原子力産業新聞

原子力教育の裾野広げる ANECが築く「新たな学びの形」

原子力を学ぶ若者の意識が変わり始めている。脱炭素やエネルギー安全保障への関心が高まるなか、大学の専門教育にとどまらず、中学校や高校、企業、自治体など幅広い分野へ教材を通じて学びの場を広げているのが、未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム(ANEC)だ。オープン教材の整備、実験・実習、社会との対話を重視した人材育成は、原子力教育にどのような変化をもたらしているのか。

ANEC北海道拠点を担う北海道大学の小崎完教授(工学系教育研究センター長・原子力安全先端研究・教育センター長)に、これまでの成果や学生の意識の変化、今後の展望を聞いた。あわせて中島宏特任教授(原子力安全先端研究・教育センター・副センター長)にも、社会との対話を重視した教育の意義について話を聞いた。

  • 工学系教育研究センター長 原子力安全先端研究・教育センター長

    小崎 完 教授

  • 原子力安全先端研究・ 教育センター 副センター長

    中島 宏 特任教授

2026.08.24

text:大野 薫

(右)小崎教授、(左)中島特任教授

オープン教材で裾野を拡大

Q1 ANEC(未来社会に向けた先進的原子力教育コンソーシアム)は令和3年度からスタートしました。これまでを振り返り、最大の成果は何でしょうか?

正確に言うと、令和2年度の試行・検証期間を経て、令和3年度から本格的に活動を始めました。北海道大学として特に力を入れてきたのは教材作りです。インターネット上で誰でも、いつでも、どこでも使えるオープン教材を整備してきました。

3月末時点で、公開教材は235件、収録済み教材は326件まで増えています。ここまで教材をそろえ、多くの方に使っていただける環境をつくれたことは、大きな成果だったと思います。

教材はユーザー登録なしで自由に利用できるため、参加大学に限らず、多くの大学で活用されています。民間企業や研究機関、地方自治体など、幅広い分野の方々にも利用いただいています。

Q2 当初の想定を超える成果はありましたか?

最初は、大学生や高専生、高校教員を主な対象に考えていました。ところが活動を進めるうちに、初等中等教育の分野にも広がっていきました。例えば、中学校理科のモデル授業や、エネルギー・環境教育、倫理的課題を取り上げた教材を作成し、一般公開しています。

これらの教材は、中学生だけでなく、教育大学の学生や中学校教員にも使っていただける内容です。さらに、大矢恭久先生(静岡大学学術院 理学領域 准教授)が進める教育大学生向けの人材育成ともつながることができました。結果として、当初想定していた対象を大きく超える活動になったと感じています。

学生の意識に変化

Q3 最近の大学生は原子力をどのように見ていますか?

今の大学生は、福島第一原子力発電所事故が起きた当時、まだ6~7歳くらいでした。事故の記憶がほとんどない世代になってきています。事故から15年が経ち、原子力に対して大きな心理的バリアーを感じている学生は、以前ほど多くないように思います。

むしろ最近は、地球温暖化やパリ協定、エネルギー・セキュリティといった課題に強い関心を持つ学生が増えています。原子力や核融合についても、「もっと学びたい」「将来の進路として考えたい」という学生が着実に増えている実感があります。

Q4 北海道大学では原子力関係の学生数に変化はありますか?

北海道大学では、原子力分野へ進学する学生の受入枠は約40名で、学生数自体は大きく変わっていません。以前は「原子工学科」という名称でしたが、現在は「機械知能工学科」の名称に変わっています。ただ、実質的な受入規模は維持していますし、研究室名には今も「原子力」が付いているところがあります。

今年度からは、機械知能工学科の中に、新たに「量子エネルギー医工学コース」を設け、医療や量子技術など、新しい分野との連携も進めています。北海道大学は陽子線治療によるがん治療にも力を入れていて、その分野で活躍するエンジニアの育成にも取り組んでいます。もちろん学生は、医療分野だけでなく、原子力や核融合など幅広い分野へ進むことができます。

女子学生は現在1割未満ですが、以前はほぼゼロでした。北海道大学工学部では女子学生の増加をめざし、企業とのタイアップなど、高校生向けの取組みも積極的に進めています。

社会と向き合う原子力人材

Q5 原子力を学ぶ学生には、社会との向き合い方も大切だと思います。社会リテラシーという意味では、どのような力が必要でしょうか?

