キーワード:電力自由化
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市場の失敗
電力自由化市場で多くの原子力発電所が廃炉の危機に瀕している。我々はそれがいわゆる市場の失敗に相当するということを考慮した上で、どのようにしたらその市場の失敗に終止符を打ち、今後も原子力が生む公益性を維持できるかについてよく考えるべきである。アーティフィシャル島((Artificial Island: (訳注)ニュージャージー州とデラウェア州境にある島。セーレム原子力発電所とホープクリーク原子力発電所が立地している。))にある2つの原子力発電所に対して追加の収益を与えるためのニュージャージー州の援助案は同州においてこの市場の失敗を防ぐことになると考えられる。一方でオハイオ州やペンシルバニア州ではこの市場の失敗が現実のものとなってしまうことがほぼ確実と思われる。このNECGコメンタリーでは市場の失敗とは何か、そしてそれが実際に原子力発電所ではどのように起きるのかについて解説する。((市場の失敗の問題についてはNECGコメンタリー#14でも取り上げている。))市場の失敗市場の失敗とは経済学で一般的に用いられる用語であって、どのような市場にも当てはまる概念である。市場の失敗の「市場」とは、ある産業における所有権の形態(すなわち様々な私企業)や、そうした企業が関係する市場でどのように収益を上げるか、さらにはそれらが関係する市場がどのように機能するのかなど、その産業の置かれる環境を総体的に表した概念である。つまり市場の失敗とはある特定の市場が機能していないということを意味するものではなく、そうした市場がもたらす結果が公益を最大化していない、ということを意味している。ここでの公益とは一般社会の利益と幸福を意味している。(例えばきれいな空気は公益の一つである)ある特定の市場を考えた場合、その市場設計上の目標は達成できたとしても、それでも市場の失敗を引き起こすということがあり得る。そうしたケースは経済学では外部性という概念を用いて説明される。外部性とは良きにつけ悪しきにつけ、当該市場では表現することができない影響を業界が受けることを言っている。電力業界を考えると、発電の直接費(当該企業のコスト)には負の外部性(例えば燃焼ガス排出、電力システムが一時的にしか稼働しないことで生じる費用、土地確保のための開発、景観、騒音など)は通常含まれない。また正の外部性がもたらす利益(例えば雇用創出による経済効果、電力系統安定性、燃料源の多様性など)も含まれていない。((最近のNEA報告書-The Full Cost of Electricity Provision はどうして電力市場価格が外部性や電力系統への影響など含めた全てのコストを反映したものとはならないのかにつきうまく説明している。))電力市場は時々刻々変わる需要に応じて発電事業者が発電する(つまり発電機を動かす、あるいは止める)のに際して当該企業で発生する直接費だけに基づいている。((重要なのはこうしたコストには各発電事業者の固定費用と限界費用が混在しているという点である。本件はNECGコメンタリー#2でも論じている。))リアルタイムで電力需要に応えるのは困難かつチャレンジングなプロセスである。自由化電力市場もその難題に対応してはいるが、市場に参入している事業者の外部性を反映してはおらず、その結果、市場の失敗を引き起こす可能性もある。電力市場の短期的なスポット価格が産業の効率化をもたらすことはあるとしても、それで排出ガスを低減するとか、長期的な電力系統の安定性を確保するとか、あるいは国としての政策を実現するといったその他の目標も同時に達成できると考えるべきではない。原子力に関する市場の失敗マーチャント原子力発電所という用語は発電した電力を電力市場で売却して収益を得ている原子力発電所のことを指している。規制環境下にある発電所やそれを所有する事業者、あるいは自治体などが所有する発電所の収益は電力市場での売り上げには依存していない。マーチャント原子力発電所やそれを所有する発電事業者はその点で大きく事情が異なっている。電源種別の如何によらないコモディティとして電力を扱っている電力市場を通じて得られる収益では考慮されていない様々な社会的利益を原子力発電所は生み出している。そうした社会的利益には、排出ガスゼロの発電、長期的な高信頼度稼働、電力系統の安定性確保、電源の燃料源多様化、化石燃料高騰に対するヘッジ、雇用創出を通じた経済効果などがある。マーチャント原子力発電所では以下のような場合に市場の失敗を引き起こすことになる。コモディティ電力市場からの収入では固定的な発電コストをカバーできない場合電力市場で現に損失を出し、あるいは将来損失を生じるであろうと予想される場合私企業である所有者が経済的損失を理由に廃炉せざるを得ないような場合そして発電所が生みだしている大きな公益性がそうした廃炉によって失われる場合市場の失敗への対策一般的に言って市場の失敗への対策には以下のようなものがある。すなわち、負の外部性に対しては費用を課す、また正の外部性に対しては何らかの補填を与える、またそうした市場の失敗を引き起こしそうな分野そのものを政府・公的機関に所有させる、などである。市場の失敗は公共財に関するものだから、通常こうした対策には政府が関与していくことになる。カーボンプライシング(炭素への価格付け)は負の外部性に費用を課す一例である。カーボンプライシングを行えば炭酸ガスを放出する電源の原価は増加することになるから、電力市場価格も上昇し、その結果、炭酸ガスを放出しない電源(例えば原子力)の電力市場における価値は間接的に増すことになる可能性がある。ゼロエミッションクレジット(ZEC)による給付金は正の外部性に対する補填の一例である。ニューヨーク、イリノイ、ニュージャージーの各州は、原子力発電がもたらす排出ガス上の便益がコモディティ電力市場では適切に補填されていないことを認識した上で、そうした便益に対してはZECによる給付金で補填をする対策を取っている。再生可能エネルギーに対する連邦税額控除、あるいは州によるその使用義務付けや補助も正の外部性を補填しようとする取り組みである。電力市場からだけでは十分な収益があげられないのではないかという再生可能エネルギーのプロジェクトに関する懸念に対して、そうした施策を通じて追加の収益を付与することで再生可能エネルギー開発計画を支援しているということになる。またフランス、中国、韓国、ロシア、アラブ首長国連邦(UAE)などで見られるような電気事業と原子力そのものを政府が所有する形態も、政府・公的機関がそうした所有権を持つことで市場の失敗を防ぎ、かつ公益性を最大限に発揮させようとしている一例である。例1-市場の失敗図1に示す最初の例では発電原価3.5¢/kWhのマーチャント原子力発電所が電力市場で2.5¢/kWhの売り上げを得ている場合を示している。このkWh当たり1¢の逆ざやによる損失は年間を通して考えれば何百万ドルもの損失を引き起こすことになる。ここでこの原子力発電所は社会全体にとって正味7.5¢/kWhに相当する公益を生み出していると考えてみよう。私企業であるこのマーチャント原子力発電所の所有者にとってみれば、こうした公益を生んでいるにも拘らずそれに関して金銭的な利益を受けることは全くない。もしもこのマーチャント原子力発電所の所有者がそれ以上の経済的損失を出さないために廃炉を決めるとした場合、この原子力発電所が生んでいる公益全額は失われることになる。それが市場の失敗である。例2-ZEC給付金図2に示す2つ目の例はマーチャント原子力発電所に対してZECによる給付金が付与される場合である。原子力発電所が生んでいる正味の公益に対して、その一部はZEC給付金の形で補填されることになる。こうしたZEC給付金が付与されれば原子力発電所の運転は利益を生むことになり、社会から見てもZEC給付金を差し引いた正味6¢/kWhの公益を生み続けることになる。こうしたアプローチをとれば市場の失敗を避けることができることになる。例3-料金規制あるいは政府・公的機関による所有図3に示す3つ目の例はマーチャント原子力発電所を再び料金規制下に戻す、あるいはその所有権を政府・公的機関に持たせる場合である。この場合、原子力発電所の発電原価全体を電力需要家が負担することになるから、kWh当たり1¢の逆ざや分は需要家から回収されることになる。その負担分を考慮しても正味でみて大きな額の公益が残ることになる。こうした方策を取ることでも市場の失敗を回避することができる。マーチャント原子力発電所が廃炉の危機に瀕している場合、この市場の失敗のことをよく考えた上で、その市場の失敗に終止符を打ち、原子力が生んでいる公益が失われないようにする方策を皆が考えるべきである。PDF版
- 08 May 2018
- STUDY
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市場の失敗と原子力発電
