原子力産業新聞

科学はなぜ「ヒリヒリする」のか

加速キッチンが示す思考の出発点

早稲田大学で実施された「加速キッチン」のワークショップを通じて、体験型科学教育の現場を詳報する。参加した中高生たちは、放射線検出器の分解・再構築から測定条件の設計、データの解釈までを自ら行い、「正解のない実験」に向き合った。結果が揃わず、失敗も避けられない状況の中で、参加者は科学における思考のプロセスを体感していく。また、活動に継続的に関わる高校生・松下千穂里さんの成長を通じて、このプログラムが人材育成に与える影響を描くとともに、最先端の研究にも通じる「ヒリヒリする科学」の本質に迫る。

2026.04.21

text:石井敬之

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1分でわかるサマリー

早稲田大学で開催された「加速キッチン」は、放射線検出器を分解・再構築し、自ら条件を設計して測定する体験型プログラムである。結果が揃わず失敗も多い中で、参加者は「どう測るか」を考える科学の本質に触れる。中高生の段階でのこうした体験は進路選択に大きく影響し、分野横断的な人材育成にもつながる。ワークショップを通じて示されたのは、科学とは知識ではなく、問いを立て選択を引き受ける営みであるという点であり、その入口がここに開かれている。

1|「見えないもの」をどう理解するか

放射線は、目に見えない。

この当たり前の事実は、放射線を学ぶうえで最初にして最大の壁となる。光のように見えるわけでもなく、音のように感じられるわけでもない。存在しているはずなのに、確かめる術がない――その不確かさが、理解への距離を生む。

早稲田大学リサーチ・イノベーションセンターで開催された、「ERATO片岡ラインX線ガンマ線イメージングプロジェクト」主催、「加速キッチン」共催のワークショップ「検出器組み立て体験」は、その壁を乗り越えるために設計された場である。

会場に並ぶのは、手のひらに収まるほどの小さな放射線検出器。だが参加した中高生たちは、それをそのまま使うことは許されない。まず行うのは「分解」だ。ネジを外し、遮光テープを剥がし、内部構造を一つひとつ露わにしていく。やがて姿を現すのは、放射線を光に変えるシンチレータと、その微弱な光を電気信号へと変換するセンサーである。

見えないものを扱うために、まず“見えるもの”から理解する――その発想が、ここにはある。

加速キッチンを主宰する田中香津生先生(早稲田大学理工学術院総合研究所 研究院准教授)は、その狙いをこう説明する。

「放射線の一番の壁は、目に見えないことなんです。検出器に触れても、中がブラックボックスのままだと、『測れている』という実感にはつながりません。『インチキなんじゃないの?』と疑念が湧くんです。だからこそ、一度分解して中身を理解し、自分で組み立て直す。そうして初めて、“ちゃんとやったから動いた”という実感が得られるんです」

完成された装置を扱うだけでは、測定は“与えられた結果”にとどまる。しかし、自らの手で組み立てた装置が実際に反応したとき、そこには確かな手応えが生まれる。見えない放射線が、自分の行為を通じて初めて“存在するもの”として立ち現れる瞬間だ。

このワークショップは、単に知識を伝えるものではない。装置の内部を理解し、測定の成立条件を自分の責任で引き受けることによって、見えない現象に対する認識そのものを変えていく。

見えないものを理解するために、まず装置を“見える”ものにする。その逆転の発想こそが、ワークショップの出発点である。

2|分解し、組み立てる――「理解する」ための装置

参加者が扱う検出器は、一見するとシンプルな箱状の装置に見える。しかしその内部には、放射線を“見えるもの”へと変換するための精緻な仕組みが組み込まれている。

中心となるのはシンチレータと呼ばれる素材だ。放射線が通過すると、微弱な光を発する。この光をセンサーが検出し、電気信号へと変換することで、はじめて「放射線が来た」という事実が数値として表れる。さらに、その微弱な光が外部の光に紛れてしまわないよう、装置全体はアルミ箔と黒い遮光テープで厳重に覆われている。つまりこの検出器は、光を生み、光を拾い、光を遮るーーという三つの要素が、絶妙なバランスで成立している装置である。しかし、そのバランスは極めて繊細だ。

