原子力産業新聞

INSO日本代表育成の舞台裏

――選抜・育成・採点交渉のリアル

京都大学 環境安全保健機構
放射線管理部門

角山 雄一 准教授

2026.06.22

text:石井敬之

お急ぎのかたはコチラを

1分でわかるサマリー

2025年、国際原子力科学オリンピック(INSO)に初めて本格参加した日本代表は、金1、銀2、銅1という好成績を収めた。しかし、その舞台裏では、わずか20人から代表4人を選抜し、限られた期間の中で育成する試行錯誤が続いていた。京都大学の角山雄一准教授は、選抜問題の作成からDiscordを活用した育成、JAEAでの直前合宿、マレーシア大会での採点交渉までを振り返る。シンガポールなど先行国との差を実感しながらも、日本の高校生たちが示した自走力と可能性に手応えを感じたという。競技を超えた国際交流や人材育成の意義、そして継続的な支援体制構築の必要性について語った。

飯本先生との出会いからWG設立まで

角山先生:私は東京電力福島第一原子力発電所事故以降、全国20校以上を訪問して放射線入門の出前授業を行ってきました。多くは関西の学校ですが、福島の小学生への授業も体験しました。出前の場合は1回だけの授業となるのが普通ですが、ある京都の中高一貫校では、中学生から高校生まで継続的な支援を行っており、この学校の場合は中2の時に福島への研修旅行も実施されています。そのような草の根的な活動を続けていた時、飯本先生と出会いました。

飯本先生は以前よりIAEAで次世代の若手を育成する活動を展開されていました。その活動の中で、「国際原子力科学オリンピック」を開始することになったというのです。

飯本先生から「どんなものかわからないから、まずはフィリピンで開催される第1回大会を見てきてほしい」と言われ、IAEAのオブザーバーとして参加しました。帰国すると今度は、「選手の選抜と育成をやってね」との指令がくだり(笑)、第2回大会に向けて2024年12月頃から日本選手募集のための声かけを始めました。

最初はこれまでの放射線教育で知り合った高校教諭などに声をかけましたが、「加速キッチン」や「物理チャレンジ」に参加していた高校生など、優秀な生徒さんが集まってくれて、結果的に20名程度が参加してくれまして、その中から4名を選抜しました。

選手の選抜と育成のためのワーキンググループ(WG)は、京都大学から私と冨田夏希先生、近畿大学から芳原新也先生、広島大学から廣田誠子先生の4人でスタートしました。その後、現地への同行も引き受けてくださった日本原子力研究開発機構(JAEA)の佐藤大樹先生がWGに加わりました。

佐藤先生にはチームリーダーとして、私と一緒に現地(マレーシア)に帯同し、出題される問題についての各国との調整や試験後の採点調整など、実務の中核を担っていただきました。

フィリピン大会を見た第一印象は?

想像以上に「ちゃんとした国際競技」だったことです。問題作成、採点、翻訳、すべてオンラインシステムで管理されていて、数学オリンピックや物理オリンピックのような、いわゆる「国際科学オリンピック」のフォーマットがそのまま入っていました。

オブザーバーとして参加して何を確認しましたか?

競技として成立しているか、フェアネスが担保されているか、その2点です。正直、最初は“イベント的なもの”も想定していましたが、完全に競技に仕上がっていました。

IAEAが関与している意味は?

国際的な信頼性の担保です。各国が安心して参加できる枠組みになっているのは、IAEAの存在が大きいですね。

問題作成と選抜システム

角山先生:日本代表選手選考問題の作成にあたっては、飯本先生から「放射線取扱主任者の2種レベルで」との指示を受けましたが、私たちWGのメンバーは本番を想定した問題の作り方を提案しました。本番の問題は読解力が必要で、文章を根気よく読んで、ストーリーの中で計算もさせていく。ステップバイステップで答えを出していく構成になっています。

私たちは実際に、そのような問題を作成しました。選抜試験では多くの学生が苦戦し、結果的に優秀な4人が選ばれました。

ここで問題となったのが、「選抜後の育成をどうするか」でした。選抜された4人は、佐々木柚榎さん以外は放射線の専門的な経験がありませんでした。佐々木さんは「加速キッチン」に参加しており、自分で宇宙放射線を測っていましたが、他の3人は放射線測定器を見たことすらありませんでした。ですが従来の科学オリンピックのように、体系的な講義や長期合宿を行う時間的余裕はなく、限られた期間の中で、いかに効率よく準備させるかが課題となりました。

そこで私たちは、基本は自学習としつつ、「Discord」を使って常時質問を受け付ける体制を整えることにしました。過去問や参考資料を共有し、生徒たちにはまず自分で解かせる。その上で、疑問点があればその都度WGのメンバーたちが応答するという形です。

また、実験経験の不足を補うため、JAEAでの直前合宿も実施しました。研究炉の見学や実測を通じて、理論だけでは得られない実感を持たせることができました。

Discordでのやり取りはどんな感じでしたか?