今月は、エクセロン社がクリントン原子力発電所(上の写真)とクアド・シティーズ原子力発電所の閉鎖を決定し、オマハ地域公営電力はフォートカルホーン原子力発電所の閉鎖を決定した上、さらにPG&E 社がディアブロキャニオン原子力発電所の運転期間延長の認可を得ないことを決めて公表した。これにより、この合計6基の原子力発電所からこれまで社会全体が得ていた大きな便益が失われることになる。本コメンタリーでは、なぜこうした事態が起きたのか、そしてどうすればそうした流れを止めることができるのかについて説明したい。最近キウォーニ原子力発電所とバーモントヤンキー原子力発電所が早期閉鎖された件は多くの注目を集めたが、それより前に決まった発電所の早期閉鎖に対しても防ぐための方策はほとんど取られてこなかった。上述6基の閉鎖公表に加え、今月はこれまで以下が明らかとなっている。 「フィッツパトリック」と「ピルグリム」が早期閉鎖される。保修関連の課題が大きいため、「サンオノフレ」と「クリスタルリバー」も早期閉鎖された。ニューヨーク州の政策措置が本年9月までに施行されない場合、「ナインマイルポイント1号」と「ギネイ」も早期閉鎖される。「プレーリー・アイランド」の早期閉鎖が検討されている。「デービスベッセ」を救済するためのオハイオ州の政策措置には、米国連邦エネルギー規制委員会の規制や訴訟という難関が待ち受けている。「フェルミ3号」と「サウス・テキサス・プロジェクト3、4号」は建設・運転一括認可を受けたが、実際に建設される予定はない。米国内の原子力発電所の運転を通じて社会は大きな便益を受けているが、そうした公益的役割の大きさに見合う補償を発電所は受けてはいない。市場では原子力の発電電力量と発電容量も他電源と区別なく市場価値が決まり、それに基づき原子力発電所を所有する会社は様々な判断を下さざるを得ない。昨今のように電力価格あるいは容量価格が低迷している場合、自由化環境下に置かれた原子力発電所は損失を出して運転することになる。そんな場合、料金規制下に置かれた原子力発電所や公営原子力発電所では電気料金の値上げが起きる。また新規原子力発電所計画も採算性がないとみなされることになる。電力価格が高騰している場合、自由化環境下に置かれた原子力発電所の採算性は高まり、料金規制下に置かれた原子力発電所や公営原子力発電所では電気料金の値下げが起きる。また新規原子力発電所事業の採算性はより高くみなされることになる。一時的な電力価格低迷で既存の原子力発電所が早期閉鎖され、新規の原子力発電所も建設されないとするなら、それは電力系統の信頼性確保や経済的・環境的効果など、これまで社会全体が原子力発電から受容していた大きな効果が失われることにつながる。これは原子力を電力市場の中で扱う、という米国がとった手法は失敗であったということを意味する。 市場の失敗「市場の失敗」、経済学上の一つの概念、市場(電力市場に限らず広い意味での)の機能では社会の純便益確保がなされない場合を指している((「社会の純便益」とは社会全体の便益(公的便益と私的便益)から社会全体の費用(公的費用と私的費用)を差し引いた純便益をいう。))。ある経済活動や投資が行われれば社会全体としては純便益が確保されるにも拘わらず、それが各企業にとって私的損失を招く場合、そうした活動や投資は行われないことになるが、こうした場合が「市場の失敗」に相当する。こうした「市場の失敗」を防ぐためには、負の外部性を有する要因に対して費用を課す、また正の外部性を有する要因に対しては補償を与える、あるいは市場の失敗を起こしそうな領域については公的所有に移す、などの手法が一般的にとられる。「市場の失敗」は公益を最大限に確保することに対する失敗だから、こうした対処はいずれも政府による措置を伴うものとなる。炭素価格制度は負の外部性要因に対して費用を課した一例である。英国が新規原子力に対してとった奨励措置は正の外部性要因に対する補償の一例である。また、再生可能エネルギー電源に対する補助金もこれと同様の例である。フランス、韓国、ロシア、UAEなどの諸国で政府が原子力発電所を所有しているが、これは公的所有により市場の失敗を防いでいる例である。米国の「市場の失敗」を如何に是正するか5月に行われた「米国エネルギー省(DOE)サミット」では米国内の原子力発電所が早期に閉鎖されてしまうことに歯止めをかける手法が議論され、米国原子力学会が示した「ツール・キット(政策オプション集)」などが取り上げられた。原子力に関する市場の失敗を防止する手法は、間接的手法と直接的手法に区分して考えることができる。間接的手法間接的手法は原子力発電所に対し経済的支援を与えるものだが、直接的に市場の失敗という問題に焦点を当てたものではない。例えば、電力市場の構造変革や炭素価格制度がこうした間接的手法に相当する。 電力市場と容量市場の改善 ―― 電力市場と容量市場の価格で原子力発電所の収入は決まる。信頼度を確保しながら系統の限界費用を下げる、という電力市場や容量市場が意図する目的に照らせば、これら市場は比較的うまく機能している。しかし電力市場や容量市場は、原子力発電所から社会が得られる便益を最大化する、という観点では制度設計されていない。NECGコメンタリー第2回では、原子力発電所など資本集約度が高い発電方法がなぜ電力市場とはうまく整合しないのかについて解説した。もしも電力市場の構造を変革し、今は価値を認められていない原子力から得られる便益についても何らかの価値を付与することができれば原子力にとって有益である。炭素価格制度 ―― 一部では炭素価格制度が原子力を救うことになるという見方もある。炭素価格制度は原子力の採算性を向上させる可能性があるが、最近、私がワールド・ニュークリア・ニュース(World Nuclear News:WNN)に投稿した記事にもあるとおり、それで原子力が本当に救えるかどうかは確かではない。直接的手法原子力発電所が社会に提供している便益に対して直接的に補償する(例えば、正の外部性に対応した金額を補填するなど)ことは、市場の失敗という問題を解決する上で効果的な手法である。直接的手法の具体例を以下にいくつか示す。電力売電契約 ―― 料金規制下にある電力会社と原子力発電所が電力売電契約を締結すれば、原子力発電所は安定かつ十分な収入を確保することができ、自由化環境下での早期閉鎖を防ぐことが可能となる。自由化環境下にあるデュアン・アーノルド原子力発電所の2012年売電契約延長はその一例である。アイオワ州公益委員会は原子力発電が公益性(ゼロエミッションや雇用確保)を併せ持っていることを理由にこの売電契約の延長を認可した。クリーン(あるいは原子力)エネルギー使用義務付け ―― これは州の料金規制下にある小売電力会社に対して、原子力を含むクリーン電源から一定の割合、電力を調達するよう義務付けるものである。原子力の使用を義務付けるということは、原子力が環境的に便益を生むことに加え、電力系統全体の信頼度を確保し、経済的にも便益を生むということを認めるものともいえる。税控除 ―― 連邦税あるいは州税の控除は既設原子力発電所に対して直接的な収入を生み、発電所が社会に与えている大きな便益に見合う補償を得ることにつながる。原子力に対する「プランA(政府所有)」適用 ―― 経済的困難に直面している発電所を政府所有に移すことは原子力発電に関する市場の失敗への対処法となり得るものである。最近のワシントンポスト記事では、石炭火力発電所を閉鎖するため、米国政府がそれら発電所を買い取ることが提案されている。この石炭火力発電所に対する「プランA」適用は、頓挫している「クリーン電源計画(CPP)」に代わるものとして提案されたもので、「CPP」と同様の目標を、より早期かつ確実に、また法的にも問題がない方法をもって達成しようとしたものである。石炭火力発電所を収用するのに要する支払いを含め必要となる費用は、それによって社会全体が純便益を得られる(つまり火力発電所が閉鎖される)ことをもって十分に正当化されるとられている。米国政府は原子力発電所に対してもこうした「プランA」適用検討を進めるべきである。その場合、早期閉鎖が検討されている既設原子力発電所が運転を継続できるよう、連邦政府がそれを買い取ることになる。そして将来電力市場価格が上向けば、政府が所有することになる原子力発電所の価値もまた高くなる。こうした措置に要する費用の正当化原子力発電所に関する市場の失敗を解決するのにかかる費用は、電力料金の上昇、連邦政府支出の増加や税収減少などの形になって表れる。しかし、再生可能エネルギーに対する米国連邦税控除、あるいは州の再生可能エネルギー使用義務付け、さらにはEUの再生可能エネルギーに対する国家援助の例外規定など、これと類似の市場の失敗への対処は正当なものとされており、この原子力に関して発生する費用についても同様の論拠から正当化が可能なものと言える。社会が便益を受ける(炭素放出量がゼロである)にも拘わらず、市場の失敗のために再生可能エネルギーへの投資は行われることにはならないから、こうした市場の失敗に着目した政府の措置が必要と考えられている。運転中の原子力発電所が早期に閉鎖されることを防ぐために必要となる費用は、発電所が運転を継続することで得られる大きな公的な便益を考えれば十分に正当化ができるものである。米国が英国から学ぶ教訓原子力に関する市場の失敗をどのように扱えばよいかにつき、英国政府が良い手本を示している。英国内の原子力発電所を所有していたブリティッシュ・エナジー社は、英国自由化電力市場で売電する発電事業者となって、経済的な問題に直面することとなった。原子力発電所が早期に閉鎖されることを防ぐため、英国政府は2005年、同社を再度国有化した。また英国電力市場の現状や炭素価格制度だけからは新規原子力発電所への投資を裏付けることはできないにも拘わらず、英国政府は、新規の原子力発電所が建設されるべきと判断した。このため、英国政府は「ヒンクリー・ポイントC」を皮切りとする複数の新規原子力発電所の建設計画を後押しするために「電力市場改革計画」を施行した((Information on the Hinkley Point C incentive package))。英国とは対照的なことに、米国では経済的問題にさらされている運転中の原子力発電所を救済し、あるいは新規の原子力発電所建設を後押しするような政策措置を、政府はほとんど何もとってこなかった。次なるものは?米国内の原子力発電所に関する「市場の失敗」は、発電所が大きな便益を社会に提供しているにも拘わらず、それに対して補償が与えられていないために発生しているものだ。その結果、発電所所有者は単に市場価値だけをもって様々な判断をせざるを得なくなっている。もしもこの市場の失敗を解決する措置が取られなければ、さらに多数の運転中原子力発電所が早期に閉鎖され、新規の原子力発電所も建設されることには決してならない。原子力発電所が生んでいる便益に対して補償を与えるため、何らかの措置を取ることがこの市場の失敗を解決する最も確かな方法である。政府だけがそうした補償を与えることができる。もしも米国内で原子力産業を生き残らせたいとするなら、今、直ちに連邦政府の措置が必要と言える。 PDF版
