原子力産業新聞

2026.01.05

text:石井敬之

お急ぎのかたはコチラを

1分でわかるサマリー

大阪府議会議員・広野瑞穂氏は、理系嫌いだった自身が中村秀仁助教の授業で目覚めた経験から、Nプロジェクトを「入り口を変える教育」と評価し、支援している。そして日本における人材不足は、非正規雇用の拡大やサプライチェーンの崩壊など構造的な問題であり、「理系を増やそう」ではなく「なぜ学ぶのか」という入り口を変える必要があるのでは、と指摘する

広野氏は同時に、Nプロで目覚める子どもが「1000人に1人でもいい」とし、知識は人生の選択肢を増やすと語る。そして行政の役割は、Nプロの「足を引っ張らない」環境づくりなのだ。

教育プロジェクトを語る場に、なぜ大阪府議会議員が登場するのか――。Nプロジェクトを追ってきた中で、広野瑞穂・大阪府議会議員(大阪維新の会・政調会長代行)の存在は、単なる「応援議員」という枠を明らかに超えていた。

広野氏は、Nプロジェクトを「若者のための教育活動」としてではなく、日本社会が抱える人材育成の構造的課題に正面から向き合う“入り口の改革”として捉えている。

「正直、勉強が好きではなかった」――原体験から語られる教育観

広野氏と中村助教は、大阪高等学校の先輩・後輩の関係にある。 両者は岩本校長(当時)の引き合いで出会ったというが、最初は広野氏も半信半疑だったという。

もう僕は完全理系大嫌い人間です。数式であれ元素記号であれ、無理やり覚えなあかんっていう意識があって、やっぱりちょっとアレルギー反応を示すんですよ。

ぶっちゃけると中村さんの話を聞いても、「いやいや、そんな理系苦手なやつ、何やったって無理やろ」って思いながら最初は聞いてたんですよね。

広野氏がNプロの凄みを実感したのは、大阪高校での出前授業の時だった。

いつだったかな、大阪高校で、僕が出前授業をやらせてもらったんですよね。府議会の広報委員会が各学校を訪問し、「主権者教育」を実施するわけです。当時僕が、広報委員会の委員長やったこともあって。

それまで大阪高校の子って、僕のイメージでは探究心がゼロで、どちらかっていうと授業始まってもすぐ寝ちゃうとか、何か違うことをやるとか、そういうイメージやったんですけれども、僕が出前授業をやったところ、もうメチャクチャ質問攻めだったんですよ。質問内容のレベルが高い低いは別として、とにかく質問攻めだったんです。これはすごい、と驚いきました。

中村さんがやってる取り組みが、子供たちを変え始めてたんです。子どもたちにとってすごくいいきっかけを与えることをやってはるなぁと、心から思いました。

そして広野氏は、中村助教の授業を実際に見学することになる。

見に行った時に、ちょうど虹の話をして、紫外線、赤外線の話をしとって。あの話を聞いてた時に、もう僕なんかええ歳したおっさんなのに、心にストンと落ちるわけですよ。

赤外だ、紫外だ、そんなこと考えたこともなかったですし。でもそれで、「あ、そうか、そういう構造になってんだ」と。こういう入りで、その物事の入り口を開けてもらえたならば、すごく入りやすいやろうなぁと。

こういう入り方されたら、多分全然違う興味の持ち方ができたかなぁと思い始めたんですね。やっぱり教科書見て、単に「赤外線とは」って書かれても、その文字見てるだけなんで、あんまりピンと来ない中で、中村さんの取り組みっていうのは、なるほどなぁと思ったんですよ。

単なる縁ではなく、「学びに対する違和感」を共有する者同士としての共鳴が、Nプロへの関与を深めた。

万博の炎天下で見た「本気の高校生」

広野氏がNプロの現場を強く意識するようになったきっかけの一つが、真夏の万博会場での体験である。

正直、あの暑さの中で高校生がここまでやるのかと驚いた。誰かに言われて立っている姿ではなかった。

来場者に対して科学やエネルギーの話題を投げかけ、時には厳しい質問にも正面から向き合う高校生たちの姿に、広野氏は「やらされ感」を一切感じなかったという。

あんなはっきり言って、僕がいた頃からもうとてもとても想像できないし、そんなに学力レベルが高い学校ではないのに、あれだけ自分から自己アピールがちゃんとできるっていうのは、それはね、ちょっと素晴らしいなと思って。

何人かの子どもたちと喋ってみたんですが、やっぱり前向きですよね。すごく。やっぱり自分が関わろうとしているから。なかなか昨今、そこまで積極性を前に出せるものじゃないですよ。

ましてや大阪高校は学力のこともありますから、どっちかって言ったらちょっと劣等感というか、ちょっと一歩下がるんですよ。だって自分の言ってることが間違えてたらどうしようとか、違うことを言ってたり、嘘を言ってたらどうしようとか、そこを考えちゃうんで。

