原子力産業新聞

協力企業が語る
再稼働の現場

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14年ぶりの再稼働を支えた現場では、どんな工夫があり、どんな課題が見えてきたのか。

建屋・土木工事を担った鹿島建設、安全対策設備の設置や機電工事を手がけた東芝、発電所に常駐しながら設備の維持・運転を支えた東北発電工業。11年にわたる安全対策工事を支えた協力企業3社に話を聞いた。

2026.08.28

text:佐藤敦子

難工事を支えた「事前検証」

鹿島建設でのインタビュー。当時の現場について、率直な声を聞かせてくれた(鹿島建設)

防潮堤の嵩上げや原子炉建屋の補強、膨大な安全対策設備の設置―。安全対策工事は、既設プラントへの後付け工事が中心となる前例のない大規模改修だった。

東芝と鹿島建設が共通して挙げたのが、モックアップによる事前検証の効果だ。

東芝が担ったサプレッションチェンバー(圧力抑制室)の耐震補強工事は、当初「最大の難関」と目されていた。既設の巨大なタンクに約4000個の補強材を取り付ける前例のない工事で、工期の短縮も求められた。工場内に直径約10メートルの実物大模型を設置し、試作した部材を実際に取り付けながら施工方法を検証した。

製作された実物大模型。直径約10メートルのサプレッションチェンバー断面を再現した
(東芝提供)

「作業員が本番と全く同じ手順で練習していたので、現場では大きなトラブルなく、工程を止めることなく進めることができました」(東芝女川事務所長・長谷川氏)

鹿島建設の屋根トラス補強工事でも、使用済み燃料プール直上での作業に備え、石巻市内に借りた敷地で実物大のモックアップを製作した。落下物が一切許されない環境での工事だったためだ。2スパン分(16.4メートル×12.6メートル×4.8メートル)の規模で製作し、本番さながらの環境で施工方法を検証した。

屋根トラス補強工事のモックアップ(鹿島建設提供)

「鉄骨から何から同じように再現し、補強材が確実に溶接できるかを事前に確認した。モックアップで得た経験が本番で生きた。東北電力さんがやろうと言ってくれたことが、工事の質と安全につながった」(鹿島建設女川建築工事事務所長・熊谷氏)

コストも時間もかかる。それでも振り返れば、「やってよかった」というのが両社に共通する認識だった。

見えてきた「調整」の課題

安全対策工事では、多くの企業や作業員が同時に現場へ入った。その中で現場担当者たちが実感したのが、調整業務の難しさだ。
東芝女川事務所長の長谷川氏はこう振り返る。

東芝 女川原子力作業所長 長谷川健氏

「以前であれば東芝と鹿島のような2、3社で調整しておけばよかったところを、元請6社のように分割発注する現場もあった。関係者が集まらないと決められないことも増え、調整の手間はかなり大きかった」

東北発電工業でタービン設備の保守を長年担当し、再稼働工事のピーク時には工事管理も担った勝又氏も、現場で感じた課題は長谷川氏と共通していた。

東北発電工業 勝又茂樹氏

「設備ごとに担当会社が違うので、同じ場所を使おうとすると、お互いに干渉してしまうことがある。設計をやり直したり、一度取り付けたサポートをやり直したりする場面もあった。施工が分かれるのはいいが、設計段階での調整はもっと効率化できる余地がある」

また、こうした調整業務を効率化する手段として、デジタルデータの活用にも期待を寄せる

「現場と同じものが図面上に再現されていれば、どの会社がどこを施工するかが事前に見えるようになる。調整もしやすくなると思う」(長谷川氏)

建設時の詳細なCADデータが残る東通原子力発電所では、データを生かすことで設備の干渉確認や役割分担の調整も進めやすくなるのではないかとみている。

安全対策工事後の定検

新しい安全設備が増えたことで、発電所の日常も変わった。
現場に常駐する東北発電工業の勝又氏は、再稼働後最初の定期事業検査(定事検)を経て感じた変化をこう語る。

「ルールが変わったことはもちろんですが、新しい設備が増えてエリアが狭くなった。機器を点検するための付帯工事も増えた。例えばモーターを取り外す場合でも、上にある機器や配管を先に外してからでないと作業ができないようなケースがある」