ワークショップでは、参加者はまずこの装置を分解する。ネジを外し、テープを剥がし、内部の部品を一つひとつ取り出していく。構造を理解したうえで、再び組み立てるのだが、ここで多くの参加者がつまずく。

わずかな隙間から光が入り込めば、検出器は“本来存在しない信号”を拾ってしまう。測定値が急激に増えたとき、それは成功ではなく失敗を意味する。

実際、組み立てを終えて測定を始めたあるグループでは、想定の数十倍のカウントが表示された。原因は、アルミ箔のわずかな破れだった。外光が入り込み、検出器は常に「反応している」状態になっていたのである。参加者たちは装置を再び分解し、遮光をやり直すことになる。

このやり直しは、単なる作業の手戻りではない。

なぜ数値が増えたのか。どこから光が入ったのか。どの工程に問題があったのか。ーーそうした問いを立てながら原因を特定し、再構築していく過程そのものが、学びの核心となる。

また、検出器の内部にはセンサーとシンチレータの間に光学ゲルと呼ばれる物質が塗布されている。光が境界面で失われないようにするための工夫だが、その意味を理解せずに扱えば、性能は大きく損なわれる。参加者は、こうした細部の意味にも向き合うことになる。完成された機器を“使う”のではなく、 成立条件を一つずつ積み上げていく。その結果、装置が正しく動作した瞬間、単なる成功以上の感覚が生まれる。自分の手で構造を理解し、条件を整えたからこそ、測定が成立しているという実感である。

加速キッチンが重視しているのは、まさにこの点にある。“動く装置”を手に入れることではなく、「なぜ動くのか」を身体で理解すること。分解と再構築を繰り返すこの工程は、単なる準備ではない。すでにここから、科学的思考は始まっている。

3|正解のない実験――条件は自分で決める

検出器の組み立てを終えた参加者たちは、いよいよ実験に移る。

用意されたテーマは三つ。
①放射線源との距離と検出頻度の関係、②金属板による遮蔽効果、そして③宇宙線の入射方向である。いずれも放射線の基本的な性質を扱う内容だが、ここで特徴的なのは、実験そのものではない。その“やり方”である。

通常の学校実験では、条件はあらかじめ定められている。距離は何センチ、測定時間は何秒、手順はこの通り――その通りに進めれば、一定の結果が得られるよう設計されている。

しかし加速キッチンが用意する場では、そうした前提は取り払われている。

距離を何センチにするのか。測定時間はどのくらい必要なのか。角度はどこからどこまで変えるのか。――すべて、参加者自身が決めなければならない。

この段階で、会場の空気は明らかに変わる。
「5センチでいいのか、10センチか、それとも30センチか」
「短時間で測るべきか、それとも長く測るべきか」
各グループで議論が始まり、同じテーマであっても、選ばれる条件は大きく異なっていく。

田中先生は、この設計意図をこう説明する。

「計測器による測定実験はこれまで50回以上やっていますが、結果は毎回すべてバラバラです。それでいいと思っています。むしろ、予測できない状況の中で、自分で条件を考える経験こそが大事なんです」

実際、距離の設定ひとつとっても、グループごとに判断は分かれた。あるグループは5センチに設定し、別のグループは10センチ、さらに30センチと大きく離す判断をした。測定時間についても、数十秒で区切るグループもあれば、長時間測定を試みるグループもあった。

その結果、得られるデータは当然ながら一致しない。同じ「距離と放射線」というテーマであっても、あるグループでは明確な減衰傾向が見え、別のグループではばらつきの大きい結果となる。遮蔽実験でも、理論通りに減少するケースもあれば、逆に増加したように見えるケースさえ現れる。それどころか、「無駄」とも思える結果になってしまうこともある。