- 24 Jun 2016
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デービス・ベッセ原子力発電所
米国の電力自由化州の原子力発電所は卸売電力市場への売電で損失を出している。このため2基が早期閉鎖を決め、更に十数基の発電所にもその恐れがある。デービス・ベッセ原子力発電所を救済すべくオハイオ州が最近とった規制上の政策措置は実効性があるものだが、その適用にはまだ難関が待ち受けている。デービス・ベッセ原子力発電所を巡る込み入った事例とそれに関連する議論は同発電所の将来にとって(そして自由化環境下に置かれ、同様の問題に直面するかもしれない他の原子力発電所にとっても)大変に重要なものである。またこの事例は他州の類似事例に対して重要なガイドラインを与えるものである。オハイオ州公益事業委員会の裁定2016年3月31日、オハイオ州公益事業委員会(PUCO)はデービス・ベッセ原子力発電所を経済的理由から早期閉鎖することを回避すべくファーストエナジー社が申請していた電力売電契約申請を認可した。((PUCO Docket 14-1297-EL-SSO)) 137ページからなる「見解ならびに裁定」は2年間にもわたる喧々諤々の議論の結果、まとめられたものである。この政策措置は今後8年間にわたって以下を適用するものとなっている。全需要家に適用する付帯条項である「小売料金安定化条項(RRS条項)」を全ての小売需要家の料金に適用する。規制下にあるファーストエナジー傘下の各社とファーストエナジーソリューションズ社との間の新たな電力販売契約によりデービス・ベッセ原子力発電所及びH.サミス石炭火力発電所からの電力を売電する。また、オハイオ渓谷電力の電力使用権をファーストエナジー社に与える。規制下にある各社が調達した電力はPJM電力市場で売電する。PJM卸市場での売電収入と契約対象となる電源のコストを比較し、その正味の差分(利益あるいは損失)はRRS条項の対象とする。すなわち、もしもPJMの市場価格が高ければ、出た利益分だけ需要家の電力価格は安くなり、逆に市場価格が安ければRRS条項によって全需要家の料金はその分高くなる。この政策措置を適用することによって、長期的にデービス・ベッセ原子力発電所を信頼度の高いベースロード電源として活用することが可能となる。またこの政策措置は、小売電力価格の変動性を減じ、将来の小売価格の上昇を抑制し、電力システムの信頼性を向上させ、地元雇用を確保し、結果としてオハイオ州の経済成長と発展を促進するものと言える。しかしこのPUCO裁定については、ヒューズ・メリーランド州公益事業委員会委員長とタレンエナジー社との間に係争があり、最近、米国最高裁が下した決定が先行する判例となる可能性があり法廷で争われることが必至と考えられている。また合わせて米国連邦エネルギー規制委員会(FERC)は本件に関連してこれまで認められていた売電契約についての規制適用除外を無効とする命令をファーストエナジー社に対し発出しており、この政策措置の実適用はまだ行われていない。関連売電契約への規制適用除外を無効とする米国連邦エネルギー規制委員会の命令2016年3月31日付でPUCOが認可した売電契約に関連して、FERCは4月27日、関連売電契約につきファーストエナジー社傘下の非規制下にある発電会社に対し、それまで認めていた規制適用除外を無効とする命令(( FERC Docket No. EL16-34-000 ))を発出した。このFERCの命令は複数の電力会社からの提訴があったことに応えたものであった。((Complainants in Docket No. EL16-34-000 are the Electric Power Supply Association, the Retail Energy Supply Association, Dynegy Inc., Eastern Generation, LLC, NRG Power Marketing LLC, and GenOn Energy Management, LLC.))米国における電力改革は連邦レベルと州レベルの処置が混在したものとなっている。卸取引は大量の電力が州境とは無関係に送電線でやりとりされることから州間取引であると見做されており、米国内の全ての卸電力取引は連邦機関であるFERCの規制下にある。オハイオ州は電力自由化州だが、そこでは垂直統合された電力会社の存在を許しており、一部の州のように発電所資産の完全分離を要求するのではなく、発電所資産は非規制環境下にある子会社に移すことが一般的に行われている。 米国ではFERCだけが関係会社間の卸電力契約についての規制権限を有している。FERCは卸売電契約内容が一定の基準を満たしているかどうかを評価し、卸価格を受け入れざるを得ない小売需要家を保護し、各社がその立場を濫用することを防止し、また取引価格が市場ベースで決定されていることを確認することとなっている。当初、ファーストエナジー傘下の非規制環境下にある発電子会社はその価格を受け入れざるを得ないような小売需要家を自らが有していないことから、こうした規制適用は免除されることとなっていた。しかしFERCに対しての提訴において、PUCOが決めた政策措置では、ファーストエナジー社傘下の規制環境下にある各社が、デービス・ベッセなど非規制環境下にある発電会社から買電し、それをPJMの卸市場に転売しなければならなくなることが問題だとされた。こうした転売が損失を生む場合、損失分は付帯条項に基づき規制下にあるネットワークの追加料金として州内全ての小売需要家が負担することになる。オハイオ州の小売需要家は競争関係にある各社の中から電力会社を自由に選ぶことができるが、一方で全ての小売需要家は規制下にあるネットワークの料金を負担することになる。だからこの政策措置は実際にはファーストエナジーの非規制環境下にある発電会社がその価格を受け入れざるを得ないような需要家を直接保有することを意味する。また提訴では、もしこの政策措置を適用すれば本来は廃止措置に入るはずの(例えばデービス・ベッセなどの)発電所が運転を継続することとなり、また見かけ上PJMの卸電力価格を押し下げることになる、との主張がなされた。しかしFERCはこのPJM電力市場に対して悪影響を与えるかもしれないという主張については命令発令の対象となった規制適用免除とは無関係であるとして却下している。ヒューズ・メリーランド州公益事業委員会委員長とタレンエナジーマーケティング社との係争新規天然ガス発電所建設に対しインセンティブを与えるメリーランド州の政策措置は無効であるとした下級審判決について、米国最高裁は2016年4月19日、全員一致で下級審判決を支持する決定を下した。メリーランド州の政策措置は、卸売電力市場に対して米国内で唯一FERCだけに認められている規制権限を侵害するものであった。PJMの容量市場で新規発電所の容量販売を行うデベロッパーに対して「差額契約条項」を適用するとしたメリーランド州の政策措置に限って最高裁はそれを無効とする決定を行った。メリーランド州の政策措置では容量市場の保証価格を定め、PJMの入札価格と保証価格の差額が出ればその差額はメリーランド州内の小売需要家に転嫁してデベロッパーに対し補填を行い、当該発電所の容量に対する価格を保証することとなっていた。一方でこの最高裁の決定は各州が「クリーン電源」を含む新規発電所建設に対してインセンティブを与えることについては肯定するものであった。この決定は範囲が限定的であり、メリーランド州の政策措置と同様のものは避けるべきということはあるにせよ、他州における事例をどう判断するかについてはさしたるガイドとはならないかもしれない。オハイオ州の政策措置に対して最高裁決定がどのような影響を与えるのか、あるいは下級審が他の事例に対してこの決定をどのように適用することになるのかは未だ明確となっていない。またFERCが持つ卸売電力市場に対する規制権限と、州が持つ小売市場に対する規制権限の間の線引きはさらに曖昧なものとなっている。この決定を見ると各州政府ならびに電力規制当局が自州の電力産業界を自ら管理するという伝統的役割はこれまでよりも色薄いものとなっている。この決定については以下の三つの文献を読むことをお勧めする。一つ目はロバート・ウオルトンがトラビス・カヴラ全米公益事業委員協会会長の協力を得てまとめた「ユーティリティドライブ」である。二つ目は何故、再生可能エネルギー活用義務化やニューヨーク州のクリーンエネルギースタンダードなど類似の政策措置促進が最高裁判決によって阻害されるべきではないかについて天然資源保護協会がまとめた資料である。三つ目はこの最高裁決定が如何にFERCの権限を強化することになるかについての「米国最高裁Blog(SCOTUS Blog-Supreme Court of the United States Blog)」の分析である。 PDF版
- 28 Apr 2016
- STUDY
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自由化環境下の原子力に対する米国政府の役割は?
