原子力産業新聞

お急ぎのかたはコチラを

1分でわかるサマリー

研修最終日は、分離結果の解析と講評を通じて「なぜ実験は思い通りにならないのか」が問われた。核反応の成立条件や断面積の評価、分離操作における誤差の要因を整理し、結果のばらつきを考察する過程そのものが理解につながることが示された。実験は一つの正解に収束しないからこそ、思考と経験が重要である。人材育成の本質が浮き彫りとなった。

3日目午後は、新潟大学の後藤真一先生による講評と解説から始まった。参加者は午前中、前日に測定したγ線スペクトルの解析と計算に取り組んでおり、それぞれの結果を手にこの講評を迎えた。

「計算が合っているかどうかは気になると思いますが、間違っていたからといってダメということではありません」(後藤先生)

後藤先生はそう前置きし、重要なのは数値そのものではなく、その数値が何を意味しているかを理解することだと強調した。

スペクトルを読む

まず行われたのは、γ線スペクトルの確認である。測定結果には複数のピークが現れており、それぞれが異なる核種に対応している。参加者は、エネルギー値を手がかりに各ピークを同定し、目的とするジルコニウム88のピークを特定する。

しかし、単にエネルギーが一致するだけでは不十分である。

「その核種が本当に生成される条件だったのか、そこまで考える必要があります」(後藤先生)

後藤先生

後藤先生は、観測されたピークが物理的に妥当かどうかを検証する重要性を指摘した。実際のスペクトルには、ジルコニウム88以外にも複数の核種が現れ、さらに重なり合ったピークや不明なピークも含まれている。これらを一つ一つ確認しながら、生成された核種を特定していく。

続いて、ピーク面積から放射能を求める計算が行われた。

ピークのネット面積を測定時間で割り、さらに検出効率やγ線放出率で補正することで、測定時点の放射能が求められる。そこから減衰補正を行い、照射終了時点の放射能へと遡る。

この過程で重要となるのが、指数関数的な減衰の理解である。後藤先生は、「eのマイナスλtの意味を感覚として掴んでほしい」と述べ、半減期と経過時間の関係から、放射能がどの程度減衰しているかを見積もる考え方を示した。

今回の条件では、ジルコニウム88の半減期が長いため、減衰の影響はほとんど無視できることも確認された

なぜその核種ができるのか

講義はさらに、核反応の成立条件へと踏み込んだ。

今回の実験では、イットリウムに陽子を照射することで一時的に複合核が形成され、その後、中性子などの粒子が放出されることで最終的な核種が生成される。

しかし、この過程は無制限に起こるわけではない。

「3つの中性子を出す反応は、今回のエネルギーでは起こりません」(後藤先生)

後藤先生は、必要な反応エネルギーを具体的に示しながら、観測された核種がどの反応経路によるものかを説明した。 こうしたエネルギー条件を考慮することで、スペクトルのピークが物理的に妥当かどうかを判断することができる。

断面積という指標

今回の課題の最終目的は、断面積の算出である。断面積は、核反応がどの程度起こりやすいかを示す指標であり、照射条件と生成量を結びつける重要な物理量である。

計算には、例えば以下のような要素が関わる。

  • ビーム電流から求めた粒子数
  • 照射時間
  • ターゲット中の原子数密度

などが必要となる。

特に、単位面積あたりの原子数という概念は理解が難しく、参加者の多くがつまずいたポイントでもあった。後藤先生は、ビームが照射される領域の中で、どれだけの原子が反応に関与できるかという観点から、この量の意味を解説した。

そして、得られた断面積の値は、それ単体では意味を持たない。後藤先生は、過去の実験データや理論計算との比較の重要性を強調した。

核反応の断面積はデータベースとして蓄積されており、同様の条件で得られた結果と照らし合わせることで、今回の値が妥当かどうかを評価できる。実際に今回の結果も、既存データと大きく矛盾しない範囲に収まっていることが確認された。

RI製造は“逆算”する

最後に後藤先生は、RI製造の考え方について言及した。

「欲しい核種がどれくらい必要かを決めて、そこから逆算して照射条件を考える」(後藤先生)

すなわち、必要な放射能→必要な断面積→必要な照射条件

という形で設計を行う。

適切な条件を設定しなければ、目的核種が十分に得られない、あるいは不純物が多く生成されるといった問題が生じる。

数値の向こうにあるもの

参加者が計算した結果には、ばらつきが見られた。同じ手順で実験を行っても、操作や測定条件の違いが数値に反映される。後藤先生は、「上手い下手というより、どこで差が出るのかを考えてほしい」と述べ、操作や測定の影響を具体的に指摘した。

数値は単なる結果ではない。そこには、実験条件や操作の履歴がすべて反映されている。後藤先生の講評は、単なる“答え合わせ”ではなく、データの背後にある物理と実験の理解を促すものだった。