でも、ちゃんと下調べするっていうことができているからだと思うんですけども、ちゃんと胸を張って。言ってる内容が深いか浅いかなんていうことは、実は僕はどうでもいいと思っています、そんなことよりも、前に一歩を踏み出せるように、そのきっかけがあるっていうのはすごく、いいなぁと思っているんで。

人材育成を阻んできた「日本の構造」

広野氏の話は、やがて日本全体の構造問題へと広がっていく。

日本は長い間、製造業で世界をリードしてきました。ですがその成功体験が逆に、人材育成のアップデートを遅らせてきた面もあります。

広野氏は、製造業における非正規雇用の拡大が、人材不足の根本原因の一つだと指摘する。

経営側が、正規雇用をすることのリスクを見始めてしまっていて、非正規雇用の方が増えたことがありました。特に僕が大阪で自動車業界のサラリーマンをしていた時とか、僕の担当先のエンドユーザーさんが一時期、設計分野まで派遣社員でまかない始めたんですよね。

車の設計って本当にキモの部分なんですけれど、やっぱり年中設計をするわけじゃないんですよね。そうすると設計として何十人も雇用し続けてももったいないっていう感覚になって、設計を非正規でまかない始めたんです。

現場の人たちは、いや、このやり方では本当にタマランということをすごく嘆いておられましたけども、経営陣はそれでいいという考え方でした。そういうことが長年積み重なってきて、正規雇用の窓口をどんどん狭めてしまって、製造業自体が、必要な時だけに雇用するっていう非正規対応がメインになってしまって、結果的には製造業に人がいかなくなってしまった。

今まで設計とかを学んだ理系人材が、設計の方面で就職できると思っていた人たちが、理系に行っても先に何があんねんっていう。ここ30年ぐらいの間に、そういう流れが出来上がってしまった結果がやっぱり今日なんじゃないかなと思います。でも、世界中で同時に人材が足りなくなっている今、「人材が足りなくなったらどこかから連れてくればいい」というこれまでの発想は通用しない。

広野氏が現代の人材不足の象徴的な例として挙げたのが、「自動車産業のサプライチェーン」だ。

車一台を構成する部品点数は、3万点ほどだという。その3万点の部品を、何層もの企業が支えている。完成車メーカーだけでなく、部品メーカー、素材メーカー、物流やITまで、すべてがつながった「一大巨大な製造業」が、日本中に広がっている。

車っていうのは進化します。何が一番進化するか? それは軽量化です。一部品が例えばコンマ1g軽くできたら、3万点あるんで30キロぐらい軽くなる。それって燃費の向上につながるんです。

常に改良を重ね、技術革新を続けてきた自動車産業。しかし自動車産業の変革が、サプライチェーン全体を揺るがしている。

EV車だと部品点数は1万点あるかないかっていうレベル。2万点分ぐらいの部品に携わってきた会社は、この先、仕事がジリ貧になっていくっていうことですね。やっぱりできればEVではなく水素系に行ってほしいと思っているでしょうね。水素はエンジンがレシプロ構造なんで、今のエンジンとほぼ一緒なので。

車のサプライチェーンを例にしたこの議論は、エネルギー分野や教育現場にもそのまま重なる。ある専門家だけが突出していても、それを支える技術職、マネジメント、コミュニケーション人材がいなければ、社会全体としての「機能」は立ち上がらない。

広野氏は、Nプロの価値を「この空気を、入り口から変えられる可能性」に見いだしている。

人材不足の話をすると、すぐに「理系を増やそう」「技術者を増やそう」という議論になる。もちろんそれも大事だが、その前に「なぜ勉強するのか」「社会とどうつながるのか」を考える入り口が必要です。

Nプロで高校生が体験しているのは、知識を一方的に教え込まれる授業ではなく、「自分が理解したことを、自分の言葉で誰かに伝え、相手の反応を受け止める」という循環だ。

一人ひとりは小さな歯車かもしれないが、その歯車がどうつながっていくかを想像できるかどうかで、学びへの納得感がまったく変わってくる。

広野氏は、こうした「つながりの感覚」を若いうちに獲得することこそ、将来の人材不足を和らげるための、最も地道で確実な投資だと強調する。

ディベート力とは、民主主義の基礎体力である

学校現場では、「Nプロに参加している高校生がディベート力が上がっていて、それはすごい価値がある」という声が聞かれる。この点について広野氏は、政治家ならではの視点を示した。

ディベート力というと、話が上手いかどうかだと思われがちだが、それは違う。相手の意見を聞き、自分の考えを整理し、合意点を探る力だ。政治の現場でも同じ。声の大きさではなく、どれだけ相手の話を聞き、考えを積み重ねられるか。Nプロで育っているのは、そこだと思う。