米国の電気事業改革によって自由化環境下におかれた原子力発電所は電力市場で電力を販売することとなった。2013年初め、こうした自由化環境下におかれた2基の原子力発電所が財務上の損失により(恒久的に)早期閉鎖された。さらに他にも経済的損失のために早期廃止となる可能性がある発電所が複数ある。米国政府はこうした自由化環境下にある原子力発電所が早期に恒久廃止されることを防ぐための措置を講じるべきであろうか?米国は、世界一多くの原子力発電所を保有している。原子力発電を行っている他の多くの国々とは異なり、米国では原子力発電所の大半は民営企業が所有している。また、その原子力発電所の大半は、規制下にある電力会社が建設したものである。米国の電力業界の構造改革の結果、規制下にある民営企業が所有していた原子力発電所は、自由化環境下の発電事業者として電力市場で売電することとなった。これら自由化環境下に置かれた発電事業者は、元々の電力会社所有者との間で期間を切って電力売買契約を締結しており、こうした契約によって両当事者は財政上の安定性を確保することができた。しかしこれらの電力売買契約は、卸売電力市場価格が非常に低い時点で満了することとなってしまった。このため電力売買契約は更新されないまま、自由化環境下に置かれた原子力発電事業者は電力市場で電力を販売せざるを得なくなった。こうした電力業界改革は米国のエネルギー政策に基づくものだが、こうした政策をとることで、自由化環境下に置かれた原子力発電所が早期かつ恒久的に閉鎖されることになるとは予想されていなかった。電力市場での売電で損失を出したために2013年にはキウォーニ原子力発電所とバーモントヤンキー原子力発電所が早期(かつ恒久的)に廃止された。これらの自由化環境下の原子力発電所はよく保守管理され、良好な運転実績を残し(例えば設備利用率は90%以上)、NRCからは20年間の運転認可延長の承認を得ていた。しかしどちらの発電所も利益を上げながら運転継続する道を見出すことはできなかった。ニューヨーク州のギネイ発電所や、エクセロン社のイリノイ州内のいくつかの原子力発電所など、自由化環境下にあるその他の原子力発電所も同様に経済的危機に直面し、早期廃止されてしまう可能性がある。英国でも自由化環境下に置かれた原子力発電所は同様の問題に直面した。政府所有の原子力発電会社であったブリティッシュ・エナジー社は1996年に民営化された。ブリティッシュ・エナジー社は、イングランドとウェールズの自由化電力市場で発電事業者として売電していたが、数年間にもわたり損失を出し続けた。このため2005年、英国政府は原子力発電を維持していくためにブリティッシュ・エナジー社を再び国有化した。私がかつてワールド・ニュークリア・ニュース(World Nuclear News:WNN)「原子力は自由化電力市場で成功できるか?」で解説したとおり、自由化市場の中で原子力発電事業者の経営は、うまく機能しないことがある。米国の自由化環境下の原子力発電所は、地域社会、州、そして国全体と当該地域の電力市場に大きな貢献をしているが、そのことに対しては報いられることなく、低迷し、しかも将来の見込みも不確実な電力市場の価格を甘受して生き続けなければならない状況に置かれている。原子力発電の価値自由化環境下の原子力発電所がもたらす価値は、下図に示すように3つの種類に分類して考えることができる。自由化環境下に置かれた原子力発電所の所有者は、第1番目の価値を享受するだけで生きながらえなければならない。そして第2番目、第3番目の価値については何の代償を受けることなく無償でそれを社会に提供している。第1の価値-電力市場における純収益第1の価値は、電力市場での売電から生じる利益(もしも利益が出ればであるが)である。原子力発電所の運転コストの大部分は固定費であるため、発電所の利益は電力市場価格に大きく依存する((これは、全発電原価のかなりの部分を燃料費が占める火力発電と異なる。火力燃料費は、発電量を減らせば減らすことができるが、原子力発電所ではそれはできない。))。安価な天然ガス、再生可能エネルギー導入を奨励する政策措置、低い電力需要の伸び、さらには不適切な電力市場設計などが原因で、電力市場価格は低迷し、結果として自由化環境下の原子力発電所は損失を出してきている。既に廃止措置に入ることが決定されたキウォーニ原子力発電所とバーモントヤンキー原子力発電所は、電力市場での売電で損失を出したために閉鎖されたが、閉鎖の結果、社会は第2、第3の価値も失うこととなった。第2の価値-代償を得ることが出来ない効果第2の価値は、原子力発電の特性がそれを生んでいるにも拘わらず、それに対しての代償は得ることは出来ない効果である。原子力発電は、高信頼度で給電指令に応え、ゼロエミッションでベースロードを担い、長期的に燃料費も安定しており、電力系統信頼性維持にも貢献する、など電源として優れた特性を有している。こうした特性が生む効果は、自由化環境下に置かれた当該原子力発電所が位置する地域電力市場、さらには国全体に大きな利益をもたらしているが、発電所所有者はこうした効果に対する代償を得ることはできていない。伝統的な従来の電気事業の構造(すなわち自由化された電力市場は存在しない構造)では、公益事業の規制当局がこうした原子力発電の貢献を電源計画に反映させることが可能であり、実際に当局はそれを計画に反映させてきた。もし、自由化環境下に置かれた原子力発電所で、現在は無償で提供しているこうした原子力発電の優れた特性に対して何らかの代償を得ることができれば、それら発電所が経済的にも存続できる可能性は高まる。第3の価値-プラスの経済効果第3の価値は、プラスの経済効果である。自由化環境下の原子力発電所が生み出す経済効果がどの程度あるかを評価する一連の検討が米国原子力エネルギー協会がスポンサーとなって行われている。これらの検討のどれを見ても、原子力発電所は少なくとも数億ドル規模の直接的及び間接的経済効果を立地地域、州、及び国全体にもたらすことが示されている。これらのプラスの経済効果は、自由化環境下の原子力発電所に直接収入をもたらすものでは全くないが、こうした原子力発電所が早期廃止となれば、地域社会などが享受しているこうした効果は失われることとなる。伝統的な従来の電気事業の構造(すなわち自由化された電力市場は存在しない構造)では、公益事業の規制当局がこうした原子力発電の良好な経済影響の特性を電源計画に反映させることが可能であり、実際に当局はそれを計画に反映させてきた。こうしたプラスの経済効果を維持することができることを考えれば、自由化環境下の原子力発電所が早期廃止されることを防ぐための措置をとることは正当な判断であると言うことができよう。なぜ政府の措置が必要か?米国の州議会や州公益事業委員会の中には、自由化環境下にある原子力発電所が様々な効果を生んでいるにもかかわらず、電力市場からはその代償を得ていない、ということを認めたところもある。NECGコメンタリー第6回で論じたとおり、これらの州では自由化環境下の原子力発電所が早期廃止されることを防ぐための努力が払われている。そうした自由化環境下に置かれた原子力発電所を運転継続することで得られる利益は国全体が受けることができるが、そのために州がとる政策措置はその州の電力料金にしか適用することはできない。これらの発電所が閉鎖されれば国全体の利益が失われるにもかかわらず、経済的理由から閉鎖の危機にさらされている自由化環境下の原子力発電所を支援するための米国連邦政府による政策措置はこれまで殆どとられてこなかった。米国政府は過去、数千億ドルもの国費を費やして経済的危機にさらされた自動車産業や金融機関を救済し、今も毎年数十億ドルを再生可能エネルギーへの補助金に振り向けている。大気汚染、温室効果ガス排出、燃料コスト上昇やその供給リスク等々、化石燃料利用によって生じる多くの社会的コストを市場価格に反映させることはできない。電力市場の失敗という事実のために、米国政府が再生可能エネルギーに対して支援をすることは正当であると考えられている。こうした市場の失敗があることを踏まえれば、原子力発電に対しても連邦レベルで支援を行うことは同様に正当であると考えられる。自由化環境下の原子力発電所は様々な効果を生んでいるにもかかわらず、当該原子力発電所の運転継続を可能とするに足る代償を電力市場からは得ることはできないことが明らかとなっている。これもまた市場の失敗の一つであって、政府の政策措置は正当なものであると考えられる。自由化環境下にあり既に廃止された原子力発電所の代替として民間が新たに原子力発電所を建設できるよう奨励策をとることと比べれば、今、自由化環境下に置かれている既存原子力発電所の運転を継続させる方が容易であり、速く、またはるかに安価である。政府が原子力発電所の所有者であり、またそれが生む利益の受益者でもある政府の経済政策の下にある中国のような国では、原子力発電が積極的に推進されている。それは原子力発電によってもたらされる価値があるからである。またこうした価値があるからこそ、米国でも電力規制州では州電力規制当局が新規並びに既設の原子力発電所に対する支援策を講じている。もしもさらに多数の自由化環境下にある原子力発電所が早期廃止に追い込まれれば、その際には当該地域のみならず国全体としても大きな利益が損なわれるのであるから、連邦政府がそうした事態を防ぐための政策措置を講じるのは適切なことである。連邦政府は何ができるか?その際、連邦政府はいくつかのアプローチを取ることができる。こうした連邦政府の政策措置は、自由化環境下に置かれた原子力発電事業者の早期廃止を防ぐ唯一の方法であるかもしれない。電力市場の変革電気事業改革と電力市場創造の意図せぬ結果として、こうした自由化環境下の原子力発電所の早期廃止が起きている。自由環境下の原子力発電所がもたらしている効果全体に代償を支払うことができるような方法で電力市場を改革することも可能かもしれない。