ほぼリアルタイムの質問対応です。夜でも普通に質問が飛んできて、その場で答えます。なかには大学院生レベルの質問もあり、大変おどろいたのを覚えています。

一番印象に残った質問は?

田中優之介くんの「ベーテの式(Bethe formula)」に関する質問ですね。問題の先を行くような、「その先どうなるんですか」という問いが多くて、教える側が考えさせられることも多かったです。

育成で意識していたことは?

「教えすぎないこと」です。自分で考える力がある子たちなので、ヒントだけ出してあとは任せる形にしました。

採点交渉と国際的な駆け引き

角山先生:現地では、空港に着いた瞬間から生徒たちとは別行動でした。生徒たちはスマホも回収され、マレーシア国民大学(UKM)の寮に隔離されます。私たちチームリーダーは別の場所にあるホテルに缶詰めとなり、出題前の問題調整と翻訳、試験後の採点調整などに集中することになりました。

最初は、各国のチームリーダーたちと一緒に出題される問題の内容について調整を行います。問題を見て「これはおかしい」と思うことがあれば、問題を作成した主催側の科学委員会(サイエンスコミッティー)と交渉します。例えば、核医学の問題が出た時、中東のある国から「このオリンピックにふさわしくない」というクレームが出ました。しかし、アジアからの参加国は私たちも含め「いい問題だ」と反論しました。調整の結果、この問題はそのまま出題されました。

問題調整が終わると、母国語が英語ではない国は直ちに翻訳作業に入ります。第2回のシステムは第1回よりも格段に改善されており、自動翻訳機能も搭載されていました。第1回大会では夜中の2時、3時まで翻訳作業を行っていた国がありましたが、私たちの場合は日付を超えることはありませんでした。

試験後の採点交渉では、各国のチームリーダーが自国の選手の解答について、一問ずつ確認を行います。主催側と各国がそれぞれ採点を行い、その結果を突き合わせます。部分点の付け方などに差異がある場合、問題ごとに根拠を示して交渉していく仕組みです。

この過程では、単なる採点確認にとどまらず、「どこまでを正解と認めるか」をめぐる議論になることも少なくありません。

実際の交渉の場では、各国が自分の国の選手のために一点でも多く得点を確保しようと必死に主張します。例えば、佐藤先生が数学的な問題について「この解法でも成立する」と現場で計算を示し、その場で証明して得点を認めさせたこともありました。相手側が「証明できるなら加点する」と応じたため、その場で計算を展開し、最終的に得点を確保することができたのです。もう私たちも必死でしたね(笑)。

採点交渉の場の雰囲気は?

想像以上に“熱い戦い”です。出題側の担当者とは、ときには笑いを交えながらフレンドリーな雰囲気で交渉を進めることが多かったですが、交渉に使える制限時間いっぱいまで絶対に引かない戦いでした。妥協すべきところは受け入れつつ、認めさせられそうな部分については着実に主張を積み重ねていく感じでした。

実際に一番大変だったのはどの部分ですか?

どこまでを正解と認めるかの線引きです。特に途中式を見てどこまで得点をもらえるかの交渉の連続です。まれですが主催側の採点ミスもあるので、最後まで気が抜けません。

日本として一番苦労した点は?

時間です。問題ごとにテーブルを回って交渉していくので、限られた時間の中で優先順位をつけないといけない。全部は戦えません。

逆に「これは助かった」と感じた場面は?

主催側が部分点をしっかり取ってくれていたことです。こちらが主張する前に評価されているケースもあり、そこは公平性を感じました。

国ごとの違いはありましたか?