ここで問われるのは、「どの結果が正しいか」ではない。なぜその条件を選んだのか。その結果をどう解釈するのか。実験の成否は、測定値そのものではなく、条件設定とその説明にかかっている。

あるグループは、距離を短く設定することでバックグラウンドの影響を減らそうとした。一方で別のグループは、距離を広く取ることで変化を見やすくしようとした。それぞれに意図があり、その選択が結果として現れる。ここではじめて、参加者は気づくのだ。

科学とは、現象を測ることではなく、“どう測るかを設計すること”であると。

同じ装置を使いながら、異なる結果が生まれる。それは失敗ではなく、むしろ当然の帰結である。この場において、「正解」はあらかじめ存在しない。存在するのは、問いと選択、そしてその結果だけである。

4|「失敗」が価値になる瞬間

このワークショップでは、「成功すること」は目的ではない。むしろ、その逆である。失敗することが、あらかじめ織り込まれている。田中先生はその意図を隠さない。

「アンケートを見ると、だいたい半分くらいの人が『うまくいかなかった』と答えます。でも、それがいいんです。どういう条件でやるか、その意味を考えることが一番大事だというフィードバックが多いですね」

実際の実験現場では、“思い通りにいかない”場面が次々に現れる。例えば遮蔽の実験では、多くの参加者が「金属板を重ねれば、放射線は単純に減っていくはずだ」という直感的な仮説を立てる。教科書的な知識からすれば、自然な発想である。

しかし、実際に測定してみると、その期待は裏切られる。

金属板を1枚、2枚、3枚と重ねても、カウント数が滑らかに減少するとは限らない。ある条件では減少し、別の条件ではほとんど変化が見られない。時には、むしろ増えたように見える結果さえ現れる。その理由は単純ではない。放射線は一種類ではなく、異なるエネルギーや性質を持つ粒子が混在している。また、検出器の位置関係や遮蔽の面積、さらには周囲からのバックグラウンド放射線の影響も無視できない。現実は、教科書の図のように単純ではない。

宇宙線の測定でも同様だ。1分間に数回程度しか検出されない微弱な信号を扱うため、測定時間が短ければ結果は大きく揺らぐ。30秒では2回だったものが、60秒では5回になる。さらに、検出のタイミングは極めて不規則(ランダム)であり、「等間隔に来るはずだ」という人間固有の直感は簡単に崩れる。

あるグループの参加者は、「急に2回続けて光ったかと思うと、その後しばらく何も起こらない」と戸惑いを口にした。だが、それこそが自然現象としての放射線の振る舞いであり、そこにこそ本質がある。

こうした経験を通じて、参加者は徐々に理解していく。データが揃わないのは、失敗ではない。予想と違う結果が出るのは、むしろ当然である。そして次の問いが生まれる。

なぜこの結果になったのか。どの条件が影響しているのか。測定方法に問題はなかったのか。 ――ここではじめて、実験は“作業”から“思考”へと変わる。

このワークショップが目指しているのは、まさにこの転換である。与えられた手順をなぞるのではなく、結果と向き合い、自ら問いを立てること。

科学とは、単純な法則を再現することではなく、条件を設計し、現象を解釈する営みである。

そのことを、参加者は「失敗」を通じて体感していく。

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「科学は『ヒリヒリするもの』である」

5|一人の変化――「科目」から「人生」へ

この体験が、参加者にどのような変化をもたらすのか。その一つの到達点を体現しているのが、スタッフとして現場に立っていた松下千穂里さんである。女子学院高等学校3年生(2026年3月当時)の松下さんは、この春から東京科学大学へ進学する。

彼女がこの活動に関わるようになったのは、中学1年生のときだった。もともとは宇宙への関心が入口だったという。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の展示やさまざまなプログラムに触れる中で、やがて素粒子という存在を知り、そこから関心が一気に深まっていった。