電力市場では電力はどれも同じ一つの商品として取り扱うことになる。従って、商品としての価値とは別にその電力が合わせ持つ特性を価格に反映させることができるよう電力スポット市場の構造を変革することは不可能かもしれない。しかし、電力市場には副次的市場(例えば、小売り電力会社が、北米電力信頼度協議会の容量要件を充足させ、あるいは系統信頼度維持を図るために応札する容量市場の入札など)や、特定の発電事業者との副次的契約(例えば、供給信頼性維持のための発電所強制稼働(マストラン)協定)がある。こうした副次的市場や副次的契約を活用して、自由化環境下の原子力発電所を経済的に支援することは可能である。PJM容量メカニズムは副次的市場の一つの例であるが、PJM容量メカニズムの最近の改定では発電容量に対して付与される価値が見直され、自由化環境下の原子力発電事業者もそれによって幾分かの追加的収入を得ることができるようになった。電力市場運用者が(入札結果次第かもしれないが)原子力発電事業者の運転を維持継続するためにこうした副次的契約を締結するよう求めることは、より効果的なアプローチになり得る。炭素税連邦レベルで炭素税を課せば、すべての火力発電所の燃料費はその分引き上げられる。燃料費が増加すれば電力市場の入札価格も上昇し、その結果電力市場スポット価格も上昇する。炭素税が十分に大きければ、その結果、電力市場価格が上昇し、自由化環境下の原子力発電事業者も利益を出しながら運転継続することができる。連邦レベルでの低炭素電源構成基準これは、米国内の全電力小売事業者に対して、売買される電力に一定割合の低炭素またはゼロ炭素電源を組み込むことを要件化するもので、そうした電源には新設及び既存の原子力発電が含まれる。これはイリノイ州で提案されている低炭素電源構成基準を国全体に適用させるようなものである。再生可能エネルギー発電事業者が、州が課す再生可能エネルギー電源構成基準に基づいて再生可能エネルギー・クレジットを販売するのと同様、自由化環境下の原子力発電事業者は「原子力エネルギー・クレジット」または「無炭素電力・クレジット」を小売り電力会社に販売することで追加的な収入を得ることができることになる。既存原子力発電所の発電量に応じた税控除 米国はすでに再生可能エネルギーに連邦所得税控除を適用しており、「2005年エネルギー政策法」の要件を満たす新規原子力発電所にもこれらの税控除を適用することを約束している。自由化環境下にある既存原子力発電所に対しても新たな連邦生産税控除を実施することは可能なはずである。これらの税控除による増収が、閉鎖の脅威にさらされた自由化環境下の原子力発電所の運転を維持する上で役立つだろう。自由化環境下の原子力発電所への投資米国政府は、閉鎖の脅威にさらされた自由化環境下にある原子力発電所に投資し、あるいはそれ自体を購入することもできる。これは財政的危機に陥った自動車メーカーや金融機関を連邦政府が救済した際に使用した手法とほぼ同じである。こうした政府による投資では、所有権の移転や原子力事業者の変更の必要性を最小限に抑えながら措置をとることができる。これは英国政府が2005年に行ったブリティッシュ・エナジー社の再国有化に類似している。電力市場価格が持続可能な水準まで回復すれば、連邦政府が自動車メーカーや金融機関への投資で利益を上げたのと同様に、自由化環境下の原子力発電所へ連邦政府が行った投資を売却し利益を生むことができる。連邦政府による電力売買契約エレクトリシティ・ジャーナル(Electricity Journal)誌の2014年の記事「米国の自由化環境下の原子力発電を救済する」では、自由化環境下の原子力発電所の運転を維持するために電力売買契約を活用することについて概説している。こうした電力売買契約は、オハイオ州でファーストエナジー社がデービスベッセ原子力発電所に関して提案した契約と類似のものである((オハイオ州公益事業委員会、事案No. 14-1297-EL-SSO。))。こうした差金決済取引(CfD)契約では、自由化環境下の原子力発電所が一方の契約当事者となり、いずれかの連邦機関(例えば米国エネルギー省)が他方の当事者となる。CfDは、金融的手法としてよく知られ多方面で活用されているもので、電力市場のスポット価格とは無関係に、自由化環境下の原子力発電所も一定かつ充分なレベルの収益を確保することができる。CfDの内容は、自由化環境下の原子力発電所も確実に運転を継続できるように、しかし電力市場価格が継続運転可能な水準まで戻した時に発電所所有者に対して棚ぼた的利益を与えることがないように調整することが可能となる。連邦政府の投資アプローチと同様、これらの電力売買契約は電力市場価格が運転継続可能な水準まで戻せば、利益を生むことになる。まとめ米国の電力市場は、自由化環境下の原子力発電所が運転継続するに十分な代償を提供していない。これらの原子力発電所が早期廃止されれば、国全体が大きな損失を被る。米国政府は、自由化環境下の原子力発電所が早期かつ恒久的に閉鎖されることを防止するための政策措置を講じるべきである。また、その政策措置は、民間投資家が確信をもって新規原子力発電所建設に乗り出すに必要となる措置よりも安価である。連邦レベルでの政策措置を実現させるのはいつも困難で時間を要するものであるから、我々は今直ちにこうした措置実現に向けて動き始めなければならない。さもなくば、さらに多数の自由化環境下の原子力発電所を失うことになるだろう。 [ロバート・ブライス、エドワード・デービス、マーガッレット・ハーディング、ポール・マーフィ、リチャード・マイヤーズ、及びエリゼ・ゾリをはじめ、何人かの専門家からこの解説記事の草稿を高く評価する意見をいただいた。もしも内容に誤りがあったとしてもそれは私一人の責任である。] PDF版
- 07 Jul 2015
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米国各州にみる原子力収益の確実性向上措置
米国の複数の州では、自由化環境下におかれた原子力発電所の収益の確実性を高める政策措置を取ることで、原子力の早期閉鎖を防止しようとしている。本稿ではニューヨーク、アイオワ、オハイオ、およびイリノイの4州で取られている政策措置について述べる。筆者の2015年2月4日のワールド・ニュークリア・ニュース(World Nuclear News: WNN)での論説「原子力は自由化電力市場で成功できるか?」では、自由化電力市場では収益が不確実であり、これら自由化市場が原子力発電と相容れないものになっていることを説明した。電力事業ならびに卸売電力市場が改革・再編された自由化地域内で運転している原子力発電所は財政的困難に直面している。こうした自由化環境下にある原子力発電所の中には、例えばキウォーニ発電所やバーモントヤンキー発電所のように既に早期閉鎖されたものがあり、さらに他にも閉鎖の恐れがある発電所が複数ある。自由化電力市場の地域においても、小売電力供給事業者は今なお州政府の規制下に置かれている。本稿では、自由化環境下で運転中の将来閉鎖される恐れがある原子力発電所が確実な収益源を確保できるよう、小売電力供給業者に対して州が規制をかけている(あるいは今後規制する可能性がある)4つの州の状況について説明する。ニューヨーク州R.E.ギネイ原子力発電所は、ニューヨーク州の自由化環境下にあり、NYISO卸売電力市場で電力を販売している。ギネイ発電所は、収益の改善が見込まれなければ早期閉鎖されるかもしれないが、それによって発電所の地元のみならず、地域全体の送電網の信頼性に問題が生じることになる。ニューヨーク州公益事業委員会(NYPSC)は、その規制下にある電力供給事業者であるロチェスター・ガス・アンド・エレクトリック(RG&E)社に対して、ギネイ発電所と協定締結の交渉を行うよう指示し、ギネイ原子力発電所の運転を継続させることで系統信頼性問題の発生を防止しようとしている。前述の通り、電力系統の信頼性を維持するためにギネイ発電所が必要であり、同発電所が信頼性支援役務協定(RSSA)交渉を開始することは妥当であると考えている。さらに、2014年10月23日付でギネイ発電所は宣誓供述書を提出し、その中で現在、NYISO市場での発電容量と発電電力の販売から得られる売上は同発電所の運転継続費を賄うのに十分でないことを明らかにしている。この運転継続費には、今後必要となる改良工事などの新規資本投資が含まれている。もしRSSAが締結できなければ、同発電所は可及的速やかに閉鎖されることになる。こうした点が確認されたことから、ギネイ発電所がRSSA締結に向けて交渉に入ることには正当性があると結論づけている((ニューヨーク州公益事業委員会;事案14-E-0270 - R.E.ギネイ原子力発電所の運転継続に関する提案を検討する手続き開始の請願書;信頼性支援役務協定の交渉を指示し、関連する事実認定を行う命令;2014年11月14日発令・施行;22ページ ))。交渉の結果、ギネイ発電所とRG&E社の間でRSSAが締結された。2015年2月13日、RG&E社はNYPSCに対して要請書を提出し、ギネイ発電所とのRSSAを承認し、かつ同RSSAにかかる支払金はRG&E社電力需要家から回収することを認めるよう求めた。しかし、RG&E社がRSSAにかかる費用を回収することにより電力料金は「大きく変化」することとなるため、NYPSCは費用回収を含む料金改定案承認を一旦保留し、この料金改定について別途公聴会を開催することとした。2015年2月24日、RG&E社の料金改定申請に関する公聴会の日程と、同公聴会での陳述人、ならびにそこでの論点を決める会議の開催通知が発行された。アイオワ州2005年、デュアン・アーノルド原子力発電所(DAEC)はNRCによる当初の運転認可の期限が切れる2014年2月まで有効な電力売買契約を含めて、FPL(現ネクストエラ・エナジー社)に売却された。