かなりあります。ある国は持ち時間を過ぎても席を立たず、はたから聞いていてそれは無理だろうと思うような交渉を最後までねばっていました。各国の事情がそのままこの交渉の場に反映されている、そんな印象でした。

模擬から「本物」へ変わった競技

角山先生:今年のマレーシア大会では、実験試験が大きく変わりました。去年のフィリピン大会では、パソコンに用意されたデータをもとに解析する、いわば“模擬実験”の形式でした。しかし今回は、実際に手を動かして実験を行う、本格的な実験試験が導入されました。

これは単なる形式変更ではありません。オリンピックとしてより理想的な形式に変わったと言っていい変化でした。

第1回大会では、どれだけ理論を理解しているか、計算力があるかが主に問われていました。しかし実験が導入されたことで、実験器具の扱い、データのばらつきへの対応、誤差の評価といった、現場に近い能力が問われるようになったのです。

本来、こうした実験試験を公平に実施するのは容易ではありません。50人以上の選手に同一条件の機材を用意する必要があり、測定誤差による選手の答えのばらつきも考慮しなければならないからです。マレーシア大会では選手全員が公平になるよう、同一の実験器具類を人数分揃えていました。

この変化は、選手の評価にも大きな影響を与えました。

例えば田部主真君は、普段から学校で実験に取り組んでいた生徒であり、この形式で本来の力を発揮することができました。机上では見えにくかった「手を動かしながら考える力」が、初めて競技として評価されたと言えます。

日本の選手にとっても、この変化は決して不利ではありません。学校によっては、日常的に実験を通じた学習が行われており、実験機材の扱いやデータの取扱いなどに一定の慣れがあります。そのため、初めての形式でありながらも、落ち着いて対応することができたのだと思います。

今回の実験試験は、INSOが単なる知識競技ではなく、「科学を実際に扱う力」を問う場へと進化しつつあることを示していました。

正直、実験試験が導入されるとは思っていましたか?

思っていませんでした。公平性の確保が難しいので、机上形式が続くと思っていました。

現場で一番驚いたことは?

本当に手を動かす実験になっていたことです。ここまでやるのか、という印象でした。

運営側はどこに一番気を使っていたと感じましたか?

機材の統一です。同じ条件で実験させないと競技として成立しないので、そこにかなり気を使っていました。

実験形式になって難しくなった点は?

採点時の誤差の扱いです。同じ実験でも結果が揺れるので、どこまで正解とするかが非常に難しいのです。誤差をどこまで認めるかについては、採点時に主催側から提示があり、これに従って採点をすることとなりました。

この変化で有利になるのはどんなタイプの生徒ですか?

実際に手を動かして考えることに慣れている生徒です。机上の計算だけでは測れない力が見えるようになりました。

view more 2/2

「日本の強みと課題」

教育システムの賜物と継続性の課題

角山先生:日本の選手たちの強みは、難題であっても自ら挑戦できるレベルの生徒が集まってくれたことです。物理でも化学でも、自分からどんどん勉強してくれる子たちでした。これは日本の教育システムの賜物だと思います。先行学習社会に関していろいろな問題を抱えているのも事実ですが、確実にこのようなタイプの子たちが、いわゆるエリート校でしっかりと育っています。

特に印象的だったのは、「教えなくても進む力」です。問題を与えれば、自分で読み解き、必要な知識を補いながら先に進んでいく。指導側が細かく手を入れなくても、自走していく力が備わっていました。

ただし、この特徴は裏を返せば、育成の仕組みが今よりも充実されることができれば、さらに上を目指せるポテンシャルがあるともいえるのではないでしょうか。今回の日本チームは、限られた時間の中での育成となりました。せっかく集まった「個の力」を、もっと引き出すことができたかもしれません。

例えばシンガポールは、選抜から育成までがかなり手厚く綿密に組み上がっていました。選手は“育てられて”大会に来ていました。

また、放射線分野特有の課題も浮き彫りになりました。今回の選手の多くは、理論や計算には非常に強い一方で、実際に測定器を扱った経験が、佐々木さん以外はみなありませんでした。これは国内の放射線に関する学習環境の問題でもあり、JAEAでの合宿によって初めて補われた部分です。

一方で、私たち大人側にはより大きな課題があります。この活動を支える人員はボランティアベースではありますが、飯本先生の尽力もあって、少しずつ充実されつつあります。ところが、この活動を支える資金面についてはずっと不安を抱えたままです。現地への旅費や参加費も含め、寄付や個人の負担に依存しているのが実情です。

他の国際科学オリンピックでは、法人化や業界支援によって安定した体制が構築されているものもあります。INSOについても同様に、教育機関、行政、産業界が一体となって支える仕組みが求められます。

今大会への挑戦結果をふまえて、この活動に理解をしてくださる方がどんどん増えていっているように思います。大変にありがたいことですが、その一方で、多角的な視点をもつ人材育成が重要だと繰り返し言われる中で、受験必須科目ではない分野での取り組みをどのように支えるかは、日本全体の課題ではないでしょうか。

指導していて「この子たちは違う」と感じた瞬間は?