と、肚から響く力強い声で、広野氏は指摘する(笑)

行政は「口出し」ではなく「場づくり」に徹すべき

では、政治や行政は、こうした教育活動にどう関わるべきなのか。

答えを与えに行ってはいけない。行政がやるべきは、挑戦できる「場」を守り、広げることだ。

過度な制度化や成果主義は、かえって若者の自由な発想を奪う。

Nプロの良さは、失敗してもやり直せるところにある。そこを壊してはいけない。

広野氏は、教育制度の限界にも言及する。

本当は文科省がね、こういうやり方をってなってくるのが一番いいんでしょうけど、まあなかなかそう簡単にはいかないでしょうし。

学校の先生自体も、やっぱり柔軟な先生ばかりでもないので、こういう中村さんのようなやり方をすると、それにハレーションが生まれるんで、アレルギー反応を示す先生ってのは多分相当いてると思うんで。

やっぱりしんどいと思うんですよ。教師として、教職者としてこのやり方したら、多分今の学校の先生はこんな毎回やってられるかってなると思いますね。

中村さんは常に入り口を考えて、どう入り口を開けてあげるのが、その子どもたち全員に興味を持たすかということを考えながらやっていくことをしてはるから、それは現場はめちゃくちゃイヤやろうなと思います。

ただこれがお役所仕事にすると、学習指導要領に書くと変なことになりますから、これは文字にしたら多分無理だろうなと思うんで。

広野氏は、校長先生の役割の重要性も指摘する。

学校はやっぱり校長先生がキーポイントで、校長先生がどれだけ賛同してくれるかってすごく大きいんですよ。

大阪という都市とNプロの親和性

広野氏は、大阪という都市の特性にも触れる。

バイタリティは関西の人っていうのはめちゃくちゃあると思うんですよね。
エネルギッシュなんで、それからお笑い文化がそこに本当に影響してくれているのかもしれません。

人より一歩前に出るっていうことは、関西人というのは、おそらく日本国内の中では一番長けている人たちが集まっているエリアなのかなと思うんですよね。

それが日本国内だけの内弁慶じゃない環境が、もっとできたらいいのかなと思いますね。

Nプロで高校生が小学生に教える場面について、広野氏はこう語る。

それは多分ね、教えられてる小学生の子供よりも、教えている高校生の子の方が成長している。実は。

人にものを教えるって、やっぱり自分が理解度が低いとうまく教えられないので、そういう場もちゃんと作るってわけでしょ。大事ですね、それは。

「1000人に1人でいい」――それでも未来は変わる

Nプロが目指すものは、全員を科学者にすることではない。

変な話、1000人の子どもと喋って、1人か2人目線変わったらもう十分やと思います。大きいと思います。

1人の子供の意識改革をするきっかけを中村さんが作ってあげているとしたら、もうそれで十分成果あるんですよ。教育ってそういうものですよね。それを1000人全員を同時にってやるから無理がいくんで、本来はまあ最低限の情報としては提供したらいいと思います。

その中で1人、中村さんのやってくれたことでヒントを得て、自己改革ができたなと。大切なのは、選択肢を見せること。「こんな生き方もある」と知るだけで、人は変わるんです。

Nプロは、その「入り口」を確実に広げている。

知識は人生の選択肢を増やす

広野氏は、自身の経験から、学ぶことの意味を語る。

自分がまず学ぶことに背を向けて生きてきて、でも大人になってきた時に、もっと勉強しときゃよかったなって、これ正直やっぱ思うんですよね。

広野氏は、高校時代の自分をこう振り返る。

本当に教科書開くの嫌やった。今やから言えますけど、高校2年生ぐらいから学校に持っていかないですもん、教科書。重たいから。だからカバンの中に入ってたの何やって言ったら、弁当だけですよ(笑)

でも知識はないより、あるに越したことないです。それをひけびらかすようなことはせんでいいと思うんですけども、知識と情報は絶対あった方がいい。なんでかって、自分が生きる上での選択肢が増えるんですよ。

知識がないと選択肢がもう一択になっちゃうんですよ。これしかないとか。
せいぜい二択ぐらいです。でもある程度知識があるとそれが三択になったり四択になったりして、まあそれを「迷う」っていう人もいるけど(笑)

しかし、自分の人生を自分で切り広げるきっかけ、チャンスがそこにいっぱいあるので、可能性を秘めていくんですね。

広野氏自身、高校を出て一度社会に出た後、大学に進学し直した経験がある。その選択が、人生の幅を広げた。

自分の人生が広がったんですよね。選択肢が広がるということですね。そういう社会を大人の僕らはやっぱり作ってて、その広がるんだよっていうきっかけをちゃんと教えてるっていうのはすごいなと。