その後、2010年末に同発電所は2034年2月まで運転延長する認可をNRCから取得した。2013年にアイオワ州電力委員会は、インターステイト・パワー&ライト(IP&L)社がDAECとの長期電力契約をさらに12年間延長する契約変更を認可した。州規制当局は、この契約変更を有益なものとして認可を与えた。ウィスコンシン州のキウォーニ原子力発電所の閉鎖からも明らかなように、ガス価格の低下によって原子力発電の経済環境が変化している。PPA延長がなくとも、デュアン・アーノルド発電所(DAEC)が生む便益を受容できるかどうかは自明ではない。IP&L社とネクストエラ社間で、買電側が発電費用を負担する協定が合意に至ればDAEC の運転継続が可能となり、IP&L社の電力需要家、および一般地域住民(特に、リン郡の住民)に対して経済的にも経済面以外でも大きな利益を生むことになるから、両者にはそうした合意に至ることが期待されている((アイオワ州商務省電力委員会;「インターステイト・パワー&ライト(IP&L)社とFPLエナジー・デュアン・アーノルド社に関して」;登録番号SPU-2005-0015およびTF-2012-0577;2013年1月31日に出された命令;38ページ ))。アイオワ州電力委員会は、電力利用者への経済的影響に加えて、DAECが運転継続することによって地元雇用を含む様々な便益が生じることについても考慮に入れて検討を行った。オハイオ州オハイオ州では、ファーストエナジー社が料金規制対象外の同社子会社であるデービス・ベッセ原子力発電所と、料金規制下にある同社の小売電力供給子会社の間で新たな長期電力契約を締結する申請をオハイオ州公益事業委員会(PUCO)に対して提出した。この電力契約案は、双方向ヘッジ契約や差金決済取引と類似である。この契約は、電力市場価格が低い場合にデービス・ベッセ原子力発電所に追加の収入をもたらし、一方電力市場価格が高い場合には電力消費者に利益をもたらす。契約によって生じる費用、あるいは利益(すなわち電力市場価格との差額)は、全需要家が適用を受ける条項(オハイオ州ではライダーと呼ばれる)に基づき全電力需要家に割り振られる。オハイオ州の他の電力会社は石炭火力発電所の電力売電契約についてこれと同様の提案をしたが、2015年2月25日、PUCOはこれについては否認する裁定を下した。しかし、この裁定の中で、PUCOは提案にあるような非規制の発電子会社と規制下にある小売電力子会社の間で電力売買契約を締結すること自体は合法であり、もしもそうした電力売買契約が小売電力利用者にとって利益となるならば認可される可能性があることを明らかにした。しかし、州公益事業委員会は、PPAに基づく料金条項案は、その内容が適切に設定されるなら、標準サービス(Standard Service Offer:SSO)が顧客向け落札価格の上下変動を平準化する上で有効で、それにより卸売市場の価格変動から需要家を保護できる可能性がある、と考えている。特に異常気象時の電力料金を真に安定させる重要な金融的ヘッジを提供することになるような合理的なPPAに基づく条項案は電力需要家にとって価値があり得ると認識している((オハイオ州公益事業委員会、意見&命令、事例番号13-2385-EL-SSO、2015年2月25日、25ページ))。デービス・ベッセ原子力発電所の電力売買契約案は現在、PUCOで審査中であり、採決は2015年4月または5月に行われる予定である。イリノイ州イリノイ州議会は、閉鎖の恐れがある自由化環境下におかれた原子力発電所について詳細な報告書を作成するよう州政府機関に命じた。この詳細な報告書に基づいて、下院法案3293号((イリノイ州第99回州議会、2015年および2016年、HB3293号、2015年2月27日))が提出された。この法案によって、新たなイリノイ州・低炭素電源構成基準(LCPS)が設定されることになる。このLCPSによってイリノイ州の規制下にある小売電力供給業者は、販売電力の70%について低炭素エネルギー・クレジットを取得することが義務付けられる。LCPSの対象に含まれる低炭素エネルギー源には、風力、太陽光、水力、潮汐力、波力、クリーンコール、および原子力が含まれる。LCPSによって発生する費用は小売電力需要家が負担することになる。同法案は、イリノイ州にある原子力発電所の時期尚早な閉鎖によって様々な悪影響がでることを指摘した上で、LCPSを設定することでそれを防止できるとしている。「温室効果ガス排出量の増加」「イリノイ州の電力供給信頼性に対する重大な悪影響」「地域の経済情勢への悪影響」イリノイ州LCPSは、自由化環境下で閉鎖の恐れがある原子力発電所の早期閉鎖を防止するのみならず、米国環境保護庁が将来課すと考えられる炭素排出量に関する規制を同州が順守する上でも有効である。まとめここで述べたとおり、自由化環境下にある原子力発電所でも州が政策措置を取ることで収益の確実性を高めることができる。発電所が得る追加収益は、州の規制を受ける小売電力需要家から回収されることになるが、自由化環境下で閉鎖の恐れがある原子力発電所を運転継続すれば以下のような便益が得られることから、それは許容されると考えられている。ニューヨーク州-地元/地域送電網の信頼性へのプラスの影響アイオワ州-電力利用者および地域社会への大きな利益オハイオ州-潜在的にヘッジをかけることでの電力利用者への利益イリノイ州-炭素排出量の減少、信頼性の向上、および地域社会への経済的影響上記4つの例はすべて、自由化環境下では原子力発電所の運転継続を支えるに十分な収入を卸売電力市場から得ることはできないということを示している。これらのアプローチは、長期的な発電計画や、電源と販売を垂直統合した場合の利点など、卸売電力市場からは得ることができない効果を、仮に部分的にせよ小売電力需要家にもたらすものである。 PDF版
- 02 Mar 2015
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収益の確実性
原子力発電所への投資を行うに際しては、投資回収を可能とする適正かつ確実で長期的な収益源が必要である。従来の公営電力会社、あるいは規制下に置かれた電力会社のビジネスモデルではこうした収益源は確実なものだった。しかし自由化された電力市場では、こうした収益の確実性を確保するにはこれと異なるアプローチが必要となる。筆者の2015年2月4日のワールド・ニュークリア・ニュース(World Nuclear News:WNN)での論説、「原子力は自由化電力市場で成功できるか?」は、自由化電力市場での収益の不確実性を解説したものである。この不確実性のために自由化市場と原子力発電は相容れないものになっている。本稿では、この自由化電力市場での収益の確実性を高める方法について述べている。垂直統合電気事業における発電と小売電力供給は極めて密接に関連している。垂直統合された電力会社や公営電力会社、あるいは料金規制下にある電力会社は、そのどれをとっても発電への投資を回収するだけの収益を確実に手に入れることができる形を持っている。しかし電力業界改革によって、それまで一体であった電力会社は分割され、独立した発電事業者が設立され、競争環境にある卸売電力市場で売電することになる。このように電力業界を再編すると、それまで垂直統合された電力会社が担っていた機能は、売電契約とそれによる卸売電力市場での取引に取って代わられることになる。そうした場合でも売電契約内容を工夫すれば収益の確実性をいくらかでも高めることができる。売電契約売電契約には、以下のような様々な形態があり得る。疑似所有売電契約疑似所有売電契約では、買電側が当該発電所を疑似的に所有しているかのごとく、発電に要した費用のうち、引き取り電力量に対応した分を買電側が常に負担することを義務付ける。こうした売電契約では、電力購入者は引き取り電力量に応じて、発電所の一部を所有しているような経済的立場になる。エンタジー社の子会社であるシステム・エナジー・リソーシズ社(SERI)は、グランドガルフ原子力発電所の90%を所有している。SERIの顧客は、エンタジー社の他の子会社であるエンタジー・アーカンソー社、エンタジー・ルイジアナ社、エンタジー・ミシシッピー社、エンタジー・ニューオーリンズ社などである。これらの子会社は、疑似所有売電契約に基づいて卸売電力を購入している。ジョージア州で現在建設中のボーグル原子力発電所3、4号機は、ジョージア公営電力協会(MEAG)などの公営電力会社がその一部(約54%)を所有しているが、MEAGは、その会員である各市営電力会社との間で疑似所有売電契約を締結している。電力購入契約(PPA)単純な電力購入契約(PPA)では、単一の電力価格(例えば$/MWhを単位にした価格)を定め、販売電力量に応じた収入を発電事業者が得る。このような契約では、買電側は全発電電力量を引き取るよう義務付けられることがある。通例では買電側の都合で発電所出力を調整したり、運転期間を短縮したりすることについては制約が課され、それ自体が禁止されることもある。より複雑なPPAでは、発電所容量(MW)に応じた定額支払分(例えば$/MW/年)と発電電力量(MWh)に対応した変額支払分(例えば$/MWh)の2階建て構成になっている。この2階建て構成を用いて適正な価格設定を行うなら(すなわち、定額支払分を固定費に関連付け、変額支払分を短期限界費用と関連付けることができれば)、売電側は発電所の発電電力量によらず純収益を期待できることになる。単一価格契約とは異なり、このような契約では買電側が発電所出力を調整したり、運転期間を短縮することが通常は認められており、買電側は実際の発電電力量に応じた変額支払分を支払うことになる。