また、竜巻防護ネットの設置により、これまで原子炉停止前に始められた足場の準備が、停止後でないとできなくなった。

「定事検に入ってからネットを撤去するので、3日ほど必要になる」

人と技術をつなぐ

14年に及んだ停止期間は、人材や技術の継承にも影響を及ぼした。

「レジェンドと呼ばれる人たちが65歳を超えて退職している。現場には経験でしか身につかない技術がある。音や振動から設備の状態を判断するような感覚は、言葉にも文章にもならない」(長谷川氏)

タービン設備のメンテナンスに30年以上携わってきた勝又氏も、同じ実感を持つ。

「『聴診棒』という鉄の棒でタービンの音を聞いて判断するんです。『ゴロゴロしているな』『グリスが切れているな』とか。そういう感覚的な部分は、結局経験してもらうしかない。私自身、自信を持てるようになるまで10年かかりました」

再稼働前のタービン組立作業(東北発電工業提供)

BWRではタービン設備にも放射線管理が必要となるため、対応できる企業は限られる。勝又氏によると、タービンの除染を担っていた会社が解散しており、今回の定事検では過去の社員を個人で集めて対応したという。

「人のやりくりというか、取り合いにはなるだろうなというところはある。今後定事検で、どこまで対応できるかという話になってくると思う」(勝又氏)

人材確保の難しさは工種を問わない。鹿島建設で建築を担当する櫻井氏は「こういう工事に若い建築技術者はなかなか来たがらない。原子力は一般建築に比べて華やかじゃないから、というのが正直なところ」と話し、鹿島建設で土木を担当する田村氏も「現場で働く人たちの平均年齢はやはり高い。外国人労働者にも来てもらっているが、放射線管理区域の工事にどこまで対応できるかという議論は、これから必ず出てくる」と指摘する。

鹿島建設 田村廣丈氏

変化の兆しもある。長年定事検を担ってきた東芝の協力会社では、HCU(油圧制御ユニット)の点検や原子炉の蓋の操作といった重要な作業で、ベテランが担っていた班長役を若手に任せ、ベテランが後方から支える形で臨んだ。

「後継者を育ててくださいよ、とずっとお願いしてきた。今回、本当に若い人を班長にしてくれた。予定時間は少しオーバーしたが、新しい人もしっかりやれていた。世代交代も少しずつ進んでいると思う」(長谷川氏)

「これ以上(再稼働が)遅かったら、人的な確保が難しくなっていたと思います。震災前は東通も含めて年間4基ほど定事検をやっていたので、人も自然と育っていた。協力会社も、閑散期にどうつないでいくかというところもありますからね」(勝又氏)

1991年から延べ20年以上にわたって女川に関わってきた鹿島建設の櫻井氏は、再稼働をこう振り返る。

鹿島建設 櫻井一雄氏

「復興の象徴になるとも言われていたので。震災直後は、復興工事の妨げにならないよう限られたコンクリート資材の中で工事を進めていました。やっとの思いで実現できたという気持ちはあります。少しは貢献できたのかなと思いますね」

ブランクを経ての試行錯誤は、再稼働のその後も続いている。

主な取材協力者(敬称略)

  • 東芝

    長谷川 健

    女川原子力作業所長。2021年に女川赴任。安全対策工事のピーク時を統括した。

  • 東北発電工業

    勝又 茂樹

    工事部工事管理課長。女川町出身。1991年同社入社。30年以上にわたり女川原子力発電所のタービン設備の保守に従事。

  • 鹿島建設

    田村 廣丈

    女川原子力発電所土木工事事務所長。2012年に女川赴任。防潮堤のかさ上げをはじめとする土木工事を担当。

  • 鹿島建設

    櫻井 一雄

    女川原子力発電所建築工事事務所長。1991年女川赴任。2号機・3号機建設から安全対策工事まで、延べ20年以上にわたり女川の現場を見続けてきた。

  • 鹿島建設

    熊谷 修

    女川原子力発電所構内建築工事事務所長。2008年女川赴任。屋根トラス補強工事等を担当した。

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