説明しなくても、勝手に次のステップに進んでいるときです。普通は途中で止まるんですが、彼らは自分で調べて進んでいく。

逆にヒヤッとした場面は?

実験です。JAEAでの合宿で放射線計測などを体験してもらってはいましたが、まさか本当に実験器具を使った操作をさせる問題が出るとは思いませんでした。

JAEA合宿で変わったことは?

生徒の実体験が一種の自信につながったのではないでしょうか。実際の炉や放射線計測器類を見たことで、「現場を知っている」という感覚ができたのは大きかったです。

今回の4人は“特別”でしたか?

正直、かなり特別です。このやり方がそのまま次も通用すると良いのですが。

今のやり方で続けることは可能ですか?

資金面での支援体制については、今後続けるための大きな課題になると思います。

国際的な競争と友好関係

角山先生:シンガポールは、今回の大会において圧倒的な存在でした。第1回、第2回ともに4人全員が金メダルを獲得しており、その完成度は群を抜いています。その強さは、単に個々の能力によるものではありません。選抜から育成までが制度として整備されており、「どうすれば勝てるか」が組織として設計されているように感じました。チームリーダーも含めて、完全にオリンピック仕様のチームが出来上がっている印象でした。

特に印象的だったのは、私は常に各国のチームリーダーたちと行動を共にしていましたので、シンガポールのチームリーダーの質の高さです。彼らは年齢も若かったです。エクスカーションで訪れた研究炉を見学した際も、出てくる質問のレベルが一段違う。こういった若いリーダーたちの育成も含め、シンガポールはきっちりと行っていることを実感しました。

私は第1回大会の時に既にそのレベルの高さを見ていたため、日本選手たちが「どこまで通用するのか」は正直不安に思っていました。選抜は行ったものの、育成は十分とは言えず、ほぼ自走に任せた状態での参加だったからです。ところが、結果を見れば、当初の予想をはるかに超えるものとなりました。

一方で、こうした厳しい競争の中でも、国際大会ならではのすばらしい一面を見ることができました。

開会式では、現地のマレーシアの学生たちが日本の選手に声をかけ、写真を撮る場面が相次ぎました。親日的な空気もあり、日本チームは非常に歓迎されていました。

大会期間中、選手たちは同じ寮で寝食を共にします。また、試験の日以外はエクスカーションに出かけたりレクリエーションの時間もあります。その濃い時間の中で、選手たちは積極的に互いの交流を深めていたようです。

閉会式で再会した日本選手たちは、すでに国を越えた関係を築いていました。閉会式ではディナーが用意されていて、国ごとにテーブルが分かれていたのですが、中にはいっこうに日本のテーブルに戻らないほど、他国の選手たちと打ち解けている様子も見られました。競技だけにとどまることなく、選手たちの間に国際的なネットワークが生まれていました。

INSOは、単なる競技ではなく、各国の教育力と原子力人材育成の差がそのまま現れる場であると同時に、次世代の人材同士がつながる場でもありました。

他国の印象は?

東南アジアは核医学志向、中東は原子炉志向など、分野の関心に違いがありました。そこが出題問題の調整の際にも影響していました。

正直、シンガポールに勝てると思いましたか?

難しいと思っていました。完成度が違うので、同じ土俵で戦うにはまだ準備が足りていないという感覚でした。

日本の力が通用していると感じた場面は?

問題に対する粘り強さです。最後まで読み切って解こうとする姿勢は、他国と比べても強みだと感じました。

選手同士の交流はどんな様子でしたか?

すぐに打ち解けていました。競争の場ではありますが、終わった瞬間に普通の高校生同士に戻る。その切り替えが印象的でした。

この大会の一番の価値は何だと思いますか?

競技そのものよりも、人とつながることです。将来、同じ分野で働く可能性のある仲間と出会える場にくれるとうれしいです。

日本にとってこの経験はどう位置づけられますか?