原子力発電所においてこのPPA手法を選択する場合は、運転の実態を契約内容によく照らして、その契約が収益にどのような影響を与えるかについて十分慎重に検討・評価する必要があるだろう。需給調整プールと全体プール電力市場にはいろいろな仕組み上の種類がある。市場によっては相対のPPAが認められている場合もあるが、それが認められない市場もある。いわゆる需給調整プール(ネット・プール)(編集部注1:本コメンタリー末尾参照)では、買電側は、その電力需要の大部分を発電事業者との相対契約で調達する。市場(プール)ではこの相対の契約電力が需要と完全に一致しないために発生する差分が売買される。 いわゆる全体プール(グロス・プール)(編集部注2:本コメンタリー末尾参照)では、すべての電力は市場(プール)で市場運営者を通じて売買しなければならない。これらの市場における電力契約は、電力市場のスポット価格で決済される一種の金融先物取引(ヘッジ)契約である。こうしたヘッジ契約は、従来のPPAと同様の効果を有するものもあるが、決済方法によっては他のさまざまな形をとり得る柔軟性を有する。ヘッジ契約通常のヘッジ契約は国際スワップ・デリバティブ協会が定め、金融・商品市場で一般的に用いられている標準的内容に基づいている。電力業界の一部(例えば、英国ヒンクリー・ポイントC発電所プロジェクト)で使用されている「差金決済取引(CfD:Contract for Differences)」は電力ヘッジ契約の一例である。CfDは実際には上限契約と下限契約の2つからなるヘッジ契約を1つの権利行使価格でまとめたものである。電力市場におけるCfDでは、電力市場価格が行使価格を上回った場合、売電側は電力市場価格と権利行使価格の差額を買電側に支払う。これが価格にキャップをかける上限契約である。一方、買電側は、電力市場価格が行使価格を下回った場合、権利行使価格と電力市場価格の差額を売電側に支払う。これが最低価格を決める下限契約である。CfDは、その対象となる電力量が電力市場価格ではなく、権利行使価格を上下限として売買されることを意味する。これにより両当事者とも売買価格を安定化することができる。カラー(collar)契約は、CfDと似ているが、上限と下限で異なる権利行使価格が適用される。カラー契約でも、電力市場価格が下限の権利行使価格と上限の権利行使価格の間にあれば市場価格で取引が行われる。誰でもこうしたヘッジ契約を結ぶことができるが、ヘッジが他で担保されていない場合(例えば市場で電力を販売する発電事業者を所有している場合など)には、大きなリスクを抱えることになる。無担保のヘッジ契約を結んでいる当事者は、債務不履行のリスクがあるから相当の担保または保証が必要となる。所有権より柔軟な契約PPAであろうとヘッジ契約であろうと、電力契約を用いれば垂直統合下では容易に実現できないような選択肢も取り得る。こうした契約では、発電事業者の運転実績向上に対するインセンティブを設定したり、発電資産の寿命よりも契約期間を短くするなど、発電所の所有権を持つより柔軟性を増す設定ができる。大規模発電事業者一社が複数の電力利用者と一連の契約を結ぶこともできるし、その逆もまた可能である。ケーススタディ以下でいくつかの事例について考察する。TVOとフィンランドのマンカラ原則フィンランドのマンカラ原則(編集部注3:本コメンタリー末尾参照)に基づく電力発電会社であるティオリスーデン・ボイマ(TVO)社は、ノルドプール電力市場を使ってメンバーに物理的ヘッジ(編集部注4:本コメンタリー末尾参照)を提供している。TVO社の株主は、所有株式割合に比例した分、原子力発電所からの電力を原価で受け取っている。株主は、市営電力会社とベースロード需要がある重工業者(林産業会社と市営電力会社を含む)からなっている。 原子力発電所の発電電力は事実上、発電所の全運転期間にわたり各株主と原価で契約されており、TVO社株主にとっては電源と垂直統合すると同様の利益をもたらし、また将来もTVO社に収益の確実性を提供することでその原子力発電所への投資を下支えしている。こうした取り決めは、電源と販売を垂直統合する場合に相当するメリットを確保する1つの手法となっている。米国各州の電力会社に対する規制措置発電事業者は、各州の電力会社規制当局の認可を得た上で、料金規制下にある電力供給事業者と契約を結べば確実に収益を得ることができる。デュアン・アーノルド発電所アイオワ州のデュアン・アーノルド原子力発電所(DAEC)は、ネクストエラ・エナジー社に2005年に売却された。このプラント売買契約には同発電所のNRCによる当初運転認可の期限が切れる2014年2月までの電力販売契約も含まれていた。DAECは2010年末に、さらに2034年2月まで運転延長する認可をNRCから受けた。2013年にアイオワ州電力委員会は、インターステイト・パワー&ライト(IP&L)社がDAECとの長期電力契約をさらに12年間延長する契約変更を認可した。そこでは「エネルギー調整条項」を適用し、IP&L社の料金に発電所の実費用を含めることが認められた。 同州の料金規制当局は、IP&L社の電力料金審査を行う中でこの契約を認可した。この契約が認可されたのは、同発電所が燃料源の多様性と費用安定性をもたらし、かつCO2を発生させないユニークな発電資産であり、発電で経済的利益を生み出し、また信頼性が高く地域送電系統にとって極めて重要な電源であったからである。バーモントヤンキー発電所およびキウォーニ発電所これらの発電所は、DAECと同様、運転期間とともにPPAの期限が切れることになっていた。いずれの発電所もさらに20年の運転延長の認可をNRCから得ていたにもかかわらず、運転期間延長後について適切な収益を期待できるような電力契約を締結することができなかった。このため両発電所とも早期閉鎖された。メリーランド州およびニュージャージー州メリーランド州とニュージャージー州の州電力会社規制当局は、両州での新規発電設備への投資が不十分となることを懸念し、両州の料金規制下にある電力供給会社に対して長期PPAを締結するよう義務付け、それにより新規発電所への投資を促進しようとした。しかし両州では訴訟により、州規制当局による長期PPA締結の要求は無効とされた。これは州間取引を含む電力市場は連邦機関である米国連邦エネルギー規制委員会の専管事項とされており、州規制当局がその規制権限を侵害したとされたからである。オハイオ州オハイオ州電力規制当局は、料金規制を受けていない発電子会社(原子力発電所を含む)を持つ電力会社数社からの提案について検討している。これらの提案では、こうした非規制の発電会社と規制下にある小売電力供給関連会社との間で電力売買契約が導入されることになる。これらの契約はCfDと同様、電力市場価格が低い場合にも発電事業者に収益をもたらし、逆に電力市場価格が高い場合に電力消費者に利益をもたらすことになる。これに必要な費用、あるいは生じた利益(すなわち電力市場価格との差額)は、全需要家が適用を受ける条項(オハイオ州ではライダーと呼ばれる)に基づき全電力需要家に割り振られる。これは、あたかも電力需要家が発電所に「投資する」かのような方法であると言う人もいれば、発電事業者を垂直統合させ、料金規制をかけることに回帰するものだ、と考える人もいる。ニューヨーク州ニューヨーク州電力会社規制当局は、ギネイ原子力発電所と規制下にある小売電力供給者との交渉を手助けしている。この交渉は、ギネイ原子力発電所の収益を確保し、その運転継続を後押しするような電力契約の締結を目的としており、この発電所側の収益は料金として規制下にある小売電力会社が顧客から回収することになる。イリノイ州イリノイ州議会と電力会社規制当局は、同州に立地する複数の原子力発電所が確実に収益を得られる方法について現在検討している。この取り組みに関する報告書がイリノイ州当局によって作成されている。政府の措置オンタリオ州オンタリオ州では、州政府が州内電力市場内の電源構成決定に関して主導的役割を担っている。政府所有のオンタリオ・パワー・ジェネレーション社は、ピッカリング、ダーリントン両原子力発電所を所有・運転しており、両発電所は引き続き料金規制下にある。オンタリオ州電力庁(現在は、中立電力系統運営者と統合されている)は、ブルース原子力発電所の民間受託運転事業者であるブルース・パワー社と契約を結んでいる。この契約は、下限契約と同様の一定レベルの収益を発電所にもたらしている。英国ヒンクリー・ポイントC発電所プロジェクトのCfDは、発電所と新設で非営利の英国政府機関との間の契約に基づく。このCfD契約の相手方となる新設政府機関は、認可を受けた英国内の電力供給事業者を通じてCfD契約にかかる費用を回収し、あるいはそこから発生する利益を分配する。事実上、この原子力CfDにかかる費用や利益は、全顧客が回避できない規制された送配電料金と類似の手法で処理されることになる。南アフリカ南アフリカは、新規原子力発電所への大型投資について検討してきている。詳細はまだ最終決定されていないが、公表された報告書によれば、新規原子力発電所を建設・所有・運転(BOO)する新たな特定目的会社を1社、もしくは複数社設立することによってこうした投資を行うことが示唆されている。これらの新たな原子力発電会社からの電力は、政府が認める長期電力購入契約によって国営電力会社の南アフリカ電力公社に販売することになる。トルコトルコの原子力プロジェクト(アックユ、シノップ両発電所プロジェクトを含む)では、トルコの電力業界にこれまで未参入の会社が原子力発電所をBOOする。トルコ政府は、政府所有の電力会社を通じこれら原子力プロジェクトからの発電電力の一部を一定期間、買電する電力契約を締結する予定である。日本日本は、電力市場改革を実施した後も原子力発電所を財政的に存続可能にする方法について検討することで、電力の長期的供給と需要家電力料金の安定化を図ろうとしている。経済産業省の報告書では、英国のヒンクリー・ポイントC発電所のCfD手法が実現可能性がある一つの契約方法として検討の俎上にあがっている。課題どのようにしたら原子力が確実に収益をあげることができるのか、その手法はその電力市場の規制、電力業界の構造、あるいは国内法令やその他の制約条件によって異なる。電力売買契約を用いるアプローチでは、契約相手方も高い信用度を有することが必要である。こうした手法はほとんどの場合、確実な収益源として電力需要家を当てにしている。この点は従来の電力業界ビジネスモデルと変わりはない。いずれにせよ、料金規制当局(アイオワ州などの例)や政府(オンタリオ州や英国などの例)の役割が重要となる。 (編集部注)1 Net Pool:売電側が発電計画を立て、その発電容量の一部を初期計画値として示した上で、残量を市場(プール)に出す。この残量はプールの需要量を満たすまで競りにかけられる。2 Gross Pool:売電側は発電容量全量を市場(プール)に出す。その全量が競りにかけられる。3 マンカラ原則:エネルギー供給会社の形態に関するフィンランド特有のモデル。4 物理的ヘッジ:金融的ヘッジではなく、実際の発電を通じた物理的ヘッジ。 PDF版
