「組合員みんな、安心したんじゃないかと思います」
女川商工事業協同組合の小野寺武則理事長は、再稼働時をそう振り返る。
2026.09.03
事業承継と向き合う地域企業
「せっかく建設してあるものが動かないということは、町にとっても、この周りにとってもマイナスじゃないかと思っていた」
町で四代続くお茶屋を営む小野寺さんが組合の理事長に就いたのは2022年4月。ちょうど再稼働に向けた安全対策工事がピークを迎えていた頃だ。
同組合は、「女川方式」と呼ばれる地域調達の仕組みを担っている。最盛期には約300の事業者が加盟していたが、現在は約90社と、約3分の1に減少した。背景には東日本大震災の影響が大きく、その後のコロナ禍も重なった。近年は高齢化や後継者不足が課題となっており、廃業理由も経営難より事業承継の問題によるものが多いという。
その深刻さは、小野寺さん自身の商売にも影を落とす。長年付き合ってきた取引先の茶師—お茶をブレンドする職人—が今年、廃業を決めた。「規模は小さいけれど、本当にいいお茶を作ってくれていたんですよ。ショックでした」と小野寺さんは言う。組合員の減少により、東北電力の要望に応えきれないケースも出始めているという。
組合の規模が縮小する中でも、小野寺さんは新たな仕事の掘り起こしに取り組んでいる。理事の中に三役会を設けて意見交換の機会を増やし、東北電力への提案活動も積極的に行うようになった。
「ゼネコンさんでやっていた空調や駐車場の整備も、うちでできますと提案するようになりました」
今年度の組合全体の売上目標は達成の見込みだという。組合員の減少という課題を抱えながらも、受け身ではなく自ら仕事をつくり出そうとする姿勢がそこにある。
東北電力の諸井所長からは、「発電所と組合は車の両輪」と声をかけられたこともある。「私たちのほうがむしろお世話になっているのに。褒めすぎじゃないかと思いましたよ」。そう笑いながらも、小野寺さんは素直にうれしかったと振り返る。そして、本当にそう言ってもらえる関係であり続けられるよう、これからも頑張りたいと語った。
東日本大震災後は復興工事、その後は再稼働に向けた安全対策工事と、町には長く工事需要が続いてきた。再稼働後は仕事が減ることも予想されたが、「思っていたよりは落ちなかった」と小野寺さんは振り返る。そして、こう続けた。
「ここがないと事業継続できなかった、という業者は聞いていない。案外、発電所だけに頼っているわけじゃないんです」
経済効果だけではない発電所の存在
一方、町全体の視点から見ると、違った課題も見えてくる。東日本大震災後、2012年に東北電力社員として女川原子力発電所に赴任し、現在は女川町商工会に出向して8年目を迎える磯部哲也さんは、まちづくり推進役として町のPRやブランディングに取り組んでいる。
工事最盛期には多くの作業員が女川を訪れたが、宿泊施設や飲食店の受け皿が十分ではなく、石巻市に滞在するケースも少なくなかったと磯部さんは振り返る。「もっと女川にお金を落としてくれてもいいよね、という話はあったと思います」。復興が進む一方で、大規模工事による需要を受け止めるだけの環境整備は十分に追いついていなかった。
それでも、発電所の存在意義は経済だけにとどまらないと磯部さんは言う。「人の交流という意味でのメリットは多分にある」。発電所や工事を通じて女川に関わった人たちが町のファンになり、離れた後も気にかけ続ける。そうした関係の積み重ねもまた、地域を支える力になっている。
磯部さん自身も、その一人だ。女川の人たちと関わるうちに「ここの人たちと一緒に何かやったら面白いだろうな」と思うようになり、気がつけば14年にわたり女川と関わってきた。
再稼働の日、磯部さんは商工会にいた。「まさか自分が再稼働の瞬間まで町にいるとは思っていなかった。うれしかったですね」。「これで女川としてまず一段落。次のステップに行けるよね、というところはありました」
発電所が動いていること。それは、この町にとって当たり前だった日常の一つが戻ってきたということなのかもしれない。
※所属・役職は5月取材時のものです