応援する理由

広野府議会議員がNプロを応援する理由は、政党の立場でも、人気取りでもない。

現に僕はやっぱりね、大阪高校の子どもたちの生き生きしてる姿を見てますし、もちろん全ての子どもがあれを受け入れてるわけじゃないだろうな、とも思うんですけど、さっき言ったように1000人のうち1人でいいと思うんですよ。

どう僕がフォローというかサポート、後ろから手助けなり援護射撃をできるかなっていうのが今の思いですかね。

広野氏が中村助教をサポートする姿勢は、明確だ。

足を引っ張らせない、足を引っ張られないような環境を作るっていうのが大きいですね。僕にできることは、一番そこかなと思います。

中村さんがやることに対して、いちいち行政の方から何か物申すようなことにならないように。どうしても出る杭は打たれることが多々あります。そういう例をすごく見てきました。

広野氏は、その「杭」を守る役割を自ら引き受けている。

教育を変えることは、社会を変えることに直結する。Nプロジェクトは、その最前線に立っている。

大阪から始まったこの挑戦が、どこまで広がっていくのか。その行方を、引き続き見届けていきたい。

過去の記事を見る

科学は日米をつなぐ共通言語である
――米国総領事館が見たNプロとSTEAM教育

大阪府吹田市の佐竹台小学校で12月15日、在大阪・神戸米国総領事館のワリド・ザファル広報文化交流担当領事が、Nプロジェクトの授業に参加した。体育館で行われた「日米クイズ」には全校児童約520人が集まり、高校生とともに米国に関する設問に挑戦した。教室では、大阪高校の生徒が小学生に対して、気象や放射線を題材とした授業を行った。

高校生の“意識変容“を科学する ――Nプロ×INSS共同研究が始動

科学を媒介として社会と対話する――Nプロジェクトは、その理念を掲げて発足した、教育手法の開発を主目的とした研究活動である。大阪高校を拠点として、高校生が主体的に科学を学び、その内容を地域社会に伝えることを通じて、双方向のコミュニケーションを育む点に独自性がある。

世代をつなぐ科学のバトン
――津雲台小学校に広がるNプロジェクトの挑戦

10月22日、吹田市立津雲台小学校の教室に、にぎやかな声が響いていた。スケッチブックを手に笑顔で立つのは、教師でも科学者でもなく、高校生たちである。京都大学の中村秀仁助教が主導する「Nプロジェクト」は、科学を"教わる"から"伝える"へと転換する学びの実践として、万博での発信を経て地域の教育現場へと広がっている。この日は「放射線」をテーマに、55名の高校生が小学生たちに科学の面白さを伝える特別授業を行った。

「科学を共通言語にした対話型学習」の新展開
文科省で記者会見

「Nプロジェクト」は、2025年10月2日、文部科学省にて重要な記者会見を開催した。科学を「共通言語」として位置づけ、高校生が小学生や地域社会と対話する新たな学習モデルの実践報告と、初の公立小学校への展開(4校、50クラス、計1704名)が発表されたのだ。この記者会見は、Nプロジェクトが3年間の実践を通じて構築した「インプット・アウトプット循環型学習」の成果を社会に示し、従来の科学教育の枠を超えた新しい可能性を示す重要な節目となった。

真夏の万博に 科学の声が響いた

8月の大阪・関西万博会場。スケッチブックを手にした高校生たちが、来場者に笑顔で話しかける姿があった。テーマは「放射線」。人々が避けがちなテーマを、彼らはわかりやすい言葉と身振りで伝えていく。京都大学の中村秀仁助教を中心に展開される「Nプロジェクト」は、科学を“学ぶ”から“語り合う”へと変える教育活動。その理念が、この夏、国際舞台で現実のものとなった。

三菱重工神戸造船所の現場で原子力を学ぶ
——「安全」と「迫力」を同時に体得する一日

大阪府立千里高等学校の生徒たちがこの夏、Nプロジェクトの一環として神戸市の三菱重工業 神戸造船所を訪れた。キックオフ授業に続く第二弾は、原子力産業の「現場」を歩き、耳で聞き、手で確かめる見学会である。

公立SSH校で初の「Nプロ」始動
千里高校キックオフ授業ルポ

2025年7月、大阪府立千里高等学校で、公立SSH校としては初めてとなる「Nプロジェクト」が始動した。京都大学・中村秀仁助教の指導のもと、生徒たちは放射線をテーマに、科学を学ぶだけでなく、それを自分の言葉で社会に伝える力を養う。クイズ形式の双方向型授業で知識を深めた後、冬には大阪の商業施設で、市民向けプレゼンテーションに挑む。科学を通じて社会と対話する――STEAM教育の実践例として注目される、千里高校の取り組みの現場をルポする。

cooperation