- 09 Feb 2015
- STUDY
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バーモントヤンキー発電所の閉鎖から学ぶグローバルな教訓
バーモントヤンキー原子力発電所は、2014年12月29日に運転停止された。この保守の行き届いた発電所が十余年もの運転余命(編集部注:本コメンタリー末尾参照)を残しながら閉鎖されたのは、米国電力市場でこの発電所を運転継続することが経済的に困難であったことが理由である。米国の自由化電力市場における原子力発電所に関する経験は、すべての国の電力業界改革後の原子力発電の将来に対する教訓でもある。バーモントヤンキー原子力発電所バーモントヤンキー原子力発電所は市場での売電で営業損失を出し、将来もこの損失を防ぐのが難しいと思われたために閉鎖された。このバーモントヤンキー発電所や、その他米国の自由化環境下にある原子力発電所が直面している課題から、他の国にとっても有益な教訓を読み取ることができる。米国原子力発電の課題筆者は、ニュークリア・エンジニアリング・インターナショナル(NEI)誌の12月号に米国原子力発電業界の衰退についての論説を発表した((「斜陽産業」、ニュークリア・エンジニアリング・インターナショナル(NEI)誌、2014年12月、16~19ページ))。この論説では、安価な天然ガスや電力需要の低迷など様々な要因による米国原子力産業界の諸課題について説明した。2014年の国際エネルギー機関(IEA)による米国エネルギー政策レビューでも、米国の原子力発電所が直面している諸課題について言及している。原子力発電の経済基盤は、シェールガス開発による競争激化、ならびに弱含みの電力価格と電力需要の低成長によって大きな打撃を受けている((2014年IEA米国のエネルギー政策レビューエグゼクティブサマリー、7ページ))。自由化市場では原子力発電による電力の価値は、火力など他の発電所の発電コストを基に決まってしまう。原子力以外の電力(シェールガスを使用した火力発電など)のコストが低ければ市場での原子力発電の競争力は低下する。上述の2014年12月のNEI誌の記事やIEAレビューで解説されている米国原子力発電所が直面する課題のいくつかは、今は米国以外では存在しないものかもしれない。非在来化石燃料資源(シェール)からの天然ガスは、北米以外では(まだ)開発されておらず、他の国々の電力需要の伸び率も米国よりは高い。しかし、こうした米国の状況は、自由化された電力市場における原子力発電所の建設・運転の経済性がどうなるかについて、世界中の原子力産業界関係者にとって有益かつ重要な教訓を示すものである。電力市場IEAレビューでは、米国の自由化電力市場は卸売電力市場価格が低く、固定費の回収が困難もしくは不可能であることから、資本集約的な原子力発電所への投資に対しては不利に働く、とされている。競争環境下にある電力市場では、原子力のようにリードタイムが長く、固定費が高い大規模なプロジェクトへの投資は行われないのではないか、という懸念がある・・・((2014年IEAの米国エネルギー政策レビュー、49ページ))筆者のNEI誌12月号の論説ではこの問題をさらに詳しく解説した。こうした知見は、電力業界の改革を検討している、あるいはすでに改革に着手している他国にとっても大いに関連があり得るものだ。ほとんどの国では電力業界の構造は単一であるが、米国電力業界は、公営電力会社、規制環境下にある民営電力会社、そして自由化電力市場へ参入する会社が混在している。このように米国電力業界の事業者は、各々が様々なやり方で電力業界に参入しており、また自由化市場だけを見てもそこには様々な市場形態がある。米国ではこうした多様な事業者が、市場の中で原子力発電をいかにうまく運営することができるかを検討する絶好の機会を提供している。20年に及ぶ米国電力業界再編の経験を取りまとめた2014年のカリフォルニア大学バークレー校ハース・エネルギー研究所の論文((「20年に及ぶ再編後の米国電力産業界」、Severin BorensteinおよびJames Bushnell著、2014年9月;研究報告書252;ハース・エネルギー研究所))は、業界再編がなされた(自由化された)地域と再編されなかった(従来通りの規制下にある)地域とを比較し、両地域での新規発電所への投資額の違いについて解説した上で、再編されなかった地域の小売電力料金の方が常に低いことを指摘している。米国の原子力発電所は自由化地域の電力市場では難題に直面している。このことは、複数の既設原子力発電所が経済的理由のために早期閉鎖されたことや、これらの地域で計画されていた新規原子力発電所建設計画は全てが一時的に中断されたり中止されてしまったことを見ても明らかである。原子力発電の実態を見ると、業界規制や市場体制についての一貫性欠如に起因した非効率さが全米を覆っていることがわかる。現在5基の原子炉が建設中であるが、これらのすべては電力規制州で建設されている。一方、競争卸売市場では原子炉2基が閉鎖される予定である((2014年IEAの米国エネルギー政策レビュー、89ページ))。NECGコメンタリー第1回では、原子力発電やその他の資本集約型の発電所がなぜ自由化電力市場とは相容れないかを説明した。自由化電力市場が持つ機能は、規制下にある電力会社や公営電力会社が設備容量拡張を計画立案しながら課題解決している機能とは別の性格のものである。自由化電力市場は、スポット市場価格の値決めを通じてどの発電所を稼働させるかを決定することで発電電力の短期限界費用(SRMC)を最小限に抑える機能を有するが、そこでは投資回収や固定的な運転費あるいはシステム維持費用などは無視される。規制下にある電力会社や公営電力会社は、電力システムの長期総費用(SRMC、投資費用、固定的運転費およびシステム維持費用など)を最小限に抑えるよう、自らの電源ポートフォリオを計画立案しながらシステムを構築する。ある時点の電力価格がシステム全体に共通の単一の値として定まるような電力市場(ほとんどの電力市場はこのように運営される)では、落札電源の売電価格のうち、SRMCを上回る分が収益となることから、それを固定的運転費や投資回収に充てることができる可能性はある。しかし、こうした収益は不確定であるので、仮に原子力発電所への投資を行えば総システム費用が減少することがあったとしても、投資家にとっては投資から回収まで数十年をも要する原子力発電所などの大型投資を行うインセンティブとはならない可能性がある。エリゼ・ゾリ氏と筆者の共同執筆による2014年の論説((米国自由化市場における原子力発電の救済:国家安全保障・経済・エネルギー・環境上必要な措置の推進」、Edward KeeおよびElise Zoli著;2014年4月;The Electricity Journal ))では、米国の自由化環境下にある原子力発電所(すなわち、自由化電力市場のもとで運転されている原子力発電所)が直面している極めて厳しい状況を概観している。この論説では、さらに多数の自由化環境下にある米国内原子力発電所が経済的理由のために早期に(かつ永久に)廃止されてしまうことを回避するために有効と考えられるいくつかのアプローチを提案している。原子力発電導入を検討している国は、電力業界の再編がもたらすこうした潜在的影響についても十分考慮する必要がある。電力業界の再編および自由化電力市場の導入を行えば、原子力発電オプション(並びに他の大規模な資本集約型発電オプション)をとることはより一層困難になるだろう。規制下にある電力会社や公営電力会社は、総システム費用を減少させ得るような資本集約型大規模プロジェクトを計画立案し、長期間にわたって責任をもって遂行することができる。しかし一方で、再編・自由化された電力システムにおいては、政府の介入がなければこうした投資が行われる可能性は低いと思われる。最近、議論を呼んでいる英国ヒンクリー・ポイントC発電所のインセンティブ・パッケージは、自由化電力市場において原子力発電所投資決定に必要な支援のレベルと種類がどのようなものかを具体的に示す一例といえる。一方、バーモントヤンキー原子力発電所の時期尚早と言える永久閉鎖は、自由化電力市場で運転されている既設原子力発電所に何が起こり得るかを示す一つの事例である。(編集部注) 「十余年もの運転余命」:バーモントヤンキー原子力発電所は運転期間を20年延長し2032年まで運転認可を得ている。 PDF版
- 01 Jan 2015
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