分離の“ズレ”はなぜ起こるのか

続いて行われたのは、大阪大学の笠松良崇先生による化学分離の解説である。講義は、参加者が実際に行ったストロンチウムとイットリウムの分離操作を振り返る形で進められた。

「理論では、かなりきれいに分離できるはずなんです」(笠松先生)

笠松先生は、事前に示された分配比のデータをもとに、今回の条件における理論値を確認した。条件が整えば、分離係数は10の7乗程度に達する可能性がある。

しかし実際に得られた値は、それよりも低いものが多く、グループごとにばらつきも見られた。では、この差はどこから生じるのか。

笠松先生は、操作の細部に着目しながらその要因を解説した。

例えば、相分離の際に界面付近の液をどの程度取り込んでしまうかによって、結果は大きく変わる。特に今回のように、一方の相にほとんどの核種が偏る場合、わずかな混入でも分配比に大きな影響を与える。

「どちら側の相に混入が起きるかによって、影響の大きさは全く違ってきます」(笠松先生)

例えば、有機相側にわずかに水相が混入した場合と、その逆では、結果への影響の程度は大きく異なる。理論値をあらかじめ把握しておくことで、どの操作が結果に影響しやすいかを予測することも可能になる。

笠松先生

操作の“技術”が結果を左右する

講義では、具体的な操作上の注意点にも踏み込んだ。

ピペット操作においては、

  • 界面を乱さないように吸引
  • 上層と下層を回収する順番
  • 器具に付着した液体の扱い

といった細かな工夫が求められる。

例えば、上層を回収した後に下層を回収する場合、界面が細くなることで操作が難しくなる。そのため、回収順序や操作方法を工夫することで、分離精度を高めることができる。

「同じ操作でも、やり方次第で結果は変わります」(笠松先生)

分離は単なる手順ではなく、経験に基づく“技術”でもある。

さらに、測定条件も結果に影響を与える。試料の位置や形状がわずかに変わるだけで、検出効率に差が生じる可能性がある。また、体積測定の精度も分配比の計算に直接影響する。

「どこに誤差が入り得るのかを考えることが大事です」(笠松先生)

例えば体積測定では、目分量で行った場合と、密度や質量から厳密に求めた場合とで、数値の精度は大きく異なる。研究レベルでは、密度測定や質量測定を組み合わせて高精度な評価が行われる。

分離の目的は何か

講義では、分離操作の目的についても改めて確認された。

今回の逆抽出操作は、分離そのものではなく、目的核種を水相として回収することが主眼である。そのため重要なのは分離係数ではなく、収率である。

「何のためにこの操作をしているのかを意識してほしい」(笠松先生)

分離の評価指標は目的によって変わる。高純度を求めるのか、回収量を重視するのか――目的に応じて操作の最適条件は異なる。

さらに笠松先生は、分離条件の設計についても言及した。

抽出剤の濃度(今回のHDEHPの濃度)や酸濃度、有機相と水相の体積比などを調整することで、分配比や収率は大きく変化する。例えば、抽出剤濃度が50%から30%に変わるだけでも、分配挙動は大きく変わる。今回の結果のばらつきにも、こうした条件の違いが影響している可能性がある。

「条件を変えれば結果も変わる。そこを自分で設計できるのが面白いところです」(笠松先生)

放射化学は、単なる手順の再現ではなく、条件設計の科学でもある。

笠松先生の講義後半では、抽出の化学的な仕組みにも踏み込んだ。

HDEHPによる抽出では、配位子が金属イオンと結合し、中性の錯体を形成することで有機相へ移行する。しかしこの過程は単純ではなく、酸の解離平衡、配位反応、相間分配ーーといった複数の平衡が同時に成立している。

「実際には、いくつもの平衡が同時に動いています」(笠松先生)

観測される分配比は、これらすべての化学種の総和として現れているに過ぎない。

view more 2/2

「科学の基本に立ち返る」

科学の基本に立ち返る

講義の終盤では、実験記録の重要性についても強調された。

「温度や時間、操作条件をきちんと記録しておかないと、再現できません」(笠松先生)

そのうえで、過去の研究不正事案にも触れながら、記録の欠如がどのような問題を引き起こすかを指摘した。実験は再現できて初めて意味を持つ。条件を記録し、検証可能な形で残すことが、科学の基本である。

今回の実習は、単に分離操作を体験するだけのものではない。理論値と実験値の差、操作の影響、測定の精度、そして記録の重要性――それらを総合的に考えることで、初めて分離の意味が理解される。