「調べていくうちに、ただ知るだけじゃなくて、自分でも測ってみたいと思うようになったんです」

その思いが、加速キッチンとの出会いにつながった。しかし当時、彼女にとって科学は特別な存在ではなかった。

「もともと科学は、単なる科目の一つでした。中学受験でも理科はそこまで得意ではなくて、むしろ国語のほうが好きだったんです」

いわば“得意でも苦手でもない教科”の一つに過ぎなかった科学が、どのようにして人生の軸へと変わっていったのか。その転機となったのが、まさにこの「自分の手で測る」体験だった。

「実際に研究をやってみて、これは人生をかける面白さがあるものなんだと感じました」

教科書の中の知識ではなく、自分で問いを立て、試し、結果を受け止める。そのプロセスの中で、科学は“学ぶもの”から“向き合うもの”へと姿を変えていった。

松下千穂里さん

現在、松下さんは教える側として現場に立っている。検出器の組み立て方法や測定の進め方を後輩たちに説明する立場だが、そこでも新たな課題に直面している。

「自分が知りたいことをそのまま話してしまうと、どうしても説明が細かくなりすぎてしまうんです。そうすると、相手にとっては分かりにくくなってしまう。どうすれば簡潔に伝えられるか、まだ試行錯誤しています」

知識を持つことと、それを伝えることはまったく別の営みである。その違いに気づき、言葉を選び直す過程もまた、彼女にとっての新たな学びとなっている。

一方で、この活動の価値は、個人の成長だけにとどまらない。

「素粒子に興味を持っている人って、普段は本当に少ないんです。でも、ここに来ると自然に同じ興味を持った人たちとつながれる。コミュニティができるのがすごく大きいと思っています」

実際、会場では実験を通じて自然に会話が生まれ、連絡先を交換する参加者の姿も見られた。学校や日常生活では出会うことの少ない関心が、ここでは共有される。

松下さん自身も、この場で得たつながりを起点に、活動の幅を大きく広げていった一人である。女子学院では天文部に所属し、加速キッチンで扱っている検出器を自ら持ち込み、仲間たちとともに宇宙線の測定やデータ解析に取り組んだ。身近な環境で観測を重ねる中で、測定条件の設定やデータのばらつきの扱いなど、ワークショップで体験した“正解のない実験”を、自分たちの探究として発展させていった。

さらに高校2年時には、スイス・ジュネーブ近郊にある欧州原子核研究機構(CERN)を訪れ、世界最先端の加速器施設において素粒子実験に参加している。地下に広がる巨大な加速器と、その中で行われる精密な測定の数々は、自らがこれまで取り組んできた実験と地続きである一方、そのスケールの違いを強く印象づけるものでもあったという。

日常の教室や部活動で行っていた測定が、世界最先端の研究へと連続している――その実感は、彼女の中で科学の位置づけを決定的に変える契機となった。その先に見据えるのは、さらに広い世界である。

「将来は、またCERNに行って研究をしたいと思っています」

ただし彼女の視野は、単に研究者としての道にとどまらない。

「田中先生の活動を見ていて、研究だけじゃなくて、いろいろな関わり方があることを知りました。例えば、絵を描くことでも関われるかもしれないし、グッズ制作のような形でも関われる。そういう可能性に気づけたのは大きかったです」

科学は一つの専門分野に閉じたものではない。関わり方は多様であり、そこに自分なりの接点を見つけることができる。松下さんの変化は、加速キッチンが単なる知識伝達の場ではないことを示している。それは、興味の芽を育て、問いを深め、やがて自分の進む道を形作っていく場である。