これは難しい質問ですね。座学だけではなく、実際に現場を見て、いろいろな立場の人とコミュニケーションを取ることが大切だと思います。その意味では、実験・実習やディスカッションを重視した教育をしっかり受けて、学生の皆さんには幅広い視野を身に付けて成長してほしいですね。

オンライン教材で基礎を学んだうえで実習に参加する仕組みを取り入れていますが、実習には原子力分野以外の学生も多く参加しています。経済学部などの文系の学生や医学部の学生もいます。そうした顔ぶれを見ると、原子力の裾野の広さ、つまり、原子力がさまざまな学問の集大成であることを改めて感じます。

Q6 原子力産業界では人材確保が課題となっていますが、大学としてどのような危機感を持っていますか?

これまでは、原子力を専攻しても原子力分野へ進まない学生がかなりいました。原子力は総合工学ですから、原子力分野以外でも活躍できる場所はたくさんあります。ただ最近は、社会情勢の変化もあって、「原子力分野で活躍したい」と考える学生が増えてきています。そういう学生をしっかり育て、原子力分野で活躍してもらえるようにすることが、大学の役割だと思っています。

一方で、大学に幅広い学生を迎えるためには、初等中等教育の段階から理工系の学問の魅力、さらには原子力の魅力をもっと伝えていく必要があります。その意味で、大矢先生の初等中等教育の取組みやオープン教材を活用した教材づくりなど、裾野を広げる活動はこれからますます重要になると思います。

ANECの次なる展開

Q7 ANECは令和8年度で一つの区切りを迎えます。今後に期待することをお聞かせ下さい

これまで築いてきたネットワークは、ぜひ続け、さらに発展させてほしいですね。加えて、これまで蓄積してきた教材は大きな財産です。これからは、それらをどう有効に活用していくかが大事になります。

これまでは教材を一つひとつ地道に蓄積してきました。これからは、それらを積極的に展開し、多くの人に使ってもらう段階に入ります。そうした新たな活動へ広がっていくことを期待しています。

Q8 最後に、これから原子力を学びたいと思っている学生や、現在学んでいる学生の皆さんにメッセージをお願いします

私は、将来の持続可能な社会を実現するうえで、原子力エネルギーは非常に重要だと信じています。だからこそ、未来の社会に貢献したいという若い人たちに、ぜひこの分野へ入ってきてほしい。カーボンフリーとエネルギーの安定供給を両立する社会の実現に、ぜひ一緒に挑戦してほしいと思います。

コラム

多様な視点が原子力人材育成の鍵

ANECでは、専門知識の習得だけでなく、社会との対話や科学リテラシーなど、多様な視点を取り入れた教育も重視している。こうした考え方のもと、今回、日本原子力産業協会(JAIF)が協力した「原子力と科学リテラシー」をテーマとする講義もオンライン教材として収録された。

小崎教授は、「専門家だけでなく、一般社会やマスメディアなど、さまざまな視点から議論し、学ぶことが必要」と説明。「原子力分野にいる人だけが話しても学生には響かない。外部の方が客観的に話してくださると、学生には沁みる」と、幅広い視点を取り入れることの重要性を強調した。

中島特任教授は、従来不足していた社会科学的な視点を補う教材として意義を指摘。大矢准教授も、「分かるまで調べる」という探究活動の考え方は、学校教員や教育学部の学生が授業づくりを考える上でも参考になると評価した。

収録映像を確認する関係者ら。写真中央の立っている男性は大矢静岡大学准教授

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