笠松先生の解説は、その“見えない部分”を浮き彫りにするものだった。

加速器が支える未来のRI製造

こうした技術的背景を踏まえ、研修終了後、大阪大学核物理研究センターの神田浩樹先生に、RI製造における加速器の役割について話を聞いた。神田先生は、加速器の役割が基礎科学から医療応用へと拡大してきた経緯を説明する。

「もともとは原子核物理などミクロの世界を調べるために発展してきましたが、現在では核医学などへの応用が広がり、その重要性はさらに高まっています」

特に、短寿命核種の利用が進む中で、必要な粒子を必要なエネルギーまで加速する高強度加速器の重要性は増している。

神田先生は、日本のRI製造における強みについても言及する。「日本は病院などに加速器が広く配置されてきたという土壌があります」

PET用核種の院内製造の歴史により、国内には加速器設備と運用経験が蓄積されている。こうした基盤は、新しい技術の導入や展開において大きな強みとなる。一方で、既存設備では対応できない条件もあり、今後は高強度加速器への更新や技術開発が不可欠となる。

そして今回の研修の意義について、神田先生は次のように語る。

「すべての大学に加速器があるわけではないので、こうした機会を通じて興味を持ってもらうことが重要です」

加速器を持つ施設と各大学が連携し、教育と研究のネットワークを広げていくことが、今後の人材育成につながる。さらに、今後整備が進む研究拠点との連携にも期待が寄せられている。

神田先生

研修は「終わり」ではない

3日間にわたる研修の最後には、修了証の授与と閉会挨拶が行われた。一人ひとりに修了証が手渡され、参加者は加速器による生成から化学分離、測定・解析に至るまで、放射性同位元素(RI)製造の一連の工程を体験した証を受け取った。これは単なる修了の証ではなく、実際の現場に足を踏み入れたことを示す“出発点”でもある。

本研修では、終了後も継続的に学びを深めるためのフォローアッププログラムが用意されている。発展研修として大阪大学や東北大学でより高度な実習を行う機会のほか、各参加者の所属研究室で実際にRIを用いた実験に取り組む自主実習、さらに研究テーマに応じたRI製造や分離の支援など、段階的な学習機会が設計されている。 単発の研修にとどめず、実際の研究へと接続することで、技術と経験を蓄積していく仕組みである。

「うまくいかないこと」の意味

閉会挨拶に立った東北大学・先端量子ビーム科学研究センターの渡部浩司先生は、今回の研修の意義について次のように語った。

「思ったようにうまくいかない、ということを実感されたと思います」

同一の手順で実験を行っても、結果は参加者ごとに異なる。その違いは偶然ではなく、操作や条件、理解の差が積み重なった結果である。「答えは一つではなく、なぜそうなったのかを考えることが重要です」。渡部先生は、結果の違いを出発点として考える姿勢こそが、実験の本質であると強調した。

渡部先生

「正解が一つではない」実験

「今はAIの時代で、すぐに答えが出るように感じるかもしれません。しかし実験では、一人ひとり結果が違う」

渡部先生はそう述べ、実験科学の特性に言及した。

計算や理論では一つの答えに収束する問題であっても、実験では条件や操作の違いが結果に反映される。そのため、単に正解を求めるのではなく、結果のばらつきや誤差の要因を理解することが求められる。

得られた結果を疑い、検証し、再現する――。そうした過程そのものが、科学の営みである。

さらに渡部先生は、今後の研究環境と人材育成の展望についても言及した。現在、福島県浪江町では、「福島国際研究教育機構(F-REI)」の整備が進められており、RI製造や関連分野の研究基盤の強化が図られている。

「今回の研修で興味を持った方は、ぜひF-REIにも関わってほしい」(渡部先生)

RI製造には、核物理、化学、測定技術といった複数分野の知識と経験が求められる。繰り返すが、今回の研修はその入り口に過ぎない。

「これから経験を積んで、この分野を担う人材になってほしい」(渡部先生)

技術を支えるのは人

加速器、核反応、化学分離、測定。3日間を通じて体験した一連の工程は、高度な装置と理論によって支えられている。しかし、それらを実際に動かし、扱い、判断するのは人である。

条件を設計し、操作を行い、結果を解釈する。そのすべての過程において、人の理解と経験が不可欠となる。放射性同位元素の製造は、技術だけで完結するものではない。それを支える人材によって初めて成り立つ。

そして、今回の研修で参加者が得たものは、単なる知識や手順ではない。

理論と実験のギャップ、操作の難しさ、結果のばらつき、そしてそれらをどう解釈するかという思考のプロセス。

「うまくいかない」経験そのものが、理解の出発点となる。RI製造という分野は、こうした経験の積み重ねによって支えられている。その先に、次の研究と応用があるのだ。

RI製造のリアル ― 現場・技術・人材

特集ラジオアイソトープ最前線TOPへ戻る

Page top

cooperation