「科目」としての科学が、「人生」としての科学へと変わる。その転換は、こうした体験の中から静かに、しかし確実に生まれている。

6|中高生の体験が、将来を決める

加速キッチンが目指しているのは、単に「科学を理解させること」ではない。その先にある進路選択や人材育成にまで視線が向けられている。田中先生は、その点を明確に語る。

「進路選択は大学に入ってからではなく、中高生のときの体験に強く影響されます。何に興味を持ったか、どんな経験をしたかが、その後の選択につながるんです」

一般に、専門分野の選択は大学段階で行われると考えられがちだ。しかし実際には、その遥か以前――中学・高校の段階で芽生えた関心や体験が、無意識のうちに進路を方向づけている。

松下さんのように、偶然のきっかけから素粒子に興味を持ち、その後の進路意識が大きく変わる例は決して特別ではない。むしろ、そうした“初期の接触”こそが、人材形成の起点となる。

ここで扱われている放射線というテーマも、その意味で象徴的だ。

放射線は一つの学問領域に閉じた対象ではない。宇宙から降り注ぐ宇宙線の観測、雷現象の解明、がん治療における放射線医療――その応用範囲は極めて広い。

「素粒子物理と医療のように、これまで別々に見られてきた分野が、今まさに融合しつつあります。その入り口として、こうした体験は非常に重要だと考えています」

実際、近年の研究現場では、単一の専門だけでは対応できない課題が増えている。例えば、放射性医薬品の開発には、加速器技術、核物理、化学、医学といった複数分野の知見が不可欠となる。宇宙観測においても、検出器開発、データ解析、物理理論が密接に結びついている。つまり、これから求められるのは、分野を横断して考え、つなぐことのできる人材である。

しかし、そのような能力は、教科書の知識だけでは身につかない。異なる領域をまたぐ発想は、そもそも「複数の領域に触れた経験」がなければ生まれないからだ。だからこそ、加速キッチンでは、あえて早い段階で「触れる機会」を提供している。

まだ専門を決めていない中高生の段階で、放射線という横断的なテーマに出会い、自分の手で扱い、試行錯誤する。その経験が、将来の選択肢を広げる土台となる。言い換えれば、加速キッチンのワークショップで行われているのは、単なる実験ではない。未来の研究者や技術者の“起点”をつくる試みである。

そしてその起点は、決して特別な環境や才能に依存するものではない。一つの体験、一つの興味が、やがて進路を形作り、分野を越えた新たな研究へとつながっていく。その連鎖を生み出すことこそが、この加速キッチンの本質なのである。

田中香津生先生

7|科学は「ヒリヒリするもの」である

ワークショップの終盤、田中先生が参加者に向けて熱く語りかけた。

それまで、各グループはそれぞれの方法で実験を進め、バラバラの結果を持ち寄っていた。距離の取り方も、測定時間も、遮蔽の方法も統一されていない。思い通りにいかないデータに戸惑いながら、それでも考察を試みる――そんな空気が会場に満ちていた。

その中で、田中先生は静かに問いを投げる。

「距離を5センチにするのか、10センチにするのか。それを自分で決めるとき、ちょっとヒリヒリしませんか」

その瞬間、場の空気が変わる。それまで“実験をしていた”参加者たちが、図らずも、自分で選択していたこと、そしてその結果を引き受けていたことに気づくからだ。

学校の実験では、条件はあらかじめ与えられる。決められた手順をなぞれば、正しい結果にたどり着くよう設計されている。しかし、ここでは違う。どの条件を選ぶかは、自分次第。どのように測るかも、自分で決める。その選択が、そのまま結果として返ってくる。判断を誤れば、すべてが崩れる。

このとき感じるわずかな緊張――それが田中先生の言う「ヒリヒリ感」である。

だが、この感覚は決して教育の中だけのものではない。むしろ、それは最先端の科学研究において、日常的に存在しているものだ。田中先生は説明する。

宇宙に観測機器を打ち上げるとき、研究者は事前にすべてを決めなければならない。どの程度の遮蔽を施すのか。どの信号を有効とし、どこからをノイズとして切り捨てるのか。どの条件で測定を行うのか。――その一つひとつの判断が、観測結果を決定づける。