スタートラインに立ったということだと思います。ここからいかに継続的な取り組みにしていくことができるかが問われます。

持続可能な体制の構築

角山先生:今回の取り組みは、結果として成功を収めました。しかし、その実態は決して安定したものではありませんでした。事務的な方面での支援なども含めて限られた人員で行われ、運営も多くが手弁当で支えられています。選手を海外に送り出すための費用も、寄付や個別の支援に依存しているのが現状です。

飯本先生が本当に苦労されて、人員とお金をかきあつめて組織を作りあげられました。JAEAの支援も今や欠かせないものとなっています。つまり、「今回は何とか回った」というのが、率直な実感です。

この先もずっとこのままの形で続けられるとは、私たちは考えていません。数年先もこの活動を持続できるような体制の構築が欠かせません。

本質的な課題は、支援体制の不在です。他の国際科学オリンピックがそうであるように、継続的に人材を育成するためには、教育機関だけでなく、産業界や行政も含めた支援体制が必要です。特に原子力分野においては、将来の人材確保という観点からも、こうした取り組みは個人の努力に委ねるべきものではありません。

また、今回見えたもう一つの課題は裾野の広さです。現状では、限られた層からの参加に依存しており、より多様なバックグラウンドを持つ生徒たちに機会を広げていく必要があります。地方からの参加、女子生徒の参加、そして英語での発信力――これらは今後の重要なテーマとなるでしょう。

INSOは、単なる競技ではありません。それは、原子力科学という分野に対して、若い世代がどのように向き合い、どのように世界とつながっていくのかを問う場でもあります。今回、日本はようやくそのスタートラインに立ちました。この機会を一過性のものにするのか、それとも次の世代につなげていくのか――それは、これからの私たち次第だと思います。

今回の取り組みは、このまま続けられますか?

正直、このままでは難しいです。今回成立したのは、飯本先生の幅広い人脈と、この活動に理解してくださった先生方と個別の支援に支えられた結果です。

今、一番足りないものは何ですか?

持続可能な支援体制、とくに資金面での継続性です。専門家を含め、この活動を理解し支援してくださる人は増えていますが、それを支える体制が不十分です。

この活動は誰が支えるべきだと思いますか?

教育関係者だけでなく、産業界も含めて社会全体で支えるべきだと思います。原子力分野の人材育成は共通の課題なので。

今後、日本はどうなるべきですか?

単発で終わるのではなく、継続的に人材を送り出す国になるべきです。

INSOの本当の価値は何ですか?

競技ではなく、次の世代が世界とつながることです。

「それでも、やる価値はあります。世界とつながる経験は、確実に彼らの中に残るので」

角山先生:今回の取り組みは、制度として整備されたものではなく、限られた人員と手弁当の努力によって、ようやく実現したものでした。選手たちは世界と対等に戦える力を持っていましたが、それを支える体制は、まだ十分とは言えません。

それでも、日本は初めてその舞台に立つことができました。そして見えてきたのは、日本の教育の強さです。一方で、大きな課題も見えました。

INSOは単なる競技ではありません。原子力科学という分野において、若い世代が世界とつながり、将来の選択肢を広げるための入り口です。その価値は、結果以上に大きいと感じています。だからこそ、この取り組みを一過性で終わらせるわけにはいかないと思っています。

次に必要なのは、「個人の努力」から「社会の仕組み」へと移行することです。教育、産業、行政――それぞれがどう支えるのかが問われています。

10年後、INSOが当たり前の選択肢となり、数百名、数千名の若者が国内選抜に参加しているかどうか。その分岐点は、まさに今にあると感じています。

高校生の皆さんへ:

最初から原子力科学に興味がある必要はありません。この分野は発電だけでなく、医療、農業、宇宙開発など、生活の様々な分野に関わっています。まずは広く見て、その中で面白いと思えたら挑戦してみてください。INSOは、そのきっかけになる場だと思っています。みなさんの可能性は無限大です。

教育者の皆さんへ:

INSOは教育と社会をつなぐ重要な存在です。多角的な視点をもち、国際性豊かな人材を育む絶好の機会となります。ぜひINSOの取り組みを理解し、支援してください。

産業界の皆さんへ:

原子力科学分野の人材育成は業界全体の課題です。優秀な人材の確保は業界の発展につながります。ぜひINSOの取り組みを支援し、次世代の人材育成にご協力ください。

cooperation