのグループに分かれて実施された。同一の手順に基づいて作業が進められるものの、進行はグループごとに異なる。試料の取り扱い、試薬の添加、操作のタイミングなど、わずかな違いが作業の進み方に影響するためだ。
結果は数値として現れる
測定では、有機相と水相それぞれの放射能が評価される。イットリウムが有機相にどの程度移行したか、逆に水相にどれだけ残っているかを比較することで、分離効率が定量的に示される。
ある試料では有機相に強いカウントが確認される一方、別の試料では分離が不十分なケースも見られた。放射化学は、こうした“見えない差”を数値として捉える技術である。
作業を重ねるにつれ、参加者の手つきにも変化が見られた。最初は慎重に時間をかけていた操作も、回数を重ねるごとにスムーズになっていく。同じ操作であっても、わずかな手の動きや判断の違いが結果に影響する。放射化学の実験は、単なる手順の再現ではなく、経験に裏打ちされた技術であることが、現場から伝わってくる。
一方で、慣れによって注意が緩み、汚染のリスクが高まる場面も起こりうる。幸か不幸か、今回はそのようなトラブルは発生しなかった。実は今回の研修では、あえてトラブルの発生も想定した設計が取られている。
「放射性物質を扱う実際の現場では、こぼすなどのミスはゼロにはできません。重要なのは、そのときにどう対応するかです。不測の事態に遭遇しておくことは、研修中であれば指導教官がいくらでもカバーできますし、本人の経験として確実に蓄積されます。」今回の研修の実行委員長である大阪大学の豊嶋厚史先生は、そう語る。操作そのものは比較的単純である一方、あえて液体を扱う工程を取り入れることで、汚染が起こりうる状況を再現しているという。
技術と安全は不可分
放射化学分離は、単なる技術操作ではない。そこでは、
- 微量物質を扱う精密な化学操作
- 放射線防護のための厳格な手順
- 予期せぬ事態への対応力
が同時に求められる。
講義で学んだ「担体」や「分離スキーム」は、こうした現場の中で初めて意味を持つ。こうして分離された放射性同位元素は、次の工程へと進む。それは、得られた核種の評価と応用――すなわち、医療や研究への利用である。
(次回、分離されたRIの評価と応用の可能性を追う)