そして何より重要なのは、その判断が“やり直せない”ことである。一度打ち上げられた装置は、地上にある時のように分解して組み直すことはできない。測定条件が不適切であったとしても、後から修正することはできない。

「ミスしたら距離を変えればいい、という世界ではない。だからこそ研究者は、ヒリヒリしながら設計しているんです」

この言葉が示しているのは、単なる緊張感ではない。判断の重さそのものである。

例えば、宇宙空間では放射線のバックグラウンドは地上とは比較にならないほど強い。1秒間に数千回の信号が押し寄せる環境の中で、どの信号を「意味のあるデータ」とみなすかを決めなければならない。わずかな設計の違いが、観測できる現象そのものを左右する。

それでも、判断は打ち上げ前に下さなければならない。ここにあるのは、条件を決める自由と、その結果を引き受ける責任である。ワークショップで中高生たちが直面した状況は、規模こそ小さいが、この構造と本質的に変わらない。距離を5センチにするのか、10センチにするのか。測定時間を30秒にするのか、100秒にするのか。その選択が結果を変え、時に失敗として現れる。

ただし決定的に異なるのは、ここでは何度でもやり直せるという点だ。だからこそ、この場は安全な“練習の場”でありながら、同時に本物の科学と同じ構造を持つ。小さな装置を前にした選択が、やがて現実の研究へと連続していく。その感覚を身体で理解することが、加速キッチンのもう一つの価値である。

ここで体験された「ヒリヒリ感」は、やがてより大きな意思決定の場へとつながっていく。それは、未知を扱う科学において避けることのできない感覚であり、同時に、新しい発見が生まれる直前の感覚でもある。

8|ツールとしての放射線、その先へ

放射線は、もはや単なる研究対象ではない。

宇宙観測においては、遠方から届く微弱な信号を読み解く手段となり、医療の現場では、体内の状態を可視化し、さらには治療そのものに用いられる。環境計測においても、目に見えない変化を捉えるための重要な指標となっている。放射線とは、何か特定の分野に閉じた現象ではなく、現実世界を読み解くための“共通言語”の一つである。

そして、その言語をどのように使うかは、最終的には人間の側に委ねられている。どの現象に目を向けるのか。どの条件で測るのか。どのデータを意味あるものとして扱うのか。―― 同じツールを手にしていても、そこから何を引き出すかは、使う側の発想と問いの立て方によって決定的に変わる。だからこそ、重要なのは知識の量ではない。どのように世界を見ようとするかという姿勢そのものである。このワークショップで行われているのは、その姿勢を獲得するための最初の一歩にほかならない。

条件は与えられない。結果は揃わない。そして、失敗が避けられない。それらはすべて、欠陥ではなく本質である。条件を自分で決めること。結果のばらつきを受け止めること。失敗の意味を考えること。その一つひとつが、現実の研究現場と同じ構造を持っている。

松下さんは最後に、これから参加する学生に向けてこう語った。

「いつから始めても遅くない。関わった時間は必ず自分を成長させてくれると思います」

その言葉は、単なる励ましではない。何を知っているかではなく、どう関わるかが、その後を決めるという実感から発せられている。問いを立てること。条件を決めること。そして、その結果を引き受けること。それらを自分自身の選択として引き受けたとき、科学は初めて“与えられるもの”ではなく、“自分の行為”として立ち上がる。

放射線を測るという行為は、見えないものを理解する試みであると同時に、「自分で考えること」を引き受ける行為でもある。その入口に立つ瞬間、人は初めて科学と出会う。

放射線は“測る対象”ではない。それは、未知を探るためのツールである。そして、そのツールを使いこなすために必要なのは、知識の多寡ではなく、問いを立て、自ら考える力である。加速キッチンは、その入口を静かに、しかし確実に開いている。そこから先に進むかどうかは、いま、その扉の前に立つ一人ひとりに委ねられている。

 

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